河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第36話 『 誰何すいか西瓜スイカ -3- 』



田子ノ蔵 否柵 様

拝啓

否柵様、竜良村の皆様、お元気でしょうか。
先日はとても実の詰まった枝豆をお送りいただきありがとうございました。
本当にわたしが作ったものなのかと晩酌の際には家族に疑われるほどです(笑)

確かにわたしがひとりで作ったのかといえばそれは嘘であり、村の皆様と一緒に実らせた枝豆でありますが……。

わたくしのような素人の稚拙な作業を、正確に
こなされている皆様には頭が下がります。
こちらも生きがいをみつけ、毎日、作業に明け暮れておりますが、炎天下で作業をされている皆様の足元にも及びません。
今後とも共にがんばってまいりましょう。

あ、それから……
いよいよ、スイカの収穫時期になりますね。
すくすくと育つ12玉のスイカくん達に、我が家では名前をつけてしまっています(笑)
昨日のデータを拝見しますと、太郎(畑の1番左端のスイカです)がとびぬけて糖度が高く大きなようで期待を膨らませております。
今年こそは実際に村を訪問してお手伝いしたいと考えておりましたが、予定がつかず残念ながらTA-GOからの収穫となりますが、秋のお米の収穫だけは是が非でも立ち会いたいと考えております。
その折には田子ノ蔵さんにお会いするのを心から楽しみにしております。

暑い日が続きますのでくれぐれもお体ご自愛くださいますよう、村の皆様にもよろしくお伝えください。

                農具※

※皆様に対しましては敬具よりも農具を
捧げたいと思った次第です。
失礼いたしました(笑)
   

2063年 7月 吉日
   TA-GO 1番畑 耕す!番長 より

「この人めちゃくちゃいい人じゃないすか?」
メッセージを読み終えたセイジがいった。
「それくらいは読み取れるんだなおまえも」
イナサクさんがいくぶん感心したように目を細めた。セイジが小さく頭を下げる。
「いや、これはわかるっすよー! なんつーか、メッセージに滲み出してますよね、こう、人のよさつーか、あたたかみというか」
「この人はな、盆、暮れの挨拶はもちろん、こうやってことあるごとに、丁寧にメッセージ送ってくれる人なんだよ」
2人のやり取りを聞いていた、まもるさんが急激に萎れていくのがわかったが、セイジの目には入っていないようだった。
「上空市民なんて嫌なヤツしかしないイメージでしたけど、いるんすねーこんな人」
「まあな、番長さんは特別だな。神様みてえな人だ。農業のことをちゃんと調べて、こっも気づかないような手法を使ったりするからな」
「セミプロみたいな人ってことすか?」
「地上に住んでたら間違いなく立派な農家になってただろうな。それに比べたら他の上空市民なんてのはクソみてーなヤツらばっかりだな」
「まもるさん。こんなイイ人のスイカくっちゃったんすか?」
「う、うん」
「なんでそんなことしたんすか! この人、家族みんなで楽しみにしてるって、書いてありますよ」
「あ、あのときはお腹がすいてて、つい」
「まもる。あのスイカうまかっただろ?」
「は……はい……」
イナサクさんが声をかけると、頬をかばうようにしてまもるさんが答えた。
「それだけな、番長さんのふかーい、愛情が詰まってたんだぞ」
「ひどいっすね、まもるさん、人に迷惑かけちゃだめっすよ、やっぱり」
「え、ええ、セイジくんがそんなこといっちゃうの?」
「そりゃそうっすよ! オレ、番長さんの畑仕事なら、タダでも手伝いたいっすもん」
「……ボク……なんで、こんなにいい人のスイカ食べちゃったんだろう……」
セイジとイナサクさんに挟まれ、まもるさんが下唇を噛みしめていた。
小学校の教室で先生に怒られて、こんな表情になっている同級生をみたことがある。
目に涙をためている姿をみていたら、さすがに少し可哀想になってきた。
「で……でもスイカはダミーのデータで誤魔化せたって、イナサクさんいってましたよね」
「そうなんだよな、ダミーで誤魔化せすぎちまったんだよな。まさか、あんなに立派なスイカのデータ埋め込むとはな」
「えっ……それじゃ“太郎”って書いてあったスイカが……」
「ダミーのやつなんだよな。じーちゃん、誤魔化すのうめえからなぁ。失敗だったよな逆に。数値上げすぎちまったんだろうなぁ」
「そ、それは、ま、まずいですね……」
これは擁護できない。
家族ぐるみで楽しみにしているスイカがダミーデータだったと知ったら……まもるさんのつまみ食いはそんな悲劇を招いてしまったのか。
「まもるさん。これは……取り返しつかないですね」
「ハ、ハルノキくんまでそんなこというの? そこはかばってくれるとこじゃないの?」
「いや、かばえないっすね」
「……ボ、ボクどうしよう……」
「まあ、幸い番長さんはこれねえみてえだからなんとかすっけどよ。それよりもいまは目の前の1,000万の仕事片付けねえとな。よーし! そろそろ一服は終わりだ。おーい! みんなー! そろそろ作業に戻るぞー! あと2時間でスキャンになっからな! ちゃっちゃと植えちまうぞー!」
イナサクさんが立ち上がると、畑のへりに座ってお茶を飲んでいた老人達もぞくぞくと立ち上がるのがみえた。

大勢の人が駆り出されていた。
こんな色の植物をみたのは初めてかもしれない。夏苺サマー・オブ・ロマンスの苗は、葉っぱも初めから苺の実のように鮮やかな紅色をしていた。
イナサクさんがいうには、上空うえ専用の高級品種として、植えてある状態の見栄えまで計算に入れて品種改良を繰り返したらしい。
この、ド派手な植物の植え付けが、イナサクさんの屋敷よりも広い区画にある15番畑ワールドエンドで着々と進んでいた。
作業は8組ほどの集団にわかれて進んでいて、自分たち3人はイナサクさんの組で渡された紅い苗を、お婆さんの指示に従って埋める。
「ばあちゃん、次どの辺だ?」
イナサクさんは、作業に加わらず全体を見渡す役割のようだった。
「ええーっとぉ」
お婆さんは半透明な素材でつくられたサンバイザーのひさしを指でなぞって確かめる。
「ああ、あそこの青年、もう少し左のほう。だね、そう! そこ! そこから10株、縦に植えてこっちに向かってきて」
遠くからセイジの返事が聞こえた。
どうやらあのサンバイザーで『TA-GO』内のデータを確認しているようだ。
「あああ、そこ! ちがうよぉ! もっと自然な感じの曲線にしていかないとダメだよぉ!」
それにしても、さっきから指示が不自然に感じる。畑って普通はもっとまっすぐに植物がならんでいるんじゃないか。
お婆さんの要求によって、苗が全くない場所と密集する場所が極端に分かれているように思える。あれか、これが上のヤツらがやっている作業の結果なのか。素人が右往左往しながら苗をうえているのかもしれない。
「あーあーあーあーもう、なんだろうねぇーやんなっちゃうな!」
みんなが黙々と作業をつづけていると、近くにいたお婆ちゃんが急に叫びなら立ち上がった。
「こんな勿体ないことしたくないわー、腰痛いしさ、ヘタクソなんよ、コイツ!」
腰をさすりながら声を荒らげている。
「どうした、どうしたぁ」
イナサクさんがすかさず近寄ってきた。
「もうさ、なんだってこんなにギチギチに苗、植えなきゃならんの? こんなんじゃ育たんじゃんよ苺」
「まあまあ、ミカさんここは堪えてくれよ」
「だってさぁ、今朝から急に草むしりしはじめてだよ、普段なんてまったくなにもしない畑のくせに。そんで、いきなりこんなに苗うえだしてさ、挙げ句の果てにヘタクソなんて、もう、腹たっちゃうわ、アタシ」
「そうだよな。ミカさん、朝からこの畑にかかりっきりだったもんな。ごめんな。でもよ、上のやつらのする通りに植えねえと怒られっちゃうんだよ」
「よりによって夏苺の苗なんよ! ムダにするようなことして。あーもう許せない!」
「ミカさん。でもこれでまた村のみんなでうまいもんでも食おう。なっ? あと、もうちょっとだから。なっ?」
「……ふうぅ……もう……勿体ない」
ミカさんと呼ばれていたお婆さんは、鼻から大量に息を吹き出しながらも、作業に戻っていった。やっぱりこの植え方は自然なものではないのだろう。紅い苗が連なって線になっているところ、はたまたぐにゃぐにゃと曲線になっているところが入り交じっていた。
畑の持ち主は一体なにを考えているのか。
まあ、上空うえの人達が考えるようなことなんて分かるわけないなと思いつつ、あちこちに伸びた紅い線を眺めてみた。

15時の休憩からは途切れることなく作業が続けられた。
汗が目に入るのをこらえて身体をうごかし、日光に晒されているのに慣れてきたころ、手元の苗を植え終わって顔を上げると、周りにいたお婆さんたちも腰を伸ばしていた。
そろそろ作業は終わりなのかもしれない。
「まもる! おまえ空飛べたよな?」
遠くの方からイナサクさんの声がした。
「ちょっと上から畑の画像撮ってこい!」
返事が聞こえると、すぐに空に浮かぶまもるさんの姿がみえた。
「こ……の……ん……です……ぁ?」
途切れがちに聞こえたまもるさんの声にイナサクさんが大声を張り上げる。
「そうだ! 画像とれたらここら一帯にいる全員に共有しろ!」
「は、はいぃ!」

『知井まもるさんから画像が共有されました』

返事のあと、すぐに通知がきた。
承認して視野内で画像を開くと、畑の真ん中に紅い苺の葉が並んで……い……た……嘘だろ?
見た瞬間に理解ができた。でも、許容できない感情がわき起こった。 
「マ……リ……リ……ン……」
広大な大地の真ん中に、紅いラインで文字が描かれていた。

『マリリン
 LOVE』

人名と思わしき単語と、感情を表す単語だ。
間違いない。
馬鹿がみてもわかる。そして、こいつが大馬鹿野郎だということも馬鹿でもわかる。
「よぉーし! オッケー! あがりだー!」
しかしイナサクさんの声は、満足げだった。作業を終えた達成感に溢れていた。ほうぼうからあがる歓声も同じだった。
「えっ!? い、いいんですか!?」
「なにがだ。桜。見事な苺文字じゃねえか」
「いや、苺って文字かくものじゃ……」
「よーし! みんなーよくやってくれたなー! 今日は“大入”だからな! ウチで飯だすから、ひとっ風呂浴びたら集まってくれー!」
さっきよりもさらに大きな歓声があがった。

「イデデデデデ」
湯船に足を差し入れたセイジの悲鳴がだだっぴろい浴室中に響き渡った。
「すこし静かにはいろうよ」
「日焼けしたら湯船ムリっす! ハルノキは日焼けしてないんすか?」
「いや、けっこう焼けたけど」
「でしょ!? なんでそんなに平然としてんすか? イデデデ」
呻きながら湯船に肩まで浸かったセイジが隣に並び、枕のような丸太に頭を載せた。
広い浴槽だった。温泉の大浴場のような木製のお風呂。
「なんか……それよりもイライラしちゃって」
「なにをそんなに怒ってんすか?」
「腹立たないの? あ、あんな、あんなモノのために、炎天下でみんな必死になったのかと思うと……」
「あー、あれっすか? “マリリンLOVE”確かにふざけてましたねーアレは」
セイジは呑気な調子で湯船に身体を浮かべた。
思い出すとまた腹が立った。
あのときミカさんと呼ばれたお婆さんが怒っていた理由もいまさらながらわかった。
「あれ絶対、女を口説こうとして植えたんだ」
朝から草むしりをはじめたのはきっと、農業体験デートの前に畑を綺麗にするためなんだ。
「いまごろ地面眺めてさ、まぬけな顔していってるんだよきっと。“ほら、サマー・オブ・ロマンスでかいたマリリンの名前だよ”“やだ……素敵”とかさ。腹たつでしょ!」
「そうだろうなぁ。なかなかいい読みしてるな桜」
「イ、イナサクさん! いつのまに入ってきたんですか!?」
イナサクさんがいつのまにか隣で枕木に頭を乗せて足を伸ばしていた。
「それで、“農作業で汗かいただろうからシャワー浴びていでよ”なんつっていまごろいちゃついてるだろうな。なあ桜。あの苺文字みて腹がたつのか?」
「あたりまえじゃないですか! あんな遊びに付き合うつもりなかったですよ」
「上のヤツらにしてみたら遊びだろうな。だいたい、あんなに間隔も開けずに植え付けちゃ、実もならねえだろうからな。苗の向きもバラバラだったし」
「な、苗に向きがあるんですか?」
「そうだよ、ランナーっていってな、次の世代の苺が生えてくる茎が出てんだよ。苺はその反対側に実をつけるから、普通はランナーの向きをそろえるんだがな。今日のはバラバラだった。おまえ気づいてたか?」
「し、知りませんでした……」
「だろうな。土に触ったの初めてだろ?」
「は……い」
「もし、おまえがこの村に来たこともなくて、上でTA-GOで農業体験してたら、絶対にああいうことしないって言い切れるか?」
なにもいえなかった。
「ひょとしたら遊んでたかもしれないよな。炎天下で日焼けして汗かきながら作業したことなかったらな」
「そ、そうかもしれませんけど、あんな下品なお金の使い方は……」
「たしかに、なにがマリリンLOVEだよな。中学生の落書きと変わんねえよな。でもな、これでしばらくはこの村のじーちゃんもばあちゃんも安泰なんだよ」
イナサクさんは湯船からお湯をすくって顔をひと撫でした。
「上の金持ちが咲かせた花から、根っこのオレ達は養分吸い取って生きてんだからよ。金つかわせときゃいいんだよ。……さて、そろそろ上がるぞ。飯だ飯」
イナサクさんが湯船からでると、いっきにお湯が減った。もの凄い筋肉のついたイナサクさんの背中に圧倒された。
「イナサクさん、かっけーすね」
セイジは前を隠しもせずに湯船から立ち上がったままだった。

脱衣所でイナサクさんがトランクス1枚の姿で髪を拭いていた。
「あれっすよねー。やっぱり“番長さん”みたいな上空市民は稀ってことっすね」
「セイジ。さっきいったとおりだ。あの人が特別だってわかったろ」
セイジが「うっす」と小さく返事をしていた。
「でも、イナサクさんすげーっすね。あれだけ上空市民からリスペクトされてんすから」
「別に、求めてねえけどな」
「村の人もイナサクさんのためなら、めっちゃ一生懸命仕事するし、マジ、カリスマすね」
「ふん。名前をひけらかしたくてやってるわけじゃねえんだ。食うためなんだよ。名前を売ろうとか、目立とうとか、自分の名前がしれることなんて興味はないからな。よし先にいってるからな。タオル、それ使っていいぞ」
顎で示されたカゴには、畳まれた赤いタオルが収められている。作業中にみんなが首に巻いたりしていた赤いタオルと同じもののようだ。
広げてみると赤地の中央に黒文字で『1739!』とあった。
「この……1、7、3、9って看板にも書いてありましたけど、なんなんですか?」
脱衣所の戸を閉めかけたイナサクさんがあきれた顔で振り返った。
「なんだよ、桜、そんなこともピンとこねえのかよ。若いくせに鈍いな。に決まってるだろ。いいから早く拭けよ」
それだけ言い残してイナサクさんは脱衣所をでていった。



次回 02月02日掲載予定 
誰何すいか西瓜スイカ - 4 - 』へつづく


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