河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第38話 『 誰何すいか西瓜スイカ -5- 』

「まあ、方法がないわけじゃないんだけどな」
イナサクさんは、組んでいた腕をほどき、右手を顎に添えていた。
「プロ・プランターつってな……作物の生長を急激に促す生長促進ライトってのが、あるには、ある」
「そ、そんなのがあるんですか!? それ、貸してください!」
まもるさんがイナサクさんにつかみかかりそうな勢いで詰め寄っていく。
「話は最後まで聞け。生長促進ライトは存在するが、この村には、ない」
「な、ないんですかぁ……」
「邪道だ。うちは完全手仕事がウリだ」
「ボク、買ってきますからぁ! どこに売ってるんですか!」
「まもる。プロ・プランターがいくらするか知ってるか?」
「…………し、知りません」
夏苺サマー・オブ・ロマンスの売り上げでも足りねえよ。高えんだ。とにかく。確かによ、“プロプラ”があれば爆発的に収穫効率はあがる。同時に顧客の持ってる畑の変化スピードもかわる。本気ガチで自然を相手に農作物育てるコンテンツよりも魅力的だろうな。実際、プロプラを“有料オプション”にして課金させてる農業ファーム系コンテンツ業者もわんさかいる」
まもるさんは固まったまま言葉も発しない。
そ、そんなに高額なのか、プロプランター。
ニュー・トリップで貯金まで使ってしまったまもるさんは、黙るしかなかったのだろう。
「でも、そんだけの機材投資しても利用者ユーザー集めて、資金回収するまでは火の車だ。現に、無理矢理プロプラ使い始めた隣の村なんて地獄みてえだぞ。資金繰り、困りに困ってんだぞ! この村のじいちゃん、ばあちゃん達にそんなことさせられるか? だからこの村にプロプラは導入しねえ」
「んだんだ、イナサクさんのいうとおり! 隣村のやつらいい気味なんだぁ! “完全工場野菜パーフェクトベジタブル”なんてふざけたことはじめてっからよぉ」
突然、耕作さんが拳を振り上げた。確か、この村の最年少─といっても自分よりはだいぶ年上だけど─というだけあって威勢の良い素振り。
いくさに負けたくせに調子にのってるからなんだよ、いい気味だ」
「おい。こう、あいつらの話は蒸し返すもんじゃないぞ」
静かにお茶を飲み続けていた瀬古さんが、耕作こうさくさんをたしなめるように睨んだ。
「んだってよ! 瀬古さん、あいつらのしたこと忘れたわけじゃねえっしょ?」
「もうずいぶんと昔の話だろう……」
「あ、あの、隣村の人達となにかあったんですか?」
「あったなんてもんじゃねえよ、隣村のヤツらとこの村は戦争してたんだ」
「せ、戦争……すか?」
「んだぁ、TA-GOつくったのはイナサクなのによ、ちょこっと協力したってだけで、ヤツら“オレ達も、権利者だ”なんていいだしてよ」
「そうだよなぁ。あれは、まぢ、ウケたよなぁまったく“スジ”通ってなかったもんな。あいつらの麻雀とまぁっったく一緒だ。スジも通さねえで、突っかかって失敗してんだもんなぁ」
元禄さんが大きな口を開けて笑った。
「んだんだ、でもあのときの元禄さんカッコよかったよな、隣村の畑めちゃくちゃにして、最後に用水路にションベンぶちまけてさ」
「耕作なんて、特大のウン……」
「まあ、戦争の話はもういいとしてだ」
イナサクさんが2人の話を遮った。
「プロプラに頼らなくても、ウチの村はいまのところまわってる。利用者は減ってるが、それは農業ファーム系コンテンツ業界全体の流れだ」
「あ、あの……それじゃあプロプランターを隣村から借りたりするのは、やっぱりムリなんですか?」
「ハルノキ。おまえ話きいてたのか? 隣村とはなるべく関わらねえようにしてるんだよ。また一悶着起きたら、めんどうだろ」
「で、でも、業界自体が衰退しているなら、同業者同士が協力しあうのも大切なんじゃないかと」
「だから、ウチは農業ファーム系のコンテンツ以外にもリアル系のサービスにも力いれてるんだよ」
「リアル系サービス?」
「さっきからいってるだろ? ヴァーチャル実家プランだよ」
確かに。さっき“夏休みプラン”について、話をしていた。
「上空市民だってもともとは、地上に住んでた人間だからな。ふっと、大地が懐かしくなるもんでな、うちの村は“田舎に帰省する”っていう疑似体験もプランにして売ってる」
「んだんだ、ノスタルジアってやつだぁ」
「上のヤツらの“郷愁”をうまいことくすぐって儲けてるんだよ」
「皆さんがイベントを仕掛けるってことですか?」
「んだんだ! オレはいっつも“村のちょっとドジな青年”役だ」
「耕はなんの演技しなくてもそのまんまだけどなぁ」
「……元禄さんも “人の話を聞かない口うるさい長老”っていうの、ハマり役っしょ」
「おれのは演技だぞぉ」
元禄さんのとぼけた口調に一同が笑った。
「おまえら、なんで笑ってんだよぉ。ところでよぉ、イナサクよ。飯はどうすっかなぁ、やっぱり、子供たちも来んなら、バイキングとかどうだよ?」
元禄さんはやっぱり、他人の話を聞かない人のようだった。今度はご飯の話をはじめた。
「オレは、ホテルの朝食バイキングがこの世でいちばんすきだでなぁ、子供たちにもやっぱりこう、バイキングの夢をみせてやりてえんだぁ」
「元禄さんの好みっしょそれ」
「だいたいよ、バイキングって古いな。ブッヘっつーんだろブッヘ?」
「ビュッフェだろそれ? ビュッフェ。でも、ひと組しかいねえ客にビュッフェはおかしいだろぉ。食べる方も落ち着かねえんじゃねーか?」
「んだんだ! やっぱりよ、お膳をこうビシーっと並べて、豪華な夕食にすっぺよ、なあ、イナサク?」
また一同はイナサクさんに意見を求めはじめた。昔のテレビ動画でみた、記者たちに囲まれる騒動の渦中にいる人のようだ。
「……ねえ、ハルノキくん……」
まもるさんが、消えそうな声で話しかけきた。
夜中に目をさましてきた子供のように、袖をひいていた。
「どうしたんすか? ……まもるさん、袖、ひっぱるのやめてもらえますか」
「ちょっと、外にでよう。ボク、決めたことがあるんだ……」
献立の話題に埋め尽くされた大広間から出ることにした。

イナサクさんの屋敷の庭にそびえ立つ大きな木の木陰までくると、まもるさんがいきなり地面に座りこんだ。
「ま、まもるさん? 大丈夫ですか? 具合でも悪いんじゃ……」
「ごめんなさいいい!」
唐突に声が割れるほどの大声をだした。
「え、いや、だから、どどうし」
「ごめんなさいいい!」
謝罪の言葉とともに、地面に頭を擦りつけてくる。この旅で幾度も目にした、まもるさんの土下座だった。
「ボク、今から、土下座の練習する! 謝ってるのがちゃんと伝わるか、みてて欲しいんだ。お願いしますぅ!」
そういって、また頭を下げた。
これは、練習の延長なのか、それとも懇願されているのか。
「土下座って、数こなしてどうなるもんじゃないですよね?」
しかし、まもるさんの頭は地面と空中の往復を繰り返してた。
「それよりも、オレ、隣村にいってライト借りれないか話してみたほうがいいんじゃないかと思うんですよ」
「え、だ、ダメだよそれは、せ、戦争なんて怖いじゃない」
「あの話からすると、昔の話みたいだし、なんとかなるんじゃないかと思うんですよ」
「ダメだよ! ハルノキくん」
まもるさんが膝にしがみついてきた。
気色が悪い。
「ボクちゃんと謝る練習するから、ホラ、なんか素早く頭を地面につけられるようになってきたよ!」
確かに、切れのあるフォームだった。
「ごめんなさいいい! っていうだけじゃダメかな、もっと、こう謝る言葉とかないかな」
「ち、陳謝とかすか?」
「ち、ちん、陳謝ぁぁぁぁぁ! どう?」
「いや、その言葉、噛んだらだめですね、逆効果ですよ」
「……陳謝ぁぁぁぁぁ、ごめんなさいいい! 陳謝ぁぁぁぁぁ」
まもるさんは、2つのフレーズを反芻しはじめていた。
名前までつけて楽しみにしていたスイカを無断で食べられたうえに、ダミーデータでだまされていたと知った人間に対して、いくら言葉を換えてもムダだとしか思えない。
やっぱり、スイカそのものを復元するしかないのではないか。
でも、隣村に頼みに行こうとして、まもるさんに騒がれて村の人に止められたら動けなくなる。
まずは、まもるさんをどうにかしないと……。

「まもるさん。ちょっと調べてみたんですけど。土下座っていろんなやり方があるみたいですよ」
「ほ、ホント?」
顔を上げたまもるさんの額には土がついた。
「やっぱり、バリエーションがないと、結局だれの土下座でも同じになっちゃうからだって、書いてありますね。自分にしかないオリジナリティがあるフォーム、かつ、簡単に実現できないような困難な手法なら謝罪の気持ちも伝わりやすい、って書いてありますよ」
「確かにそうかもしれないね、ボク、結局いつも土下座って地面に頭をつけるやつだもんね」
「これなんか、斬新だと思うんですよ、埋没式の土下座ってやつらしいんですけど」
「埋没式? なんかすごそうだね」
「やってみましょう、スコップ探してきてもらえますか?」
「わかった!」
まもるさんは“納屋”の方へ走り、すぐにスコップを抱えて戻ってきた。
「あったよ! 黙って借りちゃったけど、大丈夫だよね」
息を弾ませていた。
「じゃあ、まずここに穴を掘りましょう」
「わかった!」

いつのまにか太陽が真上に近づき、木陰の角度がだんだんと狭まってきたころ、ようやく穴を掘り終えた。
「これくらいでいいかな?」
「行けそうですね、そうしたらここに入ってください」
「え、穴の中に入るの?」
「はい」
まもるさんが穴の中に入り正座した。
「じゃあいきますよ」
掘り返した土をスコップで、穴の中へ戻す。
「す、すごいねこれ! 1人じゃできない土下座だね! これなら許してくれるかもしれないね」
まもるさんが疑問を持つ前に作業を終わらせなきゃ。汗が垂れてきたけど、構っている暇はなかった。
「すごいボク、動けないよ! こんな土下座ならバッチリかもしれないね!」
地面からまもるさんの頭だけが出た状態になるまで土をかぶせた。
「じゃ、じゃまもるさん、オレちょっと行ってきます!」
「え? どこに? というか、この後、ボクどうすればいいの?」
「すみません!」
「えっ! まってよハルノキくん! えっ?」
振り返らずに走った。

「ハルノキくん!? おーい、アレ?」
走っていったきり、ハルノキくんが戻ってこない。探しに行こうとおもったけど、埋没式の土下座中は動けないみたいだった。
これは、どうすればいいんだろう。
「誰かいませんかー? 誰かーあ!」
遠くの方にお婆さんが歩いているのがみえた。
「すみませーん」
でも、お婆さんは尻餅をついて、そのままお屋敷の方に走っていってしまった。

「おまえ、なにやってんだ? もしかして、スイカの変わりにでもなろうとしたのか?」
元禄さんがいうとみんなが笑った。
お婆さんがみんなを連れて戻ってきてくれた。
「違うんです! これ埋没式土下座だって、ハルノキくんが教えてくれたんです!」 
「土下座って、おまえそれ、埋まってるだけじゃねえかよ」
「んだんだ! ふざけてるようにしかみえねえっしょ」
「そ、そうですか。ボクもだんだん疲れてきたんで、そろそろ出たいです」
「ところで、まもる。ハルノキはどうした?」
イナサクさんがボクの前に立った。大きな身体がより大きくみえて怖い。
「あ、あの、わかんないんです。急に走っていってしまって」
「どっちの方に走っていった?」
「山の方です」
「山か、他になにを話した?」
「ハルノキくん、ライトを借りた方がいいんじゃないかっていってました。ボクは止めたんです」
「あいつ……まさか、隣村か」
イナサクさんのひと言でみんながざわざわしはじめた。
「なんだって。それ、マズいっしょ」
「隣村に勝手によそモンが入ったら大騒ぎだろ、イナサク」
「ウチの村からきたなんて、なったらまた、戦争になっちまうかもしれねえぞ、イナサク」
「わかってる! じいちゃんたち、ハルノキを探してくれ! おーい、ばあちゃん! 放送頼むわ!」


<ガガ…… あ、あー、エマージェンシー、エマージェンシー、逃村者あり。逃村者あり。ハルノキ ナツオ。対象はー越村えっそんの危険性あり。発見しだい至急確保されたし。エマージェンシー、エマージェンシー……>


「まったくよぉ。次から次と騒ぎばっかり起こしやがってよ」
放送を聞いていたイナサクさんがタバコに火をつけた。2人っきりになってしまった。
「ご、ごめんなさい、で、でもあの、ボク、そろそろここから出たいです」
「オマエはもう少し埋まってろ。これだけ騒ぎがでかくなってんだ。少し罰うけてるくらいにしとかなきゃじいちゃん達が納得しねえだろ」
「は、はい……」
また、ぶたれるのかな。
「ところで、オマエらなんで旅みたいなことしてんだ? 親子でもなさそうだし」
「あ、あの、九州に行くんです」
「九州? なんでだよ?」
ハルノキくんとボクの試験のことを話した。
「それで、その店に欺されてウチの村についたのか? 情けねえな」
「はい。ごめんなさい」
「別に、謝ることじゃあねえだろ」
イナサクさんが、少し笑ったみたいにみえた。
「それじゃなおさら、隣村に入ろうなんて考えてる場合じゃねえよな、ハルノキの野郎…………おっ?」
イナサクさんが顔を向けたほうをみると、たくさんの人が歩いてくるのがみえた。
真ん中には、駐在さんに掴まれた、ハルノキくんがいた。

「いやーまったくよぉ、このガキ。危ないところだったぞ」
「どこにいたんだ?」
「こいつがよぉ、血相かえてまっすぐ隣の村に走ってくのみえてよ、こりゃおかしいと思ったらちょうど、緊急連絡が聞こえてきたから、慌ててとっ捕まえたんだ。もうすこしで、境界線越えるとこだったぁ」
「ハルノキ、なんでオマエ隣の村にいこうとしたんだ」
イナサクさんがまっすぐに睨んできた。
警官に首元を掴まれているせいで、目をそらすことができなかった。
「プロプラ盗もうとしたのか」
「ぬ、盗もうなんて思ってないです。貸してもらえればとおもって」
「ムリに決まってるだろ。あっちの村はいまでも竜良村のこと恨んでるんだからよ」
「で、でも、やっぱり、みんなが協力していかなきゃ、農業ファーム系業界がだめになっちゃうんじゃないかと思って」
「オマエには関係ねえだろ」
「な、ないっていえば、ないですけど、でも、こんなに綺麗な自然があって、イナサクさんとか元禄さんとか、みんな元気で楽しそうに働いてるのみたら、自分もなんかしなきゃだなって思って」
「それでまたいざこざになったら、それこそ終わりだと思わねえか?」
まっすぐに見据えてくるイナサクさんの視線に耐えきれずに目を閉じてしまった。
閉じたまぶたの内側が急激に熱くなってきた。
「それに、まもるさんが必死で謝ろうとしてるのみてたら、いたたまれなくなって。プロプランターあれば、スイカ、今週末までに間に合うかもしれないって思って……すみませんでした」
目を閉じたまま、頭を下げた。
「あ、あのーさっきから、わかんないんすけど」
いつのまにか、セイジが隣に立っていた。
「なんだ、セイジ。オレはいまハルノキと話してんだ」
「いやそうなんすけど、そのプロプランターってなんすか?」
「おまえは、さっきまで寝てたみてだからな、話きいてねえだろうけどな」
「いやぁ、すみません」
イナサクさんに、凄まれても、ヘコヘコと薄ら笑いを浮かべられるコイツくらい図々しかったらいいのにと強く思う。
「でも、そのプロプラ、すか? それがあれば、スイカなんとかなるんですか?」
「まあな、急激に生長させるライトだからな」
「ああ、つまり、プロプラって、あれですか、照射型植物ホルモン調整促進光源のことですか?」
一同が、固まった。
「セイジ、おまえ今なんていった?」
「いやだから、プロプラって、照射型植物ホルモン調整促進光源、つまり、生長をはやめるライトってことっすよね? それがあればいいんすか?」
誰も口を挟めなかった。こいつ、頭がおかしくなったんじゃないか?
「それならたぶん、なんとかなりますよ」
セイジは、なんのこともなしに、言い放った。



次回 02月16日掲載予定 
誰何すいか西瓜スイカ -6- 』へつづく


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