河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第22話『 黄昏時のimaGe -後編- 』

「ハチミツくん、ボクやっぱり行くね」
「あ、あの、まもるさん」
「ごめんね! また今度!」
ボクはスーパー熊野の脇道をでてアーケードを走った。スマートフォンは、たぶん作業中に落としてしまったんだと思う。そろそろたけしさんはママのお店に着いているころだろうから、たけしさんに聞いてみるのが1番はやいと思う。クレープ屋さんの角を右に曲がり『スナック満』を目指した。

「あっ! まもるさん、いらっしゃーい」
軽快な金属音をならしてドアを開けると、マナちゃんが出迎えてくれた。
「たけしさん、もう来てますか?」
「奥のボックス席にいらっしゃいますよ。おふたりとも、まだ明るいのに、お酒好きですね」
お店はマナちゃんひとりのようだ。
「ママもいま買い物から戻りますよ。どうぞ」
カウンターを通り抜けていくと、たけしさんが上機嫌で手招きしていた。
「おう! まもる、こっち座れよ」
「た、たけしさん! 大変ですぅ」
「どうしたんだよ、金でも落としたか?」
「お金は落として無いんですけど、スマートフォンを落としたみたいなんです」
「スマートフォン? ああ、あの古いやつか」
「はい! もしかしてさっきエーデル・フロートをとったときに落としたのかなと思って」
「さっき、現場は掃除してきたけど、なにもなかったぞ」
「そ、そんな、どうしよう……」
「いいから、座って飲め飲め! 今日はしこたま飲むからな、マナちゃーんとりあえずまもるにもビールちょうだーい」
マナちゃんの返事が聞こえるとすぐ、ママがはいってきた。
「ただいまー、あら、今日は早いのねー」
「おう! 今日はね、まもるがやってくれたから、豪勢にいこうとおもってよ、ママも飲みなよ」
「えー、たけしさんがお酒おごってくれるなんてめずらしいわねー」
「はーい、ビールお待たせしましたー」
たけしさんの向かいに座らされて、運ばれてきたビールを飲んでみたけど、なんだか今日は苦いだけでおいしくなかった。
「どうしたのー、まもるくん、元気ないわよー」
「こいつ、スマートフォン落としたとかいって落ち込んでんだよ。バカだよな、あんな使えねえ機械もってても仕方ねーのに」
「そんなこといっちゃ悪いわよー。昔はみんな一緒だったでしょー。どこかで落としたの?」
「わ、わかんないんです」
「あらあら可哀想に……」
「おい! まもる、そうやってママの胸元で泣こうとかしてんじゃねえだろうな!」
「また、たけしさん。だめよーいじめちゃ。まもるくんも元気だしなよー。imaGeは持ってるんでしょ?」
「はい! それはしっかり持ってます」
「それなら、困んねーだろうが」
「で、でも、思い出が……」
「そうよねー、いろいろ思い出詰まってるのよねきっと……」
ママが綺麗に整えられた眉を少しさげてボクをみてきた。
「まもるくん。よかったら、アタシとアドレス交換しよっか?」
「え、え、え?」
「そうすれば、imaGeにも思い出増えるでしょ?」
そういって、ママは胸元につけているペンダントを持ちあげた。ダイヤモンドみたいな石がキラキラと光ながら揺れる。
「オイ! ママそりゃずりーよ! オイラだって、店の連絡先しか知らねえのに! ふざけんなよ!」
「た、たけしさんが怖いので遠慮しておきます」
「あらら、まもるくんにフラれちゃったー」
そういいながら、ママとたけしさんは笑った。そこへ、マナちゃんがお酒を運んできた。
「それじゃあ、とりあえず乾杯ー! 大丈夫よーそのうちきっと出てくるわー」
「そーだよ、imaGeがあればなんも困んねえだろ。初期化もしたんだし」
「ねえねえ、そういえば、まもるくんが持ってるimaGeって、もとはたけしさんが使ってたんでしょー」
「そーなんだよ、追田さんがめずらしくオイラの持ってるもの欲しがってさ、いくらでもいいから譲ってくれって。結構ふっかけたんだけどそれでも買ってくれたんだよな」
「なんでそんなに、中古のimaGeを欲しがったのかしらねー」
「そりゃ、まもるに売りつけるためだろ」
「それならもっと値切ったり、タダで手に入れようとするんじゃない?」
「そう思ってふっかけたんだけど、めずらしく値切らなかったんだよな。よっぽど欲しかったんじゃねえかな」
追田さんが、儲けを度外視するなんて絶対にありえない。
判断基準は絶対に損得のはずなのに。
「たけしさん、追田さん、なにかいってましたか?」
「あー、いわれてみればなんかいってたな……なんだっけなー、この形のimaGeならちょうどいいとかなんとか」
「も、もしかして」
ボクは、ワーキングクロスからimaGeチップを取り出してみた。改めてみてみると、imaGeチップの大きさには見覚えがあった。
「あら、まもるくんの、imaGeって結構大きいのねー。アタシ、大きいの好きよー、なんて」
「お! ママ、大きいの好きか! そしたら今度……」
「それ以上いったら、通報するわよー」
それから2人とも、上機嫌にお酒を口に運びながら笑って話していたけど、頭に入らなかった。
もしかして、追田さん……。
「た、たけしさん。ボクやっぱりスマートフォン探しにいってきます」
「あ? おい、まもる」
ボクは席を立った。

半透明になったアーケードの天井から、うっすらと朱くなった空がみえる。
だんだんと明かりをつけるお店も増えてきた。
さっき飲んだビールのせいで、顔が熱くなっていて喉が渇いた。
スマートフォンはどこにも落ちていない。
やっぱり、もう誰かが拾ってもっていったのかな。
いけない。
弱音をはいている場合じゃない。確かめなきゃ。
追田さんが、ボクのためにしてくれたことが正しいのかを。
考えてみれば、あの人は理不尽なことを沢山するけど意味のないことはしない人だ。
早く確かめなければいけないと思う。
足元をくまなく見渡しながら、歩いて気がつけばママのお店から、スーパー熊野に戻っていた。
少し湿気を含んだ空気が立ちこめ、汗が滲む。
そうだ。
スーパー熊野に立ち寄って、ジュースを買おう。
さっきは、ハチミツくんにも悪いことをしてしまったし、もし会えたら謝るついでにスマートフォンが落ちていなかったかも聞いてみよう。
電飾の看板は、本領発揮とばかりに夕暮れの景色のなかで存在感を主張して、昼間よりも迫力を増している。
自動ドアへ近づくとimaGeが反応した。
『当店のご利用は初めてですか?』
『はい』か『いいえ』の答えしかない。なんて答えればいいんだろう。
「昔、働いてました」
そういってみると、今度は女の人の音声が答えてくれた。
『お名前を教えてください』
「ボク、まもるです。知井守といいます」
『従業員名簿の記録をお調べいたします……誠に申し訳ございません。知井守様のお名前は確認できません』
「そ。そんな」
『誠に申し訳ございませんが、本日は“ビジター”のご利用となります。お買い上げの際には有人レジをご利用ください。自動会計チェックスルーのご利用は会員登録が必要となります。会員の登録は当店サービスカウンターか、スーパー熊野のimaGeサイトにて受付しております』
アナウンスが終わると自動ドアが開いた。
よかった中には入れるみたいだ。
店内はひんやりとしていて気持ちいい、背中の汗が少しずつ乾いていく。
お店の中は、お客さんがまばらに歩いているだけのようだ。
でも、ジュースの売り場を聞こうと思ってまわりを見渡したけど、店員さんは見当たらない。
『なにかお探しですか?』
さっきと同じ声が聞いてきた。
「ジュ、ジュースが飲みたいんです」
『飲料品のコーナーへご案内いたします』
目の前に大きな矢印があらわれた。
矢印の方向に歩いて行くと、飲み物が沢山並んでいる棚があった。炭酸のオレンジジュースを手に取ると、imaGeに『スパークリングオレンジ ¥200』と表示された。
『他には何かお探しですか?』
「い、いいえ。いりません」
『それでは、レジはこちらです』
また矢印が出てきた。
矢印にそって、歩いていくとドンドンお店の奥の方に誘導されて、小部屋の様なところについた。
『こちらでお会計をお願いいたします』
また矢印に従って歩いて行く。
「まもるさん!」
いきなり違う声がして驚いて顔を上げると、レジにはハチミツくんが立っていた。
「来てくれたんすか?」
「う、うん。喉が渇いちゃって」
「ありがとうございます。あの、よかったらこれ俺におごらせてください」
「いいよ、そんな悪いよ」
ハチミツくんは、ボクの声を無視してレジに置いてあった小さな機械をいじった。
『 ✓ スパークリングオレンジ ¥200』
imaGeに出ていたオレンジジュースに小さいチェック印がついた。
「よかったら、休んでいってくださいよ」
ハチミツくんが、レジカウンターから出てきた。
「いいの? ここ誰もいなくなっちゃうよ」
「平気ですよ、ほとんどのお客さんはレジ必要ないですから」

ハチミツくんが案内してくれたのは、バックヤードにある、畳敷きの小さな和室だった。
ジュースの蓋を開けて一気に喉に流し込むと、炭酸の刺激が心地よかった。
ひと息ついて、部屋を見渡すと黄色く変色した壁や、天井の模様に見覚えがあった。
「この部屋だけは、改装前のままなんですよ」
「やっぱりそうだよね! ボクが働いてたころのままなんでしょ」
「そうですよ。だいぶボロボロになって来ましたけどね」
「ボクは、懐かしくていいと思うな。お店の中は誰も居なくって少し寂しかったし」
「あの頃は、親父が仕切ってましたから、メチャクチャでしたね。金もないのに、ロボットが居る店のほうがカッコいいって理由だけで、みんなロボットの振りさせられたりして。さすがに意味ないと思って辞めたんですけどね」
「やっぱり! 1人も居ないからおかしいと思ってたんだよね」
「上手くロボットの振りできる人って少ないんですよ」
「あれは大変だったなぁ。ロボット衣装重たいし、カクカク動くと腰痛くなっちゃうし」
「まもるさん妙にうまかったですよね、そういえば」
「うん。本当にボクがロボットだと思ってた子供とかいたもんね」
「俺も、そのひとりっすよ。店には1体だけ・・・・本物のロボットいると思ってましたから」
「そういえばハチミツくん、よくお店で遊んでたもんね」
「1回、思いっきりドロップキックしたことありましたよね。俺」
「え? そうだっけ」
「覚えてないっすか。それでまもるさんの衣装壊して、この部屋でメチャクチャ親父に怒られましたからね。ホントにすみませんでした」
「いいんだよ。そんな昔のこと」
確かに、この店にいたころも、守衛所にいってからも熊野さんには、恐怖のイメージしか沸かない。ハチミツくんもさぞ怖かったんだろうなあ。
「あのとき、俺、実は、その、店の商品持ち出そうとして、見つかったと思って……。……まもるさん。本当にすみませんでした……」
ハチミツくんは、畳に座り直し手をついて頭を下げた。
「ど、どうしたの、そんな、ボク、忘れてたんだし」
「違うんです。実は、実は俺。またやっちまったんです」
「な、なに?」
「こ、これ……」
頭を下げたまま、ハチミツくんが手を差し出してきた。
その手の下にあったのは、ボクのスマートフォン。
「すみません! 俺、俺、信じてください! もう手癖の悪いことはしないって決めてたんです。ただ、まもるさんのことみつけたら、妙に昔のこと思い出しちまって。まもるさんのポケットから抜き取って……」
「そっか、それで……」
「すみません! 俺のこと通報してください」
「あのとき、スマートフォン拾ったから呼び止めてくれたんだね」
「えっ……」
「ボク、バカだから気づかないで、走りだしちゃったからね。ごめんね、いろいろ心配かけて」
「ダメです。そんなに、甘い話じゃなくて」
「いいんだよ、こうやって戻ってきたし、おいしいジュースも飲めたんだし。もういいじゃない」
「まもるさん。俺、俺、俺」
「ボクもさ、ついつい間違ったことしちゃって後で気がつくこと多いんだ」
ハチミツくんの手元にあったスマートフォンを持ちあげて、側面のSIMカードフォルダーの口を開けた。
「だけど、気がついてからでも、ちゃんと対処すれば取り戻せることは沢山あると思うんだ」
ボクはスマートフォンにずっと収まっていたSIMカードを抜き取り、ワーキングクロスからとりだしたimaGeチップを差し込んだ。
やっぱりだった。
「ボクも頑張るから、ハチミツくんも頑張ろ」

imaGeはスマートフォンにぴったり収まった。



次回 10月20日掲載予定 
fly me to the soonフライミートゥ ザ スーン -1- 』へつづく


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