河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る 西瓜(スイカ) 次を読む

第37話 『 誰何すいか西瓜スイカ -4- 』



田子ノ蔵 否柵 様

急啓

ご報告いたします。

幸運重なり。
スイカの収穫にうかがえる運びとなりました!
うれしさのあまり、妻よりも先にこちらへメッセージを送った次第です!

つきましては「竜良村 ヴァーチャル実家“夏休み”プラン」4名の予約は可能でしょうか?

<添付:予約認証情報・大人2名・大学高校生0名・中学生1名・小学生1名>

詳細な予定につきましては、追ってご連絡差し上げます。取り急ぎご報告と予約の確認まで。

念願の竜良村、否柵様をはじめ村の皆様、それから“太郎”たちに会えるのを心より楽しみにしております。

                草々※

※多忙のときであっても、
畑に草々があふれてはなりませんね。
皆様のご尽力に対する冒涜でございます。
紋切り型の言葉に動揺してしまいました(笑)


2063年 7月  “超”吉日(笑)
   TA-GO 1番畑 耕す!番長 より

<ガガ…… あ、あー、エマージェンシー、エマージェンシー、1番畑で重大な予定変更リスケジュールあり。1番畑担当者及び各畑担当の代表は至急、集合されたし。エマージェンシー、エマージェンシー……>

真夏の太陽が昇りはじめた空に、エアロスピーカーから流れたお婆さんの声が響き渡った。
緊急招集エマージェンシーコール”からほどなくして、昨夜繰り広げられた宴の後が片付けられたばかりの、田子ノ蔵家大広間に再び老人達が集まっていた。
「どうしたってんだよ、こんな朝早くによぉ」
「昨日の酒、まだ抜けてねえんだよなオレ」
「今度は1番畑で大口の注文きたんかな?」
「まさかぁ、あすこの人は、堅実なことしかしないっしょぉ」
「んだんだ、オレ達のことまでちゃーんと考えてくれてる人だもん」
「じゃあ、なんだろな」
みんなが口々に推論を述べていた。
「そこの青年、なにか知ってるか?」
「い、いえ……なにも」
この人は確か、元禄さんという人だったか。昨晩、酒の席で絡まれた。所々抜けた前歯にちなんで、昔は麻雀で“元禄積み”といういかさまを得意技にしてたと自慢された。
「ねえ、ハルノキくん。みんなどうしたのかな、すごく怖い顔してるよね」
まもるさんが、小声で話しかけてきた。
「宴会の翌日、早朝からエマージェンシーコールされてみんな寝不足なんじゃないですかね」
「確かにまだボクもねむいもんなぁ」
「まもるさん、セイジはまだですか?」
「まだ寝てたよ。起こそうと思ったんだけど“うるせえ”って蹴られちゃったよボク」
まもるさんが、思い出したように肩の辺りをさすっていた。
「ところで……放送されてたのって、番長さんの畑だよね」
答えようとしたとき、襖が音もなく開いた。
「おう。みんなおはよう」
イナサクさんが部屋に入ってくると、場の空気が瞬時に引き締まり、静まりかえった。
「朝早くにすまない」
「どうしたってんだ? イナサク」
「まあまあ、元禄さん落ち着いてくれ。今朝なメッセージが届いた」
「誰からぁだぁ?」
元禄さんが身を乗り出した。
イナサクさんは、“上座”で腕を組んだまま静かに応える。
「耕す番長さんからだ」
「なんて来たんだよぉ?」
「村に来れることになったそうだ。スイカの収穫のために」
一同が息を呑む音がした。
「ま、ままってくれよぉ」
しかし、1番畑を担当する富阿ふあさんが即座に静寂を破った。
「ど、ど、どーすんのよ? スイカ? バレちゃうよ」
「その通り。このままいったらばれるな」
「だ、だ、だって、だって、だ、だ、だ、ダミーデータ入れとけって、イナサクいったっしょ」
「わかってるよ。富阿さん」
「だからあのとき、正直に謝りましょっていったっしょぉ」
富阿さんは顔を真っ赤にそめてあぐらをかきなおした。昨夜、紹介されたときの、へべれけで上機嫌だった赤ら顔とはまったく別の赤だった。
憤然と腕組みをして、天井を睨みつけている。
「あれは、ウチのじいちゃんが悪かったんだ」
ごうさんが悪いなんていってねえぞオレは!」
「わかってるよ、わかってる、指示を出したのはオレだからな。でもオレも、じいちゃんが“紅ノ長べにのおさ”のデータ使うとは思ってなかったんだ」
「剛さん、あのときの使ったのか?」
「あれか? 20年くらい前の?」
「んだんだ、あったな、紅ノ長! 立派だったよな、あのスイカな」
緊迫していたイナサクさんと富阿さんをそっちのけで、元禄さんの周囲が盛り上がりはじめた。こういうときに空気を読まない人はどこにでもいるもんなんだな。
「知ってっか? 若いの? 昔はこの村もっともっとでかかったんだぞ」
こ、こんなに緊迫した席で、唐突に話をふらないでほしい。しかし、興が乗ったのか元禄さんはとまらない。
「秋にもなるとな、この屋敷にはそこらの村から若い男女が手伝いに集まってきてな、一緒にこの屋敷で飯くったもんだよ」
「元禄さんは、飯だけじゃなかったよな」
「な! 清一きよかず! 母ちゃんにバレたえらどうすんだよ! おまえは秋だけ、ふらふら村に戻ってきて女、女いってただろ!」
「でも、オレは、手えだしたのは今の嫁さんだけだぞ!」
「今の嫁さんしか相手にしてくれなかったからだうが! この鮭ヤロー!」
「なんだとこの野郎」
元禄さんと清さんがつかみ合いを始めてしまった。
「おいおいおい、やめてくれ2人とも。いまはなぁ、そういう話してる場合じゃねえんだよ」
イナサクさんが額を軽く抑えた。
「そんで、いつくんだよ? 番長さん」
お茶をすすっていた、瀬古せこさんが、静かに尋ねた。
「来週末だ。今回はヴァーチャル実家プランまで申し込んでくれた」
実家プランという名前がでた瞬間、喧嘩もピタッととまった。“実家プラン”?
「それも“夏休み”プランだ。村総動員でかからねえと、凌げねえんだ。だからよ、元禄さんも、清一も、喧嘩してねえで知恵だしてくれ」
「イナサク、夏休みプランってことは子供連れなのか? 番長さん」
イナサクさんが黙って頷いた。
「“夏休み”の子供連れかぁ、そしたらラジオ体操やら、肝試しやらの用意もしねえとだな」
「あと、あれだ、同じくれえの歳の子も何人か用意しねえとだな」
「この辺りにいたか?」
田田でんでんところの、子供どうだっけな?」
「あれは、もう成人して村でてったっしょ。どうしたよ、ボケきちまったのか?」
「別れ際にわたす、気の利いた土産とかも用意しなきゃだよなぁ」
「どーすんだよ、子供。田舎でのあまずっぺー出会いとか演出できねえぞ。どうするイナサク?」
「あと、花火大会に盆踊りもやるのか? イナサク?」
「養殖しといたクワガタとかカブトムシ、その辺の木に貼り付けとかねえとだよなイナサク?」
「シャラップ!」
イナサクさんの怒号が飛んだ。
「オーケーオーケー、じいちゃんたちよ、その辺のプランはまかせっからよ、好きにやってくれ」
歴史の教科書にでてくるような夏休みの行事を連呼する、外で鳴き通す蝉の群れよりも騒々しい集団をたった一言で黙らせてしまった。
「それでな、1番問題になってくんのはよ、やっぱりスイカなんだよ」
スイカという単語が出た瞬間、隣のまもるさんが身体を跳ね上げるのがわかった。
「話はだいぶ戻るがな、紅ノ長、……番長さんは“太郎”って名前をつけてるダミースイカの件を、どうやってやり過ごすかなんだ」
「なんとか誤魔化してよ、来年の夏まで延ばしてもらえねえのか?」
「んだんだ! 台風きたことにしてよ、メンテナンス中とかにしちまうとかよ」
「それはできねえ。他の上空市民ならともかく、あの人は誤魔化せねえ」
「今から、植えてみっか?」
「なにいってんだよ元禄さん、スイカの種まきは春だろ。いまからまいたって芽もでてこねえよ」
「じゃあどうすんのよ!? みんなで土下座でもすっか? オレはヤだぞ、土は好きだけどな、頭こすりつけたりはしねえかんな!」
「落ち着いてくれ」
「だいたいよ、そこの、まもるがスイカ食っちゃったんだろ?」
きた。
「そうだよ。よそ者のせいだろ。とんだ災難じゃねえかよ」
「んだんだ! 考えてみたらこいつらが来たせいじゃねえかよ」
矛先がこっちに向いてる。
おじいさん達の、目が鋭く集まってきた。横目で確認すると、まもるさんが、あの巨体が、消えて無くなりそうなほど縮んでいた。
「まってくれ。今はそんなことをいってる場合じゃない。よそ者だろうが何だろうが、これはTA-GOの畑で起きた不祥事だ。なんとしてでも揉み消すしかないんだよ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「だから、それを考えるんだよ」
「あ、あの……」
「なんだ。まもる」
「ぼ、ボク、あの、ごめんなさい。ぼ、ぼく、スイカ、植えてきます」
「ムダだ。聞いてただろ。いまからやっても間に合わねえ」
「で、でも。ボク、スイカ食べちゃったから、みなさんにも、番長さんにも悪いことしちゃったから、スイカ、植えてきます! 種、ください! 植えさしてください!」
「だからムダだ。種もタダじゃねえんだよ」
「そこをなんとかぁ!」
すでに、土下座の体勢をキープしている。
「まあ、方法がないわけじゃないんだけどな」



次回 02月09日掲載予定 
誰何すいか西瓜スイカ - 5 - 』へつづく


掲載情報はこちらから

@河内制作所twitterをフォローする