河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る DOS×KOI 次を読む

第122話『 クニ、タチぬ 07 』

「先生。今夜の1曲目なんすですが“待ち合わせは21時。”でいかせていただうかと思います」
「……リッチャンさん。ですか……」
腫れぼったいまぶたを垂らし、口を真一文字に結んだナンプラさんの顔を、豊川先生のサングラスが余すことなく反射する。
「……その、お心は?」
「夏すから。キッズ達に甘酸っぱい、大人の恋心を届けてやりたくて」
「なるほど。なるほど。リッチャンさんが先輩と待ち合わせをする、あの曲というわけですか」
最近ナンプラさんは、番組前の企画会議で、冒頭に流す曲を豊川先生におうかがいだてするようになった。
「バト部の先輩待ってるリッチャンの緊張感とそこからイッキに大人の階段、駆け上がってく疾走感はやっぱり、夏っすから」
「いいんじゃないでしょうか。“待ち合わせは21時。”でおねがいします」
「ありがとうございます! コージ、セッティング頼むぞ」
OKがでた瞬間のナンプラさんなら…!
「ナンプラさっぁん!」
「な、なんだよ。いきなりデケぇ声だすなし」
「クニタチが好きなのはミナミ先輩でっぇす! それ以外、考えられませっぇん!」
「オマエ、またそれか? しつけえぞ!」
「わたくし、ずっとモヤモヤしていまっぁす!」
「本番前に火種になるような話もちだすな」
「クニタチみたいな隠キャが、ミナミ先輩のような可愛くて、隠れ巨乳のお姉さんに声かけられて好きにならないわけがないんでっぇす! わたくしなら、即、お持ち帰られています!」
「コージのいいぶんはわからねえでもない。だが、クニタチはドMだ。まちがいない。つまり、ドMには優しさだけじゃダメだ」
「わたくしもっぉ、生粋のハードMプレイヤーでっぇす! だからこそ、ミナミ先輩のやさしさの中にあるそこはかとなはい厳しいところがグッときます。ゴッツァアンでっす!」
「違うな。クニタチは鬱々と籠もってくムッツリ型のドM、コージは開放的な青空型のドMだろ? 一緒にするんじゃねえ」
「ドMに内も外もありませっぇん。ドMはドM」
「イベントストーリー35話『夏色サンシャイン』の挿入ポエムに“キミの掛けた虹を ボクは浴びるよ 女王陛下の 意のままに”ってフレーズあんだろ? あれは、ナツメに罵声浴びせられたときに、ナツメの口元から飛び散る飛沫がつくった虹と、ナツメの“ナツメサマー汁”を顔面に浴びて絶頂に達したクニタチが、溢れ出る心情を綴った一節だ。そいつはつまり、クニタチは深層心理の根底からナツメに服従してる証拠。それならクニタチが好きなのはドSのナツメで決まりFIXだろ」
「クニタチは、そこまでのド変態ではないと思いまっぁす! 顔面にツバをかけられて絶頂に達するのは完全な変態でっす!」
「これはたしかな筋の情報だ」
「どの筋ですかっぁ!」
「“Gちゃん”の“ドスコイ ミル恋を語る”スレだ」
「いちばん信じちゃいけないソースでっぇす! ネタレス、ゴッツァアンでっぇす!」
「オマエの方が影響うけまくってんじゃねえか」
「影響と鵜呑みはちがうとおもいまっす!」
「オレも最初は疑ったが、スレの“No.001イチ”の書き込みは“ナツメ本人だけど質問ある?”だぞ? いきなり本人降臨して、書きだした。クニタチはツバかけられて嬉しそうだった、あいつは変態だ。つって」
「どうかんがえてもネタでぇっす! ほんとうに、ありがとうございまっぁすでっぇす!」
「スレ民のほとんどがコージみてえにスレ主イチのこと叩いてたら、主がキレてな。どうみても本気でキレてんだぞ? 普通、ネタで釣ってたらキレずにまっとうな理屈でかえして信じさせようとすんだろ? で、スレは過疎りはじめるし、コメントも荒れてっから、オレもスレを“そっ閉じ”しようとしたときに、“No.052”が“ナツメちゃんはクニタチ君の事好きなの?”ってブッ込んだ」
「ナツメはクニタチに恋愛感情ありまえっぇん! キッズの常識でっぇす!」
「あたりまえだ。ゲームでもアニメでも、ことあるごとにナツメが明言してる。オレたちナツメ派を悩ます常識だ! クニタチがナツメに告白してもハッピーエンドにはならない。故にミルクリームエモーションをクリアしても“ハッピー”なエンドにならねえ。だが、クリアしたら告白するっつうクニタチのセリフ、ナツメ派を悩ます、二律背反みてえな矛盾! オレたちはそいつを抱えてずっと戦ってきた。だから主の“嫌いじゃないに決まってんだろ”つうレスに全員が食いついた」
「がっかりでっぇす! ナンプラさっぁん! なにもわかっていませっぇん!」
「全員おんなじリアクションだったさ。茶番は終わり。そんな雰囲気だった、でもまだブッ込んで質問してるやつがいた“嫌いじゃないって事は好きなの?”ってな」
「なんて返信レスが来たんですかっぁ?」
「返信はなかった」
「壮大に無駄な時間なネタでっぇす!」
「いや、ネタならそれっぽい返信いくらでもできるだろ。むしろ、絶対にレスするはずだろ? そこでレスがねえからこそ、あれはほんとうにナツメ本人だったんだとオレはいまでも思ってる。ナツメは、改めて聞かれて初めて意識した。何となく脇に置いてた自分の気持ちを。ナツメ、ウソつけるタイプじゃねえから、本気でレス返そうとして、途中まで文字を打ち込んだんだと思うんだ。でもホンキの気持ちをあんなしょうもねえ板で打ち明けんのは納得いかなかったんだろうな。ナツメ、プライド高いから」
「……っわかりましたっ」
「あ、せ、先生!!」
「非常に興味深い推論でございましたので口を挟めませんでした」
「すぃません、つい……興奮しちまって」
「2人のお気持ち、いたいほどわかります。そのエピソード。おそらくナツメ氏本人で間違い無いんじゃないでしょうか。ナンプラ氏の推論もほぼほぼ正解だとおもいます」
「先生もそう思います? すよね! コージ! 先生のお墨付きだ! クニタチはナツメが好きで確定FIX!」
「ナツメがクニタチを好きだったとしてもっぉ、クニタチがナツメを好きだってことにはなりませっぇん!」
「オマエ、まだ言──」
「──その通りですね。僕からもよろしいでしょうか。私はクニタチ氏が想いを寄せるのは、女将だと考えています」
「女将……せ、先生も、またそこにもってきます? 女将ってキミドリ牧場の女将さんっすよね? クニタチが居残りミルクのペナルティで連れてかれた牧場の」
「はい。女将さんこそクニタチ氏が告白を決意した人であると僕はおもいます」
「先生、そりゃいくらなんでも無理が……」
「でっぇす! クニタチが“きみどり牧場”の女将に会うのはミルクリイベントの後に行われるミルク合宿のところでっぇす」
「ミルクリが応援曲として流れるのは“いのこりミルク”イベント。このときは女将に会ってないんすから、告白決意するのはムリないっすか?」
「DOS×KOIが彼ら、登場人物本人たちのimaGeライフログをもとに制作されたのはご存じですか?」
「そりゃ、もちろん……なんなら、それを先生にお伝えしたの、オレっすから」
「うん。そうですね。はい。ゲームのストーリー上の時系列はご認識の通りです。しかし、勘違いされがちなポイントですけど、重要なのは居残りミルク自体はミルク合宿の後にも行われていたことです」 「先生。た、たしかに、クニタチがミルクリの詞をかいたのは時系列からはずれてんじゃねえかって説は、ときどきみかけますけど、だからつって、“クニタチは女将が好き”と結びつけんのはいささか乱暴じゃねえかと……」
「ほら、僕、DOS×KOIに関しては復刻からはじめてる、キッズ第2世代ジュニアじゃないですか。リアルタイムじゃないコンプレックスがずっとありまして、少しでも第1世代シニアキッズの熱量を感じようと思い当時の書き込みを隅々まで拝見していたところ、あるchibusaさんの発言に行き当たりました。過去のコラム記事かなにかの公開取材で、chibusaさん本人に“ミルクリハッピーエンドの挿絵はどっちを書いたんですか?”と、質問しているキッズが騒動になったことがありませんでしたか?」
「“chibusa ポロリ事件”すか? たしかにあれはでっかい“祭”でしたね」
「chibusaさんは正直な方です。質問にたいして即時、“両方描いた‼”とお返事されています。そういうところが、とてもかわいいよね」
「chibusaさんはカワイイっすけど、あの祭の当事者は相当、叩かれましたからね、“chibusaさん、両方つったからよかったけど、片方だけだったらどう責任取んだ”って、質問したやつが吊るされてね。逮捕者もバンバンでるわ、“どちっかのイラストはお蔵になるからプレミア確定”とかいうバカもいて大騒ぎでしたから」
「はい。遅ればせながら当時のログを拝見して、存じています。僕は遅れに遅れたDOS×KOIキッズ。しかし、だからこそ冷静にそれらの事象を観測することができたおかげで、僕は一連の乱痴気騒ぎからある考察に至りました」
「それが、女将の……説…すか」
豊川先生は、人差し指でサングラス押し上げた。
「特番を打ちたいと思います」
「も、もしかして、クニタチ、女将にホの字説、っすか?」
「そうなります」
「先生、そいつは、ちと、大炎上の予感がしますよ?」
「恋ですから。ここはえてなんぼではないでしょうか。大会前に大々的でセンセーショナルな新説を唱えることでDOS×KOI界に風穴をあけ、大会開催にさらなる燃料を投下するための炎上プロモーションを展開したいと僕は考えています」
「先生、それハッキリいうのは御法度っす」
「特番名は“ミルクリハッピーエンド新説徹底討論会 牧場女将説(仮)”でおねがいします」

屋上から校庭を見下ろすと、昇降口から生徒がバラバラとでてきて。全員が校庭の方へむかい歩いていくのがみえた。
校庭には先生とおぼしき大人の姿。
「あそこにオレと、ミナミ先輩がいる」
シゲルが指差した方向に、重量感のある台のようなものを運ぶ男子生徒が6人。その中にシゲルの姿。集団と並行して歩いているのは、鼓舞するように笑顔で声をかけているミナミさんの姿。
「あの台、朝礼台っていうんだけど、ものスゲー重いんだわー」
『シゲル、よく運ばされてたたよね』
「体育の菅原に目、つけられてたからなぁ」
体育祭に屋上でエロ本を読むような生徒なら当然じゃないか。
「でも、ああやってミナミ先輩がいっつも応援してくれてたからガンバレちゃうんだよな」
「これ……、なんの映像なんすか?」
「あっわすれてた。これ、オレたちが高2になってすぐの全体朝礼なんだけど……いつだっけ?」
シゲルが屋上に表示された巨大な電光掲示板型の時計をみる。時計はOHPが再生している立体映像のタイムコードを表示しているようだ。
「そうそう。4月の月初朝礼だね。この日の全体朝礼がすべてのはじまりなんだ」
「朝礼って……校庭でするもんすか?」
「いまどきそんな学校ないだろうなぁ。オレたちの時代でもかなり少数だったから」
『朝から校庭に立ってたら倒れっし!』
頭上からリッチャンさんの声がする。
「リッチャン、朝よえーからなぁ」
ナツメさんが、ふんっと鼻を鳴らす。
『ウチら全員がナツメみてぇに朝からキレッキレにラジオ体操踊れると思うなし!』
校庭の真ん中に朝礼台というものが設置されるころになると、台を中心に縦長に並ぶ生徒の列ができていた。クラスごとに並んでいるだろう。前後の生徒同士が笑いながら話をしたり、肩をつついたりしながら談笑している。
ソワソワした雰囲気が春の気温の中でほのかで、ゆるい空気を紡ぐ。
「あそこ見てみん」
シゲルが校庭のいちばん奥をゆびさした。
「あれ、クニタチ」
その方向へ視線をうつした途端…わかった。
ザワつく集団の中、そこだけが静止した世界。
降り積もる雪のなかで静かに咲く梅の花のように、直立した姿勢とうなだれるように頭をたれ微動だにしない生徒。
口元に手をあて考え事にふけるような仕草でうっすら朝礼台の方へ視線を向けている。
あのポジションは……完全に……“隠”の……。
わかる。
あのはすに構えた姿勢、意味ありげな眼差しと仕草。
わかるぞ。
話す相手のいない教室や体育館でそっと、物思いを演じる、防衛手段。
外界との隔絶をアピールし、周囲をただ傍観しているだけ風に装う虚勢スタイル
「わかったっしょ? クニタチは昔っからあのポジションだったんだって。さっきのは言い過ぎかもしれないけど、ああやって独りでいることがほとんどでさ」
「ちなみに、この日のポエムタイトル中の1編に、“青春ノーガード戦略! その58”がある」
ナツメさんの表情は1ミリも動かない。冷酷な口調だった。
「青春ノーガード戦略はあまりに暗すぎてカットされたんだよなたしか! 毎週月曜日になるとそのなんぼって数字が増えただけの“青春ノーガード”かいてたからなクニタチ」
「そういえば、ずっと気になってたんすけど、DOS×KOIの曲ってホントに国立さんのポエムが使われてるんですか?」
「一部は運営のオリジナルらしいけど、ほとんどクニタチのポエムだぜ」
そういえばさっき、印税で儲けてるとか……。
「DOS×KOIって、この学校の生徒たちがモデルなんだと思うんすけど、実名で登場してますよね? そのうえポエムなんて、そんな、センシティブなことまで、晒されてるんすか……」
「それがこのOHPみせてる本題! ほら、朝礼はじまる!」
校庭の中央に置かれた朝礼台にひときわ偉そうでダブルのスーツが似合う老人が立っていた。
「あれ校長」
いつのまにか校庭全体に沈黙が行き渡っている。
「ぁあ゛ー静かに! みなさんが話をきける状態になるまで5分もかかりましたぁ゛」
ベッタベタな語りだし。
「先生方も含めてぇ゛約400名の5分間が失われましたぁ゛我が千歳逢坂学園の聡明な生徒諸君であればぁ゛スグに計算できると思われますがぁ゛約2,000分、30時間以上の時間がぁ゛…」
「でた! かけ算理論」
「これ、意味ねーよな」
『だし! 5分は5分だっつーの』
「なんだかんだ、この話だけで毎回5分以上ムダにすっからなコイツ」
古今東西、全国津々浦々、この語りだしを選ぶ校長は多数存在するだろう。なぜいまさらこんな朝礼シーンをみせられているのか。
「でもね、ハルノキくん。この日の朝礼のここからが大事なんだ」
そうこうしている内に1人の女子生徒がふらふらと校庭にしゃがみこんだ。
『あれアタシ!』
リッチャンさんは何人かの女子生徒に手を引かれて列から離れた場所へ運ばれていく。
「……そろそろ本題に入りますがぁ゛。みなさんが試験使用を続けている、なんだ…あぁ゛イメージについて今朝はぁ゛、若宮わかみや教頭先生からお話がありま゛す」
校長と入れ替わり中年の女性が登壇する。
「みなさん! おはようございます!」
凜々しく髪を束ねたいかにも頭脳明晰という顔立ちの女性だ。
「大変、喜ばしいお話です! imaGeモニターにおける本校の成果が認められ、我が千歳逢坂学園は新たなステージに進むこととなりました!」
校庭がいっせいに波打つ。
さざ波のように広がるひそひそ話。
「imaGe…そう、interactive multi augment GENJITSU engineはみなさんの日々の生活に役立っていることと先生は思っています!」
あの教頭先生、担当教科は英語なんだろう。嫌味なくらい英語の発音が流暢だ。
「imaGeが接続される先には人工知能エデルがいます。エデルはみなさんの生活をよりよくするため、日夜、その優秀な頭脳をフル回転させているそうです」
……エデルにわざわざ人工知能とつけているところに時代を感じる。当たり前の話だけど、いまのエデルに人工知能なんて冠をつける人間はいない。当たり前の話だけどエデルは、“人工”の枠を越え、人類を凌駕する存在だ。
「そんな人工知能エデルの壮大な計画モデル校として全国の高校の中から我が校が選ばれましたのです! 計画名はまだ仮称とのことですが……」
教頭が息を吸い込んだ音をマイクが拾う。
「…“エデル テーマパーク計画”といいます!」
ざわめきがピタリとやむ。
「エデルは、教育を根底から見直しています。人間が成長していくなかでほんとうに必要な教育とはなにか。その答えを探し続けて辿りついた解が、高校教育制度の抜本的な見直しと創造です。戦略的破壊スクラップ確信的な創造ビルド! エデルはこの学園の歴史を塗り替えます! 校舎や校則、すべてを白紙に戻し、新たにこの場所へ複合型教育テーマパークを建設することを構想しています!」 壇上の横に控えていた校長が、ぽっかり口をあけている。
いまのいままで、地盤を引き継いで選挙に立候補した娘をみまもるように穏やかだった表情が一変していた。
もしかして校長は計画の内容を詳しく理解していなかったんじゃないだろうか。
「みなさんの手で、新しい学園のカタチを掴みとりましょう!」
ガッツポーズのような力強さで教頭が手を振りあげた状態で映像が停止した──。
「これがはじまり」
シゲルさんの声で我に返る。
そうだ、自分は過去の記録映像をみていたんだ。
いつのまにか、リアルの出来事を見ているような気分になっていた。
「ここからは、OHPの映像だと伝わりにくいからオレ目線の記録映像に切り替える!」
シゲルさんがエアロディスプレイを操作する。
「高校のころのオレの記録だから、ちょろちょろ、アレなシーンとかあるかもしれないけどゴメンな!」
そういってディスプレイの右下にある“再生する”とかかれたボタンを押した──。

次回 2020年08月14日掲載予定
『 クニ、タチぬ 08 』へつづく

掲載情報はこちらから

@河内制作所twitterをフォローする