河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第13話『 混沌のimaGeイメージ

「みえるかい? まもるくん」
「は、はい」
追田がimaGeチップをぐっと近づけてきた。突きつけられたチップは黒地の部分がユラユラと揺らめき、まるで生き物のようだった。
「imaGeってこんなに小さいんですか?」
「本体のチップは小さいよ。まあ、このチップは少し前の型だから最新のものよりは大きいけどね」
追田の親指と人差し指に挟まれたチップは、充分に小さく見える。
「このチップを好きなimaGeケースに入れて使うんだよ。ケースは、世界中のメーカーがこぞって作っているから選び放題だよ。このバイザーのようにね」
追田は目元の“シルバーゴーグル”を指さした。
「imaGeチップはそのまま脳神経に接続することもできるけれど、電源のことや画質、処理速度を気にするならimaGe対応のメガネやコンタクトレンズとペアリングして使うのが一般的だよ」
「ね、ねえ、と、戸北くんは、どんなケース使っているの?」
戸北は先ほどから、目を細め、ただ動かず、話さず、ただやり取りを眺めて、たたずんでいた。
「わたくし、以前はピアス型ケースとコンタクトレンズを使用しておりました」
「あ! あのいつもつけてたピアス?」
「ええ。しかし華美な装いは不要だとおもい至り、今はここに固定して脳内と直接リンクさせております」
そういって戸北は振り返り、後頭部を指し示した。
「ど、どこ? ま、まさか脳内に直接埋め込んでるの」
「まさか。よくご覧ください」
戸北の指先は『ジーニアス 俺!』とナノマジックで書かれた“!”の下の“・”部分を指している。
「あ! チップ! こ、こんなに小さいチップもあるの!?」
「もともとがピアスサイズで、ちょうどよい大きさでしたので、ここに貼り付けております。以前より脳に近いせいか、画像はコンタクトレンズを使用していた頃よりも、鮮明になった気がいたします」
「で、でも、そんなにわかりやすい場所に貼り付けて平気なの? 盗まれたりとか……」
戸北はゆっくりと前に向き直り、静かに首を振った。
「かまいません。わたくしには、もう他人ひとに曝かれて困ることなど、なにも残っておりませんので」
「そ、そっか……、な、なんだかご、ごめんね」
「まもるさんも是非、imaGeをお持ちになりませんか。わたくし、心を落ち着けられる仮想ヴァーチャル空間をいくつかみつけましたので、ご一緒にいかがでしょうか」
「い、いや、戸北くんの癒やしを邪魔するのは悪いから遠慮しておくよ、それにやっぱり、ボクにはimaGeなんて必要ないんじゃないかな」
「まもるくん! それがいけないんだよ」
また、追田さんに指差しされて、思わず目をつぶってしまった。
「そうやって決めつける。ダメな思考だ。少し考えて比べてみなさいよ。imaGeを手に入れた自分と、殻に閉じこもってimaGeを拒否しつづけている自分を。まもるくんは誰ともつながることがない孤独な人生を望んでいるのかい?」
「そ、それは……」
「それから可能性は低いだろうけど、imaGeを通じてあゆみちゃんと再会できる可能性だってないわけじゃないでしょうよ。世界中の人が使っているんだから」
「あ、あゆみちゃん!? あゆみちゃんもimaGeを使っているんですか?」
「さあ。そんなことはわからないよ。でも38歳で通常に社会生活を送っている女性ならimaGeを持たないのは考えにくいんじゃないかな。もしそうだとしたら、どこかのコミュニティやサービスで偶然出会う可能性はあるはずでしょう?」
「あ、あゆみちゃんが、あゆみちゃんが……」
スマホの電波が止まって以来、心の中に浮んでくるたび、考えないように打ち消してきた名前だった……。……でも一度口にだしたらとまらないよ……、もう。
「あゆみちゃん、あゆみちゃん……」
欲しい。
あゆみちゃんに会えるかもしれない。
それなら……。
それなら!
「追田さん! ボク、imaGeが欲──」
突然、追田はimaGeを箱に収め蓋を閉じた。
「えぇ!?」
「ん?」
「な、なんでしまっちゃうんですか! ぼ、ボクimaGeが欲しいと思ったのに」
「いや、まもるくん。悩んでいるみたいだったからね。無理強いはよくないと思ったんだよ」
「そ、そんなことないです! 欲しいです! 追田さん! そのimaGeをボクに譲ってください!」
「そうか。それは、困ったなぁ」
追田は、口元をしかめ考えこむような仕草をみせた。覚えている限りこんな表情は初めてみた。
「よく考えてみたらね、まもるくん。このimaGeは少し旧型なんだよ。それを譲るのは悪いかなと思ってね」
「いいんです! 古くても! いますぐimaGeがほしいです! いくらするんですか?」
「そうかぁ、それなら……。ああ、そういえば戸北くん。ちょっと先に地下ゲートの解錠してきてくれるかな」
追田の問いかけに戸北は静かに頷き、地下ゲートの方へあるいていった。戸北が離れるのを待って、追田は再び口を開く。
「imaGeの値段だったね。まもるくん。古いとはいっても、正直にいうと少しばかり値がはるよ」
「い、いくらですか?」
「そうだね、金額は……」
追田が口にした金額は、思っていたよりも格安に感じた。
「そ、そんなに手軽な値段なんですか! いいんですか?」
「相場もよく知らないのに、手軽っていうのはおかしいけど、まあいいよ。問題ないよその値段で」
「あ、ありがとうございますぅ! さ、早速、お金払いますぅ!」
「でもねまもるくん。imaGeチップのケースはどうするの? このままチップを渡してもかまわないけど、戸北くんのとは違って旧型だから、チップ単体でむき出しのままじゃ使えないんだよ」
「あ、あぐぅ、ケースはどこに売っているんですか?」
「まあ、通販で買うしかないだろう。……ねえ、まもるくん。もしよかったらなんだけど、ワタシが予備にしているimaGe用のケースも譲ってあげようか?」
「いいんですか!?」
「いや、まてよ。でもなぁ」
また、追田の口元が歪んだ。
「こっちはimaGeよりももう少し値が張るし、ワタシの予備だからまったくの新品というわけにもいかないけどんだけど、それでもいいかい?」
「お、追田さんが、そんなに気に掛けてくれるなんて意外です」
「最低限の礼儀でしょうよ、それは」
追田の気遣いが妙にうれしかった。
「追田さん! セットでいくらですか! ボク多少なら、お金あります! この間の賭けのお金、独り占めしちゃったし……」
「imaGeチップとケースをセットして総額90万1,500円でどうかな?」
「え!?」
運命だと思った。
あの賭けでボクが得た賞金と同額……、戸北くんに分けた銀さんの店の無料券をひいた金額とぴったり一緒だったから。
もしかすると、あのとき珠美がいっていた通り、お金があれば大抵のことはなんとかなるっていうのは本当なのかもしれない。
あゆみちゃんと再開できる運命。
高いなんて全く思わない!
「か、買います! ボク、買います!」
そう叫んでいた。

許可をもらって1度部屋に戻り、現金の入った封筒を握りしめて守衛所の外に戻ってくると、追田と戸北はそれぞれ離れた場所で業務を開始していた。
戸北は離れた場所にある地下ゲートの前で南の山々と向き合うように静かに直立し、追田は守衛所付近のベンチに腰掛け悠々とタバコをふかしている。
「追田さん! 持ってきました!」
「そうかい、ごくろうさん」
封筒を手渡すと、追田は手際よくお札を数えてくれた。
「全額確かに。それじゃ、まずこれを」
追田は封筒と入れ替えに、imaGeが入った箱を差し出した。
「それからね……」
追田は制服ズボンの右ポケットから、1枚の布を取り出した。
「これが、imaGeケースだよ」
 目の前に出されたのは……、て……、て、手ぬぐいの──
「手ぬぐいのようだけど、これは“ワーキングクロス”といってね。ここに、専用のimaGeポケットがあるんだ」
追田が指で示した部分には、確かに小さなポケットが縫い付けてある。
「ワーキングクロスには太陽光で発電できる素材も縫い込まれているから電源の心配もない。それから、ほら、手触りもいいでしょう? 張りがあってなめらかで」
促されるまま、ワーキングクロスを撫でてみる。表面がつるつる滑る。
「ほ、ほんとうです! さわり心地いいです! 追田さん! imaGeセットしてみていいですか!?」
「うん。まあ、そうだね」
imaGeチップを取り出してみると、小さくて少し怖い。指先の汗でimaGeが壊れてしまわないか心配になる。
「そんなに緊張することないよ。まもるくん。さっとセットすれば」
「は、はい!」
指先に力をこめてimaGeチップをワーキングクロスのポケットに収めた。
「これでまもるくんも、imaGeを手に入れたね」
「追田さん、ありがとうございます!」
「礼を言われるほどじゃないよ。早速ワーキングクロスを装備してみたらいいんじゃないの?」
「ど、どこに装備すればいいでしょうか」
「とりあえず、はちまきみたいに額に巻くのがいいんじゃないかな? じきにimaGeが起動して脳と直接ペアリングされるよ」
追田の指示にしたがって、ワーキングクロスを額に巻く。
瞬間、昔飼っていたハチのことを思い出した。ハチの犬小屋に潜り込んで遊んだ時の、泥のような、獣が発する臭気。
「追田さん、なんだかこれ臭──」
「はじめはテストで、さまざまな感覚が再現されるから、不快な臭いなんかも再現されるかもしれないけど、慣れればそういう表現は自動的に制御されるから安心だよ」
そう言われれば、臭いは少し治まったような気がした。直後、目の前に白い閃光が走った。
「うぐゅうううう!」
のけぞると目の前のシルバーゴーグルに自分の顔が映ってて、そこにゆっくり『imaGe』という文字が浮かんできた。
「普通はMR複合現実モードだから、目の前の風景に合成されたimaGeのアイコンが表示されるはずだよ。まもるくんの視野内にアイコンが並んでるでしょ?」
「な、並んでます! あれ?」
視野左上に『土井 たけし』と表示されていた。
「追田さん。たけしさんて誰ですか?」
「まもるくん。なぜimaGeの“G”だけが大文字か知っているかい?」
「え、え? め、め、目立つようにですか?」
「浅はかだな、あいかわらず。いいかいimaGeの“G”だけは日本語なんだ。現実Genjitsuの頭文字から取られている。世界中でもはや常識のように使われるプラットフォームを開発したのは日本人なんだよ!」
「じゃ、じゃあこの名前はもしかして、開発者の名前なんですか!」
『未読メッセージ:たけしさん! おひさしぶり! スナック満のミチルです!』
「あれっ? 追田さん、スナック満ってなんですか?」
「どうしたんだい急に」
「スナック満というところからメッセージが」
『未読メッセージ:たけしさん!メッセージよめてますか?』
『未読メッセージ:たけしさん!!無視しないでください』
『未読メッセージ:料金お支払いの確認』
『未読メッセージ:たけしさん振込完了しました』
「お、追田さん! なんか、開発者へのメッセージが止まらないです! も、もしかして、ボク、開発者と間違えられてるんじゃないですか?」
「そんなハズないよ、なにいってるんだいまもるくん」
「だ、だって! メッセージがとまらないんですぅぅ! どうやったら止まるんですか!?」
「imaGeを初期化してみればいいんじゃないかな。やり方は調べればいいでしょうよ。自分で」
「け、検索ジェスチャーをすればいいんですか?」
追田の検索ジェスチャーをまねて、顎に手を当てて叫んでみた。
「メッセージの止め方 おしえてください! ……あれ? ダメです追田さん! なにも出てきません」
「それはワタシのジェスチャーだよ。そのimaGeのジェスチャーには登録されていないんじゃないかな」
「ど、どうすればいいんですか?」
「知らないよ」
「そ、そんな、ひどいですぅ!」
「まもるくん。人に頼ってばかりじゃいけないな。そんなに騒ぐなら本人に聞いてみればいいじゃないか、初期化の方法を」
「imaGeの開発者にですか!?」
しかし、問いかけに対する追田の返事が見えなくなるくらい、視野内には未読メッセージがとめどなく表示され続けていった。



次回 8月18日掲載
  『 酒池肉林の imaGeイメージ 』へつづく


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