河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第28話『 イヤシイ・ジェラシィ -2- 』

「たけしさーん! お願いします!」
「お、おう」
返事と動作がワンテンポ遅れた。
作業場の床に横倒しされたホバーカーの車体をたけしさんが操る解体作業用パーワードスーツのハサミが切り込んでいく。
強化アルミニウムをメリメリと切り開きながら、ハサミは進んでいく。
「よし! あったぞ! まもる!」
ハサミはホバーカーの浮遊源、フローティングボックスを摘まみ上げた。
「そんじゃフローティングボックスあけ──」
「ボクの合図であけてください! いいですか! 3、2──」
しかし、合図を言い終わらないうちに、箱が開いてしまい、上蓋の抑制がはずされたエーデル・フロートは勢いよく飛び出す。
「あ! だめだよぉー」
反射的にホバーベルトの浮力をONにして床を蹴った。
ジャンプの勢いとホバーベルトの推進力で、なんとかエデル・フロートに追いついた。保存用ボックスで、光るエデル・フロートをすくい取って蓋を閉じ、制御用の電流を流す。
重心移動で体を上下反転させて、迫ってくる天井を蹴る。
床にぶつかるギリギリまで下降させ、直前でベルトの浮力を戻し着地した。
「ふう、危なかった」
どっと汗が噴き出てきた。
「わりーな、まもる! ちょっとタイミング間違えち──」
「危なくエデル・フロート取り逃すところでしたよ! ボクのタイミングで開けてくださいっていったじゃないですか!」
「だ、だからよ……」
「ボクが飛ばなかったら大損してましたよ。ホントにもう」
「……わ、悪かったよ……」
たけしさんはそれだけいって作業場を出て行ってしまった。

「奥さん、そろそろいきますよ」
「まって、なんかドキドキする」
「大丈夫ですよ。ボクうまいですから」
「あ、あああ、なに、やだちょっと」
ホバーベルトの浮力をONにすると、地面がどんどん離れていく。ベルトに仕込んであるエーデル・フロートが浮遊音を奏でる。
月夜の晩にふさわしい、ゆったりとした音色だった。
奥さんがボクにギュッとしがみついてくる。
左腕に柔らかい膨らみが2つ当たってる、も、もしかして、お、おっぱ……いけない。
集中しなきゃ。
背筋をピンと伸ばすことを意識して、風の抵抗を減らすとボクと奥さんの体はぐんぐん、垂直に浮上していく。
「や、やああ、浮くぅ! 浮いてるぅ!」
奥さんの手の力が強くなる。
このくらいの高さかな。
前屈みになってホバリングをはじめた。
「ふんふんふん、ふん!」
「やだ! まもるくんの指、速いぃ!」
右手の指で素早くスイッチングを繰り返す。
ホバーベルトは繊細だ。
調整できるのはON浮上OFF下降のスイッチだけだから、空中で制止するのにはちょっとしたコツがいる。
常に、スイッチの切り替えが必要なんだ。
「奥さん、目を開けてください」
「す、すごい、やだ、綺麗……」
足元には臨空第九都市の夜景。
周辺を闇に囲まれ中心部に明かりが集中する、典型的なカップケーキ型都市の“光のデコレーション”が広がっていた。
“臨九”郊外に建てられている、たけしさんの自宅兼工場からなら少し飛ぶだけで充分に一望できるんだ。
「奥さん」
「やだ、マナカってよんで」
「だ、だめですよ」
「いいからぁ~マナカってよんでぇ~」
「じゃ、じゃあ、マ、マナカさん! しっかり摑まっててくださいね」
「うん」
一瞬だけ長く、スイッチをOFFにする。少しだけ体が下がったところで重心を右にずらして、スイッチをONに戻す。
慣れちゃえば水平移動も可能なんだ。
「飛んでるぅ! まもるくん! すごい!」
マナカさんもこの飛び方が気に入ってくれたみたい。
「見えますか! マ、マナカさん!」
「うん! 素敵よまもるくん!」
マナカさんは暗闇を隔てキラキラ輝く街の光を眺めていた。

たけしさんは難しい顔をしていた。
朝ご飯にも手をつけようとしない。
「なに? 食べないの?」
「いらねえ」
マナカさんとも目を合わせない。
「あっそ、まもるくん、まだ食べれるよね」
「はい! ボクお腹すいてますから!」
たけしさんの前にあった茶碗を手に取ろうとしたら手の平を叩かれた。
「い、痛い」
手を引っ込めたはずみでお醤油が倒れた。
「テメー、なにしてんだよ!」
「なによ、アンタがいけないんでしょ。食べないならまもるくんにあげなさいよ!」
「なんだよ、まもる、まもるって! そういえば昨日はずいぶんと遅かったじゃねーか何してたんだよ」
「いい歳して妬いてんの? っちゃ! 夜景みせてもらったのよ」
「夜景? なんだよそれ!」
「そこでいっつも飛びはねてるベルトで、まもるくんが飛んでくれたのよ」
「なんだと! まもる! オマエ、ひとの商売道具で遊ぶんじゃねえよ」
「で、でも。いまはボクの方が毎日、ホバーベルトつけてま──」
「うるせえ! 屁理屈はいらねえ!」
「いっつもムダに充電してただけでしょそのベルト。ハエみたいにブンブンして目障りだったのよ」
「め、目障りだと、コノヤロー」
「よっぽどまもるくんのほうが有意義に使うじゃない」
たけしさんが、思いっきりテーブルを叩いた。
「まもる調子にのるな!」
「え? ボクですか?」
突然、ボクが怒られた。
「調子になんてのってないですよぉ。気流にはのってますけど」
「やだ、まもるくん。おもしろい」
マナカさんが笑ってくれた。
「な、な、生意気なんだよ! テメー! なんだよ最近、天狗になってじゃねえのか? ちょっとばっかりホバーベルト使うのがうめーくらいで天下とった気にってんじゃねえよ」
「あんたこそ、まもるくんにばっかり威張ってないで外で暴れてきなさいよ。このところ、まもるくんが全部捕まえてるんでしょ? エデルなんとかってやつ」
「ぐぐぐ……」
たけしさんの拳が固く結ばれて、真っ白になる。立ち上がってボクのほうに向かってきた。
殴られるかもしれない。
でも、たけしさんはボクの横を通り抜け、リビングの壁際へ歩いて行った。
壁際ではコンセントにつながれたホバーベルトが、乱気流に巻き込まれたみたいに激しく上下運動を繰り返している。
たけしさんは少し戸惑いながらベルトを捕まえて振り返った。
「まもるよぉ、ちょっといいか……」
聞いたことのない、静かで低い声で名前を呼ばれた。

「なあ、まもる。おまえいくら貰ってる?」
「お、お給料ですか? 時給500円です!」
「そうだよな。で、足りると思うか?」
「……思いません。もしかして時給あげてくれるんですか!?」
「ムリだ。うちにそんな余裕はねえ」
作業場はまだひんやりと涼しかった。冷房がないから昼間はあんなに暑くなるのに。
たけしさんは、いつものベンチに座ってタバコを吸っていた。
「おまえ、この街の最低賃金知ってるか?」
「し、知りません」
「1280円だ」
「え!? そんなに高いんですか? ひどいです。ボク、もう立派に飛んでるじゃないですか!」
「贅沢いうな。三食に家までついてんだから当然だろう」
「そういえば、お給料日っていつなんですか?」
「まだ先だ。働いてからまだ2週間だろ? 早すぎる」
「い、いつなのか教えてほしいんです」
「まもる! そうやって金、金、金ってよ、いつからそんなにいやしい人間になったんだ」
「お給料日をきいただけじゃないですか」
「おまえ、守衛所で働いてたころのこと思い出せ。もっと純真に仕事してたんじゃねえのか」
「ボク、今はこのお仕事が好きです。飛ぶのが楽しいんです」
「ただプカプカ浮いてるだけなら、その辺の風船と同じだ。知ってっか? 世の中じゃ、瞬間移動テレポーテーションが実用化されたらしいぞ」
「瞬間移動と飛ぶの関係あるんですか」
「技術ってのは次から次に新しいもんが出てくるってことだ。昔は人間が飛ぶのにはもの凄く大掛かりな機械が必要だったろ? それがいまじゃ、ベルト1本で飛べる。テレポーテーションだって、これから同じようになってくだろうよ。そう考えたら、いまできることだけで得意になってるのはまずいだろ?」
「……確かに、まずいと思います」
「そうだろ。それにおまえ、もっとママの店にも遊びにいきてぇだろ?」
「はい! もっとボトル入れてチヤホヤされたいです!」
「それなら、なおさら今の収入じゃだめなんじゃねえか? おまえ守衛所でいくら貰ってた?」
「月、40万円くらいです!」
「4、40、オマエそんなに貰ってたのか!?」
「はい! いちおう管理職だったんです!」
「……と、とにかくよぉ、そのころの生活に戻った方がいい。空に関する仕事だ、ホバーベルトの技も磨けるかもしれねえし、もっと新しい使い道もみつかるかもしれねえだろ」
「でも、守衛所、辞めちゃったじゃないですか。一緒に辞表だしに行きましたよね」
「ああ、あれか。あれは大丈夫だ。ああいう時に、上司ってのはよ、1回くれえ自分の胸に収めておいてくれるもんよ」
「収めるってなんですか?」
「だから、辞表は自分のとこで止めといてくれるハズだってことだよ。いいか、夜中に突然よ部下が家にくるわな。そいつがいきなり辞表おいてってみろよ、普通は、おや? なんだろう。なにか訳があるにちげえねえ、こりゃあしばらく様子みてみるかってなるもんだぜ。……あの……男なんだっけ、あのでっけえの」
「熊野さんですか?」
「そう! そうだよ熊野! ありゃ話がわかりそうな顔してたじゃねえか。情に厚いっていうかよ。きっと待っててくれてるんじゃねえのか?」
「じょ、情ってそんなことあるんですか?」
「ある! あるに決まってる。おまえな、人情はまだ生きてるぞ。いいからよ守衛所に戻ってみろよ。きっとみんな待っててくれるって」
「そ、それなら、先に連絡してみた方がいいですよね!」
「わかってねえな。それはオマエ、不作法ってもんだろう。こういうことは直接顔をみて話した方がいい。男らしくよ、どーんと構えて1回顔出してみろよ。なっ? このベルトもってっていいからよ。なっ?」
たけしさんがズイっとホバーベルトを突き出す。
「退職金がわりによ、オマエにやるよ」
「で、でも、奥さんに挨拶もしてないですし」
「アイツには俺がいっとくから。会えばまた情が沸いちまうだろ」
「で、でも、荷物も……」
「ママの店で待ってろよ。届けてやっからよ」
「で、でも」
「ならママにも相談してみろよ、ホラ、小遣いもやるからよ、なっ? なっ?」
たけしさんは、何回もなっ、なっ、と連呼して肩を叩いてきた。
「わ、わかりましたよ。それじゃあ、ママに相談してみます」
返事をすると、たけしさんは「よし」とうなずき、家に戻っていった。



次回 12月 1日掲載予定 
『 イヤシイ・ジェラシィ -3- 』へつづく


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