河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第34話 『 誰何すいか西瓜スイカ -1- 』

2063年7月17日 午前2時48分 知井守(63)を有人浮遊高度制限違反容疑で逮捕。同時に、周囲で見物していた男女5人を重要参考人とし任意での事情聴取を開始──

「と、戸北さん! 大変です!!」
いけない。
みんなが居るのに大きな声だしちゃった。
戸北さんも熊野さんも吉原さんまでびっくりしてる。
で、でも!
「おはようございます。西倉さん」
しっとりとしてよく通る声だ。
あ、いけない。それよりも……。
「戸北さんは、あの……ニュースみますか?」
「わたくしは、このところ世間のことには疎くなっておりまして、率直に申し上げるとあまり閲覧しておりません」
「ルミちゃん、この男は俗世間との関わりを絶っていらっしゃる高尚なお方だぞ、なあ? 戸北」
吉原さんのことは無視しよう。
「いいんです。そういうところが! あ、いえ、そうじゃなくて、け、今朝のニュースにまもるさんがの名前があったんです!」
戸北さんのこめかみが一瞬ピクンと動いた。
「まもるぅ!? なんで?」
熊野さんも反応した。
「まもるさんが、た、た、逮捕されたみたいなんです!」
「た、逮捕ぉ?」
吉原さんと熊野さんの声が重なった。
戸北さんは……、静かに正面をみつめている。す、澄んだ瞳。長いまつ毛に包まれた目元に思わずゾクっとした。
「あいつ、やっちまったかついに」
「熊野さん、まずいんじゃないすか? まもるさん、いちおうここの元所員だし、取材とかくるかもしれないっすよ」
「い、いや。大丈夫だろう。もう関係ない人間だからな」
「でも熊野さん、まもるさんが痩せたら再就職させる約束してるんですよね」
「痩せられるわけねえだろう、あのデ──」
「熊野さん」
心ない2人の会話を遮ったのは、凜とした戸北さんの声。
「おりいってお願いがございます。不肖、戸北、しばし旅に出たく存じます」
「なんだよ? おまえまさか、まもる探しに行くとかいいだすのか?」
と、戸北さん?
「わたくしに、有給休暇の取得をお許しいただけませんでしょうか」
戸北さんの視線は、まっすぐに熊野さんをみつめていた。

「まったくよぉ。なにしてくれんだよぉ」
取り調べにきたお巡りさんは、しゃがれた声で唸りを発した。
「空飛んで、とっつかまるのはまぁ、勝手だ。でもな田子たごさんとこの畑まで荒らしたそうじゃねえかぁ。みたところ、そちらさん、いい歳なのに何してんのよぉ」
「ぼ、ボク、しらなかったんですぅぅぅ」
まもるさんが、涙目になり鼻をすすった。
「泣くんじゃないよ。だいたいな、ホバーベルトの高度制限まもらないのはいかんだろ? これが初めてじゃないでしょ?」
「は、はじめてです。ボク、知らなかったんですぅ」
まもるさんが、机に突っ伏す様に頭を下げた。
「嘘つくんじゃないよぉー。……ったく、少しは反省しなさいよぉ。こっちの仕事ふやしといてさぁ……」
「ご、ごめんなさい」
「ここんところ、夜中に人様の畑に入ってきて迷惑かける連中が増えてこまってんのよ。いったいどうなってんのよ、都会の方はさ……こんな明け方に叩き起こされて、現場までいかされて調書も書かされる身にもなって欲しいよ本当に。仕事ふえちゃったじゃないの」
お巡りさんがコップの麦茶をすすりながらブツブツとこぼし続けている。
こうして事情を聴取されている原因は、まもるさんが飛んだ高度だった。「有人浮遊高度制限に違反」とかなんとかであの畑の近くに建つこの“駐在所”に連れてこられた。
『やっちゃったねー。ハルキ。ハルノキナツオ、前科一犯』
ここへくる途中、misaが“脳内音声ダイレクト”で放ったひと言が蘇った。
九州にいくとか、“クミコ”を手に入れるとか、守衛所とか、そんなこといっている場合じゃないのではないか。
どうすんだ本当に。
それにしても……、なぜこのアシスタントプログラムは、大事なときに発言してこないんだ。
有人浮遊高度制限法に抵触、いや、そもそも『ニュー・トリップ』などといういかがわしい店が現れた時点で警告をだしてくるのが本来の役目だろうと、問い詰めてみたが『いうことも聞かないし、この件に関しては質問も受けていないから』とあっさり切り捨てられて現在にいたる。
「……まあつってもなぁ、そちらさんも被害者だからなぁ。今回は穏便に済むようにしておくけどもよぉ、スイカ食っちゃったのはまずいんだわ。お願いだから、田子さんとこはひと言、あやまりにいってくれよぉ。そうしないとこっちも怒られっちゃうから」
「は、はい……」
珍しく、まもるさんの釈然としない声だった。
そりゃあそうだろう。こっちは被害者なんだ。
定期的にテレポーテーション希望者を集め、金を巻き上げる。あとは適当に部屋の中に押し込めてそーっと山奥の真ん中まで運んで置き去り、犯人達はゆっくり逃走。
ニュー・トリップあの店はこれまでにも同様の手口で欺しを行っていたようだ。
まあ、畑のスイカに手をだしたのは、まもるさんが初めてだったみたいだ。
自分とまもるさん以外はすでに解放され、社長がチャーターしたクルマに便乗し戻っていった。
納得がいかない。
つまりは、まもるさんがスイカに手をだしたのが問題なのだった。
情けない。
でも、このお巡りさんの言動から察するに、穏便に済ませてくれるということらしい。
まあ、おそらく面倒くさいだけなのだろうけど、これ以上、事を荒立たてず素直に謝りに行くことにしよう。
「ということでよぉ、そろそろ夜も明けっから、帰ってくんねえか」
「か、帰っていいんすか?」
「あ、あ、調書とったし、うん、釈放、釈放……あ、でも知井さん、罰金だけちゃんと払ってくれよ」
「え! えぇ!? そんなぁ!」

まもるさんが、罰金の支払いをすませるや否や、急かすように外へだされた。
すっかり夜が明けはじめている。
真夏も朝でも太陽が出ていないせいか、空気が冷たい。長い尋問をうけた脳にちょうどよかった。
「空気、綺麗っすねー」
「あたりまえだ、青年。この村はな、自然と共に生きてっからなぁ」
お巡りさんがあくびを交えてつぶやいた。
「あ、あのところで、謝りにいくにはどうすればいいんですか?」
「ああ、この丘をくだっていくとよぉ、村の案内図あるからそれみてくれよ」
み、道案内って基本的な業務なじゃないのか。
まわりを見渡すと、周囲は背の高い山に囲まれてていた。
ここは村の小高い丘に建っているようだ。見下ろすと民家の屋根がいくつかみえた。
「なんか守衛所の周りみたいだねここ」
まもるさんは、正面の山間から射しはじめた太陽に目を細めながら、キョロキョロしていた。
プカプカと浮きながら。
「守衛所のまわりもこんな感じなんですか?」
「うん! 山と山の谷間にあるんだよ。あ、でもこの辺は緑がたくさんあるから気持ちいいね!」
そしてまた、上空へ飛び上がろうとした。
「ダメですよ! また捕まりますよ!」
懲りない。
「あ、あの、お巡りさん」
「なんだぁ? キミ。駐在さんと呼びなさいよ駐在さんと。こっちはこの駐在所守ってんだからさ」
「すみません。その、駐在さん。いっそのことこのホバーベルトを押収するっていうのは、どうでしょうか?」
「な、なにいってるの! ハルノキくん!」
「やだよ。仕事ふえちゃうじゃない」
「そうだよ! これいじょう駐在さんに迷惑かけられないよ!」
それ以上に迷惑なことが起こる気がしてならないのだが。
「まあまあ、そろそろ朝飯の時間だから、とにかく田子さんの家にいってくれよ」
「こんな早朝じゃまだ寝てるんじゃ……」
「青年、農業をバカにしてるのか? 朝早くから起きなきゃ話になんないでしょう」
「そ、そうなんすか?」
「もうみんな畑にでとるよ」
それだけいうと、駐在さんはあくびを隠しもせずに駐在所の中へ戻っていった。
「……いってみましょうか、まもるさん」
「歩くの?」
「はい」
いい加減、歩こう。
「それにしてもまもるさん、よく考えたらお手柄でしたね」
「うん。ボク頑張ったよね? それなのに罰金はひどいよね」
「そういえば、ひどいですよね。こっちは被害者なのに」
「もうさ、貯金もあわせて、お金ないよ」
「うん、う……え?」
「全財産なくなったよ」
「ほ、本気でいってます?」
「どうしようね、お腹すいたよ、なんか食べ物ない?」
全財産が尽きたということも気になるけど……辺にはリアルの店舗がまったくみあたらない。どうやって暮らしているのか、通販の配達ですべてまかなっているのか。
あたりを見渡しながら歩きだすと、木の陰に気配を感じた。少し驚いて身構える。
ま、まさか野生の、動物?
しかし、木の陰から出てきたのは、人間……
「あ、あれ?」
そこに立っていたのは、友煎ともいり セイジだった。
近くのコンビニにでも出掛けるような、いや何ならそれよりも軽装と思われる装備でヒマラヤへテレポーテーションしようとしていた男。
「社長たちと一緒に帰ったはずじゃ……」
「いやー、なんかーあのおっさん、急に機嫌悪くなっちゃってー、交通費ワリカンとかいいだすからやめちゃいましたよ」
「奇遇だね! ボクももうお金ないよ!」
まもるさんが胸を張った。
「え? ないんすか? なんだよー、こっちならだしてもらえると思って待ってたのに」
冗談じゃない。
それは、こっちの権利だ。
「どうやって帰ろっかなぁー。ていうかここ、ヤバくないすか? 山ばっかで。どこだよって感じっすよね」
友煎は、左右の耳に髪をかけるような仕草をしながら辺りを見渡している。
「自分のimaGeで調べればいいんじゃない?」
「いや、おれ、止められてんすよねimaGe。金払ってなくて」
「え!? imaGeってとまったりするの? ハルノキくんホント?」
「た、確かに、通信にかかる料金支払わないと使えなくなるって噂は聞いたことありますけど」
相当な期間、未払いにしなければそんなことは起きないはずだ。水道が停止されるよりも猶予期間は長いはずななのに。コイツ、アホなんじゃないか。
「だから調べてもらえないすか? えっと、ハルノキさんでしたっけ?」
こいつの話し方はもの凄く気に障るけど、確かにここがどこなのかは気になる。
「ねえ、misa……」
しまった。
「あれ、名前つけてんすか? マジすか?」
遅かった。
友煎が歯をむき出しにして笑っていた。
徹夜のせいだ。よりによってこんなデリカシーの無さそうなヤツの前でアシスタントプログラムの名前を晒してしまった。
「ハルノキさん、結構あれすか、アシスタントプログラムと会話するタイプ?」
完全に小馬鹿にされている。
「なんすか、彼女とかいないんすか」
「うる、うるさいな」
「オレ、彼女いますよ」
聞いてないよそんなこと。
「まもるさんは? 彼女いるんすか?」
「え、え、ボク、好きな娘ならいるよ!」
「付き合ってないんすよね? あーじゃあ、オレが1番すねー、彼女カワイイんで」
なんだ、コイツの判断基準は。か、彼女がいるかどうかで人間の優劣が決まってたまるか!
「と、とにかくちょっと、急ぐんで、自分とまもるさんは、ちょっと謝りにいかなきゃなんで」
「なんすか? オレも行きますよ」
「そうだね、ほら、ハルノキくん、仲間は多い方がいいかもしれないよ。怒られるのも少し楽になるかもしれないし。一緒に行こうよ、え、えっと、友煎くんだっけ……?」
「あ、セイジって呼んでください。呼び捨てでいいっすよ。オレも呼び捨てにするんで」
「はぁ!?」
こういっちゃなんだけど、どうみてもコイツ年下だろう。機械は新しい方が優れていると思うけど、人間は一概にそんなこといえないはずだ。
「あれ、もしかして、怒ったすか? まあとにかく、いきましょ、いきましょ」
決めた。
スイカを食べた罪を全部コイツに着せてやる。

緩やかな下り坂が続く。道路は舗装されてはいたが狭い一本道だった。
「もう、あるけないよぉ」
「あと少しですよ、まもるさん」
道の脇に続く、背の高い木の隙間から民家のようなものが見えていた。
「ホントに後ちょっとでつく? お腹すいたよボク」
さっきからモタモタ歩いていたけど、ついに地面に座り込んでしまった。
「まもるさん、ほら、食べ物もらえるかもしれませんし、歩いてください」
セイジは意に介する様子もなく先のほうを歩いている。
「なんかすげーとこっすね。山とか初めてっすわ、オレ」
「ヒマラヤに行こうとしてたんじゃないの?」
「そーなんすよね、あのときは写真撮ろうと思ってたんすけど、いや、逆に行かなくてよかったわー、このカッコで着いてたらやばかったわ」
鳥目さんが怒り狂っていたのは、間違いではなかったのだろう。
「あれ、これ案内板じゃね?」
セイジがみつけたのは、ところどころ塗装のはげた、金属製の看板だった。木々に埋もれるようにしてたっている。
見上げてみると確かに村の地図のようだった。
中央に『ようこそ! 竜良村 へ』とペンキでかかれている。
「なんて読むんすかねこれ」
看板を見上げながら、セイジは髪の毛を耳にかけた。
「なんかこの村、やたらキッチリ仕切られてるっすね」
悔しいがセイジの意見に同感だった。
村の地図は、畑や水田が碁盤の目のように均等に区切られている。
「まもるさん、この村、なんだか人工的な感じがしませんか?」
「えーでも、駐在さんは、この村は自然と共に暮らしてるっていってたよ。偶然じゃないの?」
「この真ん中に建ってる“田子ノ蔵”って家だけ異様にデカいっすね」
確かに地図中央にある家が地図の半分以上を占めているようにみえる。さらにその敷地の周囲は規則的に区切られた土地に囲まれていた。
区画の中には『1』から『16』まで番号がかかれている。
「田子ノ蔵っていうのが、“田子さん”のことなのかもしれませんね、まもるさん行ってみましょう!」
「え、なんか、怖くなってきた。こんなにおっきなお屋敷の人、きっと怖い人だよぉ、ハルノキくんとセイジくん謝ってきてよ」
「いいから、早く歩いてください」

地図の通りに田子ノ蔵のある方向へ進むと、こんどは道端に木製の看板が刺さっていた。

『1739 →』

「なんだ、この“1739”って……」
地図の通り、道の両脇は畑と水田の組み合わさった土地がめいっぱいひっろがっていた。
その中央の道路の奥に微かに大きな家がのようなものが見えた。
「やっぱりボク、ここで待ってるよ」
「まもるさんが、行かなきゃ意味ないでしょ」
駄々をこねる子供よりもタチが悪い。
それにしても、左右の田畑の真ん中にそれぞれ建てられている家屋が気になる。
地図には家なんてなかったのに。
「あ、あれ? ハルノキくん、あそこに誰かいるよ!」
まもるさんが指さしていたのは、1番手前の区画の中に建てられた家の前だった。
数人の人影が集まって動き回っている。
「村の人かもしれませんね。いってみましょう。もしかしたら“田子さん”かもしれませんし」
中央の道から右へ入ると、また立て札が刺さっていた。今度は『TAGO-8 アンドーレ・ハーツ様』とあった。外国人が住んでいるのか?
中央から枝分かれした道は、まっすぐ奥の家屋へ続いているようだが、近づくにつれてどんどん人工的な趣を感じてしまう。
畑や水田だけでなくゴツゴツとした岩があちこちにあるし、背の高さがまちまちの木もそこら中に乱立しているようにみえる。
整然と区分けされた一帯のなかでここだけ未開の地のような荒れ具合。……それに……煙のような匂いが立ちこめていた……。
「ん!? なんか、お料理してるみたいな匂いがするね」
やっぱり反応したか。
「きっと何か焼いている匂いだよね、ご飯かもしれない。ボク先にみてくるよ」
そう言いだすやまもるさんは走り出した。獣のような嗅覚と食欲だと思う。
みたことも無いような速度で走って行く、まもるさんの先にまた人影がみえた。
「あ、なんかの人達、手ふってますね、歓迎されてるっすね」
セイジが目を細め、髪の毛を耳にかけた。つられて、目をこらす。
「……いや、あれ、こっちに来るなっていう手の動きじゃ……」
人影は、追い払うように手を振っているようにみえる。
気づいた瞬間、一直線に進んでいくまもるさんの後ろ姿が、スローモーションになったような気がした。
ドラマでよくある、とっても不吉な瞬間のような、いわゆる、“フラグが立った”登場人物の行く末をみまもるような、嫌な予感。
気づけば叫んでいた。
「まもるさん! まって! なんかヤバ──」

路肩の岩が、粉々に砕け散った。

耳がキンと金属音を立てる。
土煙。視界が途切れる。
爆発?
飛ばされて地面に転がっていた。
爆発に巻き込まれたのか?
「ね、ねえmisa、オレ生きてる?」
気づけば、アシスタントプログラムに救いを求める。
『生きてますよ、ね?』
ど、動揺してる、あの冷徹なアシスタントプログラムまでが、動揺。
これは異常事た──
「……イオイ! じいちゃん頼むぜー、あそこに人いただろー!」
「気のせいだろー?」
「よく見ろよー。なんで、ちゃんと確認してから爆破しねえんだよ」
「オーイ、返事しろー、大丈夫か?」
「とにかくよぉ、家に運べ。もうすぐ“スキャン”の時間だからよ」
「そうだよ、田子さんにみつかったら、怒られっちゃうからさー」
土煙の向こうから人の声が聞こえた。
自分は無事だということだけは、わかった。



次回 01月19日掲載予定 
誰何すいか西瓜スイカ - 2 - 』へつづく




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