河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第12話『抜け殻のimaGeイメージ

初夏がせまるころ。
守衛所の周辺は草木がほとんどはえていないから新緑の季節とはいえないけれど、この時期は涼しくて過ごしやすい。朝はことさら心地よい風が楽しめる。
今日も日課の掃除からはじめようと守衛所の外へ出ると、すでに戸北が掃除をはじめていた。
一心不乱に地面を見つめ細かくほうきを動かしている様子を眺めていると、戸北がこちらに気づき小走りで近づいてきた。
「まもるさん。おはようございます」
背筋を伸ばし、深々と一礼された。
「お、おはよう戸北くん」
「守衛所の周りは1度まわって参りました」
「え? もう!?」
「はい。このところ過ごしやすい気候ですね。夏が近づいてくる薫りを楽しみながらお掃除させていただきました」
「な、なんか最近ずっと、お掃除させちゃってるみたいで、わるいね」
「いいえ。まもるさんには返しきれない御恩がございますので。これくらいのことは。わたくし、いま少しまわって参りますので、まもるさんはここで休んでいてください」
そういいながら戸北が深く頭を垂れると、後頭部にナノマジックで書きこまれた文字が覗く。
「ぷほぃほほ……ご、ごめん」
「いいんですよ、もっと笑ってやってください。この頭とこのうたはわたくしの贖罪しょくざいなのですから」
「な、なんか戸北くん、罰ゲームの後から、雰囲気かわったよ……ね……」
「そうかもしれませんね。ただ、わたくしはやっと目覚めることができたのかもしれません。人を騙すという己の浅ましさに。守衛所を辞めることも考えましたが、こうして贖罪をつづけて吉原さんたちや、西倉さん、守衛所の皆様へしてしまったことを詫びながら向き合っていこうと決めています」
静かに微笑んだ戸北は朝日の中で、太陽の光をくまなく反射させている。
「まもるさん。もし、よろしければ、小鳥のさえずりを流していただけないでしょうか」
「え? え? いいの?」
「はい。いつぞやは、眠くなるなどと失礼なことを申し上げてしまいましたが、ぜひお聴かせください」
「そ、そんなにいうなら」
ポケットからスマートフォンを取り出して、音楽アプリのアイコンをタップし『環境音89 春 ~小鳥のさえずり~』を再生すると、ボクの耳元に貼り付けてあるナノスピーカーから透き通った鳥のさえずりが流れ出した。声に癒やされながら、ふとスマートフォンの画面をみると左上に『圏外』と表示されている。
「も、申し訳ございません! わ、わたくし! まもるさんの気持ちも考えずに!」
突然、戸北が叫んだ。
「ど、どうしたの戸北くん」
「い、いま! そのスマートフォンをご覧になったときに、お顔を曇らせましたよね? スマートフォンが使えなくなった辛さ、まもるさんのお気持ちも察せずに! 申し訳ございません!」
戸北はほうきを抱え込むように突っ伏し、地面に額をこすりつけ始める。
「や、やめてよ! そそんなの」
「もっとまもるさんのお気持ちをおもんばかるべきでした!」
「別にもう慣れたから平気だよ。それに……、ほら……小鳥さんの声聞いてれば心落ち着くでしょう?」
「おっしゃる通りですね。心があらわれるようです」
「だから、もう、そんな格好やめてようよ戸北くん」
戸北は静かに頷いた。
「ほら、掃除はもういいから、そろそろ地下ゲートを開けないとだよ。今日から忙しくなるんだから」
「そういえば、夏に向けて朝番を増やすと熊野さんがおっしゃっていましたね」
「そうだよ。今日から3人体勢なんだからね。今日は追田さんも来るんだから、ちゃんとしておかないと怒られちゃうよ」
「なに、コソコソはなしてるの」
背後から、特徴のある掠れた声がした。ゆっくり振り向くと、守衛所の玄関に追田が立っていた。
「人の名前をコソコソ呼ぶのは関心できないな。まもるくん」
「い、いやあの、違うんです。いま戸北くんと、小鳥さんの話をしていたんですぅ」
「小鳥?」
「はい。あの、このスマホで流してる小鳥さんの……」
手元をのぞき込まれている感じがするけど、追田の目線はシルバーゴーグルに遮られ読み取れない。
「もう使えないスマホまだ、持ってたの? まもるくん」
「いえ、あの、ネットやメールは使えないですけど、音楽を聴いたりはできるので……」
「捨てちゃえばいいじゃない」
「ぇへえ?」
「いつまもでそうやって過去にとらわれているから、まもるくんはダメなんだよ。いっそのこと捨ててしまえばいいんだ」
「いや、あのこれはその……」
「ああ、もう!」
無理矢理スマホを取り上げられた。
「あ、あああ! なにするんですか!」
追田はそのままスマホを地面にたたきつけた。
「ほぎぇええ!」
「なに大きな声だしてるんだい、まもるくん」
「い、いや追田さんひどいですよぉ! 壊れたらどうするんですかぁ」
拾い上げたスマホは幸いなことに無傷だったけど。地面に叩きつけられて痛そうだった。
「電波を拾えない通信機器に愛着をもつ意味ってなんなの?」
追田はそういいながらタバコに火をつけた。
「まもるくんも、自分のimaGeイメージ を持ったらどうなの?」
「イ、imaGe、なんてどうせボクには使いこなせ──」
「それ!」
追田が鋭く指差ししてきた。
「どうせボクにはー、とか、できっこないんですぅーとかその言葉がダメなんだよ。いい歳して情けない。ねえ、戸北くんもそう思うでしょ」
追田に話を振られた戸北は、少し沈黙したあとに小さく頷いた。
「おっしゃる通りかもしれませんね」
「え、と、戸北くんまで」
「まもるさんの落ち込む様子は、守衛所の皆様が心配なされていますよ。過去の思い出にうちひしがれ、新しいものを拒否するお気持ちはわかりますが、従来の通信機器に変わって普及したimaGeなしではもう暮らせない世の中であるのは明白な事実でございますし。そろそろ、まもるさんもimaGeを持ってみてはいかがでしょうか」
「聞いたかい。まもるくん。他人に迷惑をかけているんだよ。キミの落ち込んでいる姿は」
「そ、そんな」
「さっさとimaGeを買ったらどうなんだい」
「そ、そんなこといっても……いまさらimaGeを買うのなんて、なんだか恥ずかしいですよぉ。ずっとスマホ使ってたし、いまさら乗り遅れた感じがするのも」
「そんなに恥ずかしいことじゃないんだよ。まもるくん」
追田に肩を掴まれた。しわがれた手だけど、握力は強く、指が肩に食い込む。シルバーゴーグルが迫ってくる。ボクの額はいつも通り汗だくだった。
「いいかい。imaGeの普及率は、世界中でほぼ100%に近づいているんだよ。持っていない方が少数派なんだ。なぜだかわかるかい?」
「わ、わかりません」
「ボイスチャットつまり電話や、テキストメールのような日常の連絡はもちろん、買い物の決裁、VR環境へのログイン、MR環境による日常的な情報のアシスト、すべてimaGeひとつにまとまっている。もはや人間の一部になっているといっても過言ではないんだよ」
追田はくわえていたタバコを地面に投げ捨てて、制服の胸ポケットから、指輪ケースのような艶のある布で覆われた箱を取り出した。
追田が蓋をゆっくりと持ちあげていく。
慎重に開かれていく箱に目が吸い寄せられる。
「実はね、まもるくんに、どうかなと思ってimaGeを用意したんだよ」
追田は箱の中に収められていた、小さくて黒い金属片をつまみあげた。
「これがimaGeの本体、imaGeチップだよ」
追田の指につままれたチップの中心にある『G』の文字は、まるで呼吸するようにゆっくりと伸縮を繰り返していた。



次回 8月11日掲載
  『 混沌の imaGeイメージ 』へつづく

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