河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第46話『 まもる、アウト オブ まもる03 』

「うぬぬぬぬぬぬ うぬぬぬぬぬ」
壊れたエンジンのようだった。
「いだいいよぉぉぉぉ」
「まもるさん! 楽な体勢になりましょう! ほら、床に足をつけて」
まもるさんは、呻きながらも床に両足を降ろし、両手をベッドについて四つん這いの状態になった。
「そうです。落ち着いていきましょう」
国立さんの声の意味が分からない。こんなときに落ち着けるか!
下半身をモロだしにしてベッドへ上半身を預け臀部でんぶを突き出した男とそれをとり囲む2人の男。
まもるさんの痛がりかたは尋常じゃないが、このシチュエーションも尋常じゃない。
「桜さん! まもるさんの足元にマットを!」
よりにもよって、国立さんの指さした場所、そこは開かれたまもるさんが股ぐらを真裏から仰ぎ見る場所。まさに股間。
「え!? いま!? ソコにですか!?」
「早くしましょう。もう、スグなんです」
マットを敷くということは、床にしゃがみこむ必要がある。それはつまり、下半身をあらわにしたまもるさんの、両足の間にしゃがみこむということ、それは、マグマの湧き出す噴火口を覗き込むような後先を顧みぬ行為。
「桜さんしか、いないんです!」
「国立先生! アタシが変わりますか!?」
南先生の緊迫した声がカーテンの向こうから聞こえた。
「いいえ! 今回は下からなので、南先生はそこに居てください!」
国立さんはきっぱりと断った。
勝手に断らないで欲しい!
「ハルノキくんお願い!」
カーテンの隙間から南先生の手が伸びてきて、
半透明のマットを手渡された。
思わず喉がゴクリとなった。
「桜さん! 時間がないです!」
国立さんの気迫におされ、しゃがみこむ。
ちょうど目の高さに、まもるさんの“まもるさん”があった。こ、この位置は野球でいえば、バックネット裏。モーターレースならば、“ポール”ポジションじゃないか。
「ま、マット、ここでいいっすか?」
「もう少し奥に」
「いや、これ以上近づくのはムリっす」
一体、なにが起きようとしているのだろうか。
目の前に広がる、この光景になれてきた。
冷静に観察しはじめ……目を疑った。
ウソだろ?
まもるさんの肛門が広がり、中から白い物体が……
「まもるさん、出てきたよ! ホラ、もう少し! 呼吸を整えてぇ!」
国立さんはまもるさんの手を握りしめ、しきりに叫んでいる。
想像を絶する光景。
肛門からでてくる得体のしれない何か。
「よし! “頭”が出てきた!」
「ぐぐぬぬぬぬぬ」
「よし! もう少し、それ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
物体はどんどんとその全貌を晒す。
膨らんだ肛門の隙間からは、ぷすぅーぷぅーと蒸気が漏れ出すような音がする。
「くっさ!」
「ぎゅゆゆゆゆゆ」
「来たよー! まもるさん、そのままいっちゃおう!」
「いいういいうんにぐがぁぁぁっーーーーあーーーーー」
断言してもいい。
自分は生涯、この瞬間を忘れ得 ない。
絶叫するまもるさんの肛門から白い塊が飛び出し、ドゥスンッとマットへ着地した。
「やりましたよ! まもるさん! がんばりましたね!」
「ぐ、ぅぅ、おわっだの?」
痛みの余韻が残っているのか、まもるさんは荒い息づかいで答えた。
こっちは匂いに耐えきれず立ち上がる。
「まもるさん、だ、大丈夫ですか……」
しかしうつろな目をして振り返ったのは……
細身の見知らぬおっさんだった。
「ア……ア、アンタ誰だよ……!?」

惨劇のような光景が繰り広げられた後、国立さんの控え室である“理科準備室”に呼ばれた。
向かいあわせに4つ並べられた机。椅子に座らされ、ひとりで待った。
すると、あの物体を抱えた国立さんと、南先生に手を引かれ、まもるさんに似たおっさんが入ってきた。尻を押さえてゆっくりと。
「まだ、お尻がいたいですぅ」
話し方とミスマッチな低音の渋い声だった。
「これほど立派なタマゴですからね。本当にお疲れ様でした」
国立さんは机上に置かれた、不気味な塊を慈しむように撫でた。
た、タマゴなのか……この物体は……。というか、それ、さっき、おっさんの肛門から飛び出してきたものじゃないか。
机上の中央におかれたタマゴを囲むように国立さんと南先生、対面に自分と、おっさんが座る。
「いやぁ、改めましておめでとうございます。実験は成功です!」
「あ、ありがとうございますぅ」
「さっそくタマゴの成分を調べてみました」
「ボクのタマゴどうでしたか? 国立先生」
だから、アンタは誰なんだ!? なぜ自分がこの場に同席しているのか全く理解できない。
「あの、ちょ、ちょっといいですか?」
その場にいた全員が一斉にこちらをみた。「何いってんだコイツ?」という心の声がダイレクトに伝わってくるようだ。
いやいや、わけがわからないのはこっちだ。
「まずもって……この人、誰ですか?」
「ハハハ桜さん、ちょっとショックが大きかったかもしれませんね。こちらにいるのは……」
「ボクだよ、まもるだよ」
「はぁ!? ウソついてんじゃないっすよ」
「や、やだなぁハルノキくん! ボクすっかり元気になったんだよ」
「ハルノキくん、落ち着こう。たぶんまもるさんが変わり過ぎちゃって混乱してるんだよね」
南先生に手を握られた。
「本物のまもるさんなんだよ。スゴく変わったよねー、こんなにスリムになっちゃうんだもん」
南先生の声に、おっさんが顔を赤らめた。
わかっている。心のどっかで、まもるさんに似ているというか、同一人物なのだと、認識していたんだ。でも、変わりすぎだろう。 頬も顎もシャープに引き締まり、全身が空気を抜いた風船のようにしゅっと萎んでいる。
おまけに……
「ハルノキくん、心配かけてごめんよ」
なんだ、その渋い声は。
「桜さんには、最後まで詳しく説明できなかったからですね。わたしのミスです」
国立さんが額に手を当てて恐縮していた。
「まもるさんの急激な痩身は、タマゴの成分に関係がありまして……」
そうだ、そっちの方も大いに不可思議な点だ。
「そ、そうですよ! そもそもタマゴって! 肛門からタマゴって、普通じゃないっすよね」
「確かに、わたしもびっくりするほどの大きさでした。通常の数倍はありますね」
「いや、大きさじゃなくて、なぜ体内からタマゴが出てきたのかが問題なんです!」
「でもねぇボクは、スッキリしてるよ!」
ダメだ、この人がまもるさんだと何度自分に言い聞かせても違和感しか感じない。
「なんなんすか? その声?」
妙にイライラする。
「そうなんだよね。なんだか、すっごく話しやすいんだよね」
「もしかすると、喉の脂肪がとれて声帯に変化がでたのかもしれませんね」
国立さんも嬉しそうに答える。
そ、そんなことが起こりうるのか?
「桜さんに順番に説明しますね。今回のモニターの主旨は“出卵体験”なんです」
「しゅ、出卵体験!?」
「はい。国立DX薬剤化学研究所のDXはDETOXデトックスの意味がありまして、このタマゴは体内の老廃物を集めたものなんです」
「じゃあ、まもるさんが痩せたのは……」
「はい! まもるさんのタマゴの成分は、ほぼ100%脂肪で構成されていました」
国立さんは、机上のタマゴを指で押した。
強い弾力があるのか、指が押し返されている。
「やっぱり! ボクのお腹の脂肪こんなにあったんだね、スゴイなぁー」
まもるさんも感心したように、タマゴを指でつついている。
「さ、さっき、まもるさんの肛門からでてきたものですよね……それ」
「キレイに洗浄していますから平気ですよ。よかったら、桜さんも触ってみますか?」
「いや、自分はいいっす」
「ハルノキくん、ハルノキくん。あのね、ボクなんだか凄く、スッキリしてるよ! とっても前向きな気分なんだぁ」
まもるさんのテンションは高いが声は低すぎてギャップが激しい。
「そ、そんな、気持ちまで変わるんですか?」
「体内には脳神経に作用する物質もたくさんありますからね。デトックスとしてタマゴが形成される段階でそれらも一緒にまとめられて精神状態にも変化があるんじゃないかと思いますよ。みなさんのお知り合いだった鳥目さんなどは、あっ、これは本人から許可をとっているのでお話しいたしますが、体内からはアドレナリンに似た物質を放出するサナダムシが出てきましたよ」
「……サナダムシ……?」
「非常に冒険心の強いサナダムシで、アグレッシブに体内を動きまわるんです。ドーパミンやアドレナリンに似た成分をたくさん排出しながら……そのせいか、出卵のあとは鳥目さんはとても穏やかな目をされていました。お母様への報告のお電話でも涙を流されてました。若い頃はずいぶんと無茶な冒険を好まれたようですね」
確かに、登山の装備で月にテレポーテーションしようという発想を持つ人なら真実味リアリティがある話だ。
「まだ立証はされていませんが、こういう精神的な部分においてもデトックスが可能になるのを目指しているんです。それから……」
「そ、それから……?」
「“タマゴを産む”という行為を通じ男性のみなさんに出産の体験も提供しています。妊婦さんが体験する身体の変化を3日間で」
「それじゃあ、みんな、そのお尻から……」
「ハハハ、タマゴは通常は口から出卵するようにしているんですが、まもるさんは特にデトックス効果が強かったので肛門からでしたね」
「はい! ボク、まだちょっとお尻が痛いです!」
「で、でもそれって、出産体験って、VRでも結構でまわってますよね?」
教育や体験学習系のコンテンツを検索しらべれば、大量にヒットする。
「生身の肉体を通じて体験するからこそ価値があるとわたしは信じています」
「で、でもあんなに大きなタマゴ、口や肛門からだすのって……危ないんじゃないですか」
「桜さん。それは違います」
国立さんのまっすぐな視線が向けられた。
「体験は、ほんの数日のことです。しかし本当に妊娠された女性は体内に生命を宿し、長い期間生活されます。その間には様々な我慢を強いられることがあり、出産にいたっては生命の危険だって伴う。本当は体験などという試み自体、生命への冒涜なのかもしれません。しかし、男性にも生身の体験を、苦しみをもって体感してもらうことで、女性への理解をさらに深めていただく必要があるとわたしは考えています。それから……」
張り詰めていた国立さんの表情がふと緩んだ。
「男性にはデトックスを通じて、これまでのご自身の人生を振り返る機会になっていただければよいと考えています」
気軽なバイトだと思っていた自分の浅はかさが恥ずかしくなってきた。
「ところで、ハルノキくんのタマゴはまだなのかなぁ?」
なんだ、その新婚夫婦に孫を期待するようなプレッシャーにまみれた発言は。
しかしいわれてみれば、自分もあの薬を飲んでいるがなにも症状がない。
「実は、まもるさんの場合すこし早めの出卵だったようです。桜さんはもうそろそろのはずなのですが……」
「そういわれてみると、自分、なんか昨日から胃のあたりが重たかった気がしてきました……」
「え!? は、桜さん、そ、それがおそらくタマゴの症状ですよ」
「へっ! マジすか! うそ? あっだからかぁなんか昨日、ダンスも途中でダメになるし、調子悪いなーって思ってたんすよ、これがそうなんですね」
「お、おそらく、間違いない……かと」
意識が向いて初めて気づくことがある。
いま、自分の体内には、明らかに通常とは違う感覚があることを認識した。
「お、お腹の中でなんか動いてるきがします……うっぇ」
「だ、大丈夫ですか」
「な、なんか、気にしたら、だんだん、気持ち悪くなってき……ううう、イデ、デデデデデ」
胃のあたりでなにかが動いた。強烈な吐き気。こ、呼吸が苦しい。
まさか、こんなできすぎたタイミングで?
南先生もみてるのに?
というか、い、いや、だ。頼む、下はだめだ、上がってこい、タマゴ、頼む上がって来てくれ。
腹から喉へ、“熱”がせり上がって来た。
どうやら、口からくるようだ。よかっ──
イデッ、イデデデデデ──
思考がとぶ。
「南先生! マットを!」
国立さんの声が聞こ──
「おごぉぁ」
喉の奥からせりあがってきた物体が、勢いよく口から飛び出た。

はるのきのたまご

白くて小さな塊が放物線を描く。
マットに着地し、コロコロ転がっていく。
「ぉごおごご、あぶばぁい」
うまく叫べなかった。
「桜さん大丈夫ですか」
背中をさすってくれた、国立さんの手が優しかった。
視界に涙がにじんでいるせいかもしれないけれど、飛び出した純白の物体は光をまとい輝いているようにみえた。
「す、す、すげーキレーじゃないすか? このタマゴ」
「あっ……うん。がんばったね、桜くん! すっごくキレイだよー」
南先生が頭を撫でてくれた。
「……スグ成分をしらべてみましょう」
国立さんはタマゴを持ちあげ、部屋の奥へ入っていった。

「ハルノキくん、大丈夫かい?」
1度教室へ戻ってベッドで横になっていると、まもるさんが覗き込んできた。
「だ、だいぶ、落ち着きました……」
「ハルノキくんのタマゴには、一体何がはいってるのかな」
「確かに……気になりますね。まもるさんみたいに、痩せたワケでもないし……」
「もしかしたら、とっても大切な成分が出ちゃってたりしてね」
「いやぁ、キレイなタマゴでしたから、なんかイイことある気がしますね自分は」

『ポンポンパンポーン 桜さん、検査結果がでました。“理科準備室”までお越しください』

「呼ばれたね。ハルノキくん。立てる?」
問いかけてきた、まもるさん。
気がつけば“ナイスミドル”な声も気にならなくなっていた。
「はい……。ちょっと行ってきます」

引き戸を開けると、準備室の黒板の前に国立さんが座り、隣には南先生が付き添っていた。
机の真ん中のマットのうえに今度は、自分のタマゴが鎮座している。
「だいぶ落ち着いたみたいですね。どうぞ」
なんだろうか、国立さんの表情が妙にぎこちない。もしかして、本当にシャレにならないものがでたのか? いや、そんなハズはない。
「それで……桜さんから排出された成分なんですが……」
どうしてこんなに暗いんだ?
「……まあ、人それぞれ、抱えているものは違いますし、タマゴも十人十色で……」
「なんか、レアな成分とかでたんすか?」
「桜さんのタマゴの中身ですが……」
「な、中身は?」
「しいていえば、そうですね……そのぉ空気、というのがもっとも適切でしょうか」
「へっ? そ、それって、どういうことですか?」
「つ、つまりそのぉ、何もはいってないということで……」
「あ、あんなにキレイなタマゴだったのに?」
「あれは、薬の成分がそのまま凝固した状態で他の成分がなにも混ざっていなかったので……」
へたり込みそうだった。
まもるさんは、“体脂肪”。
鳥目さんは、“冒険心”の強いサナダムシ。
それぞれ、個性のあるタマゴだ。
自分は?
なにもない?
それは、中身のないつまらない人間ということじゃないか。
ナツメさんに教えられてもろくにダンスも踊れず、イナサクさんに、問われたときも、答えられなかった自分。
価値、ないのか自分。
「妊娠症状がまったくでなかったのもその影響かもしれません。ずっと日常の状態でし……あ、桜さん、泣かないでください! 違うんです!」
「いや、イイっす、慰めないでください」
顔を上げられなかった。恥ずかしくて。
「……南先生。少し席を外してもらえますか」
「えっ? い、いま?」
「はい。桜さんと、お話をしたいんです」
頭上で2人がやり取りしていた。
南先生の気配がすっと遠ざかる。
扉がそっと閉じられた。
「泣かないでください。はい! ハンカチ」
「うぐ、ぐ……」
「桜さん、勘違いしてませんか?」
「なにがです……か?」
顔を上げる、真剣な表情の国立さんがいた。
「十人十色と申し上げたように、人間生きていけば様々な色に染まっていきます。混じりっけのない派手な原色もあれば、清濁が入り組んだ混色、くすんだ色、階層がはっきりしたグラデーション。当然、中身も変化します」
試薬モニターの内容を説明していたときのような凜々しい表情だった。
「これ、見てください」
国立さんが白衣の胸元から、白い布にくるまれた物体をとりだした。
「な、なんすか?」
「これはボクのタマゴです」
丁寧に、ひと折りずつ布をほどいていく。中からは、小さくて赤黒く濁ったタマゴが現れた。
「さわってみてください」
「わ、割れたりしないんすか?」
「大丈夫。ちょっとやそっとじゃ割れません」
確かにタマゴは、見た目にそぐわず、ずっしりとした重量感がある。硬くて冷たいけど、金属のように触れている部分から、だんだんとあたたまっていくような感触だった。
「中身はボクの恋心。数十年分です」
「こ、恋心?」
「科学的な実証はできていませんが、ボクはそれを産んだときに直感しました。このタマゴの成分は“恋心”だと。出卵してからは片想いを前向きに考えられるようになったんです」
目元に深い皺が寄った。急に老けたようにみえる。
「あくまでも、デトックスされるのは物理的な物質のはずなんですが、わたしはそこに人が抱える“大切な老廃物”が混じっているんじゃないかと考えています」
「大切な? 老廃物……?」
「はい。本人にとっては重すぎたり辛すぎる記憶や体験、でも根本的に消去してしまうことはできずにいる大切ものです。それらは、タマゴに混じって固体化するのではないかという仮説です」
「辛すぎるって……それじゃあ、国立さんの恋は……」
場違いな質問かもしれないけれど。
「はい。叶っていません。ハハハッ……いまでも近くて遠いところから、毎日そっと眺めているだけですよ」
「い、いまでも……? 進行形なんですか?」
「もうひとつくらいタマゴが産めるかもしれませんね……」
国立さんは窓の外を眺めるように背を向けた。
「ハハハ、いまはもっと柔らい色になってるかもしれませんけどね」
「く、国立さん……」
「肉体は化学物質、精神は脳の電気的な信号であり、この数十年でそれらの解明は相当なところまで進歩してきました。しかし魂や心はまだ完全な解明がなされていません」
動きを止めたまま、国立さんは窓の外をみている。
「いまはまだ仮説ですが、人間の身体と脳は、想像もつかないような物質の組み合わせで様々な変化をもたらすんじゃないかと思っています。国立DX薬剤化学研究所は、そういう心情的なデトックスも実証に向けてトライしていくんです」
振り返った国立さんの表情は逆光でよくみえなかったけど、迷いのない意思が伝わってくる。
「タマゴが空っぽでも、それは決して悪いことじゃなく、桜さんはまだ何色にも染まっていないだけなんじゃないかな」

「ハルノキくん。どうだった?」
教室にもどると、まるで職員室に呼出しをうけた仲間を待っていたような顔でまもるさんが聞いてきた。呼出しなんてうけたことないけど。
「いやあ、まあ……ヒミツですよ」
「えー、教えてよぉー、あんなにキレイなタマゴに何が入ってたのか気になるよぉ!」
「まあ、でも悪いモノでもないみたいなんで」
「そっかーなら良かったぁ。ボクちょっと心配してたんだよね。ハルノキくんの良いところがでてっちゃったらやだなぁって」
「ハハハ……そろそろ、出発しましょっか」

国立さんから今回の謝礼を封筒で手渡された。
中身を確認すると、九州までリニアで往復してもおつりが来るくらいのお金が入っていた。
まもるさんの前借りがなければもっと入っていたのだろうが……。
「国立先生、本当にありがとうございました」
まもるさんが、深々とお辞儀をする。痩せたせいだろうか、動きが俊敏になったようにみえる。
南先生も一緒に校門の前まで見送ってくれた。
「桜くん、お仕事きまったら、連絡ちょうだいねっ」
「おふたりとも、本当にお疲れ様でした」
2人が高らかに手を振ってくれた。
だんだんと離れていく姿をみて、お似合いな二人だと思った。
聞きそびれてしまったが、国立さんの想い人は誰だったのだろうか。南先生なのか、それともあの校舎に集まる他の女性なのか……。
次の角を曲がり校門がみえなくなるまでそんなことを考えながら『国立DX薬剤化学研究所』を後にした。

「ハルノキくん! これでリニアに乗れるね」
それなら、いまから出発しても今日中には棚田さんの店に到着できる。
「ちょっと、連絡いれてみますか」
棚田さんのimaGeを呼び出してみよう。
「ねえ、misa。棚田さに連絡して……」
……そうだ。
我がアシスタントプログラムは音信不通のままだった。自分で操作するしかないようだ。
視野内にある“電話”をタップすると、呼び出し音が鳴り出した。
プルルル……という音を聞きながらふと見上げた空は、高く青く、雲がずっとずっと上まで伸びている。
夏だ。

次回 04月27日掲載予定 
『 HALLO HERO 』へつづく







「申し訳ございません。そちら、ロンでございます」
「はぁぁ? オメエ、さっきも上がったばっかりだろ!」
戸北は黙って黙礼した。
「黙ってんじゃねえよ。テメーなんてあの爆風で死んどきゃよかったんだ」
「なんてこというんですか。元禄さん。戸北さんにはケガさせちゃったんだし、それくらいお見舞いじゃないですか。それにしても強いですね戸北さん」
「恐縮です」
「竜良村は、もともとこうして村長を決めてたんですよ。強いことは誇るべきことです」
「いいから、さっさと次行くぞ、戸北、オマエが親だろ早くサイコロ振れ!」
「はい。不肖戸北、ここで一投、振らせていただきます……きぇぇぇぇぇぇい!!!!」
「と、戸北さん、サイコロのボタン押すときだけ豹変しますよね」
「失礼いたしました。まだまだわたくしは未熟者でありまして、勝負ごとにおきましては自分を制御しきれていないのでございます」
「いいじゃねえかよ、勝ってんだからよ……あー、そろそろ、本気で巻き返さねえとだな」
「元禄さん、いま最下位っすからね」
「セイジ、そんなこたぁ言われなくてもわかってんだよ」
「そんなに怒んないでくださいよ元禄さん」
「戸北、オマエからだぞ早く、牌切れよ」
「御意」
「おし、こっからだぞ……オラッどうだ! なんだよ、このツモは」
元禄は場に牌を強く打ち付けた。
「そちら、ロンでございます」
「はあああああ!?」
「戸北さん、マジっすか!?」
「オマエ、い、いいか人和レンホーはナシだからなウチの村は」
「それでは、メンタンピンドラドラでございますね……失礼いたしました」
「ホントだよ、なんだよ1巡目でロンってよ、なんか恨みでもあんのか?」
「いいえ、そういった意味ではなく、どうやら裏ドラも載っているようです。メンタンピンドラ4でござます」
「オメーやっぱり、あの爆発でやられちまえば良かったんだよ! セイジ、オメーもっと火薬詰めとけよ」
元禄が点棒をバラ巻いた。
「げ、元禄さんが火薬ケチれっていったんじゃないっすか!」
「そりゃあ、そうだけどよぉ。ハハハハハ」
元禄の笑い声が聞こえたのだろうか、窓の外で寝ぼけた蝉が鳴いた。



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