「ねえ、misa。この辺で、楽に稼げる仕事ないかな?」
…………。
反応がなかった。
「ね、ねえ、misa? 検索お願いします」
…………。
2回呼びかけて、なお、反応なし。
なにか不興を買ってしまったのか。
そういえば村を出てから……いや、村で爆風に吹き飛ばされてから、1度も声を掛けていなかった。もしかして、ほったらかしたことに拗ねてるのか? misaもなかなかカワイイところがあるじゃないか。普段はあんなに偉そうなのに。
「ねえ、misa? ごめんね。ほったらかしちゃって。仕方ないじゃない。ほら、ここ1週間いろいろあったでしょ? もう放置したりしないからさぁ、ね?」
…………。
しかし返事は、ない。
無人の家に響く「ただいま」のように、自分の声に沈黙が強調された。
……やはり、お怒り、なのか。
「あ、あの、misa様? お声届いておりますか? あ、あの……」
『……っさいな……』
「え、えっ?」
『うるさいっていったんだよ。無視してんのもわかんないの? 気持ちわりぃーな』
今日はまた、いきなり
「あ、いや、あ、あ、そ、そうでしたか。こ、これは、大変な失礼を……で、でも、無視はあまりよろしくないのではないでしょうか……」
“
『なに? 用事?』
態度はいい。このままで。
いや、むしろこれくらいキツい方が。
「あ、あの、この辺で楽に稼げる仕事がないか、お尋ねしたいのですが」
一瞬の間。溜め息のような
『アンタさ、イナサクさんの話の何を聞いてたの?』
「……と、と、申しますと……?」
スっと“息を吸い込む音”がした。
これは
『聞くんじゃねえよ。考えろ。人間はな、自分の頭で考えて考えて、考えぬいた挙げ句、失敗する。それで今度こそ、今度こそっていいながら、どうしようもねえくらいに失敗を繰り返す。そして、初めて実感するんだ。痛みや悩み、そして、成功できたときの喜びをな。それが経験だ。オマエには経験が足りねえ。もっと失敗しろ。もっともっとやら……』
「いや、いやいや、はい、はい、もう、もう、重々、申し訳ありません、申し訳ありません、やめろ、やめて、やめてください」
音声は止まった。
しかし、隣にいるまもるさんはもちろん、見知らぬ街を行き交う人々からの好奇の視線が止めどなく流れ込んでくる。
耳が熱く染まっていくのがわかった。スイカよりも紅くなっているに違いない。
『イナサクさんがなにを言いたかったか
「つまりその、自分の頭で考えろと……も、もちろん、考えました。考えたんです。ただ……その、いい案がうかばなくって」
『浮かばないなら、せめて、自分で検索してimaGe膨らませろよ』
「そ、そんな、これだけ情報が溢れる百鬼夜行のネットワークに絡め取られてしまうのをすくっていただくために、アシスタントプログラムが、misa様が……」
『知ってる? インターネットの時代から、カスっていわれるんだよ。自分でろくに調べもしねえで質問ばっかりするヤツは』
体外音声で垂れ流される罵声は、鋭く尖って胸の奥底をえぐるように襲ってくる。
『それでアンタの質問は、“楽に稼げる仕事ないかな?”って。恥ずかしくないの? “
ぐうの音もでないというのはこういう状態なのだろうか。呼吸が苦しくなってきた。
『アタシって、アンタに必要なのかな』
「そ、そんな。そんなこと言わないでくださいよ。その、今回だけ。この3日間はイナサクさんから貰ったお金で宿を確保することができましたが、も、もう所持金も底をつき、稼ぎ口を探しませんと、九州どころか、今日を過ごすこともままならなりませんので」
『知らなーい。さよならー』
「えっ? ちょ、ちょっと、misa? misa? お願いします。お戻りを、misa様ぁぁぁ!」
『……ッ』
脳内には僅かな
「お、終わった……」
力が抜け、地面に膝がついた。
「は、ハルノキくん? 大丈夫?」
まもるさんが心配そうに覗き込んできた。
イナサクさんが言っていた配達は、自分たちを追い出すための口実ではなく、本当だった。
配達の行き先は第三守衛所。
エデルを中心にみて南西に位置する守衛所で、近隣からの上空都市への移動や配送の検問所の役割を果たしている場所。
守衛所を間近で見るチャンスだと思った矢先、手前の『臨空第三都市』で自分とまもるさんを降ろしてしイナサクさんは行ってしまった。
そして見知らぬ臨空第三都市の市街地で、今度はアシスタントプログラムが去っていった。
「misaさん、怒ってたね……。で、でもハルノキくん、元気だそう! とりあえず、ご飯たべて元気だそうよ!」
この人はあいかわらず、食欲を最優先に物事を考える。あの村で一体なにを学んだ。
「お金、もうないです」
「ん? まだあるよね? イナサクさんからもらったお小遣い」
別れ際、村で働いた給料として、少しだけお金をくれた。
「あれは、給料です。それにそうそう使えるお金じゃないです。ただでさえ、ここ3日の宿泊費で消えてるのに」
現金、いや、紙幣自体をこんなに大切にしたいと思ったのは初めてだ。イナサクさんから手渡しされた数枚の紙幣。
どうしても受け取った紙幣そのものを、手元に残しておきたいと思った。
宿泊するたびに、減っていくが、せめて、1枚くらいは取っておきたい。
しかし、そのお金にも手をつけてしまうのは目前だ。所持金が底を突きかけている。
「この街の名物、知ってる? 食べれるんだよ! 天然の……」
「まもるさん、いまそれどころじゃないんです。お金稼がないと、名物どころかマジでなにも食えなくなりますよ」
「で、でも、misaさんがいってた通り、考えるなら、お腹いっぱいにしないと頭が働いてくれないいんじゃないかな」
腹がいっぱいになったら今度は眠くなるだろう、アンタはいつも。
「とにかく、せめて、解決する方法だけでも考えましょう」
「ボク、頭つかうの苦手なんだよなぁ」
それなら、それなりに
考えてみればここ最近のmisaの機嫌が悪かった原因はこの人にもあるはずだ。
徒歩で九州に行くといいだし、スグに諦め、詐欺の店にどんどん突っ込んで……アシスタントプログラムは旅に出てしまった……いや、まあ今までも何回かそういう時期はあった。
けど、今日のは酷かった……なんだ、さっきの態度は。腹ただしい。
……でも、長年付きあってきたアシスタントがいなくなったからといって、すぐに新しいアシスタントプログラムを探す気には……。
……そうだ。
ほらみろ、自分ひとりでもちゃんと考えられるじゃないか。
「まもるさん! まもるさんはimaGeにアシスタントプログラム、入れてないですよね?」
「misaさんみたいなやつ? ボ、ボクはいいよ。さっきのハルノキくんみたいに怒られるの怖いし……」
「そ、それは誤解ですよ。アシスタントプログラムって、いろんな種類があるし、細かく設定もできるから、怒られないように設定すれば大丈夫ですよ」
「そうなの? なぁんだ。それじゃ……」
「入れてみます?」
「ハルノキくんは、趣味で怒られてたの?」
「えっ!?」
「だって、いつも怒られてるよね。怒られるの好きなのかと思ってたよ」
「あ、あれは、misaは、物心ついたころから一緒で、昔からああだから……別に喜んでるわけじゃないっすよ」
「そうなの? じゃあ、ボクも優しいアシスタントさんなら、欲しいなぁ」
「そうですよ! よし! まもるさんのアシスタントプログラム探しましょう」
「どうやったらいいの?」
「まもるさんはその、スマートフォン? っていうんでしたっけ? それをimaGeホルダーにしてるんですよね?」
「そうだよ」
まもるさんが、胸元のポケットから古びた
機体の機能に依存するタイプの旧式な通信機器を誇らしげに掲げる。
「そのタイプに合致するプログラム探してみましょう」
「え? ハルノキくん検索できるの? だってmisaさん、怒っちゃったんでしょ?」
「さっきmisaもいってたじゃないですか。別にアシスタントプログラムじゃなくても、imaGeで検索はできるんです」
「それなら、そのままお仕事を検索すればいいんじゃないの?」
「そんな飛び込みで見つけた仕事が、どうしようもなく辛かったらどうするんですか? 検索だけじゃだめなんですよ。その結果をアシスタントプログラムに検証してもらわないと」
「そ、そういうものなの?」
「人力で情報整理するのは時間がかかるんです。だから面倒なんです。それに、まもるさんもアシスタントプログラム持ってた方が便利ですよね?」
「そ、それこそお金どうするの?」
「
通常の音声認識で検索バーへ検索ワードを入力すると、imaGe視野内に検索結果が表示された。これでもかというくらい大量に。
「あー、やっぱり、もの凄い数でてきますね」
「時間かかる? やっぱり先にご飯食べた方がいいんじゃないかな?」
「ちょっとまってください。いま探しますから……そっか、まもるさんのimaGeは機種依存型だから……」
「機種依存型ってなぁに?」
「最近のimaGeチップって、基本的にまわりにつけてるガジェット類やimaGe用のサーバーと通信してるだけなんで、チップだけでも動くんです。でも、まもるさんのimaGeチップは旧式だからimaGeホルダーの
「な、なんかよく分からないけど、つまり、スマートフォンがないとimaGeが動かないってことだよね?」
「そうです。だからスマートフォンにも対応してるアシスタントプログラムじゃないといけないんですが、なかなか無いんです」
「ところで、ハルノキくんのimaGeはどこにしまってあるの?」
「そんなこと教えられませんよ。imaGeは自分と一緒なんですから、他人には絶対に教えません。なにいってるんですか」
「そ、そっか、ご、ごめんね」
「あ! これならいけるかも」
視野内に広がる検索結果の一点に目がとまった。
『AP市場「江照」¥0
評価:★☆☆☆☆』
評価は絶望的に低いが、まもるさんの持つスマートフォンにも対応している。
『江照』と書いて『
……エデルって……。
エデルは、まずいだろう。
エデルだぞ、エデル。
人間の手を介在せず、独自に学習を行い、完全なる自我をはじめて持った、世界最古にして最高の“人工知能”、エデル。
人類にとって重大な転換になった発見を数多くした“
発見の功績を称えられ浮遊物質エーデル・フロートに名前がつかわれているどころか、上空都市エデルの名前そのものになっている、もはや人智を越えた存在。
その知能と同じ名前を、それもこんな強引な当て字で名乗るのは、ずうずうしいというのに他ならない。
こんな“パチもの”が、よく削除もされずに残っていると逆に感心する。
「まもるさん、かなり胡散臭いですけど、これ入れてみませんか?」
「胡散臭いの入れて大丈夫なの?」
「まあ、仕事見つけたら、スグに
「そんな! ひどいよ、ハルノキくんのに入れればいいじゃない!」
「だめですよ。アシスタントプログラムを2つもインストールしたら。わかります?
「いまは、misaさん、いないから関係ないんじゃないの……」
「いつ気まぐれで戻ってくるかわかんないじゃないですか!」
「わ、わかったよぉ」
「スマートフォンだしてください」
まもるさんは、おずおずと機体を差しだした。
「じゃあ、いきます」
ダウンロードの確認画面まで進み『実行』ボタンを押すと、読み込みを示すバーが動き出した。
「なんか床屋さんみたいだね。守衛所にある銀さんのお店みたい」
「ずいぶんと古めかしいデザインですねこれ」
グルグルと回転するように左から右へ進む読み込みバーは、左右の行き来を何度も何度も繰り返している。
「なんだか、だいぶ……かかりそうだね」
「これ容量どのくらいなんだろう……」
「大丈夫? 壊れたりしない?」
「……大丈夫じゃないすか。わかんないけど」
「な、なんか、スマホ、熱くなってきたよ! う、唸り声みたいな音もしてるし!」
触れてみたら、確かに熱かった。
風邪を患い、発熱した身体のように火照っている。だがそれでも
「は、ハルノキくん、なんか、煙でてない? これ?」
「やばいっすね、水かけましょう」
「そ、そんなことしたら壊れちゃうよ! ど、どうしよ……う……?」
『……痛って……』
「ハルノキくん、なんスマホが喋っあっ! み、みてよこれ!」
まもるさんが、スマートフォンをくるりとめくり、こちら側へディスプレイを向けた。
次回 03月02日掲載予定
『 アシスタント・プログラム02 』へつづく
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