河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第16話『 完全女子 』

「ボク! もう、守衛所辞めます!」
手をついたらテーブルのうえで枝豆がひとさや、カゴから転げ落ちた。
「まもるさん。それはいささか早計ではございませんか」
戸北の気遣いはうれしいけど、嫌だ。
「ぼ、ボク、追田さんがそんなにひどい人だなんて知らなかった!」
「だいぶわかってきたじゃねーかよ。追田さん、オメーの話するときそりゃあもう楽しそうに話すんだぞ。このあいだの賭けの時なんてよー細かく実況してたからな」
「じ、実況ってなんですか?」
「オメーら2人の写真は出てなかったけどよーどっかで派手にサイト立ち上げてたぞ。結構な視聴者いたからな相当儲けたんじゃねえか?」
「き、きっと、追田さんが、賭けに参加しなかったのはそれが理由だったんだ」
「そうだよ、そっちのスキンヘッドの……、戸北! そう戸北! オメーも実況で結構目立ってたからな最後のあたりでよ」
「わたくしは構いません。守衛所にいることが償いでござますから」
戸北はゆっくりといった。
「まあ、そういう考えもあるだろーけどよ。でも、まもるはあれだ! もっと、こうドカーンと人生楽しんだ方がいい! 老い先みじけーんだから」
たけしさんは、そういってグラスを口に運ぶ。
「あら63歳ならまだまだ若いじゃない。最近の医学の発展は素晴らしいのよー」
ママはたけしさんのグラスについた水滴をそっと拭いながらボクに笑顔を向けてくれた。
「ママは若いからですよ! ボクは確かにもう、歳だし、そうなんです。もっと楽しまなきゃだと思います!」
「もう。だめよー。たけしさん、他人の悪口を吹き込むのはよくないわよー。でもねまもるさん。アタシもそんなに若くないのよ」
「そんなことないですよ! ママはボクよりずっと若いじゃないですか!」
「あら。アタシいくつにみえるの?」
「え、えええ、女の人の歳なんてわからないですよぉ!」
「おもしれーから、いってみろよ! まもる! ハズレたらママに怒られっけどな!」
「3、30歳……くらいにみえます」
「え!?」
ママが目を大きく見開いた。
「ご、ごめんなさい! もっと若いですよね、き、着物だから少しお姉さんにみえて」
「やだーそれは言い過ぎよー。まもるさん、もっと飲みましょうほら! ね、嫌なことなんて忘れちゃったほうがいいのよ。よーし、今日はもう貸し切りにしちゃう! マナちゃーん! 表になにか張り紙しておいてー」
「オメーうまいことやるじゃねーかよ! その調子だよ! やればできるんじゃねーかよ!」
「ぼ、ボクはホントにそう思ったんです! ま、ママはいくつなんですか?」
「んー内緒よー、……」
ママの息が耳にかかって、くすぐったい。
「おい! おいらでも教えてもらうのに相当かかったんだぞ!」
「え!? ろくじゅ──ング」
ママの手のひらが口に押しつけてくる。
「だめよー。まもるさん。ヒミツ」
「まもる。ママ、いい女だろー。やっぱりよ、若いだけの女じゃこうはいかねえんだよ。年の功だよなホントに。男の気持ちちゃんとわかってくれてよ。それでいて、おまえ、見た目もピチピチの女の子でよ。まさに、完全女子だよな」
「うふふ、医学の進歩はすごいのよー」



暗がりにぽつんと灯った看板の周りを、一匹の蛾が翔びまわっていた。点滅を繰り返すくたびれた看板の弱々しい光に誘われて羽ばたく姿はどことなく寂しげだ。
蛾をよけて看板の脇を通りぬけ、相変わらず狭くて急な階段を上ると店のドアには張り紙があった。

『本日は貸し切りとなりました
           スナック 満』

ずいぶんと物好きな客がいるもんだ。こんな狭くて怪しい店を貸し切りにするとは。
貸し切りと“なりました”ということは、予定されていたことではなく唐突に決定したということか。酒を飲んで気をよくした客が突然、大盤振る舞いをしはじめたのだろうか。もしくは、ママの気まぐれか。
ドアにはめ込まれたガラスは磨りガラスになっていて中の様子はうかがえないが、漏れている光の様子からミラーボールがぐるぐるまわっていることだけはわかった。
酔ってカラオケで盛り上がる客がいるのだろう。貸し切りということはどちらにしても、常連客は店にいない可能性が高い。目的達成の期待値が低いなら今日はあきらめて帰るべきか。
少し迷っていると、通路の奥の暗がりから声がした──


ぐるぐる。
お店の真ん中にぷかっと浮かんだミラーボールが、ゆっくりと回転して光を振りまいている。
ボックス席のソファを移動して、壁際に作られた特別席からは、スポットライトに照らされるたけしさんの姿が鮮明にみえた。
「まもるさん、大丈夫ですか」
戸北が耳打ちしてきた。
「先ほどから頭が回転しております。飲み過ぎではございませんか」
「ん? だいじょーぶだよ! ボク、お酒おいしいと思う!」
「だいぶ酔っているようにお見受けいたします」
「へーきだよ! 戸北くんも飲めばいいよ!」
「わたくしは、酒に呑まれてしまう人間でございますので」
戸北のグラスは汗をかいているだけで、少しも減っていない。
「なら、ボクがもらうね」
グラスをとろうとすると、戸北に手を掴まれた。
「いけません。少し間をあけて飲みませんと」
「くおおおおらぁぁぁぁ! そこの2人、なにイチャついてんだ! おいらの歌きいてねえだろ!」
たけしがマイク越しにがなった。
「まもるさん、お水、飲む?」
ママが水滴を拭き取ったグラスを差し出してくれた。
「は、はい!」
「おい! ママに甘えすぎだぞ」
歌いおえて席に戻るとたけしさんはボクとママの間に割り込んできた。
「今日はまもるさんが主役なのよー」
「だ、だってよ、こいつ。ママ、ママってベタベタしすぎなんだよ」
「さっきは、アタシのこと勧めてたくせに。焼きもち? カワイイのねー。でもアタシはみんなが仲良くしてるお店がすきなのよー」
「そ、そうだな。ごめんねママ」
「わかればいいのよー。さったけしさんも飲もうねっ」
ママがグラスに入った焼酎をかき混ぜる。
「たけしさん、まもるさんと仲良くしてみたらいいんじゃない? アタシはそういうのいいと思うわよー」
「そ、そう? よーし、まもるよー、そしたらうちで働いてみるか?」
「え! たけしさんのうちで?」
「うちで働いたらちょくちょくママのとこにも遊びにこれるぞ」
「それは、極端すぎるわよ! だめよ、まもるさん。たけしさん酔ってるだけだから」
「考えてみろよ、一生懸命働いてな、ママみたいないい女と酒が飲めるなんて最高じゃねえかよ」
「は、はい。ボク、ママともっと仲良くなりたいです! け、結婚とかしたいです!」
「あら、まもるさん、いきなり大胆ねー」
ママの笑顔がうれしくて、お酒をおかわり──
戸北が急に目を見開いた。
「ぜってーねーわー、気持ちわりーなー」
後ろから声がした。
振り返ると、珠美がたっていた。
「なんでオメーらが、ここにいんだよ」
「た、珠美ちゃん!? なんで、い、いや、ボクは……」
「いらっしゃいませ」
理由を話そうとするボクの前に、ママが立ちふさがってくれた。
ふわっといい匂いがした。
「今日はこちらのお客様の貸し切りです。申し訳ありまりません」
「その2人はアタシの同僚だよ。一緒に呑んでもよくない?」
ママと珠美が睨みあって……、……並んだ姿をみると、2人の横顔がとてもよく似ている……。
「も、もしかして、ママと珠美ちゃんって……」
ママがくるっと振り返る。
「やだーばれちゃった? まもるさん、さすがだわー! 姉妹なのよー」
「ちげーよ」
珠美が吐き捨てた。
「……親子だよ」



次回 9月 8日掲載
  『 恋愛過多 』へつづく



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