河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第21話『 黄昏時のimaGe -前編- 』

「いらっしゃいませ」
平日昼間の来客はめずらしい。
やってきたのは馴染みの客だった。
だがペースがいつもより早い。
前回の来店は、確か、先週の金曜日。
「今回はずいぶんと早いですね」
この人が来店のペースを乱したのは初めてだ。
「そうかな。このところ、量が増えてね」
「ストレスですか? 吸い過ぎのようなら販売は……」
「まさか、そんなわけないでしょうよ。少しばかり暇が増えただけだよ」
そういって目の前の老人は財布から、10枚の紙幣を取り出した。
「お金、多いですよ」
「ああ、今日は10カートン」
「え、あ、失礼しました。銘柄は“あおば”のウルトラストロングマイルドでお変わりありませんか?」
「うん」
紙幣で買い物をするこの顧客をみるたびに、歴史の授業を思い出す。
百円札を燃やして靴を探させたという、成金と呼ばれた富豪の風刺画だ。
絵にかかれた富豪とこの人の見た目は似つかないが、紙と草に火をつけて煙を吸い込む行為を想像すると、どうしても重なってしまう。
「毎度ありがとうございます」
しかし、ネガティブな印象をもちつつも心からありがとうといえる数少ない客でもある。
この店にタバコを買いに来てくれる客は数えるほどで、仕入れている銘柄ひとつひとつが、各得意客用のオーダーメイドなんじゃないかと思うくらいに購買者が固定されている。
その中でも上得意に入るこの人は、いつもシルバーゴーグルに守衛所の制服を身につけてやってくる。
勤務中ではないと思われるが、制服姿で街を歩いていても違和感がない。
「ついでに、一服していきたいんだけど、喫煙所借りれるかな」
「はい。もちろんです」
そういうと老人は慣れた足取りで、カウンター奥にある購入者専用の喫煙ルームへ歩いて行った。
違和感があるとすれば、タバコを入れたレジ袋を持つ姿だろう。

「まもる。準備できたか?」
「はいぃ!」
「今日のは特に大事だからな! 頼むぞ」
「はいぃ!」
「じゃあそこに立って構えてろ」
たけしさんは、解体作業用のパーワードスーツに乗り込み、大きなハサミのついた手先の感覚を確かめるように動かしながらながら作業に取りかかった。
「まず、車体バラすからな」
2042年製の古びたホバーカーが、ハサミで摘まみ上げられ空中で反転させられてから地面に置かれた。
「開けんぞ!」
裏返された車体の真ん中にハサミがメリメリ、めり込みまるでお魚を食べるみたいに、シャーシを引き裂いていく。
「おっし、車体切れたぞー」
たけしさんのお仕事の中で、1番儲かるのは古いホバーカーから、浮遊体エーデル・フロートを取り出してリサイクルすることらしい。
「天然のエーデル・フロートだかんなー、うまくいったらママの店で豪遊すんぞー」
「はいぃぃ!」
中でも、2040年代前半に流通していた、いわゆる“天然物”のエーデル・フロートにはとっても価値があるそうだ。
切り開かれた車体から小さな鉄の塊が取り上げられる。
「そろそろエーデル・フロート出てくっからなケース構えてそこに立ってろよ」
ボクは、たけしさんから渡された、鉄製の箱を構えた。
スイッチを押して確かめると、青い火花が散って少しびっくりした。
エーデル・フロートをこの箱にいれて、このスイッチを押せばいい。
それだけなんだけど、すばやくキャッチしないと宙に浮いて飛んでいってしまうし、とても小さいから受け止めるのが難しい。
エーデル・フロートは浮力のコントロールが難しいから素人はこのケースを開けちゃいけないみたいだけど、たけしさんは独学でケースのこじ開けかたを学んだと、昨日お酒を飲みながら話してくれた。
「よっし! ちゃんと捕まえろよ」
たけしさんの声を合図にしたように青白い光を放ちながらエーデル・フロートが飛び出した。
独特の浮遊音がする。
「まもる、いけ!」
「はいぃ!」
光に覆い被さって、体でエーデル・フロートを受け止めてから箱をかぶせ──
「あ、ああ」
「おい早くケースにいれろ!」
「あ、あ、ああ」
エーデル・フロートの浮力は予想よりも強くて、気がつくと箱から飛び出して目の前を通り過ぎて上昇し作業場の天井に向かってグングン昇っていく。
「天然のやつは活きがいいから気をつけろ!」
ボクはとっさに作業用の浮遊帯ホバーベルトの浮力を最大にして追いかけ、天井のところでホバリングしていた光の玉を箱ですくい取った。
「うわわわっわ」
天井にぶつかりそうになって、慌てて、体が逆さになった。
天井を蹴って、地面に向かって下降する。
箱の蓋を無理矢理とじて電流スイッチを押して天然のエデル・フロートの浮力を封じてから、浮遊帯の浮力も少しずつ元に戻して、無事着地した。
「よし! まもるよくやった!」
たけしさんが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきてくれた。
「おめー、浮力の使い方うめーな! たった3日であんな浮かびかたできんの、天才なんじゃねえのか!?」
「そ、そうですか。な、なんかできちゃうんですよね」
「いいじゃねえか、空飛ぶデブなんてシャレてんな」
上機嫌で箱を受け取ったたけしさんは、作業場の隅っこにおいたベンチに腰掛け、タバコを吸いながら誰かと話しはじめた。
たけしさんの音声通信ジェスチャーは、親指を耳にあてて小指を口元に近づける、いわゆる電話と同じ格好だ。
「やったぜ、おい! 初期のエーデル・フロート手に入ったぞ! まもるのお手柄だよ! 今日はちょっと飲んでから帰っからよ! おう! 晩飯はいらねーよ」
話し声を聞きながら手元をみたら、作業用のグローブが破れていた。
「よし! まもる! ひとっ風呂浴びて、ママの店いくぞ!」
「あ、あの」
「ん? どうした」
「買い物してきてもいいですか?」
「買い物?」
「グローブが破れちゃって。ボクの手に合うの買おうと思います! さっきもエーデル・フロート掴んだとき、少し滑ったので。表面がもう少しグリップする素材のものに変えてみようと思うんです」
たけしさんは急に黙り、うつむいた。
な、生意気なこといっちゃたのかな。
「エライ! オメー、なんつーか責任感あるな! よし、わかった小遣いやるから好きなグローブ買ってこい!」
たけしさんは、現金を差し出してきた。
「こ、こんなにいいんですか?」
「おう、安いもんだ。よしそれじゃ、片付けしてからいくから先に行ってろ。ママの店に集合だからな!」
「はいぃ!」

歩いていると、甘い匂いがしてきた。
ちょうどアーケードの中心にあたる十字路にクレープ屋さんがあった。
「まだあったんだ!」
昔、仕事帰りによく食べたお店だった。ボクは、自分にご褒美をあげることにした。
「すみません、小倉クリームください」
目の前で包まれているクレープを眺めるのは至福の時間だ。
「まもるさん!?」
「え?」
突然呼ばれて振り返ると、背の高いがっしりした男の人がたっていた。
「やっぱりまもるさんだ! ボクですよ!」
どこかで会った気がする。
「おれですよ、ハチミツです」
「あ、あ! あ! は、ハチミツくん!?」
「そーっす。いやー久しぶりっすね」
見覚えのある、人懐っこい表情だった。
「ずいぶん、大きくなったね」
「やだな、自分もう三十路手前っすよ。この前、親父がまもるさんのこと話してたからかな、遠目でみてもしかしてと思ったんですよ! どーすか、守衛所、うまいことやってます?」
「いや、う、うん……」
「よかったら、店遊びに来てくださいよ! お茶くらいだしますよ」
「でもボク、買い物して待ち合わせがあるんだよ」
「いいじゃないですかーちょっとくらい。行きましょう!」
ハチミツくんがボクの背中を叩きながらいった。

押し切られてハチミツくんと一緒に歩いているとアーケードにあるお店の人達がみんな、挨拶をしてきた。
「ハチミツくん、立派になったんだね」
「いやー、みんなウチのお得意さんなだけですよ。親父の頃よりもライバル店減りましたし」
「あ、え、きょ、今日はお父さんもお店にいる?」
「え? 親父? 今日は守衛所に出社するっていってましたけど」
「よ、よかった」
「なんすか、また親父に怒られたんですか?」
「そ、そうじゃないんだけど……」
ハチミツくんの背中についてアーケードを進んでいくと通り過ぎていくお店はどれもみたことがないお店ばかりで、知らない街にいる気分になってきた。
そういえば、まだこの辺に足を運んだことがなかった。
「この辺、結構変わったでしょー。まもるさんが店にいたころよりも」
「う、うん」
「うちも最近、改装したんですよ」
「そうなの? いつぐらいに」
「去年の今頃かな、まあ、いまでも小さな店ですけどね、自分もたまに店に顔出して働いてますし、あ! そうだ、そういえばさっきちょうど追田さんが来てましたよ」
「え!?」
「なんだかタバコ増えたみたいですね。いつもなら隔週なのに、めずらしく2週連続でタバコ買っていきましたよ」
「なにか、話した?」
「いや、仕事中だったから、あんまり詳しい話はしてないですよ」
追田さんが、いま臨空にいると聞いたとたん、ぞわぞわとしてきた。
「ぼ、ボクやっぱり帰ろうかな……」
「なにいってんすか、着きましたよ」
「え? うわ、立派になったね」
大きな自動ドアの上には、『フレッシュ!スーパー熊野』と書かれた電飾の看板が堂々とのっていた。
「なんか、看板が派手になったね」
「最近はこういうレトロで目立つヤツがうけるんですよ。当時の電球つかってますからね、結構お金かかってるんですよ」
スーパー熊野は、まるで買い物客の吸い込み口のようにアーケード北側の突き当たり全面に入口を構えていた。
お昼も過ぎた時間なのに人の出入りが多そうだった。
「こっちから入りましょう」
ハチミツくんは正面入口の左側の細い道へ入っていく。
隣の建物との間をぬけると、従業員用の通用口があった。アルミ製の扉で所々がでこぼこになっている。
「通用口はあの頃のままですよ。そういえば、まもるさんよくここ走ってましたよね」
「早起き苦手だったからね」
よく遅刻して、熊野さんに怒られたことを思い出した。
それから、ここであゆみちゃんをご飯に誘って断られたっけ。
「ねえ、ハチミツくん。写真とってもいい?」
「え? ああ、いいっすよ」
imaGeの撮影モードを呼び出して写真を撮った。
スマートフォンにも画像を残したくて、胸元のポケットに手を伸ばす。
「あ、あれ?」
「ど、どうしたんすか?」
ポケットに入れておいた、スマートフォンがない。
「ない、ない!」
体中のポケットを探したけど、どこにもなかった。



次回 10月13日掲載
  『 黄昏時のimaGe -後編- 』へつづく


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