河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第123話『 クニ、タチぬ 08 』

< シゲル さんが視界映像の共有を
 申請しています。承認しますか?>
「それ、OKしてくれる?」
シゲルさんにうながされるまま、承認ボタンを押す──。
強制的にまぶたを開閉されたように、視界が点滅し、3回目で景色が変わった──。

──お弁当を広げた女子や机に腰かけて談笑する男子生徒、背後には雑な拭き取られ方をしたのだろう。チョークの跡がくっきり残る黒板。
……教室の、昼休み、か…。
「オレさー、ヤリマンにやらせてもらえない男になるのはナイなって、おもうんだよね」
恐ろしく低脳で差別的な言葉が耳に飛び込んでくる。大昔のVRゲームのように、手元がしきりに動く。この手はシゲルさんの手、いま発言したのも高校時代のシゲルさんだろう。
「わかるー。それって致命傷じゃね?」
目の前に立っている太った男子がヘラヘラ笑いながら応えた。夏服のワイシャツをズボンから出しているせいか腹がやたらと盛り上がってみえる。
「ヤリマンとヤレねえのはダセーわぁー」
…こ、この人、ほんとうにわかってるのか?
ど、どうみても……。
「ヤリマンと、ヤレるかヤレないか? 男ってそのどっちかっしょ」
ニキビ面のひょろ長い、青いセルフレームのメガネをかけた男子。
こっちの男子は、冷静な分析だけはできているようだ。
「でもさぁー、ヤリマンってホントにいんの? オレは会ったことないぜ?」
太った方の男子は首をかしげながら腕を組む。とても高校生に見えない貫禄の腹回り。
「ブチョーの前に現れてないだけ! オレたちきっと間違ってんだよ! 彼女たちは誰にでも股を開くわけじゃなく、男として優れていると認めた者にしか開かない。だからオレは、認められる男になりたいっつーか」
(ハルノキくん聞こえる?)
脳内音声ダイレクトのように、脳内で声がした。
(いまみえてるの、オレの高校時代の目線ね。その2人は高校のころのオレの友達、ブチョーと青眼ブルーアイズ、略して、ブルくん)
この声は現在のシゲルさんの方らしい。
(ちょ、ちょっとワケがわからなくなってきたんですけど、いまどんな状態すか?)
(視界に映っているのはオレの目線記録。耳に聞こえるのは当時の音声。で、いまこうして脳内で話しているのが現在いまのオレが喋ってる声)
つ、つまり、視界にみえるのは過去のシゲルさんの目線映像で、音声は当時のもの。
そこに現在のシゲルさんの声が脳内に聞こえるのか……仮想空間に完全没入ログインして、他人の過去目線映像を見る……夢の中でさらに夢をみているような……複雑すぎる。
「ブチョーもブルくんも、いや誰だってさ、ダセーと思われるのってダセーじゃん?」
映像内のシゲルが調子にのったひとことを発しながら、視線を横に移動させる。
(つーか! シゲル。ヤリマンの話しながらアタシのほうみてんなし!)
シゲルの視線の先にはリッチャンさん。
窓際の席で、壁に背をあずけ、ナツメさんと笑いこけている。
しばし、逆光に照らされた亜麻色の髪に視線がとどまり、そっと下がる……リッチャンさんの脚……スカートからのぞく太腿、イスから浮いた数センチの黒い三角の隙間に辿りつき、視線はいっさい動かなくなった。
(確実にアタシのパンツ狙ってっし!)
(シゲル、この映像なんだよ?)
リッチャンさんとナツメさんの音声こえも脳内に聞こえてきた。
ふ、2人にもこの映像、共有してるの!?
バカなの? この人!?
(みてない! みてない!)
「オメーなにみてっし!」
「みてない! みてない!」
脳内と映像の中でシゲルさんとリッチャンさんが言い合いをはじめる。時を経て同じやり取りを繰り返す2人。これ以上混乱んするようなことはやめてほしい。
「お、お、おおーい! クニタチ!」
そうこうしているうちに高校時代のシゲルが、逃げるように席を立ち、歩き出した。
他人の目線は自分の歩くスピードや動きのタイミングちがうせいか、乗り物酔いに近い不快感をもたらすことがある。
輪をかけてシゲルの視線は妙に細かい動きが多い。机の間を歩きつつ、前屈みになる女子の胸元に視線を移したかとおもえば、前から歩いてくる女子とすれ違いざま視野の端3分の1で胸元を凝視している。
(シゲルさん。この映像、疲れるんすけど)
(ん? ステルスチェックのこと?)
(なんすかそれ)
(当時のオレにだって矜持はあったから。あからさまに女子の胸元を凝視するのは、失礼だろう? だからステルスチェックしてるんだ)
姿は見えないが、誇らしげに胸をはったようないいかただ。
(女子の胸元は横から見ることでその存在感を感じられるだろ? 相手に気づかれないタイミングと角度で視界を操り、すれ違いざまの一瞬を使い高低差を観測する! 平和的で効率的な観測方法がステルスチェックだ!)
(さっきの、スカートを覗いてるときはゴリッゴリに無配慮でしたよね)
(胸元ステルスチェックは、膨らみを確認するためのもの。リッチャンには無効だからね!)
(マジ、シゲル<<ピー>>ねし! ナツメぇ…)
(おぅ)
(ボッ ぐほっ)
もだえるような声──。
打撃音──。
シゲルさんの声、途絶える……。
「クニタチぃ! なにかいてんだよぉっ!」
だが、映像の中のシゲルは元気いっぱいだ。
「おまえ、いっつもなにかいてんの!」
「なんでもない」
「ウソつけ! みせろ!」
机に座りノートを広げた男子生徒にむかい、覆い被さるように迫る。
「だ、だめだよ!!」
国立さんだ。
シゲルがノートを奪い取ろうとするのを、顔を赤らめながら必死で抵抗している。
さっき屋上でみた光景とあまり変わらない。
いや、むしろ大人的な配慮もなく、子供じみたやりとりは、よりたちが悪い。
だんだんと怒りが蘇りかけたてきた。

グィンブィン グィンブィン

突然、教室のあちこちから、低く不気味な電子音がこだました。

「え、な、なにこれ?」
クラス中が騒然となる。
「やべ、怖え」
(え、なに?!)
映像内の国立さんも動きを止め、宙空に視線をさまよわせる。
他の生徒達も全員。
口がひらきっぱなし。

グィンブィン グィンブィン

シゲルの視線に1件のテキストメッセージが届いているのがみえた。
いまのは、このメッセージ着信を知らせる音?
「お、おい! みんなきてんの!? これ!」
誰も返事をしない。
おそらく全員にメッセージが届いているんだ。
「な、なんだよこれ」
シゲルも少し躊躇しながら、メッセージを開封する。
「はっ!? …はぁっ? エデル!?」
(エデル!?)
映像内のシゲルと声がかぶってしまった。

千歳逢坂学園のみなさん!
はじめまして、エデルです!

学園内で積み重なねられるみなさんの“青春”。
imaGeを通じて拝見しております。
このような連絡をするのは、はじめてなので少し緊張してしまいますが、本日の朝礼で計画が発表されたとうかがいテキストメッセージの送信を決意いたしました。
突然の一斉送信をお許しいただき、しばしの間、わたくしの構想を説明する時間を頂戴できれば幸いです。

わたくし、エデルは、教育のありかたを変えたいと考えております。

学園とはどんな場所だろう?
将来に役立つことを学べているのか?
オンリーワンのスペシャルなヴィジョンを描けているのか?

わたくしは案じています。
みなさんが生きる未来を。

わたくしは思案と試案を重ねます。
みなさんが未来を生きるために。

学校制度の改革を行うことに決めました。
テーマパーク「エーデルランド」を建設し、アトラクション、アカデミズム、アクティビティ、アーカイブ、アミューズメント、A、A、A…づくしのまさにA5ランクの娯楽と学びの調和したスポットにしていく計画です。

例えば、数学や物理など難解な授業は適正者のみが学びましょう。
ほかのみんなは、大丈夫。
計算や思考はわたくしに任せてください。

体育が苦手な方は違う分野があります。
体育が得意な方はより高度でアクティブなコトに挑戦しましょう。
個々の興味と適性が最大限に活かせるカリキュラムを提供し、全校朝礼などの時間的拘束に対する成果の見合わない全校行事などは、テーマパーク計画実現のための時間に置き換えて参ります。

つまり、生徒のみなさんが楽しく過ごせる個別の時間割を新たに作ることから計画をはじめていこうとしているんです。
以上、簡単ではありますがわたくしの構想をまずは挨拶を兼ねご共有まで。
いずれ詳しい説明と、みなさまにより密着した活動内容をご報告いたします。

追伸 “ima-tchiイマッチ”しませんか?
新たなimaGe活用方法のご提案です。
学園生活をより彩りのある豊かなものとするためのアプリ「ima-tchingイマッチング」をリリースしました!
各自のimaGeが記録するライフログをより詳細に取得することにより、理想の恋愛相手を見つけることができるアプリです!
バラ色のスクールライフ実現のために、ぜひ、活用ください!

それでは! エデルでした!

(は、ハルノキくん……とりあえず、ここまでだ。し、視界戻すよ……)
掠れたシゲルさんの声と共に視界の景色が屋上に戻った。
シゲルさんが喉元を押さえてうずくまりながらも、軽薄な笑顔を保ちこちらをみている。
ナツメさんは新しいデリカーの栓をあけゴクリと、ひとくち飲む。
仕事を終えた殺し屋のような表情だ。
「つまり、朝礼のあといまのメッセージがエデルから届いたんですか?」
「そう。オレたちはとりあえず喜んだ。よくわかんないけど、めんどせえ授業なくなるって」
『イマッチとか、懐かしぃし! ウケるし』
頭上エアロディスプレイからは、リッチャンさんの弾んだ声。
『イマッチ、ヤリまくったし! アタシ!』
「ima-tching、はやったんですか?」
なんというか、語呂がよいともいえない怪しげなアプリにしかおもえないのに。
「あぁ、流行った」
『アタシいまの旦那、それでみつけてっし!』
「リッチャン、バト部の先輩と付き合ってたよな、たしか」
『ナツメ、それ高1だし! イマッチ前だし! バト部の先輩は、クニタチのバカポエムのせいで別れてっし!』
「とにかく、イマッチは完全にヒットした」
「ただの相性占い…もしくは、マッチングアプリなんじゃ…」
「いま世にでているimaGeの出会い関連アプリの元祖といってもいい。個人の検索ログによる趣味趣向、テキストメッセージに出現する単語や文体のパターン解析、使用される絵文字の種類と出現頻度、そしてライフログによる瞳孔の拡散具合で好きな人をみつめる眼差しの真偽、つまり“脈ありサイン”の確度の検証まで、ありとあらゆる角度の情報を駆使し詳細なマッチングをしてくれる。ハルノキくんはマッチンアプリを使ったことがあるかい?」
「いや……ありません」
imaGe内のそこかしこに、広告が出てるけど、信用できない。
「いいぞ。マッチングは<<ピー>>な<<ピー>>が<<ピー>>、<<ピー>>を<<ピー>>してくれてさ」
「おい。シゲル。話、ズレてんぞ」
ナツメさんが、ちびりとデリカーをあおる。
「は、あ、すみません。その、あれだ。つまり、イマッチングしてみればコクって失恋するなんていうことがなくなる。高校生にしてみたら最強の武器だったとおもわないかい?」
気がつくとシゲルさんは、うっとりと恍惚の表情を浮かべ夜空を仰いでいた。
『シゲル、こっちみんなし! キメェ』
「オマエさっきから話すすんでねえけど、ナメてんのか?」
ナツメさんが三度デリカーを持ちあげた。
「そうだね、え、えっと、それで全校生徒がこぞってライフログを“完全収集”に切り替えはじめてさ」
「ライフログの収集範囲って制限できたりするんですか?」
「いまのimaGeはできない。だからハルノキくんたちは“フルログ世代”って呼ばれるっしょ? でも当時はまだ実験段階で、個人ごとに集計レベルを制御してライフログの範囲を絞れたから、結構制限かけてるやついたんだけど、イマッチングの登場でほぼ全員が解放しはじめた」
「そ、それで……」
「どうなったか……続きを観てみよう。次はOHPの動画だから校庭のほうをのぞいてみてくれるかな」

周囲が再び朝の光に包まれる。
校庭を見下ろすと生徒たちが並んでいるのがみえた。
「ここからは5月の朝礼ね。さっきの朝礼から1ヶ月後の映像」
4月の映像と違っているのは、全校生徒が、恐ろしく静かなのと、男女の距離が妙に近い。
中には、て、手をつないだり、肩を組んでいる人たちもいる。
「校内は大恋愛時代に突入したんだ」
「だ、大恋愛時代……」
おそろしく偏差値の低いフレーズ……、ん。
よくみると、生徒全員がいちゃいちゃしているわけではない。
さっき、映像にでてきた“ブチョー”と“ブルくん”は、おのおの、前方をみつめビシッと直立している。
「あ、あの2人って……」
「ああ。大恋愛時代は格差をうみだした」
「か、格差……」
「つまりだね、こういうことだよ。こちらをみたまえハルノキくん!」
シゲルさんの方を振り返ると、屋上に高校時代のシゲルさん、その隣に黒髪の女子。女子はお弁当を膝のうえにのせシゲルさんに寄り添うように座っている。
「オレの彼女だ!」
「は、はぁ……」
立体映像の2人はかわりばんこにお弁当を食べさせあう。
自分はいったいなにを見せられているんだ。
「イマッチングによってオレは彼女に出会った。朝礼なんてでている場合じゃなかった」
「なんでオマエの、のろけ映像みせてんの?」
ナツメさんは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
『ナツメ…、それは、わたしもゴメンし……』
「リッチャンもここにいたよな!」
シゲルさんの勝ち誇ったような声。
よくみると、シゲルさんたちから離れた場所に、リッチャンさんと男子の姿があった。あ、あれがいまの旦那さんか?
「ハルノキくん。周りをみてごらん」
立体映像を見渡してみると、屋上には10組ちかい男女のカップル。全員2人だけの世界に浸りきっている。
「大恋愛時代と共に、この屋上は“聖域”となった。いやもしかすると“性域”かもしれない」
「バカじぇねえのか」
『な、ナツメ、怒るなし』
「あ、あの、ナツメさん、なんでそんなにお怒りなんですか……」
ナツメさんが無言で睨んでくる。
「別に。アタシはイマッチ使ってねえから」
そ、そうか、ナツメさんの性格上、浮ついたアプリには興味がなかったのか……。
「な、な、なぁ゛にを考えてるんだぁ゛! キミたちはぁ゛!!」
突然、校庭のほうから大声が聞こえた。
「はじまった。ハルノキくん校庭をみて」
朝礼台のうえにたった校長が真っ赤な顔で怒鳴っていた。
「き、キミたちはぁ゛この神聖な学び舎をなんんと心得ている! い、異性との距離が近すぎるんです! 離れなさい!」
生徒達は聞く耳をもっていないようだ。
「校長先生!」
朝礼台の下に控えた若宮教頭もマイクを握っている。
「生徒達の自主性を尊重しましょう!」
「ならぬよ! そんなことはぁ゛!」
「そんなことでは変わりゆく未来に、柔軟な対応のできる生徒が育ちません!」
「これはぁ゛伝統あるこの千歳逢坂学園の姿じゃない! 全員! 励援支愛の構えぇ゛! 抜き打ちの練習支愛れんしゅうしあいをするぅ! はやくぅ゛!! しなさい!」
「仕方がありません。そろそろ発表ですね」
若宮教頭は、校長の剣幕に反応を示すことなく淡々と言葉を続ける。
マイクが若宮教頭の息づかいを鮮明にひろう。
「みなさん! こちらに注目!」
朝礼台の脇に巨大な液晶ディスプレイが運ばれてきた。
「な、なんだね!」
「我が学園に転校生がやってきました!」
熱したフライパンに油を注いだような、じりじりとしたざわめきが校庭に広がる。
「この学園に愛と自由をもたらす革命の使者! 紹介します。イィーーッツ!SHOWTIME !!」
相変わらず流暢な若宮教頭の英語を皮切りに、巨大モニターの中央に“エデル”という文字が映しだされた。
……エデル!?
『みなさん、おはようございます! エデルです!』
アシスタントプログラムの話し方に比べると少しだけ機械的にきこえる音声こえ。これが、エデルの音声こえ!?
エデルが直接、喋る場面なんていう動画はいままでみたことがない。
『まだ実体をもっておりませんので、音声のみで失礼いたします。先日は突然の一斉送信失礼いたしました! メッセージ内で予告さしあげた通り、みなさまの近くでよりよい改革を実現するため、本日からこの学園に席を置くこととなりました』
「この日、エデルがオレたちの学園に“転校”してきたんだ……」
『突然の転校報告にあわせ、矢継ぎ早ではございますが、もう1点お知らせしたいことがございます。わたくしは、みなさまに寄り添った視点で改革を成し遂げるべく、この学園を深く理解したいと考え、ある結論にいたりました。わたくしエデルは、次の生徒会選挙へ立候補することをここに宣言いたします。先日お送りしたテキストメッセージがわたくしからのマニフェストです。次の選挙においてみなさまの、みなさんの民意をうかがうことにいたします!』
「な、なんだね! これは! 聞いてない!」
校長の声だけがした。
「エデルが転校生……」
「こうしてエデルが攻め込んできた」
「せ、攻め込んできた?」
「ここから映像ないからあれなんだけど、エデルは生徒会を牛耳ることで全校生徒の掌握に走りはじめるんだ……」
「おい、シゲル」
ナツメさんが言葉を遮る。
新しいデリカーの栓を開けながらじっとこちらをみつめてくる。
「そこから先はミナミ先輩の映像だ」
ナツメさんの背後にいつのまにか、ミナミ先輩が立っていた。
「ごめんねーぇ、クニタチくんももう少ししたら落ち着くとおもうから」
頬はまだ若干の赤みを帯びている。
そういえば、仮想空間で酔った状態でログアウトしてから再びログインした場合、酔いは継続されるのか。
「ここからは、わたしの視点のほうがわかりやすいかもしれないから、交替っ」
くだけた口調はまだ酔いを残しているようにもみえる。
「ハルノキくん」
「は、はい!」
「次はわたしの視点映像をみてくれる?」
そんな、甘えるような上目遣いをされなくても断ることはしません。
「シゲルくんのは下品だよねぇ。ミナミの高校時代をご覧くださーいっ」
やっぱり酔っているのか。
なんて思っているうちに、視界が点滅し景色がかわった──。

──長机が向かいあわせに配置された教室のような場所。
(ここは生徒会室よ。朝礼の後に、臨時会議としてわたしたちが呼ばれたの)
整然と並んだ机の側に数人の男女が立っている。全員制服をしっかりと着こなし背筋を伸ばしたまま動かない。
たしかに、教室や朝礼の雰囲気とは違う。
『生徒会のみなさん。改めましてエデルです』
運ばれてきた大型ディスプレイに映る“エデル”の文字。
『生徒会長さんはどちらでしょうか』
一拍の間をおいて、ひとりの生徒が口を開く。
「僕が、千歳逢坂学園生徒会会長 天空寺てんくうじだ」
縁なしのメガネとその奥に抜け目なく細く鋭い眼差し、シャープな顎のライン。いかにも会長という風貌だ。
『そんなに敵意を剥き出しにされなくて結構です。わたくしは、生徒会の味方ですから』
「率直に申し上げると、こちらはそのように認識しておりません」
会長は中指でそっとメガネを押し上げる。
『まあムリもありません。現役会長としては、突如、全校生徒の前で出馬を宣言した、対立候補という存在になりますからね、ぼくは』
一人称が変わった…。
『ぼくは、生徒会にとって共存の関係を目指しています。この図がみえますか?』
画面が“エデル”から切り替わる。
「なんでしょうかこれは。国旗ですか?」
白地に赤い丸。たしかに国旗にみえる。
『在校生に対する比率を表した円グラフです』
「ただの丸にしかみえませんが」
『よくご覧になっていただくと頂点付近にわずかばかり青くなっている部分がみえませんか』
ミナミさんが画面に近づいたのだろう。
視野内に円グラフの中心が寄ってくる。
(みえてる? ハルノキくん)
(ど、どこですか?)
(ほら、円グラフの中央のところ)
たしかに、よくみると、ほん1mm程度青く塗られている。
『その青い部分が、テーマパーク設立後、計画に参加いただける在校生徒の割合です』
「!?」
『率直に申し上げましょう。生徒会のみなさんと他数名のみがその対象です。他の生徒には、それぞれに適した転校先を用意します』
姿もみえないエデルの音声こえが生徒会室の中を占拠しはじめていた。

次回 2020年08月28日掲載予定
『 クニ、タチぬ 09 』へつづく
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