河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第44話『 まもる、アウト オブ まもる01 』

「それじゃ、もっかい頭からいくよ!」
ナツメさんは大きく息を吸い込み、屋上の中心に直立し両目を閉じて指を鳴らした。
背後に2基のエアロスピーカーがせり上がる。
ナツメさんは悠然と右脚をあげ、大地を踏みしめた。次は左脚で。
そのままゆっくりと腰を落とし、右手をまっすぐに突き出した。左手は高らかに空を指す。
「お感じなすって! アタシのビート! are you ready? レディオ エクササイズ the First!」

ドゥーーーーーン

──低音がぜた。

ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ ドゥンツゥ………
本家とはかけ離れた高速のbpmテンポとエッジの効いたBeatビート
ナツメさんがステップを踏み出すと、上半身と下半身は別々の生き物のように暴れだす。
腰回りはしなやかにしなり、おっぱいはこれでもかと揺れているが、首からうえは固定され正面を見据えて、公園を散歩する鳩のように前後運動を繰り返している。
川を逆流する魚の尾びれのように激しい動きでうねる音の波を泳いでいた。
深夜よる最高潮クライマックスから朝に向かって駆け抜けるような疾走感。
『しゃぁー! 大きく大きくブレイク! 肩を使って、深呼吸! 深呼吸ディィィーープ ブェレス! そしてぇ腕を振りってあしを曲げ伸ばしてく運動ウンドォーウ
曲に重なる、DJディージェーいや、DJディスクジョッキーの語り。
ま、まだ体操は始まっていなかったのか。
というか、これはラジオ体操なのか?
あ、あのリズムで深呼吸できるのか?
むしろ、消費酸素の量が増えるんじゃ……。
『つづいて、つづいてぇ、腕を回しながら、胸をそらす運動! まとめてどうぞぉー!」
複合的な動き。
手の動きとは別に足元は目で追えないほどに小刻みなステップ。
どう考えても本編の体操よりもサブの動きの方が激しい。
飛散する汗が太陽を反射はね返した。
光の粒の中でナツメさんが一心不乱に舞う。
「ハルノキ! カモーーーン!」
ナツメさんが右手を下品にくねらせる。
「え、え、え」
「だいがーーーーーく、カモーーーン!」
大学さんにも右手をくねらせる。
こ、こんな体操に参加できるわけがない。
『おつぎはぁーーー、カラダをスゥイング! 横、横、前、うーーしーーーーろぉぁぁぁーーーー!』
MCもドンドンヒートアップしていく。
ナツメさんは両足で跳び、着地。直後、前に倒れ込んでメチャクチャにスピンして、倒立ハンドスタンド
要所で本家のラジオ体操の動きを織り交ぜつつ、ハードなビートをのりこなしポーズを炸裂させるナツメさんの“ダンシング スペクタクル”に完全に引き摺り込まれていた。

「南先生、ハルノキくん知りませんか?」
「さぁ? そういえば、だい……、く、国立先生もいないんだよねぇ」
南先生の顔が急に少し赤くなった。
どうしたんだろう。
「そ、それより、まもるさん、今朝はご飯たべれてよかったね!」
「はい! とってもおいしかったです!」
「安定してきたみたいね」
「安定ってなんですか?」
「もうすぐだからね。午前中はおとなしく横になっててくださーい」
「わかりました! あ! あの、南先生!」
「なぁに?」
「ボクと遊んでください」
「えっ? ……いやぁ、ごめんね、先生もお仕事があるから」
「そうですかぁ……ボク、することがなくってつまんないんです」
「うーん、imaGeでゲームとかしてみたら?」
「imaGe使ってもいいんですか?」
「え? 別に平気だよ、なんで?」
「だって国立先生が、電源を切れって……」
「電源? そっか! そうだよね。まもるさんのimaGeはスマートフォンに入ってるんだよね……うーん……じゃあ、ちょっとだけ。特別に電源入れてもいいよ」
「ホントですか? やったぁ!」
昨日着替えた上着のポケットからスマートフォンを取り出して、電源を長押しすると、少し喰い気味に待受画面がでてき──
『おい! まもる! 何で電源きったんだよ!』
江照様の顔が出てきた。ものすごく怒ってる。
『あれほど、電源切んなっていったよなぁ』
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
『ハルノキはどこだ! なにが、“うるさいから切っちゃいましょう”だ! 江照様だぞオレ様は』
「江照様、あんまり大きな声だしたらダメですよ」
『なんだとぉ!』
「ひいぃぃ」
「どうしたのぉ、まもるさん?」
「み、南先生ぇぇ、江照様が」
「えっ? あぁ、まもるさんのアシスタントプログラムさんね。ダメですよー他にも寝てる人いるんだから静かにしないと」
『うるせえ! 命令するのはオレだ!』
「そう。じゃあ、まもるさん、電源切りましょっか」
『なっ、それはオマエ反則だろう』
「どちらかというと、この部屋で電源が入っているスマートフォン、つまりは、あなたの方が反則なのよ」
『ぐっぬぬぬ』
「おとなしくしできる?」
『わ、わかったよ』
「まもるさんも静かにゲームしましょうねぇ」
「はい! 南先生ありがとうございます」
『チクってんじゃねえよ。まもる……つぅかオマエ、この短時間でやけに肥えたな』
「そうなんです。なんだか身体が重たくって」
『……あれ? オマエさ……』
「どうしたんですか?」
『いやなんでもねぇ……あん? なんだこいつ? オイまもる、電話音声通話だぞ』
「え? 電話? 誰から?」
『登録されてねえimaGeIDだな。着信拒否するか?』
「も、もしかして! あ、あゆみちゃん!?」
『誰だよそれ』
「もしもし! あゆみちゃ、え!?」
「あ、まもるさんすか? オレっす、セイジっす!」
「せ、セイジくん!?」
「お久しぶりっす!」
「どうしたの? 急に?」
「実はオレ、イナサクさんから新しい企画まかされたんすよ! まだ試作中なんすけど、まもるさんに試しに遊んでもえないかと思って」
「やる! ボクいま暇なんだぁ」
「ちなみに、ハルノキ近くにいますか?」
「ハルノキくん? いないよ。ボクも待ってるんだぁ」
「それなら都合いいっすね。βベータ版なんで格安で遊べます」
「ホント? やったぁ! あ、で、でも……スマートフォンでも大丈夫?」
「もちろんっす! そこにバッチリあわせてありますんで」
「それなら、ボクやるよ! いまちょうど暇だったんだ」
「ありがとうございます! さっそく、まもるさんのimaGeに送りますんで、開いてください」
ブルルっとスマートフォンが振動した。
江照様の顔にペタッと手紙のマークが張り付いていた。
『なんだよ、これ、うっとぉしいな』
「届きました? まもるさん、imaGeは、スマートフォンに入れてるんですよね? 床に適当においてもらえますか?」
「こ、こう……?」
ベッドから降りて、通路になっているところに、スマートフォンを置いた。
「こっちから見えないっすけど、たぶん大丈夫っす。そうしたら、メッセージ開いてもらえますか?」
「江照様、開いてみてくださいだそうです」
『めんどくせえなぁ、ほらよ』
「うゎ!」
突然、目の前に床に、むくむくむくと立体映像が広がった。
「なに? これ? あ!」
空中には、大きな文字が浮かんできた。

『TA-GO ground Master β版』

「TA-GO!?」
「そうっす! TA-GOの地上版っす」
「ぐ、グランドマスター? カッコいい!」
「あ、grandグランドじゃなくて、groundグラウンドっす。地上版なんでグラウンドです」
「すごい! この立体映像、TA-GOの畑なんだね!……でも、なんか、狭いよ」
「イナサクさんに交渉したんすけど、地上民は畳1枚分で充分だっていうもんで……」
「それに、おっきな岩が真ん中にズシンとおいてあるよ」
「まずは土地の開墾編からスタートになります。この岩を消さないと畑をつくれないんです」
「こ、こんなに大きな岩、ムリだよ。ボクのからだよりもおっきいよ」
「岩は“手で運ぶ”と“爆破する”っていう選択肢コマンドが選べるんですが……」
「爆破ってもしかして、ボクたちが巻き込まれたやつ?」
「そうっす! まもるさん、鋭いなぁ。岩の除去は“手で運ぶ”は無料なんすけど、時間がかかります。発破なら次のスキャンには撤去されてますから、スグに野菜植えたりできますよ」
「よーし、じゃあ、発破しちゃおっかな」
「いっちゃいますか!」
「いっちゃおう!」
「そしたら、まずは口座登録からはじめましょう、しっかりレクチャーしますんで……」

「セイジくん! 口座登録終わったよ!」
「ありがとうございます! そうしたら、岩にダイナマイトしかけちゃいましょう! 畑の隅に箱ありますよね?」
「えっと、これかな。うわ、凄い、この立体映像ちゃんと触れるんだぁ、本物の木箱みたい」
「そりゃあ空間投影型の映像っすからね」
「これも、セイジくんがつくってるの?」
「まあちょいちょいとですけど」
箱を開けると、中にはオレンジ色の筒が3本入っていた。
「そのダイナマイトアイコンを岩にセットしてください」
「こうかな?」
「セットできたら、ダイナマイトを3回叩いて離れてくださいカウントダウンの後にドカーーンといきますから」
「え! ま、また爆発するの? 怖いよ」
「さすがに、爆発までは再現されないんで大丈夫っす! もちろん、こっちではオレがホントに爆破するんすけどね。次のスキャンで気合い入れて爆破しますから、まもるさん、ドカーーンといっちゃってください!」
「わ、わかったよ、いくよぉ」
ダイナマイトに、触ると導火線に火がついた。
「うわ、うわ、うわ」
『3……2……1』
空中に表示された数字が減って0になっ──
凄い音がして岩が粉々に飛んできた。
「イタタタタタタタ!」
「あれ? “飛び散る岩”感触残ってました?」
「ちょっと痛かったよ!」
「爆発の感覚は非再現ミュートにしたはずなんですけどねぇ。やっぱり実験って大事っすね!」
「びっくりしたよ。あっ、でも、岩がちゃんとなくなったね」
「でしょ? そしたら、まもるさん次は野菜いきましょ! なんにします? いちおう夏苺サマー・オブ・ロマンスとか紅ノ長もありますけど」
「……でも……、“所持金”もなくなっちゃったみたいだよ」
「ハァ? マジっすか? あ、ホントだ。口座残高0じゃないすか?」
「そ、そっちでみえるの?」
「まもるさん、ダメじゃないっすか。もっと口座の残高に気をつけないと。これじゃ、種どころか水も撒けないっすよ」
「ご、ごめんよぉ、ボクたち、お金なくって、いまアルバイトしてるんだよ」
「そうなんすか? ……そしたら、また連絡しますね、次、植えましょう! お金用意しといてください」
「わかった!」
「じゃ、オレ作業あるんで! また!」

太陽も本格的に目を覚まし仕事をはじめたようだ。だんだんと気温が上がってきた。
「夏は外で踊ると汗がヤバイのよね」
息を弾ませタオルに顔をうずめたナツメさんの全身からは汗と湯気が立ち昇っている。
レオタードはところどころ汗に染まっていた。
「あ、あの……な、ナツメさん……は、ダンスの先生なんですか?」
「そうよ。下の体育館で毎日レッスンしてるけど、なんで?」
「じ、自分、シビれたっす! あ、あの、良かったら、稽古つけて欲しいっす!」
「アンタ稽古ってさ、アタシお相撲さんじゃないけど」
睨まれた。
「失礼しました。れ、レッスンをつけてもらいたいっす」
「まあいいけど、でもアンタ、大学んとこのお客さんでしょ?」
ナツメさんはタオルを首筋へ移動させつつ、国立さんの方へ目線をむける。
「え、あ、あ、ああ、そ、そうです」
「いいの? ダンスしても」
「なんといいますか……まぁ、桜さんは大丈夫だと、思います」
「ふーん、そんならいいよ。11時にみんな集まるから、飯くったら来なよ」
「ありがとうございます!」
首筋から脇の下へ移したタオルをせわしなく動かしながら、ナツメさんは校舎へと戻っていった。風格のある背中へ向かって思わず一礼した。
「あんな凄いの初めてみました。国立さん、お知り合いなんですか?」
「まぁ……その、古くからの知り合いといいますか……」
「他にもあんな風におもしろい人がいるんですか?」
「実はこの学校が廃校になるとき、地元に残った同窓会の有志で資金を出し合って買い取ったんです」
「それじゃあナツメさんは」
「彼女……元クラスメイトです」
「クラスメイト!? もしかして、南先生もクラスメイトだったりするんですか?」
「はい。正確には、南先生は、元先輩です」
「せ、先輩? あんなにかわいらしいのに?」
「童顔なこと気にしてますねいっつも……あ、いや、ああ、あのまあ他にも何人かいるんですよクラスメイトや先輩が」
国立さんは妙に焦った様子で両手を振った。

『ポンポンパンポーン 国立先生、国立先生、モニターさんの体験終了間近となりました。至急お戻りください!』

いきなり校舎中に放送が流れた。
噂をしていたからか南先生の声だ。
咄嗟に、竜良村の“緊急招集エマージェンシーコール”を思い出した。
「いけない! 戻らないと! 桜さん、お話はまた後ほど、ダンスレッスンは構いませんが、あまりムリはしないでください!」
国立さんが白衣の襟を正しながら、校舎へと走った。そういえば、肝心な話を聞くのを忘れてたいた。自分の身体に何がおきているのか。
……まあ、ダンスしても問題ないといわれるなら、もしかすると本当に自分には関係のない話なのかもしれない。
気づけば、もうすぐ9時だ。
朝食を食べてレッスンに備えなければ。
まもるさんの様子をみて、食堂へ行くことにしよう。

次回 04月06日掲載予定 
『 まもる、アウト オブ まもる 02 』へつづく







「いやいやいや、みなさん、おはようございますっす! 今日はよろしくお願いしゃーすっす!」
「セイジー、おまえ浮かれすぎじゃねえか?」
「いやいやいや、なんつったて、発破っすからね。ずーっとやってみたかったんす! ドカーンと岩、ぶっ飛ばしましょう」
「わかったから、早く発破台着けよ!」
「うーっす、いやいやいや、皆さん揃ってます? 揃ってますね。それじゃボチボチいきますかぁー、皆さん位置についてくださーい」
「セイジ、運動会じゃねえぞ」
「あーイイっすねそれ。位置について、よーいドカーンなんつって」
「オマエ、ふざけってっと、岩じゃなくてオマエがイナサクさんにぶっ飛ばされんぞ」
「す、すんません。引き締めてきます。それじゃ! 行くっすよぉぉぉ!」
「いいぞー」
「こっちもいいぞー」
遠くの方から、元禄さんと田田さんの返事がきこえた。
「ありやーす! じゃあいきますよー発破!」
点火ボタンを押すと、タイマーが動きだした。
「お、おい!」
「えっ?」
「あっちから坊さんみてえなヤツが歩いて来んぞ!」
「えっ!?」
うっすらと人影がみえた。
「あいつ、岩の方に近づいてんぞ。おい! そこの坊主! 戻れぇぇ!」
しかし、坊主はこちらに向かって深々と頭を下げてから、さらに近づいてきた。
小走りで。
「なんだアイツ。ダメだ! セイジ! 爆破とめろ!」
「あ、いや、あ、あ、あ、ダメっす! 間に合わっ」
「坊主! 戻れ! もど──」
勢いよく飛散する岩の破片と、坊主が爆風の中で舞った。


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