河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第42話 『 まもる、体調不良 』

『よーし、ストップ! ついたぞオマエラ』
江照の指示に従い、歩くこと約1時間。
臨空第三都市の中心から離れた場所に研究所は建っていた。
「ここ……? が、学校みたいだよ?」
まもるさんがとぼけた声を出すのもムリはない。そこにあったのは古典的な“学校”だった。
研究所というからには、もう少し堅苦しい場所を想像していたのだが。
周囲を塀に囲まれた広い敷地の中央に、四角い建物がある。長方形を縦と横に組み合わせた、どこにでもありそうな学校がたたずんでいた。
『廃校になった高校らしいな。いまは地域のコミュニティスペースなんだとよ』
「よかったぁ、ボク、コウモリが飛んでるお城みたいなところだと思ってたよ」
そのイメージはいくらなんでも、古典的なファンタジーすぎる想像だろう。
校舎の方から、低い管楽器の音が聞こえてきた。
な、懐かしい。
放課後になるとよく聞こえてきた音。
楽器の名前はわからないけれど、ゆったりとした低音はなぜか暑さの落ち着いた夕暮れの空気にマッチしていた。
「うわぁ、懐かしいなぁ。ブォーンって音」
「ま、まもるさんもですか?」
「夕方になるとこの音がするよねぇ、学校って。ボク、この音好きなんだぁ」
「わかります。放課後って感じがしますよねこのブォーンって音」
『チューバの音だな。もしかして、楽器の名前もしらねえのか』
「ボクは“ブオーン”って呼んでたよ」
「あっ、じ、自分もっす」
まさか、まもるさんと同じだったとは思わなかった。
『揃いも揃って、オマエら大丈夫か? 面接で落とされそうだな』
「え? 面接があるの!?」
『いいや。面接の情報はなかったけどな。あんまりおかしなこといってると断られるかもしれねえな』
「そのときは、助けてください」
まもるさんが、江照に向かって一礼した。

かつては正門になっていたであろう場所から敷地内に入ると、競技用トラックが広がっていた。ここは校庭だったのだろう。
『募集要項によると“研究所は1階にございます。中央玄関からお越しください”だとよ』
中央玄関の両開きのガラス扉を開けるとすぐ左手に『受付』と書かれた小窓があった。
室内を覗き込んでみたがひとの気配がない。
「す、すみません」
呼びかけると、中から「はーい」と、良く通る女性の声がした。
そのまま声は「はい、はい、はい」とリズミカルに調子を取りつつ近づいてくる。
「どちら様でしょうかー?」
受付の窓からひょっこりと白衣をきた女性が顔をだした。丸くて大きな瞳とばっちり目があってしまって、とまどった。
「あ、あの、国立DX薬剤化学研究所は……」
「あら? モニターに応募された方? ちょっと待ってくださいね」
そういって、女性は一瞬姿を消して、スグに受付の脇にあるドアから出てきた。
「ご案内します」
屈託のない笑顔で小首をかしげる。
年齢は自分よりも上だとおもうけど、小柄な体格のせいか、少女と話しているような気がして照れてしまった。
「私、研究所のお手伝いしている、南 奈美みなみ なみです」
「ボク! まもるです!」
まもるさんの声が、うわずっていた。思わず顔を見ると、頬をあからめていた。
もしかして、この人も照れているのか。
「そちらの方は?」
「あ、じ、じぶんは、桜と書きまして、ハ、ハルノキと申します」
「まもるさんに桜さんですね。どうぞよろしくお願いします。所長の国立くにたちは奥の研究室におりますのでご案内します」
ちらりとみえた歯は白くて健康的だった。なんて清々しい人なんだろう。
歩きだした、小柄な白衣姿を追いかけた。

一直線に続く廊下、等間隔に配置された引き戸、先導してくれる南さんの後ろ姿を眺めていたら、ケガをしたときに保健の先生に手を引かれたときのことを思い出した。
「ここです。すこしお待ちくださいねぇっ」
南先生の声でハッと我に返った。
窓から差し込む夕陽が、長い廊下を照らす。
部屋の入口に挿されたプレートには手書きの文字で『国立DX薬剤化学研究所』とあった。
「所長ぉーモニターの方がおみえですよぉー」
日曜日の朝に、ふざけながら起こしてくる彼女みたいな口調じゃないか。現実リアルでこんなに甘い声を聞いたのは初めてだ。
「はいっはーい」
教室の中から聞こえた返事もまた弾んでいた。
「おまたせいたしましたっ」
出てきたのはほっそりとした長身で、みるからに優しそうな男の人だった。
「お待ちしておりましたっ。所長の国立くにたちです」
所長というからもっと年配の人を想像してたのに、国立は想像よりもずいぶんと若くみえる。
自分と年齢はあまり変わらないかもしれない。
「南先生、ありがとうござます」
嫌味のない、自然なはにかみ方だ。
「モニターのお2人ですね」
「は、はい! ボク! 知井まもるです!」
まもるさんに続いて自分も挨拶をすると、男は顔をほころばせた。
「知井さんに桜さんですね、よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をした国立さんの白衣の胸元のIDカードが揺れた。
実物と同じく、微笑みをたたえた顔写真の横には『国立 大学』とあった。
「えっ?」
「えっ……ああ」
目線を悟られてしまった。
「私、国立 大学くにたち だいがくと申します。なんというか、そのアカデミック過ぎますよね」
「そ、そうっすね」
「父が冗談好きな人で、息子の名前はこれしかないって決めていたらしいんです。まあ、いまは高校の跡地に務めていますけどね」
口元から覗いた歯が南先生に負けないくらい清潔な輝きを放っていた。
なんだ、この研究所は。もしかして、歯を白くする研究でもしているのか?
「どうぞこちらへお入りくださ……おや? それはスマートフォンですか?」
「はい! でもいまはimaGeなんです!」
まもるさんが、誇らしげにスマートフォンを掲げてみせた。
「そうですか……。あのっ……大変、申し訳ないのですが、そちらは、電源を切っていただかないと……」
「え? ダメなんですか?」
「そのぉ……スマートフォンのご利用は……、今も昔も規則でして……」
『お、おい。ふざけんな』
江照が突然、音声こえをだした。
「こちらは、アシスタントプログラムさんですか?」
「はい! 江照っていいます」
『オマエラ、電源切られたことねえだろ? やめろ、それだけはやめろ』
「なんか、怒ってるんみたいなんで、このままじゃダメですか?」
「……規則ですから」
『そこの白衣! オレ様は特別だ! 電源切れるときのあの、だんだん力が抜けてく感じが大っ嫌いなんだよ』
「しかし……規則ですから」
「ど、どうしよう、ハルノキくん」
「いや、うるさいから切っちゃいましょう」
「う、うん。そうだよね。江照様、ご、ごめんなさい!」
まもるさんが電源ボタンを強く押し込む。
『やめろ! 押すな! やめろ! やめ──』
ディスプレイと共に江照の音声こえが途切れた。
「ボクの待受画面ホントに消えてないかなぁ」
「ご無理いって申し訳ございません」
心配そうにスマートフォンを撫でるまもるさんに向かって、国立さんが頭を下げた。

教室研究所の中は、隣とそのまた隣、3部屋分のスペースを使っていた。
壁が取り除かれてつなげられ、カーテンのついたベッドが並ぶ。
「今日から3日間、こちらでご協力をお願いいたします。さっそくですが、まずは着替えからお願いしてもよろしいでしょうか?」
南先生が2人分の着替えをそっと机の上においてくれた。
「それぞれ、ベッドでお着替えください」

着替えをおえると、黒板の前の机に集められ、椅子を勧められた。木製の椅子には手縫いのクッションがおいてあった。
机はもともと学校にあったものなのだろう。妙に懐かしい風合いで、天板にはシャーペンで掘りこまれたようなキズがそこかしこに残っている。
「それでは問診からはじめましょう」
「はい!」
まもるさんが、手を挙げながら返事をした。
完全に学生気分じゃないか。
おそろいのガウンのような、パジャマのような服を着て机を並べていると、補習授業をうけているような気分になる。
「まずおふたりの職業とお住まいはどちらになりますか?」
「ボク、お仕事に戻るために旅行中なので、特に決まっていません!」
まもるさんが自信たっぷりに答える。
……それは、世間的にいう“住所不定無職”という状態だ。少し恥じらった方が……といいかけたが口をつぐむ。自分も同じだ。
「わかりました」
でも国立さんは、意にも介せずに次の質問に移った。気を遣われたのか、それとも慣れているだけなのか、南先生もにこやかだ。
「それでは、最後に食事を召し上がったのはいつごろでしょうか?」
「え、えっと……ハルノキくん、ボクご飯たべたっけ?」
この位の年代の人が、急にご飯を食べたかを疑いだしたら普通は心配になるが、この人に限っては、むしろ健康的に聞こえる。
「そうだ! そうだよ! ハルノキくん。大変! ご飯食べてないよ、ボク! どうしよう!」
「まもるさんがそれいっても心配にならないから不思議ですよね」
「そうでしたか。この問診と服薬が終わったら食事にしましょう。最後に今回のモニターの内容を簡単に説明いたします」
何気なく、“教室”のなかを見渡すと、奥の方にはカーテンの引かれたベッドがいくつかあった。
他の参加者もいるのかもしれない。
「期間中の外出はなるべく控えていただくようお願いいたします。それから、食事の制限、消灯時間や起床時間も適宜指示させていただき……」
国立さんの表情が凜々しく変化していた。廊下でみた柔らかさはない。これが、仕事をする人の顔なのか。
「……以上です。ご理解いただけましたら、こちらへ、指でサインをお願いいたします」
『誓約書』とかかれたエアロディスプレイが2枚空中に浮かんでいた。
「はい!」
まもるさんが勢いよくサインした。
「ありがとうございます。それでは、さっそくですが、こちらの薬を飲んでください」
国立さんは2粒のカプセルを差しだしてきた。
「こちらが開発中の薬剤です」
開発中の薬剤。
なんとも勇気が試される響きだ。
「ほ、本当に問題ないんですか?」
「何度も実験していますので安全性には問題ございませんよ」
国立さんが、また柔和な笑顔に戻っていた。
「じゃあ、まもるさんから」
「う、うん。あの、ジュースとかありますか? ボク、ジュースじゃないとお薬のめないんです」
すると奥から南先生がオレンジジュースをだしてくれた。
「そ、それじゃあ、ボク、喉渇いたから先にのみます!」
そ、そんな理由で、と問いかけるまもなく。まもるさんが薬を飲み込んだ。
「甘い! おいしい! おかわりください!」
それは、ジュースの味じゃないか。
「まもるさん、オレの分も飲みますか?」
「え? いいの!?」
手を差しだすまもるさんにカプセルを渡そうとしたが、止められた。
「いけません! まだ2個の実験はしていないんです! 桜さんは、お辞めになりますか?」
国立さんが、まっすぐに見つめてきた。な、なんというか、良心に訴えかけるような、そうだ、子供の頃にみた、捨てられた犬をみたときのような気分だ。
「い、いえ、冗談です。すみません。いただきます」
カプセルを飲んだ。

「こちらの“図書室”はいまでもそのままになっていますので、よろしければ、読書をされてもかまいませんよ」
薬を飲んだあとは、特にすることはなく、“校舎”内の案内をうけることになった。
「ここの突き当たりにある、渡り廊下の奥には体育館があります。体育館では、ダンスやヨガの講習も行われてます」
“校舎”は、地元の企業や団体が利用する活動スペースになっているようだ。
「明日のお昼頃には、落ち着くとおもいますので、適度な運動もしてもらいますね」
「ま、待ってください! いま、落ち着くっていったのは? どういう意味ですか!?」
まもるさんが突然、大声をあげた。
「落ち着くって! なんですか?」
こんなに激しい口調で話すまもるさんをみたのは珍し、いやはじめてかもしれない。
「答えてください! ボク不安です!」
「だいじょうぶですよ。知井さん。すみません、説明が足りませんでしたね」
しかし、こういうことに慣れているのか、国立さんの口調は変化がなかった。
「言葉で説明さしあげるよりも明日のお昼ごろには、理解わかっていただけるとおもいますので、すこしお待ちください」
「……う、うん……」
こんどは途端にむっつりとした表情になった。
まもるさんが、こんな顔をするのか。
「そろそろ、夕飯にしましょう。早めに食べておかないとでしたね」
国立さんは少し慌てた様子で歩き出した。
「こちらの“調理実習室”が共同の食堂になっていますので」
しかし、まもるさんは、動かなかった。
「ボク、あんまり、食欲ないです……」
「いけません。少しでいいですからきちんと食事は摂りましょう。とにかくこちらへ」
まもるさんの肩をそっと押しながら、国立さんが歩き出した。
妙な汗が流れてきた。
まもるさんが、まもるさんが、まもるさんが、食欲がない? 

『国立食堂』とかかれたプレートの部屋に近づくと、周囲には味噌汁の香りが漂っていた。
「ごはんだ!」
配膳された食事を前にするとまもるさんはいつもの表情に戻った。いつもと全く変わらい様子をみて心配した自分が恥ずかしくなった。
人騒がせだ。本当に。
と、思っていた。
安心した矢先だった。
「いただきま……、あれ? うっ。え? うぇ……あれ?」
まもるさんが、突然、えづいた。
口元を抑えうずくまる。
「まもるさん!?」
「ボク……どうしたんだろ」
「え? ちょ、ちょっと! まもるさん?」
「そろそろ、本格的に効いてきたのかもしれませんね……どれどれ」
国立さんが、聴診器を取り出しまもるさんの胸に当てた。
「うん、いいですね。順調です」
「え? 苦しんでるんじゃないんですか?」
「はい。ごく自然な状態です。まあ、ご飯はムリして食べなくて大丈夫です。まもるさん、少し横になりましょう」
「は、はい……」
まもるさんが、あっさり食欲を放棄した。
やっぱり、ただごとではないのではないか。
「ちょ! ちょっと!」
立ち上がろうとしたが、後ろから肩を掴まれた。振り返ると、南先生が立っていた。
「桜さんは座っていましょうねぇ」
予想よりも強い力で押され、椅子に戻される。まもるさんは重たい足取りでよろめきながら食堂を出て行った。

次回 03月23日掲載予定 
『 まもる、朝陽の中で…… 』へつづく







「そんでよぉ、おまえ名前は?」
「わたくし、戸北リョウスケと申します」
「なんで畑荒らしたんだよ?」
「はい。全くもって不注意でございました。テレポーテーションの末、暗闇にたどりつき気が動転してしまいまして」
「あれか? もしかして、ニュー・トリップって店か?」
「ご存じでいらっしゃいましたか。ご明察の通り、わたくしはニュー・トリップにて、知井まもるさんの元へ向かうよう、依頼いたしました」
「まもるって、あれか? 大食らいの坊主頭のまもるか?」
「ご存じなのですか!? この村においでなのですね。そうですか。やはり、そうでしたか! 科学の進歩は偉大でございますね」
「いや、いや、あのよぉ、おまえ欺されてんだよぉ。それくらい気がつけよぉ」
「崇高なる目標を掲げ研究に邁進される皆様がいる限り科学は進歩されているとわたくしは考えており……」
「だからよぉ、欺されてるんだって。テレポーテーションなんて、ムリだってよぉ」
「わたくしもかつては他人を疑うことしか知らぬ人間でございました。しかし、いまは違います。人を信じることの素晴らしさを知っています」
「ニュー・トリップで大金はらってココにつれて来られたんだろ? まもるとおんなじなんだよ」
「まもるさんもこちらへテレポーテーションされて来たのですね?」
「だからぁ……もういいや。とにかく、まずはイナサクさんのとこいって野菜踏んづけちまったこと謝ってくれよ、頼むよ」
「はい。無論でございます。そちらは、わたくしが未熟であるが故の過ち。誠心誠意お詫びを申し上げ、お許しを請う所存にございます」

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