河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第24話『 fly me to the soonフライミートゥ ザ スーン -2- 』

地上に住む人間の“上の空”と上空市民たちの“上の空”は考えることが違うのだろうか。
なんて、ただの語呂合わせの言葉遊び。
くだらない。
「……楓さんも長いことご苦労をなされてきたんだよ。夏男くんもそろそろ、お母さんの幸せを考えてあげるのも、ひとつの……」
だけど、このおっさんの陳腐な説得に比べたらマシだ。
悦に入り自分の言葉に酔って熱弁をふるう山野の脇でうつむいている母ちゃんへ、このおっさんのどこに惹かれたのかを今すぐ問いただしたい欲求に駆られる。
「いいかい長い人生、人と人が出会い、結ばれるのは1度だけとは限らない。人生は長いんだ。医学が進歩してるからね。でもね、逆にいえば生きていることはそれだけで奇跡なんだ。後悔をしないように毎日を大切にしなけりゃいけないんだよ。夏男くんは若いからエデルの夜を知らないだろうけどあのころはね……」
母ちゃんが再婚だって? このおっさんが父親だって?
「……それで、この間、夏男くんが局にやってきた後にね2人で話したんだ、独立を思い立ったことを、ひとつの機会として……」
……よくよく考えてみれば実の父親のこともあまりよく覚えていない。幼い頃にimaGeに入ってる『TOPIC』や『EYE COME』、『F』、ありとあらゆる記録チャネルをあさってみたけど、親父らしき人物の記録は残っていなかった。
母ちゃんに親父の話を聞いたことがない。
だけど、このおっさんよりは納得がいく父親だったんじゃないかと思う。ただの直感だけど。
「こう言ってはなんだけど、名前もね、山野楓さんになるわけで、桜と楓っていう組み合わせよりも優雅というか、あ! いや夏男くんが山野を名乗るかは選択していいとおもうんだけど……」
山野が空になったワイングラスを傾けた。
ソムリエがそっとワインを注ぐ。
大事な話をするのに、リアルの酒をこんなに飲んでいる大人を信用する気にはなれない。
「……ねえ夏男、ちゃんと山野さんのお話きいているの」
母ちゃんがやっと口を開いた。
「まあね」
「まあ、考えてみれば夏男くんにとっては突然の話だから、ムリもない。じっくりと時間をかけていこうじゃないか」
自分の熱弁が作り出した空気に気づいたのか、山野は取りなすように、俺と母ちゃんへ順番に目配せした。
あれだけ雄弁に語り倒した挙げ句、雰囲気が悪くなって戸惑っているようだった。
盛大に溜め息をついてやった。
それから2人の視線を引きつけていった。
「か、母ちゃん。俺、明日からしばらくこの街を出ることにしたよ」
「ええぇえ!? どこにいくのよぉ?」
母ちゃんの声が突然、裏返る。お得意のやつ。
「守衛所の面接に来いっていわれたんだ。もし感触がよかったら、向こうに滞在して、そのまま働こうとおもってる。だから、ヨロシクやってよ」
立ち上がった。顔を見せたくない。
「夏男?」
「じゃあ、そういうことで、落ち着いたら連絡する。家の片付けだけお願いするかも、まあ適当に生きてくから、俺のことは気にしないで」
「お、おい。夏男くん、そんな投げやりな言い方はないだろう。いままで、さんざんお母さんに心配かけておいて……」
限界だ。
「これからもせいぜい心配すればいいんだよ!」
精一杯の声で叫んでやった。
振り向きざまに、2人が顔を紅潮させていたのがみえた。
山野は知らんが、せめて母ちゃんが真っ赤になっているのが、俺に対する敵意じゃないといいなとだけ思った。

走って、歩いて。
やがて小さな公園に行き着いた。
敷地内へ入ろうとすると、imaGeの認証を求められた。
訪問回数0回。
確かに。見覚えのない公園だ。
どこだ、ここ。
「misa、現在地を……」
やめた。
無視されるのが怖い。
手動で調べる方法がわからない。
もういいや。
手近にあったベンチへ腰をおろす。
どれくらい、歩いていたんだろう。
時計をみると、たいして時間は経っていなかった。
「どうしよう……」
自分の声が、妙に鮮明に反響した。
辺りからは物音ひとつ聞こえない。
「あてもないのに守衛所に行ってなんになるんだよ」
本来なら、今日は家でじっくりと先のことを考えるべきなではないか。
「だいたい、守衛所で働いたとしてどうすんだよ俺。上空都市に住んでそれからどうすんだよ」
重要な岐路に直面しているのかもしれない。
「そもそも、飛行機、乗るの? 本当に?」
しかし、問いかけに答えてくれる存在は、アシスタントプログラムまで含め誰も居ない。
「どうすりゃいいんだよ! 母ちゃんまで泣かせて、俺は最低のにんげ──」
『うるさいなぁー』
misaからの脳内音声ダイレクトだった。
『親に叫び声浴びせて、夕暮れに公園のベンチで心情吐露って! おまえ、どこの時代の青春野郎だよ!』
「misa? misa……misaぁぁぁぁぁ」
『だからキモいんだよ。公共の場で名前連呼しないでくれる? そうやって途方にくれてA/Pに泣きつくくらいなら、あんなことするんじゃないよ』
「ごめんなさい」
『反抗期まるだし。いくつだよオマエ。お母さんにだってね、幸せになる権利があるんだよ』
「はい」
『……わかったんならさ、行動しなさい。はい、そのまま立つ立つ、起立!』
「え?」
『そのまま直進!』
「へ? なに」
『いいから、また逆らう気?』
いやだ。
アシストの大切さが骨身にしみた。
指示に従い、公園を後にした。

『次の角、右、曲がってすぐの道を左』
道はどんどんと細くなる。人通りはぱたりと途絶えてひさしい。
街の中心部から幾重にも角を曲がると、路地はどんどん寂しい風景になり、やがて古い店が並ぶ一画へ入り込だ。
『そこ、突き当たりのお店よ。入って』
正面に古びたガラスが張られた小さい店があった。
「仕立・骨董・よ、汚師よごしの……店、テ、テーラー錦……? な、なんなのここ?」
『平たくいえば、古びたものを扱ってる傍ら、洋服をオーダーメイドで製作してくれるお店。ちなみにこの辺りの都市でもっとも古いみたい』
「ここに何があるの?」
『さっきメッセージが届いたの。差出人・目的がシークレットになってるからいわないけど、店主に自分の名前をいって。早く入りなさい』
きっぱりといいきられ、しかたなく中に入る。店内に1人の老人がカウンターの奥に座っていた。この人が店主だろうか。
「あ、あの、ここに来るようにいわれた……ハルキです」
『本名だよ本名』
脳内音声ダイレクトにつっこまれた。
「桜、夏男です」
「え……、あああ! 桜さん? まってたよ」
老人は立ち上がり、奥の部屋に下がった。
取り残された店内には、お湯を沸かしたときのようなしっとりとした、清潔な香りがただよっていた。
「お待たせしました。こちらですね」
老人はひとかかえの包みを持って戻ってきた。
「こ、これは?」
「桜楓さんからのご注文です」
「か、母ちゃん?」
包みをほどくと、ふんわりとした風合いのジェケットがみえた。
「こ、これ……」
ジェケットを取り上げてみると、重厚な布地がしっとりと垂れ下がる。
間違いない。
襟元に流れる、三連ドレープ。
左右の肩には、特厚の肩パッド。
ゆったりと膨らむ、ツータックスラックス。
黒く優雅なソフトスーツだった。
「いやいや、わたしも長いことこの仕事してますが、はじめて仕立てましたよ。なにせ資料がみつかりませんでね、アレンジしたところもあるのですが、いかがなもんですかなぁ」
「さ、さ、最高です! この肩パット、なんすか、マジ、イカスじゃないっすか!」
「ほほほ、そうですか。それはよかった」
「あ、でも、あのお金は……」
「もういただいてますよ。それからこれは、つい先ほどお母様から届いたのものなのですが」
老人が1枚のメッセージカードを差し出した。
差出人は、母ちゃん。
『再生を開始します』
声を掛ける前に、メッセージカードを読み込んだimaGeが、目の前に立体映像ホログラフィを再生した。
母ちゃんの顔が浮き出てくる。
「夏男。さっきは、ごめんなさい。アナタの気持ちも考えずに……。山野さんも、もう少し時間をおこうっていってくれたわ」
しきりに手で押さえる目元が、赤い。
「アナタが欲しがってたシルエットのスーツ、それでよかったのかな。この間ね注文しておいたよ。母さんも応援してる。アナタのお家もそのままいしておくから。疲れたら帰ってくればいいよ。……母さんはいわれなくても、アナタのことが心配だよ。たまには連絡ちょうだいね」
母ちゃんがうつむいて動画は途切れた。
「いいお母さんでいらっしゃいますな」
老人も目元を赤くしていた。
「は……、はいぃい」
こんな時に、脈絡もなく声が裏返りやがった。



次回 11月 3日掲載予定 
fly me to the soonフライミートゥ ザ スーン -3- 』へつづく


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