河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第7話『絶叫と驚嘆 ― 後編 ― 』

「おまたせしましたー! 主役の登場です!」
珠美の声がした。
「おせーぞー! まもるー」
「お! 坊主かー! 気合いはいってんなー」
「気合い入れても、こねーーーぞーーーー」
野次にまじって手拍子が聞こえる。
ドラムロールが流れだしトランペットの音が重なった。
食堂に鳴り出したファンファーレにあわせて手拍子がわき起こり、やがて大歓声になった。
歓声が一段落すると間髪いれずに珠美の声が会場を支配する。
「まもるくーん! スマホここにもってきて。ほら、兵名! うけとってこい!」
珠美の声に押されるように、兵名がおずおずと近づいてきた。
断ったら全員からひんしゅくを買うんだろう。
ボクはスマホを兵名に差し出した。
兵名はスマホを手に、珠美の待つ中央ステージへ小走りで戻った。
「まもるくんは、特別席に座ってー」
珠美が手で指したのは、ステージ上手側に置かれた椅子。
観戦席に対面する位置に設置されている。
椅子の背もたれには『本日の主役』という、飲み会で使うタスキが掛けられていた。
断りたいと思ったが、他に座れる席も無さそうなので黙って従った。
食堂のテーブルはすべて向かいあわせにされてまるで給食を食べるような配置だ。
こんな悪人たちは給食を食べないと思うけど。
「はーい、おまたせー。それじゃーいくよー」
ボクが座るのを確認して珠美が合図をだした。
おちゃらけた甲高い効果音とともにスマホの待受画面が中央のスクリーンに映る。
「え! や、やめて! それは恥ずかしいよ」
ボクの声は誰にも届かなかった。
「はーい! まずはルールの確認でーす! 本日の24時をもって、このスマートフォンが使用できなくなります! それまでにまもるくんの想い人から返信が来るかが賭けの対象です。今回は結果が予想しやすいので、細かいシチュエーションも予想してもらってます! 結果とシチュエーション併せて、より細かくて事実に近い人が優先的に当たりになりまーす!」
歓声があがる。
しかし中にはヤジも混じっている。
ヤジの聞こえた方向をみると、奥の方に食事中の席があった。
「うるせーぞ! ばかやろー! 飯がまずくなるわー」
「人の不幸、楽しんでんじゃねーぞ。こんな賭け、倫理的によくない!」
「そうだそうだ! そっとしといてやれよ! 知井さんが可哀想だ! 人権侵害だ!」
吉原と川崎と堀之内の3人だった。
この間はひどいことされたけど、自分をかばってくれているなんて本当はいい人なのかもしれないなと思うと、涙が出そうになった。
「そこのスケベ、3人! あたしのおっぱいにつられて『返事がくる』に賭けといて、いまごろスネてんじゃないよ! いまさら、倫理観に訴えて賭けをやめさせようとでもしてんのか? あめーんだよ!」
今日一番の笑い声が起きた。
3人の口が同時に「うるせえ」と動いたが、声は喧噪に飲み込まれて聞こえない。
「くるわけねえだろう!」
「このスケベ!ふざけんな」
さんざんな罵りを浴びながら3人は黙々と飯をかきこみはじめた。
「むぅぅじぅゅ…」
舌打ちしそうになって口を閉じたら、変な音がででしまった。
『返事がこない』ことが前提の空気にイラっとした。
気持ちを落ち着かせるために、小鳥さんたちの声を聴こうとしたけどスマホは中央ステージに拉致されている。
「はーい、それじゃあここまでの結果いきます。あ、そうそう、その前に……」
ステージ上で珠美がまた指をならした。
エアロビに写真が表示さ──
「え、なんで、なんで、あゆみちゃんの写真もってるの!」
声をあげたけど、だれも反応しない。
珠美は無視して続ける。
「これが、まもるくんの想い人。あゆみちゃんでーす! ある筋から入手しました! ていうか、ムカつくくらいカワイイよねー、あゆみちゃん。派手な顔立ちしてるのにピュアで透明感まである! まあ、まもるくんが好きなのは納得できますね」
会場にさざ波のように乾いた笑いが広がる。
「それじゃ、投票結果を少しずつみていこーねー。みんな、imaGeに送った“会議通知”は承認してるー? 自分が提出した“企画書”のアイコンだけが見えてるはず! そのアイコンが消えたら失格ねー。わかったー?」
珠美のあおりに、会場内から野太い声で『はーい』と返事があがる。
「imaGe持ってないとわかんないから、まもるくんはスクリーンをみてねー」
いわれた通りにスクリーンをみると中央のエアロビには、大量の“白いレポート用紙”アイコンに囲まれた珠美が映っていて、足元には“大きなゴミ箱”アイコンも置かれている。
imaGeを持っているみんなは、おそらくこの映像がみえているのだろう。
何気なく、スクリーンを見渡すと左側のスクリーン右上に映る夜勤組のメンバーには、追田と戸北がいた。
事の発端となった2人が涼しい顔で映っているのにまたイライラしてしまった。
「まず、応募総数は259件! なかなかの儲けだったけどさー、あと9件で新記録だったんだよなぁー! おめーらもっとやヤル気だせ!」
ボクよりもステージ上の珠美の方が機嫌が悪そうにみえた。
「じゃあ、まず文字数オーバー! 20文字を超えてたのは全部ボーツ」
声を合図に1割近い紙が丸まってゴミ箱に吸い込まれた。
アイコンが消えた人たちなのだろう、大勢から抗議の声があがる。
「え? 俺のダメなの? なんで!?」
「あー、おまえのはびっくりマークが1個多かったから失格! 句読点も1文字にカウントしてっからなー」
会場からブーイングが巻き起こる。
「うるせーな! 読むのがめんどくせーんだよ! 20文字でかけっていったろ!」
珠美は挑発的に言い放ち、つづける。
「さあ、有効投票は残り225件! 次のボツ読みまーす」
1枚のレポート用紙が珠美の顔に近づく。
「えっと『返事はくるが、スマホが壊れる』。だーかーらー、返事がくるわけねーだろ! ていうかスマホ壊れたら確認できねーだろ!」
珠美は笑いながら紙を投げる仕草をした。
「21通もあった。馬鹿なのー?」
「まだ時間あるだろ! 壊れるかもしれないだろスマホ!」
会場から声があがった。同調する声も多い。
「だったら、事前にスマホ壊すくらいの気概、持っとけや!」
珠美が会場を睨むとピタっと声がやんだ。
「さて、問題は次なんだけどさ……『返事はこない。でも本人が現れる』。はい! ボーツ!」
「いやいやいや、待てよ! 来てるかもしれねーじゃん!」
「そうだー、そうだー!」
「インチキだろ! ちゃんと確かめろよ!」
反応の大きさに驚いた。
いままでと明らかに反応の大きさが違う。
返事じゃなくて、あゆみちゃん本人がくるなんてボクでも思わなかったのに。
「わかった、わかった。まあ、そんなこと言い出すじゃないかとおもって、中継をつないでまーす」
会場が急に沈黙した。
「地上エントランスのルミちゃーん」
珠美が呼びかけると、3枚すべてのモニターに西倉ルミが映った。
会場から「おーっ」や「かわいいな」という声がぽつぽつ聞こえる。
「は、はいですー!」
「ルミちゃーん、今、地上に誰かお客さんきてるー?」
珠美が問いかけると画面の中でルミは、周囲を見渡す素振りを見せて目線を戻した。
「だ、誰もきてません」
「OK、ありがとー」
ルミが深々と一礼すると、画面は会議の題字に戻った。
「はーい、ということで『本人が来る』もボーツ!!」
珠美の宣言に、あちこちから怒声があがった。
「いやいやいやいや、そんなの確認になんねーだろ!」
「暗視ゴーグルでも暗視衛生でも、なんでも使って地の果てまで確認しろや! 歩いてくるかもしれねーだろ!」
「確認が雑だわー横暴だー!」
なぜ、こんなに怒ってくれるんだろう。
みんながそれほど強くあゆみちゃんが来ると思ってくれていたことに、イライラを忘れ感激さえ覚えた。
人の不幸につけこんで楽しんでいる人達ばかりだと蔑んでさえいたというのに。
みんなのこと、誤解していたのかもしれない。
この守衛所はいい人が沢山いるんだ。
気付ば涙がとめどなく溢れだしていた。泣くのは今日、何回目だろう。
でも、この涙は晴れやかで温かい。
あふれでてくる涙を拭きながら、ふとステージ上をみると珠美が兵名に目で合図をしていた。
兵名が頷くと、珠美は深く息を吸い込んだ。
「うるせぇ! だまれクズども!」
珠美の咆哮に会場が凍りついた。
「少し冷静になれよ。まずさー、こんなに大勢が騒いでるのおかしいとおもえよ!」
珠美は会場中を見渡しながら静かにいった。
「本人が来るに賭けたやつらは、騙されてるんだよ」
誰もひと言も発しない。
ヤジすら聞こえない。
「だ、騙されてるって。珠美それ、どういうことだよ?」
沈黙を破ったのは観戦席の中央に座る熊野だった。
珠美は熊野を見据えて語りだした。
「今回の勝負を操作してた人間がいるってこと。実はさー『本人が来る』っていう答え、『返事が来ない』の次に多かったんだよ。それなのに『イタズラメールが届く』っていう、ものすごくありがちな回答がほとんどなかった。返事がくるよりも可能性の低いシチュエーションが多くなるのって不自然じゃない?」
会場内がざわめきはじめた。
同じテーブルに座った者同士で、投票内容を確認しあっている。
「熊野さんも『本人が来る』に賭けてるよね」
珠美の指摘に熊野が頷いた。
「どうして?」
「俺は、こいつらが絶対間違いないっていうから、乗ったんだよ!」
熊野は周囲にいる取り巻きを振り返りながら怒鳴った。
「おまえら! どこから情報仕入れてきたんだよ!」
恫喝するような声に、周りの人間たちは互いに言い合いを始めた。
「わかりっこないよねー。知らない間に広まった噂だもんねー。追田さんが本人連れてくるために動いてるらしいって」
珠美の言葉に全員が注目したようだ。
「そして、追田さんが秘密にしてるなら、人に話すの怖いもんねー。バカだね、ビビりすぎ」
「お、おい珠美。追田さんの文句はマズいだろ、これ夜勤組にも聞こえてんだろ?」
熊野の両目が遠目でもわかるくらい、左右に泳いでいる。
「大丈夫。さっき兵名にこっちの音声止めさせたから。いまは休憩中ってことになってる。アイツにも聞こえてないよ」
「アイツって誰だよ?」
「コイツだよ。みんな、コイツから情報もらったんだろ?」
にんまりと笑いながら、珠美は一瞬動きをとめ中央のスクリーンを指さした。
そこには受付席に座る西倉ルミへ話しかけている、戸北の姿が映っていた。
「事情は兵名が知ってる。兵名! 来い!」
「は、はい!」
兵名は目をつぶって声を張り上げステージ中央に走りより、即座に土下座の体勢をとった。
「すみませんでした!」
「兵名! おまえ! どういうことだ!」
熊野の野太い声に、兵名が身をすくめるのがわかった。
「じ、自分、戸北にそそのかされて、その、その……」
泣きだしそうになる兵名の話を珠美が引き取った。
「兵名は『返事が来ない』と『イタズラメールが来る』の2通りに投票してたんだよねー。イタズラメールが来るって答えは、コイツと戸北だけ。それだけなら見逃してたかもしれないんだけどさー、兵名の賭け金が足りなくて、ルミちゃんがメモしてたから気がついたんだよ」
「あ、あれは戸北が金を返さなかったからなんです!」
「そう。兵名は戸北に金を貸していた。今回の勝負のために金を返すように迫ったら、戸北が話を持ちかけてきたらしいんだよ。一緒に儲けようってね。おそらく、戸北は1人勝ちしたら目立つと思ったから共犯者を探したんだよ。それで、アタシが昼間に賭け金の取り立てにいったときに問い詰めたら、兵名が白状したってわけよ」
「す、すみませんでした!」
兵名はさらに大きな声を出して、額をこすりつけた。
「おい! 戸北、捕まえにいくぞー」
吉原たちが立ち上がるのがみえた。
「そこの3人、ちょっと待ってー。アンタたちもまもるくんの情報盗もうとしたでしょ」
珠美の冷静な声に吉原が反論する。
「あ、あれも戸北の野郎が持ちかけてきたんだよ! 俺、秘密の質問聞いてくるっすとか言って! 金も払ったのに!」
「その写真もさ、ルミちゃんに送りつけてたからねー戸北は。どうせみんなも、あゆみちゃんの写真みせられてたんでしょ? さっきスクリーンにあゆみちゃんの写真出したとき、まもるくんしかリアクションしなかったもんね」
「え、ええ? 戸北くん、みんなに写真見せてたの?」
ボクは思わず立ち上がってしまった。
「そうよー、戸北は吉原達からも金を受け取り、さらに得た情報を使って自分だけ賭けに勝とうとしてたのよー」
ボクはみんなの顔が怖くなって、スクリーンをみた。
戸北はまだルミちゃんとはなしをつづけていた。
珠美が咳払いをして声をだした。
「ということでー、ここからはー、戸北の大罰ゲーム大会をお届けしまーす!」
突然の宣言に全員がポカンと口を開けた。
スクリーンの表示が突如『戸北を囲む会』に代わった。
雄叫びがあがる。
気がつくとボクも一緒に叫んでいた。

「それじゃー、ここから音声はいるからー」
珠美が指を鳴らすと戸北の声が聞こえてきた。
『ルミちゃんさ、明日なにしてんの?』
戸北はいつものように前髪をいじりながら、ルミに話しかけている。
「こっちの音声はルミちゃんにだけ聞こえてまーす。ルミちゃーん聞こえてたら、髪の毛かき上げて耳にかけてみてー」
ルミは一瞬動きを鈍らせたあと、髪の毛を耳にかけた。
会場全体から「オォー」と声があがった。
『どうしたの? ルミちゃん黙っちゃって』
戸北は全く気がついていないようだった。甘い物を食べているときみたいに、粘っこいネチャついた声を出す。
『でも今日はラッキーだよなー、兵名さんから夜勤交代頼まれて。だってさぁールミちゃんがこんな時間に受付いるんだもんなぁー』
「戸北に夜勤するよう、仕込んでおきましたー。あ、あと追田さんにはもちろん根回し済でーす」
珠美の解説に会場が沸く。
『ねえ、さっきからいってるけど、今度さ温泉いこー、俺、少しお金持ちになるから』
「そ、そうなんですかー」
珠美が発したセリフをルミちゃんがオウム返しする。
『そ、そうなんですかー』
『そうそう、これマジで内緒なんだけど、今日の賭けさ、俺が勝つんだよね』
「え? すごいですー。どうやってですかー」
『え? すごいですー。どうやってですかー』
『かわいいなールミちゃんは。俺ね、みんなに嘘の情報流したの。なんか、今回は、本人が来るらしいっすよって。それで、あゆちゃんの写真、あ、この前、送ったやつね。あれみせたらみんな信じちゃってさー』
「戸北さんって……、頭いいんですね……」
『戸北さんって……、頭いいんですね……』
珠美は、セリフを指示しながら無言で吉原たちへ合図を送った。
吉原たち頷いて、威勢よく会場を出て行った。
『え? そう? 頭いいかな俺。あれぇ、もしかして俺のこと好きになっちゃった?』
「や、やだー。で、でもワタシ。謎が多い人好きなんですよね」
『や、やだー。で、でもワタシ。謎が多い人…好き…な…んで……すよね』
『そうなの? 俺、実は結構、アレなんだよね秘密とか多くって』
「たとえば?」
『たとえば?』
『そうだなー、1番のヒミツは、好きなこの名前かな。なんて!』
「えぇー、戸北さん好きな人いるんですかぁ。誰ですか?」
『ぅ…えええ、戸北さん好きな人いるんですかぁ』
「ルミちゃん、誰ですかが抜けてる」
『だ、誰なんですかぁ』
『聞きたい? それはねぇ……。もちろん、ル、ミ、ちゃん』
「やだーもー」
『やだーもー、戸北さん、キザ過ぎて、ちょっと気持ちわるいですよぉ』
表情は笑顔だけど、後半は声が震えていた。
「ルミちゃん、ちょっと適当に合わせといて。兵名! ルミちゃんの名前でパスワードいれてみて」
兵名が珠美の命令に反応して手元を動かした。
「開きました! 一発でビンゴです」
珠美が小さく頷いた。
「みなさーん注目です。いま戸北のimaGeのメッセージボックスが開きましたー」
会場から拍手がまき起こった。
「戸北だっせー」
「生体認証なしで開くとか信じらんねー」
imaGeは通常、厳重にロックされていて本人以外の使用は不可能らしいけど、それは、使用者が厳重に使用を制限している場合であって、日頃から連絡先をばらまいている戸北はimaGeの管理も軽薄なようだった。
ボクでも知っているようなことをしていない戸北が信じられない。
『きゃっ!』
突然、悲鳴が聞こえた。
スクリーンをみると、戸北がルミちゃんの手を握っていた。
「はーい、そこまで。よしわらー、突げーき」
『は、はーい、そこまで…えぇ…よ、よしわらさーん、と、とつげきしてください!』
ルミは頬を真っ赤に染めて叫んだ。
画面に吉原達の姿が飛び込んできた。
『え、え、なんすか、え、す、すい、あ、すみませんすみません。え、え、いやわわゎぁ』
戸北の声が遠ざかっていった。

「戸北くんおかえりー!」
珠美がひときわ明るい声をはりあげた。
吉原たち3人に抱え上げられて、戸北が会場に現れた。
「や、なんすか! 俺、仕事中です!」
戸北はじったんばったんにと暴れたが、10人ほどに抑えられて、ステージ中央の椅子に固定された。
「や、珠美さん、なんすかぁ! やめてくださいよ」
叫び声をあげる戸北を、珠美は一瞥すらしない。
「さあ! ただいまスクリーンに映っているのは、戸北くんのimaGeでーす! 一緒に中身を確認しましょう!」
珠美は拳を高く突き上げた。観戦席にいる全員の右手が挙がった。
「や、やめて、そんなのダメっすよ!」
「それじゃ、未送信ボックスー! はいー、そこ! ストップー! その『おひさしぶりです』ってタイトルのメッセージ開いてみてー」
兵名が頷いて空中をタップすると、全スクリーンにメッセージがクローズアップされた。


『タイトル:おひさしぶりです
 知井さんへ
 ご無沙汰しています。
 覚えてくれていますか?
 携帯電話、使えなくなっちゃうね。
 その前に連絡先教えようとおもったよ。
 久しぶりにあいたいな あゆみ』


「はい! これ! 戸北くんが作成した偽メッセージです」
「いや、違うっすこれは、そのちょっと試してにつくってみたっていうか」
「あっそう。兵名、その次の『かーちゃんへ』っていうの開いてみて」


『タイトル:かーちゃんへ
 この下のメール、4月30日の夜中に、
 このアドレスに送って………』


そこには、さっきのあゆみちゃんの名前の入った文面と、ボクのアドレスがかかれていてた。
「はい。チェックメイトー。これが決定的な証拠です。戸北くんはーギリギリの時間に、偽物のメール送ろうとしていたんですねー」
「ち、ちがいますって! 実は、実は、そ、そのあゆみちゃんから代理で送信をたのま──」
「まもるくーん、どう? このメール本物?」
「ち、ちがう! こんなの、あゆみちゃんの文章じゃない! あゆみちゃんは、ボクのことを“チーくん”って呼んでたんだよ」
「だってさー。戸北ぁおまえ、かーちゃんまで巻き込んでよ、いいかげんにしろよぉー」
珠美はいつのまにかあの黒いブーツに履き替え、戸北が固定された椅子の脚をコンコンとつま先で小突いていた。
「なあ、戸北。安全靴ってさ、使い方間違えると、危険だよな」
戸北の座る椅子がゴクッと鈍い音をたてた。
すくみきっていた戸北の肩が一瞬、ビクンと持ちあがり直後にしおれた。
「……すみませんした……」
「はーい、それじゃ戸北くんの罰ゲームきめまーす」
戸北はピクリとも動かない。
「アタシ、さっき面白いのみつけたんだよねー、兵名、さっきの“R”ってフォルダ開いて」
「え! あいあやいああ。それは」
戸北が目を見開いて顔を起こす。
「その音声データ開いてみて」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、珠美さん、いやダメっす。ダメっす。ダメっ……だっぁっすーああああ」
断末魔のような叫び声だった。


 ♪ルミルミ ミルミル
 ミル ミル ミル ミル ルミのこと
 ルミ ルミ ミル ミル オレのこと
 知る 知る 知る 知る ルミのこと
 ミル ミル オレ、ルミ 好きになる♪


シャワーの音だろうか、水音をバッグにして唄うテンションの高い、戸北の歌声が会場を包み込んだ。
珠美は壇上で笑い転げている。
「戸北ー、おめー、マジで天才だわー、あー腹いてー」
珠美が涙をぬぐいながらマイクを握りなおす。
「じゃあ、スキンヘッドにしてこの歌詞ナノマジックで書き込もうか戸北」
「珠美さーん、マジックじゃ消えちゃうからタトゥー、タトゥー!」
「タトゥー入れる金も根性もねえだろー」
ヤジとヤジがさらなる笑い誘発する。珠美も笑いをこらえない。
「あー戸北、おまえ持ってるなぁー。でもさーみんな、この歌詞だとルミちゃんが可哀想だから別のにしない? 実はさもう1曲あるんだよ。兵名! 次のやつ」
真っ白になった顔で口元をパクつかせるだけで、戸北はもう発声をしなかった。


 ♪おぉ~ 俺~
  おぉ~ ジーザス ジーニアズ 
  おぉ~ 俺~ オッレェイ♪ 


また、シャワーの音をバックにして戸北が唄っていた。
「戸北、次の休みに銀さんの店でスキンヘッドにしてこい! その後、この歌詞書き込んでやるから! 銀さーん、よろしくねー」
珠美の問いに、銀が小さく頷き口を開いた。
「特別料金とるからな」
銀の渋い低音は笑い声の中でもよく通った。

「はーい、それじゃみなさーん。長い余興でしたがー、画面に注目ください! いよいよです」
我に返った。スクリーンに映るスマホをみると24時まで、あと1分に迫っていた。
「まもなく2063年5月1日になります! もう、正直どうでもいいかなって気もしますが、スマートフォンサービス終了まであと数分!」
会場は疲れ切っていた。
「おお、忘れてたわ」
熊野が間抜けな声をだした。
「もーいいんじゃねーの」
「飽きたわーどうせ返事なんかこないだろ」
口々にみんながいいだし、会場には空席もできはじめている。
「まあ、いちおうカウントダウンでもしてみよーか」
珠美の周りには大量のレポート用紙アイコンが残っていた。
「50、49、48…、47…」
珠美がカウントダウンをはじめた。
「34、33、32、31…」
あと30秒。
ボクは目を閉じた。
あゆみちゃんの顔が浮かんだ。戸北のことに気を取られてしまったことを悔やんだ。
もっと静かにこの時間を過ごせばよかった。
「10、9、8、な──」
そのとき──
振動音とともに「ピヨピィッヨ」と小鳥の声がした。
慣れ親しんだ音だった。
ずっと使っているメッセージの着信音。
ボクは顔を上げた。
ディスプレイをみると、新着メッセージが……、1件あった。
「え…来…え。来たの? 来たの!」
気がついたらステージの上に立っていた。
「珠美ちゃん! 来たよ! 来た! 来た! きた、きたのぉーーーー!」
気がつくと珠美の両腕をつかんでいた。
「まって、まって、まもるくん。おちついて、ね、中身みてから、みてからでしょ中身」
珠美の声にはっとした。
同時に会場から「あっ」という声が聞こえた。
振り返ってディスプレイをみる。
そこに映っていたのは──


『タイトル:サービス終了のお知らせ
 長い間のご愛顧、誠にありがとうございました。ただいまをもって本サービスは終了となります。感謝の意を表するとともに、当連絡をもちまして……』


契約していた電話会社キャリアからのメールだった。
長い文章が続いているようだ。
けど、滲んだ視界の中では黒い文字の塊にしかみえない。
戸北のポエムが映されたときと同じくらいの大きな笑い声がボクの鼓膜を激しく揺らす。
立っていられなかった。
膝から力が脱け床にしゃがみこんでしまった。
「まもるくーん大丈夫?」
珠美の声がする。なにも考えられない。
あゆみちゃんの顔が、頭の中で滲んだ。
もうだめだ。
目の前の光景は全て遠くの出来事のよう。
珠美が、目を見開いてる。
みんながボクをみてる。
笑いものにされているのかな。
どうでもいいや。
「まもるくーん……お……う」
珠美の声がかすかにきこえる。
「まもるくーん」
珠美に肩を揺さぶられている。
気がつくと、珠美の顔が目の前に迫っていた。
「まもるくん、お…で…う!」
「おでう?」
「おめでとうっていったのよ! いいから、立ちなさい!」
珠美がボクの腕を引っ張り上げた。
「まもるくん! おめでとう!」
気がつくと、会場から拍手がわき起こっていた。
「え……? なに?」
「だから、まもるくんのひとり勝ちだよ。ほら」
珠美はポケットから紙切れを取り出してボクの鼻先に──
「なに、これ臭い!」
「臭いじゃないよ! これまもるくんの字でしょ!」
よく見ると臭い紙にボクの殴り書きしたの字がうねっていた。
そこには──


『どうせサービス終了のお知らせしかこないよ』

と書かれていた。
「まもるくん、あの日酔っ払ってこれ書いたんだよ。その臭いはたぶん、よだれと酒の臭いだと思う」
おとといの夢を急に思い出したみたいな、おぼろげな記憶が蘇った。
追田さんから渡された湯飲みに注がれていたウーロンハイを飲んだ日。
ヤケになって書いた投票用紙。
そうだった。そのときももういいやと思って書いたんだ。
「なんと、なんと、的中はまもるくんのみ! 総額90万6千500円獲得! ちなみにそのうち5千円は銀さんの店の無料券でーす」
「い、いや、あの、ボクはお金なんかより……あゆみちゃんの」
「はーいそれじゃ長いことお疲れー! かいさーん!」
「飲むぞ飲むぞー今日は俺の部屋つかっていいぞー」
熊野が大声を上げて、食堂から出て行くのが見えた。
取り巻き達がぞろぞろと、ついていくのがみえた。
「いや、ボクは、あゆみちゃんからの返事が」
「いいから、いいから、まもるくん。金があれば大抵のことはなんとかなるから! 風俗でもいってスッキリしてくればいいじゃん!」
「いや、ボクは、あゆみちゃんからの返事が」
「だから、もう来ないって」
珠美はそれだけ言い残して、さっさと食堂から出て行った。
次々と人がかえっていって最後に残ったのは、椅子から開放された戸北とボクだけだった。
なんだかいたたまれなくなってしまった。
戸北が重大な罰ゲームを背負ったことを思い出したからだ。
ボクは戸北に声をかけた。
「戸北くんさ」
たくさんのお札の中に紛れていた銀さんの店の券を取り出した。
「これ、使ってよ」
無料券と気づいたのだろうか、戸北は弱々しく微笑んだ。
「ち、知井さん。いいんすか」
「使ってよ、スキンヘッドにするんでしょ」
「正直たすかります」
「ボクは、今日切ったばっかりだし、それに特別料金はけっこう高いから」



次回 7月 7日掲載
『ブリンカー・ドリンカー』へつづく


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