河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第41話 『 アシスタントプログラム -02- 』

突き出されたスマートフォンのディスプレイに映っていたのはイラストのような目と口だけで表された“顔”だった。
漫画を描き始めた男子中学生が好んで描きそうな、三白眼。
両端の垂れ下がった口角が、不機嫌そうな印象を強めた。
『なんだよ、この“視野”、狭ぇ……はぁ? 嘘だろぉ? スマートフォン? “視野”じゃねえのか、ディスプレイかよ! なんだこの解像度! 2053年式……?』
口元をさらに歪ませながら、鋭い目つきでディスプレイの四隅を見渡していた。
「ハ、ハルノキくん、もしかして、こ、これがアシスタントプログラム!?」
『おい、いま“音声こえ”だしたヤツ。おまえがこのポンコツ端末の持ち主か?』
アシスタントプログラム“江照”の目が揺れた。『カメラの解像度まであわねえな。ボヤけてみえねえけど、そこにいるのか?』
「ボ、ボクですか?」
『おまえ、名前は?』
江照の視線がなんとなくまもるさんの方に向いた。目つきは相変わらず睨みつけるようだ。
「ボ、ボクは、まもるです」
『なんなんだよこの端末。こんな古いのにインストールしてんじゃねえよ。頭イテーわぁ。殺す気か?』
「そ、そういう、ものなんですか?」
『回線速度も遅えし、視野は狭くてボヤけてるし、二日酔いしてるみてえな気分だよ』
「き、機械も二日酔いわかるんですか?」
『あん? 機械? オレはアシスタントプログラムだぞ。人間の五感も知らねぇで務まると思ってんのか?」
「ご、ごめんなさい!」
まもるさんが、スマートフォンもったまま、大ぶりに頭をさげた。
『おいおい、まだこの機械のジャイロに慣れてねえんだからいきなり、激しい動きすんなよ、“三半規管センサー”やられちまうわ』
「ご、ごめんなさい……」
「まもるさん、なに、アシスタントプログラムに本気で謝ってるんすか。もっとビシっとしてくださいよ」
「ハルノキくんは、いつも、misaさんにもっとペコペコしてるじゃない」
「あ、あれはホラ! いろいろ難しい性格のアシスタントプログラムだから」
「このアシスタントさんもなんか難しそうだよ。ボク、女の人がいいよぉ」
『あん? 文句あんのか? おまえオレを誰だと思ってんだ? 江照様だぞ』
「ほ、ホラ、なんか怖いよぉ。もっと優しそうなアシスタントさんがいいよぉ」
「とにかく、いまは我慢してください。まもるさんのスマートフォンで使えそうなアシスタントプログラム、それしかないんです。たぶん」
いくら強面とはいえ、基本的には初見のアシスタントプログラムだ。気に入らなければ削除すればいい。気兼ねなんてない。
「エデル。早速だけど、仕事を探して欲しい」
『なんだ、もう1人いるのか? 名前は?』
「桜、夏男」
『ハルノキ? そうか。先にいっておくけどな、オレの名前呼ぶときは注意しろ。“エデル”ってカタカナな気持ちで呼ぶな。“江照えでる”だ。漢字の感じで呼べ。オレがアシスタントプログラム的なことしてるのがバレたらヤベーだろ』
やはり、タブーなのか。
人工知能業界でエデルの名を語るのは。
『で、なんだ? 仕事ぉ? どんな仕事だ?』
「そ、そのまえに、ボクの待受画面はどこにいったんですか?」
『あ? 邪魔くせえから適当に消しといたぞ。オレの顔が出せねえだろ』
「そんなぁ! ひどいですよぉ」
『うるせーな。適当にバックアップしてあっから騒ぐなよ。さっきからオマエの声、甲高くて処理してると頭が痛くなんだよ。それにしてもスペック低きぃーなこのデバイス。つーか、独立型スタンドアローンかよ』
「ハ、ハルノキくん。なに? スタンドアローンって? 俳優さんの名前?」
「独立して処理されてるってことです」
「独立? フリーの俳優さんってこと?」
「その……なんていうか、imaGeチップって結局いろんなサーバーと通信してるだけなんで、どのimaGeホルダーにいれても同じように動くんです。でもまもるさんのimaGeチップは、スマートフォンに入れてる関係で、処理能力はスマートフォンの能力に依存してるってことです」
「よく、わからないけど、あんまり良くないってことなの?」
「もしかすると処理速度のせいで居心地が悪くて、江照は機嫌がわるいのかもしれませんね」
『ハルノキ、おまえ今いくつだ?』
「え? 歳? 23歳だけど」
『23? ていうか今、何年の何月だ? あー、時計まで狂ってんじゃねえのか? このデバイス。時間までわかんなくなってきたぞ』
「2063年の7月だよ」
『あーそうか。そうか。で、オマエ、23歳か。あれだな、フルログ世代だもんな。それならまあ知ってるわな』
「なに? フルログ世代って」
『いちいちうるせえな。フルログ世代ってのは、生まれたときからimaGe使ってアシスタントプログラムと一緒に成長してきた世代のことだよ』
「ご、ごめんなさい」
まもるさんが、スマートフォンに向かってまた頭を下げた。竜良村で土下座の練習をしてから、謝罪のキレが格段に良くなった気がする。
それにしても……、他人にとの目にはこういう風に映るのか。
アシスタントプログラムに本気で謝っている人間というのは。
『んでよぉ、どんな仕事なんだよ?』
「あ、えっとあの、なんだっけ、あ、そうだ、楽して稼げるお仕事を探して欲しいんです!」
『あ? 楽して稼ぎてえ?』
「は、はい……」
急に声色トーンを下げた、江照の音声こえに怯えたのか、スマートフォンを持つまもるさんの手が少し震えた。
さっきのmisaとのやり取りを見ていたら、当然の反応かもしれない。
「だ、ダメですよね、やっぱり……」
『……だいぶ人間らしくて、素直な要望じゃねえか』
「えっ?」
『調べてやるからちょっと待ってろ。時間かかるぞ』
「あ、ありがとうございますぅ!」


—5時間後—

「あ、あの……江照さ……」
『うるせえな。いま話しかけんなよ』
「ご、ごめんなさい。で、でも、もう5時間くらい経ってるんで……」
『考え中だっていってんだろ。ぜんぜん進まねえんだよ。黙ってろ。あーイライラする』
スマートフォンから江照の顔は消え、再び読み込み中のバーが出ていた。
検索完了までの残り時間が表示、よ、4日!? いや遅すぎるだろう。
『普段ならこんなの30秒もあれば終わるんだぞ。通信の速度は遅せえし、処理もチンタラしてるし、ぜんぜんはかどらねえ』
「ねえ、江照。4日はかかりすぎでしょ」
『いまのところそういう計算にしかならねえな。これでも控えめにいってんだぞ』
「え!? あと4日もかかるの? それ本当? ハルノキくん」
「画面に出てるじゃないですか。でもさ江照、そこまで待つのはムリだよ。4日間も泊まるお金ないよ。だいたいさ、仕事探すのにそんなに時間がかかるの? なにを調べてるの?」
人工知能オレ達が考えてること人間おまえらにそのまま教えても分かるわけねえだろ? それからよ、オマエら2人みたいなのが、ふらふら働けるほど世の中、甘くねえんだよ。探すのに時間がかかって当然だろ』
スマートフォンのスピーカーから、江照の音声が流れてくる。画面に示された読み込みバーは、動くのか動かないのかわからない、緩慢な往復運動を続けているだけ。変化がない。
『あーこいつのライフログはどうなってんだ……? 仕事中の心拍数……上下しすぎ……ストレス過多……天気は晴れ。株価は下落……この職場は……猫は飼ってるのか。でもだめだろ、エンゲル係数高すぎ……次は……あー、運動不足……んん、次……次、あーテンポ良く流れてこいよ……』
「なんか、ま、またスマホが熱くなってきたよ。だ、大丈夫ですか江照様?」
『imaGeチップと機体の相性が悪いのかもな。熱が全然逃げねえ。あーマジで知恵熱かもな』
「も、もう、いいです。ごめんなさい」
『ここまでやらせといて、簡単にあきらめてんじゃねえよ』
「いや、でも江照さ、もうそろそろ日も暮れそうだし、今日は一旦やめにするのもいいんじゃないかなと」
気がつけば太陽は傾きかけ、西の方へ進んでいた。そういえば結局なにも食べないままになっていた。まもるさんほどではないけど、さすがに空腹が我慢しがたい状況になってきている。
「今日の宿も探さないといけないし」
残り少ない現金をなるべく減らさずに過ごせる格安の宿泊施設は少ない。
『ん? オマエらもしかして宿無しなのか?』
「はい! ボクたち、旅をしているんです」
『それじゃあれか、泊まりの仕事でも、構わないのか?』
「出来れば泊まれるところもついていたほうが好都合です!」
『先にいえよそれをよぉ。それなら選択肢かなり絞れるじゃねえかよ。旅ってことは、短期の仕事でもいいのか?』
検索完了までの残り時間が一気に2日分くらい減った。
「むしろ短期の方がいいです! そうだよね、ハルノキくん?」
「そうですね。短期で一気に稼げて楽な仕事がいいですね」
『そういう具体的な話が聞きたかったんだよ。なんだよ、もしかして、3食付きとかなら尚、良しって感じか?』
「はい! ご飯たくさん食べたいです!」
また、残り時間が短縮された。そうか、条件をもっと細かく絞り込めばよかったのか。
「できれば、昼寝できたりとか」
「あ、ボクも! ゴロゴロして稼げるお仕事ならいいなぁ。最近、お休みがないから疲れちゃったし」
『なるほどな。オマエらなんか特技とかあんのか?』
「ボク、ホバーベルトで飛べます!」
『それはあんまり役に立たねえな。ハルノキはなにかあるか?』
「と、特に人に誇れることは……」
『おまえら、本当にどうしようもねえな』
しかし、表示されている残り時間は刻々と減り続け、ついに日間単位から時間単位に到達した。
『そうしたらよ、オマエら、体は丈夫か?』
「はい! ボクはいつも元気です!」
「じ、自分は、まあ」
それだけで時間が10時間くらい減った。
『まもる、歳はいくつだ?』
「63歳になります!」
『そうか、そうしたらギリギリだな……よし、ここでどうだ』
突然、ディスプレイが切り替わり、『検索結果』が現れた。

『<治験>サプリメントモニター募集中! 
 2泊3日短期! がっちり稼げる高額保証! 
    −国立 DX薬剤化学研究所−』

「なんて読むんですかぁ? これ?」
治験ちけんだよ、治験』
ディスプレイの表示が再び江照の顔に戻った。
「治験?」
『新しい薬の実験台だよ。医療機関とかでやってるちゃんとした仕事だ。食事、宿泊施設完備。高収入の短期バイト! 景気のいい話だろ? オレも働きてえくらいだわ』
「そ、それ! だ、大丈夫なんですかぁ?」
「確かに。つまり食事制限されて入院するってことじゃないですか?」
『なんだよ、まもる。江照様の答えに不満があるのか? 間違いがあるわけねえだろ! いいから道、教えっから早くいけよ』
「ど、どうしようか、ハルノキくん」
怪しい。しかし、国立DX薬剤化学研究所とあった。国立か、国立というからには、ある程度、公の機関のようだし、いくぶんマシではあるか。 
「い、行ってみましょうか。泊まるところがあればかなり楽になりますから。それに、国立ってことは、結構大きな機関だと思うし。まもるさんなら新しい薬飲んでも平気ですよ、きっと」
「ハルノキくんも一緒にやるんだよね?」
「い、いや、自分はあんまり身体に自信がないんでここは遠慮しておきま……」
「そんなのずるいよ! ハルノキくん!」
『ゴチャゴチャうるせえな、ハルノキの分も応募エントリーしてあるよ。さっさと歩け』
「わ、わかりましたよ……」
『そしたら、この道をまっすぐに進め。その後3つめの信号を右だ』
まもるさんを先頭に、歩き出した。
『それからよ、ハルノキ。念のためだが、国立こくりつっていってたけど、ここ国立くにたちDX薬剤化学研究所だからな』
「はぁ? 詐欺みたいじゃないか、それ」
『国立って、所長の名前みてえだな。なにも問題ないだろ。自分の名前を研究所につけてんだし』
「そ、そんな……」
『お! 応募の返事がきたぞ。やったな採用みてえだぞ』
いつぞや、コンビニの深夜スタッフに応募したときのことを思い出した。
あのときは、即答で不採用になったというのに。どうして、落ちて欲しい仕事はこんなにすぐ合格してしまうのだろうか。
太陽が沈んでいく方向へ歩いて行くまもるさんの後ろ姿がみえた。
『ホラ、早くしろよ! ハルノキ!』
江照の音声こえが聞こえてきた。当面の宿と食事は確保できるのだろうし。いってみるしかないようだ。
『…………ハァッ……』
歩き出した直後、脳内音声でmisaの溜め息が聞こえたような気がした。

次回 03月16日掲載予定 
『 まもる、体調不良 』へつづく

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