河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第30話『 ニュー・トリップ -1- 人事の珍事 』

「ありがとうございました! まもるさんの指示完璧ですね」
「うん。ほらボク、人事担当部長だから」
満足げにグラスに口をつけるまもるさん。
頼もしい。
豊川さんはイヤシちゃんを手にいれてすぐに帰ってしまったけど、推薦書を律儀に清書して連絡先も教えてくれた。
「じゃあ明日熊野さんのお家に持っていこう」
「ホントですか!? まもるさんメチャクチャ頼りになります!」
「うん! 任せといてよ!」
ドンっと胸元を叩く仕草は古くさいけど、本当になんとかなりそうだ。
大人っていうのはみんなしっかりしてるんだなと思ったとき、脳天気なドアベルの音が響いた。
「あら、いらっしゃーい」
すっかり聞き慣れたマナさんの声。
「遅かったですねーまもるさん待ってますよ」
「あ、そう、やっぱり、まってるの? じゃあ帰ろっかな」
「それはダーメ。まもるさんずっと待ってたんですよぉ!」
マナさんが、手を引いて席まで誘導してきた。
「たけしさん!?」
まもるさんが、驚いて立ち上がった。そこには、まもるさんと、同じ作業着姿の男がいた。この人がたけしさんか。
「お、おう」
「遅いですよ! たけしさん」
「悪いな、そ、その、荷物がなかなかまとまんなくてよ。これ、荷物だ」
ふ、風呂敷と呼ばれるものだったと思う。確か。年代物のギャグ漫画でよく泥棒が持っているようなレトロな模様の布。
差し出された包みをまもるさんは黙って受け取り、1度大きく頷いた。
「たけしさん、ボク……守衛所に戻ります!」
たけしさんが、まもるさん顔を2度見した。
「え? うそ? 本当か!」
「はい! ハルノキくんを守衛所に紹介しないといけないんです!」
「ハルノキ?」
「あ、自分です!」
たけしさんとはじめて目が合った。
「なに? アンタ守衛所で働くの?」
「は、はい。まもるさんに紹介してもらうつもりです」
「そりゃあ、もの好……、立派なことで」
「明日、熊野さんのところに紹介しにいくんです! ボクも一緒に守衛所に戻るって伝えようと思います!」
「明日? そいつはいけねえな」
「どうしてですか?」
「思い立ったが吉日っていうだろ?」
「し、知りません」
「かぁー、空は飛べても教養が足りねえな。いいか、『こう!』と決めたら即行動しろってことだよ。勢いがちげーだろ」
「勢い……です……か」
思わず口を挟んでしまった。
「グワァーっていう勢いな。気合いだよ気合い。まもるだってこの店でジヒョウ書いてそのまま、ダーッと持ってっただろ? 熊野の家に。あの時と一緒だ。相手の不意をつくんだ」
結局、精神論を述べているだけにみえたけど黙っておくことにした。
「確かにそうですね! ボクもここでジヒョウを書いて持っていきました」
満足げに頷くたけしにまもるさんも同調した。
「ハルノキくん。これから行ってみようか! 熊野さんのお家に」
「これからですか? もうすぐ12時ですよ!? 
面接お願いしにいく時間じゃないですよ。いや、それに自宅へ行くんですか?」
まもるさんは、何がいけないのかまるで理解していない素振りだった。一瞬、一瞬だけ不安がよぎった。晴天の空に一時だけ雲が紛れ込んで太陽を隠したときのような、ほんのわずかだけど、確実な暗闇。
「早いほうがいいよ。よく考えたら。それに任せといてよ、ボク人事担当部長だから。うん」
「そういえば、タバコ買いにスーパー熊野に寄ったら、熊野、店にいたぞ」
「スーパーの方にいたんですか! ハルノキくん今からいこうよ!」
「心の準備ができてないっすよ」
「なんだよ、にーちゃん、スーツ着てるし準備万端じゃねえかよ、いってみろよ」
た、確かに、スーツだけど、このスーツは完全にプライベートを楽しむためのもので、リクルートなスタイルではないと思われる。
「まもるくーん、もう行っちゃうの?」
ママが頃合いを見計らったようにカウンターから出てきた。
「はい! ごちそうさまでした!」
「守衛所に戻ってもがんばってねー」
「ボク、いっぱいお金稼いで、いっぱいお店に来ま──」
「ムリしないでー。まもるくん。きっと忙しくなると思うから」
「大丈夫です! 週に1回は必ず」
「ううん。ムリしなくていいわよー」
「大丈夫です! ママに寂しい思いさせないようにがんばります!」
「それじゃ、アタシ待ってるわね」
「はい! よーし、ハルノキくん行こう!」
「は、はい……」
ママに見送られて『スナック満』を後にした。

「裏口から入るね」
まもるさんに連れられ、でかでかと看板が掲げられた『スーパー熊野』の正面から左手の路地に入った。
「さっき、ハチミツくんに連絡したら今は休憩中だっていうから、休憩室にいるはずだよ」
砂利の敷かれた道のうえをまもるさんは、プカプカと浮かびながら進んでいく。
「あ、あの、まもるさん、気になってたんですけど、なんでいつも浮いてるんですか?」
「え? ホバーベルトっていうベルトで浮いてるんだよ」
浮力の話じゃない。
「歩かないんですか?」
「うん。だってほら、疲れちゃうでしょ?」
返す言葉を探しているうちに、路地の突き当たりに古びた木製のドアが現れた。
まもるさんは躊躇することなくドアの横の呼び鈴を押した。
しばらく待ったが、なんの反応もない。
「あれ? おかしいなあ」
まもるさんが、もう1度呼び鈴を押した。
「あれえ? 熊野さん休憩してないのかな」
「それ壊れてるんじゃないですか?」
「熊野さん! まもるです」
ついにドアを直接たたき出した。
「熊野さーん。くま……」
「うるせえ!」
野太い声がして、ドアが開いた。
名前に負けない熊のような体格の男がいた。
顔には明らかに不機嫌な表情。
「こんな夜中にデカイ声だすんじゃねえよ」
「熊野さん! お久しぶりです!」
まもるさんは、通用口のうえにつけられた室外灯の下に浮かび上がった。
「うおっ、おまえなんで浮いてんだよ」
「ボク、ホバーベルトの使い方が上手くなったんです」
得意げな声がして、巨体が上下にホバリングしはじめた。右手の動きがせわしない。
「出来損ないの風船みてえだな。で、なんだ金でも借りに来たのか?」
「ボク守衛所に戻ります!」
「はぁ?」
熊野の顔が、不機嫌から怪訝にかわった。
いきなり頬に、ぽつりと雨粒が落ちてきたような気分になった。
「オマエなにいってんだ? この間、辞表だしに来ただろ?」
「でも、いきなりジヒョウだしたから、心配して熊野さん止めてくれてますよね」
「オマエなにいってんだ? そんなわけねえだろう。あんなのとっくに処理してるぞ」
「え、と、止めてくれてるんじゃないんですか?」
「あたりめだろう。即刻だ即刻。ためらいなく処理しておいてやったぞ」
「えっ、じゃあボク、本当にクビになってるんですか!?」
「人聞きの悪いこというんじゃねえよ。クビじゃなくて、依願退職だろ?」
雨粒が次第に激しくなり、雷鳴が轟きはじめたような光景だった。
「だ、だって、ハルノキくんの面接……」
「面接? ウチのスーパーは人足りてるぞ」
「そ、そうじゃないんです! 守衛所の面接をお願いしたくて、その前にボクのクビも」
「まもる、依願退職だ、いいか、自ら申し出て退職したんだぞオマエは。それで、そっちのカーテンみてえな服着たヤツはなんだ?」
鋭い眼光だった。まるで、それこそ飢えた熊の様な。
「じ、自分、は、ハルノキです」
「あぁ?」
熊野が白目になる寸前まで上を見上げて考えていた。見事なまでの三白眼。いっそうのこと、死んだふりでもした方がよかったのかもしれない。膝が、小刻みに震えだした。
「ハルノキ? ……ああ。 桜っていう漢字か。ニセモノのつまんねえ履歴書送ってきたヤツだな」
やはり、“山野文書”はつまらないにカテゴライズされいた!
「だ、だ、だだだ大丈夫っすっす! 履歴書、書き直してきたんで! 今回のはおもしろいはずっす!」
履歴書を収めた封筒を突きだした。
傍目にみれば、ラブレターとかいう古めかしい告白手法をとっている男のような構図だろう。したこともされたこともないけど。
「書き直しておもしろくしたって意味ねーんだよ。ハナっから履歴書の概念をぶっちぎってこれる素養が重要なんだからよ」
上目でうかがうと熊野は腕組みをしたままだ。
「ぜ、前回は失礼いたしました。決意を表明するため今回は、しっかりと心づもりを同封しております」
「ハルノキくん、ちゃ、ちゃんと心付けいれてましたよ!」
まもるさんの加勢フォロー
「デカい声でそんなこというんじゃねえ。俺が賄賂とってるみてーだろ」
熊野は周囲を気にしながら、封筒を取り上げ封を切る。
「ああ? なんだよこれ、1回分じゃねえか」
「い、1回?」
「そりゃそうだろ、前回と今回、2回履歴書受け取ってんだからよ、こっちは」
そういいながら熊野は、封筒から心付けを抜きとり、無造作にポケットへねじ込んだ。
熟練した職人のように迷いがない。
前にどこかの視線映像EYE COMEサイトで公開されていた“掏摸スリ”常習犯の手元の映像を思い出した。
「とにかくよ、オマエは不合格だから。なんで来たんだよこんなとこまで」
平然と履歴書だけ突き返してきた。
「だ、だって、連絡もこなかったし」
「そりゃあそうだろ。人事担当がいきなり辞めたんだからな。わけのわからねえ履歴書に構う暇なんてねえんだよ」
「あ、あ! そうだ! 推薦状があるんです! 豊川さんの推薦状が!」
「豊川? 嘘つけ」
「本当ですよ! ハルノキくん貰ったんです。ボクも知らなかったですけど、豊川さんが“スカウト枠”持ってるっていってました」
「スカウト枠ってのはな、容姿や縁故、技能に優れた一部の限られた人間だけが手に入れられるプラチナチケットだ。まもるが選考に関わるわけねえだろ。それにこの小僧がなんで豊川と知り合いなんだよ。どうせ偽物だろ?」
「ハルノキくん、豊川さんとダッチワイフを交換したんです」
「ダッチワイフ? どういうことだ?」
恫喝のような、詰問のような、尋問のような口調で問われたので、今日の出来事を説明すると、熊野はゆっくりと首を横に振った。
「オマエそれで、友達がくれたダッチワイフを渡したのか?」
「は、はい」
「それだ。そこが問題だ。いいか? うちの守衛所はな、エデルの真下を毎日護ってるんだ。心付けの金や履歴書に目が眩んで、友情や信頼で得た物とホイホイ交換するような小せえヤツを雇えるか?」
「そ、それは……」
あなたじゃないですか。と、問いかける勇気があればよかったのだろうか。
「推薦状もあるじゃないですか」
「推薦ってのはな、オススメしますよっていうことだろ? オススメされたって、買わない商品なんて腐るほどあるだろ?」
「た、確かに……」
「お、お願いしますぅぅ!」
まもるさんが急に土下座をはじめた。ひと晩に2人の大人の土下座をみるとは。
「お願いします。ボク、行くところがもうないんです」
「知らねえよオマエが勝手に辞めたんだろう」
「みんな、熊野さんなら、きっとジヒョウを受け取ってもそっと引き出しにしまって置いてくれる人だって褒めてたんですぅ」
まもるさんの額がさらに一段地面にめり込んだようにみえた。
「……ああ? だ、誰がだよ」
「えっと……、豊川さんとかたけしさんとか、ママとか」
「ママって、満ママか?」
「はいぃ。みんな褒めてました」
「そんなこといってもな……」
「ど、ドラマとかでこういうとき、かっこいい上司は許してくれるじゃないですかぁ」
「カッコいい上司か……ううん、そうだな……」
「それに、ボク飛べるようになりましたし! ハルノキくんは……ハルノキくんは、なにができるの?」
「ええ? え、え、えっと、自分、競馬がと、得意っす!」
「なんだオマエ、競馬やるのか?」
「はい! 結構当てます!」
「ボク、ママに頑張れっていわれたんです。お願いしますぅ」
「……仕方ねえな、そこまでいうならチャンスをやる……」
天然物の深煎りコーヒーを飲み干したような苦み走った表情で熊野が考えこんだ。
「ハルノキ」
「は、はい!」
思わず、敬礼しそうになった。
「豊川のところから、そのダッチワイフ取り返してこい」
「え!? そんなのむ、ムリですよあんなに気に入ってたのに返してくれるわけないじゃないですか」
「嫌なら別にいい。不採用」
「わ、わかりました!」
また、敬礼しそうになった。
「それからデブ! おまえはとりあえず痩せろ!」
「え!?」
「風船みてえにプカプカ浮いてんじゃねえ! 目障りだ。もう一度守衛所に出入りしてえなら痩せろ」
「い、いつまでにですか」
「そうだな、よし秋までまってやる」
「そんなにアバウトなんすか?」
「秋つったら秋だ! 自分で考えろ。わかったらさっさと行け!」
ドアが閉まり熊野の姿見えなくなった。
膝の力が抜け、思わず地面にへたり込んだ。



次回 12月15日掲載予定 
『 ニュー・トリップ -2- コンプのコンプ 』へつづく


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