河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第15話『 罵詈雑言のimaGeイメージ

臨九に唯一残っている喫煙所だった。
追田はタバコを取り出し火をつける。
火先が朱く膨らむ。
「悪いね。珠美ちゃん。タバコ付き合わせて」
「いーですよ。今日は車だしてもらったし。アタシ、タバコの香りけっこー好きだから」
「そうかい。それならいいけどね」
コンクリートの壁に囲まれた細長い空間は、年季の入ったスタンド式の灰皿が3つ、等間隔に置かれ薄暗い照明が天井から光を垂らしているだけ。
祝日の昼下がりだというのに、アタシ達の他に利用者は見当たらない。奥の壁に備え付けられた排煙のファンの唸り声のような音だけが響いている。
灰皿の並びに平行して取り付けられたバーへ寄りかかり追田は白い煙を吐き出した。
「街じゃ座って一服できないのがつまらんね」
「確かに最近みないねー、タバコ吸ってる人」
「だからここはこんなに人がいないんでしょうよ。……そうだ、珠美ちゃん、賭けでもしてみようか?」
「え? なにー? 急に」
「ワタシがこのタバコを吸い終えるまでに、この喫煙所に人が入ってくるかどうか──」





ボクは意を決して振り返った。
背の高いソファを覗き込むと、女の人と肩を組んでお酒を飲んでいる男がいた。
守衛所の銀さんの仕事なのかと思うくらい、乱れなく切り揃えられた角刈りと、女の子相手にニヤニヤしている口元の無精髭がアンバランスだと思った。
作業着のような上着と、首元に、ボクと同じ、わ、わ、ワーキングクロスを巻いている!
「お、なんだよ?」
じろじろ見ていたら目が合ってしまい、すぐにしゃがんだ。
冷静に考えたら、お休みの日とはいってもこんなに早くからお酒を飲んでいるということは、たけしさんは怖い人なのかもしれないじゃないか。
「なんか用かい?」
「ひっ」
履物をひきずるような音を立てながら、男の人が僕たちの席にやって来た。
「なにが、ひっだよ、オメーがこっち見てたんじゃねえかよ」
「ダメだよー、たけしさーん」
隣の席にいた女の人が、後ろから抱きかかえるようにしてなだめてくれている。
や、やっぱり、この人がたけしさんだった。
「おねーちゃんと飲んでるのに覗こうとするヤツがいけねーんだよ、おいそこの坊主」
「はい」
戸北が返事を返す。
「オメーじゃねえよ、オメーはスキンヘッドじゃねーかよ! よくみりゃ、なんだよ男2人でおんなじ様な頭しやがって、おい、そっちの太った坊主……なんだアンタ、その頭に巻いてんの、オレの……」
「あ、そ、そ、そうなんですぅ、これは、ワーキングクロ──」
「オレの手ぬぐいじゃねーかよ」
「へ?」
「オメーなんだよ、オレの手ぬぐい巻いて! オイ! ねーちゃんもみてみろよ! オメー、さては……」
「は、はい! ぼ、ボク、た、たけしさんのimaGeを使ってるかもしれないから来ました! ち、知井ま──」
「オレの追っかけだな!」
たけしさんはそういって、顔を赤くして笑いはじめた。よくみたらお店の女の子もみんな笑っていた。

「ヒィ、ヒィ」
「もー、笑いすぎだよー、まもるくんカワイソーだよ」
追田さんからimaGeセットを譲り受け、初期化のためにお店に来たことを話しているあいだ、たけしさんは笑い続けていた。
「だ、だってよー、なんだよ、ワーキングクロスってよ、ヒヒヒ、追田さん、うめーことやるよなぁー」
「どういうことですか」
「だから、オメー追田さんにうまいこと騙されてるんだよ。そのぼろ布がいくらだって?」
「imaGeとセットで、90万1,500円で…す」
「それで、その賭けで儲けたのはいくらよ?」
「と、戸北くんに上げたチケットを抜いて、
90万1,500円で…す」
「ヒィッ。だからそれ、追田さんがぴったりあわせに来てるだろー。気がつけよなぁー、まもるくん」
「あ、あの……、じゃあ、たけしさんは、imaGeの開発者じゃないんですか?」
「そしたら、こんな安い酒のんでるわけねーだろー、そのimaGeはオレが使ってたヤツだよ。このあいだ追田さんに古くなったimaGe下取りしてもらったんだよ。そのぼろ布は捨てるやつくれっていわれただけだからな」
「そ、そんな……」
「まあ、確かにソーラー発電はできっけどよ、ワーキングクロスってな。布にポケットまで縫い付けて、あいかわらず芸が細けーなぁ追田さん」
たけしさんは、ワーキングクロスを眺めながらグラスを傾けてお酒を飲んでいる。
「追田さんはな、うめーんだよそういう商売が。すーっと心に入り込んでくっかんなぁー。オレも昔、競馬当てたときにパワーブレスレットかなんか買っちゃったしよー」
たけしは豪快に笑い声をあげた。
「それでなんだ、imaGeの初期化だっけか?」
「は、はい。いつまでもたけしさんの名前で使ってるのはいけないと思うんです」
「それもそうだな。オレもこんな“じっちゃん坊主”と間違えられるのもヤだしな。初期化の方法はな、その、手ぬぐい鼻に当ててよ、コンスー! コンスー! って叫ぶんだよ」
「こうですか? コン……ゲホォ、ゲホッ。やっぱりまだ臭い!」
「嘘だよ」
たけしさんの一声に店中にまた笑いが起こる。戸北くんだけが静かに目を閉じていた。
「なんだっけなー、忘れちまったよなーそんな前のimaGeのことなんてよー」
「そ、そんなぁ、困るんですよー」
「うーん。家に帰ったらわかっからよ、後で教えるよ。とりあえず、飲めよ!」
「え、ぼ、ボク、お酒は懲りてて。そ、それにまだお昼過ぎたばっかりだし」
「はあ? オメーは、バカかよ! 毎日いっしょーけんめーに働いてっから休みのビールがうめーんだろ? 酒も飲まねえでなにが男だよこのやろう!」
「そ、そんな差別的なこといわれても」
「差別じゃねえよ! 飲みもしねーでなにがわかんだよ! 飲め! オイ! 坊主! 飲め!」
羽交い締めにされ、ビールの入ったグラスが口元に当てられる。く、苦しい。
「はいはい。たけしさんアウトー! お酒の強要はダメー!」
黒い着物の女の人だった。たけしさんから引き離して、ボクに白いおしぼりを差し出してくれた。
やさしい微笑みの女の人になんだか、親近感がわいた。
「だ、だってよぉ、ママこの男が情けなさ…」
「ダメでしょ?」
「は、はい…」
ママと呼ばれた女性が睨むとたけしさんは、しおれたようにうなだれた。ママがきっと目を細めた横顔に懐かしさを感じる。慣れ親しんだというか、既視感デジャヴ? も、もしかして運命ディスティニー
「ま、ママなのに、たけしさんよりも若いんですか?」
「あらーありがとー、まさかホントのママだと思ってるー? えっと……」
「ぼ、ボク、まもるです!」
「まもるさんね。失礼いたしました。アタシはこの店のママで、ミチルと申します。たけしさんだけじゃなく、この店みんなのママよ」
「そ、そっか、お店のママなんですね……、ね、ねえママ、ボクどっかで会ったことありませんか?」
「え!? んー、ないと思うなぁー」
「おい! まもる! 調子にのんなよ! なにママ口説こうとしてんだよ! 前世とか、デステニーとかいいだすんだろ! このスケベ!」
たけしさんが急に元気を取り戻して、枝豆の殻を投げつけてきて今度はママに膝を叩かれた。






入口に垂れ下がった目隠しののれんをくぐると、すっかり日が暮れていた。
「いやー、久しぶりにスカッとしたよ珠美ちゃん」
「まさかこーなるとはねー。でも賭けに負けたからには仕方ないでしょ」
「肝が据わってるね」
先を歩いていた追田が振り返ると、シルバーゴーグルには『HOTEL 雲隠れ』のロゴをかたどった原色のネオンサインが反射うつりこんでいた。
「それにしても、追田さんてホントに83歳? 世界大会とかあったら間違いなくレジェンドだわー」
「なかなか面白いこというね」
「だって、こんなのスポーツみたいなもんでしょー。小娘でもないんだからさー」
「お互い医学の進歩に感謝だな」
追田はホテルを出て右側に歩き出した。
「え、追田さん帰っちゃうの!?」
「明日は昼番なんでね。夜中までには帰らないとね」
「えー、ホントにヤリ逃げじゃん。まもるくんたちと合流しないの?」
「あの2人は好きにさせておけばいいんだよ。スッキリしたから今日はもう寝るよ」
「まあいっかー、アタシも実家いってタダ酒飲むだけだし」
「それじゃ。風邪はひかないように。髪の毛やらなんやら、まだ少し濡れてるだろうから」
「やだなー、追田さん。下ネター?」
追田は歯を見せて笑いながら片手を上げた。
「じゃあ」
短く言い残して追田は歩き出した。
ヒラヒラと手を振りながら歩いて行く背中を見つめてみたけど、その後は一度も振り返りやしなかった。



次回 9月 1日掲載
  『 完全女子 』へつづく



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