河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第47話『 HALLO HERO 01 』

「お電話、ありがとうございまぁっす! 盛り上がりはアナタの胸の奥と肩の上に。バブリーディスコ ショルダーパッドでぇっす」
音声通話ボイスの呼び出しに応答したのは、頭上に輝く焼けるような真夏の太陽にふさわしい、きわめてゴキゲンな相手だった。
「あ、あの、棚田さんですか?」
現実リアルの棚田さんは仮想あっちとキャラを変えているのか?
「ただいま棚田は多忙につき、imaGe宛てのご連絡は店舗で転送を受付おりまぁっす」
淀みのない丁寧な話し方なのになぜか、語尾だけが耳につく。馬鹿にされているような印象をうけるが、棚田さんじゃなかったことに少しほっとした。
「ダンスコンテストのこと聞きたくて連絡したんすけど……」
「おっ客様はどなた様でしょぅかぁっ?」
「じ、自分、桜ともうします」
「確認して参りまぁっす。しょぅしょぅお待ちくださぁっい」
突然、音楽が流れた。
ピコピコでキラッキラなポップチューン。
これは、“保留音”というやつか!?
卒論の資料を探していたころに、あさっていた“トレンディドラマ”でみたシーンが蘇る。
いわゆる“固定電話いえでん”と呼ばれる備え付けの電話で相手を呼び出すときに流れていたという、アレだ。
こんな体験を用意しているとは、棚田さんの店はやっぱり本格派なんだな。
流れる“保留音”に耳を澄ましていると、目の前でミラーボールがまわっているような気分になる。現実リアルのほうでミラーボールなんてみたことないけど。
狂乱のなかで踊る色とりどりのお姉さんたちの姿。妄想になぜかナツメさんの姿が混じった。
ふいに音楽が途切れた。
「お電話代わりました棚田です」
棚田さんの声は、仮想空間あっちとあまり変わらないようだ。
「棚田さんですか? 桜です!」
「あー、ハルノキくん! こっちのimaGeに連絡くれるの初めてだよね?」
そうか、棚田さんはimaGeを2台持ちしているのか。やっぱりイケイケな店の経営者は違う。
「ちょっといま、旅をしてまして」
「旅? そうか、夏休みかぁ。いいね青春してるんなぁ」
「そ、そんなに、爽やかなものじゃないっすけど……」
「どうせ女の子とかとキャーキャーしてるんでしょぉー、ちゃんとダンスコンテストの練習してる?」
「も、もちろんっすよ! そのことで連絡したんですから」
「あっそうなの? マジメだな、ハルノキくん。でもねちょうどよかったよー、こっちからも連絡しようとしてたんだよ」
「マジすか!? 奇遇っすね!」
「うん……当日さ入場料チャージのほうがちょっと、特別料金になっちゃったから」
「……えっ、と………く………別料金?」
「そうそう、夏の終わりのイベントだからさ、ハデにいきたいよね、なんてみんなで話してたらさ、やりたいこと全部やっちゃおうって盛り上がって、ちょっと高くなっちゃってね」
「い、いくら、ぐらいなんですか?」
「10万円ってことできまったんだよねぇ」
「じゅ、10万ですか……さ、さすが! バブリーな感じっすね」 
「あれ、わかるぅ? さすがだなハルノキくん。ウチはさーやっぱりそれがウリだからね。ブワッーっと盛り上がりたいじゃない」
「サイコーっすねそれ!」
「だよね。ダンスコンテストの賞品も気合いいれて豪華にしてるから、ハルノキくん優勝ねらっちゃってよー」
写真でしか知らないクミコの顔がちらつく。
自分が欲しているわけではないが、豊川さんからイヤシちゃんを奪還するためには絶対に手に入れる必要がある。
「じ、自分、頑張ります! 準備が出来たらそちらへ向かいます! よろしくっす!」
「オーケーオーケー。じゃあ近くなったらまた連絡してよ」
「わかりました! 踊る前に、胸躍らせてうかがいます!」
腹の底から声をはって返事をした。

「やばいっすね……10万かぁ……」
「ちょっと高いねぇ」
こういうときは、まもるさんの脳天気な声が聞きたいと思う。渋い声でいわれると責められているような気分になる。
2人で20万……。
ムリだ。
交通費をケチったとしても、国立さんからもらったモニターの謝礼では足りない。
さっきまで膨らんでいたバブリーな気分が、それこそ泡のように弾けてしまった。
「ねえハルノキくん、もっとお金稼ごうよ!」
「国立さんのところみたいな仕事なんて、そうそう転がってませんて……」
「まずはここから離れてみようよ! 臨空第三都市は田舎だから! もっと都会に出よう!」
そんなことを往来のど真ん中で叫ばないで欲しい。地元の人達が聞いていたら怒られるだろう。といか、まだ研究所の近くだというのに。
感謝の気持ちとかないのか?
「ここからなら、臨空第五都市にいけると思うんだよボク」
「り、臨五りんごですか!?」
造られたのは臨空都市の中で5番目だけど、規模としては全国で3本指に入る都市じゃないか。
「うん! おいしそうな食べ物もいっぱいあるし! ここより大きな街だからお仕事もいっぱいあるよきっと!」
だから、叫ぶな。
「ていうか、まもるさん、食べ物が目当てですよね」
「だってボクお腹すいちゃったんだもん」
「でも1番近いといっても、隣の県ですよ、どうやって行くんですか? 交通費も削らなきゃ絶対にコンテストでれないんですよ」
「うーん……ご飯も食べたいしねぇ……そうだ! ハルノキくんmisa様に相談してみようよ」
無意識に奥歯を強く噛んだ。
両側のこめかみがピクッと引き締まる。
「あのお方は……未だ音信不通セッションエラーの状態です。まもるさん、こそ江照……あっ!」
「あああ!」
まもるさんも同じことを思い出したのだろう。同時に叫んでしまった。
「ど、どうしよう……ボク……、まだ、スマホの電源いれてなかった……」
「……ですよね……」
「江照様……怒って……る、よね……」
「電源落とすとき、だいぶキレてましたからね」
「どうしよう、ボク、教室でも1回電源切っちゃったんだよ……」
「それはマズイっすね、2回もやったら」
「そうだよねぇ……どうしようか」
「でも、いま検索しらべものを頼めるのは、江照しか……」
「やだよ、やだ、おっかないよぉ」
その声で駄々をこねないでくれ。アンバランスで目立つから。さっきから通りかかる人の目がやたらと気になる。
「と、とにかく、電源いれてみましょう。もしかしたら、ホラ案外怒ってないかもしれませんよ」
「ホントに? ……電源……いれてみる?」
「は、はい……」
「ほ、ホントに、いくよ?」
まもるさんがスマートフォンを取り出して、起動ボタンに手をかける。
「やっぱり、ヤダよぉぅ!」
「いいから、早くしろよ!」
「ハルノキくんまで、怒らなくたっていいじゃないかぁ……わかったよぉ……んんん、んんんんん!」
まるで注射の列に並ぶ子供のように顔を赤らめんがら、まもるさんはスマートフォンを握りしめた。
思わず、一歩下がった。
「ズルいよ! ハルノキくん!」
ディスプレイをこちらに向ける。
漆黒の鏡面に白い光が灯り、起動を告げるメッセージがゆっくりフェードインしてきたところを、押しのけるように江照の眼が表示うつった。
さぞ、鬼のような形相をしているのかと思ったが、江照は静かに眼を閉じていた。
「あ、あれ?」
まもるさんも異変に気づいたようだ。
「え、江照様?」
『んん? ああ、もう朝かぁ』
まるで寝起きのように江照はゆっくりと眼を開け、あたりを見渡していた。
鬼のような形相で。
『いやぁなかなか貴重な体験だったなぁ。まもるくん、2回も電源を切ってくれてありがとう』
「ボク、お礼いわれることしてないですよ?」
『そんなに謙遜しなくていいんだよ』
「ボ、ボクも本当は嫌だったんですけど、南先生が電源切れっていったんです」
『そっかまもるくんが悪いんじゃないんだね、うんうん。全然気にしてないよ。むしろね、感謝してるよ、こんなに狭くて視界もぼやけてるスマートフォンの中に戻ってこれてさ……ところで、どうして背中から話かけるんだい? ハルノキくんの顔しかみえないな。まもるくんの顔も見せて欲しいなぁ』
まもるさんが、ゆっくりと手の平を返す。
ダメだ!
江照の眼は完全に怒りに狂っている。
しかし、正直、恐怖でまもるさんを止めることができない。
まもるさんは気づくそぶりもない。
自ら落とし穴に向かって走って行く人を眺めているような気分。
「ひぃぃぃぃ!」
画面を正面に向けたまもるさんが悲鳴をあげた。
『どうしたの? まもるくん。俺は全然怒ってないよ』
「すみません!! すみません!!」
『なんだい? 謝るくらいなら最初からしちゃダメだよ。そんな先のことも考えられないの? そりゃあそうだよね、後先も考えずにあれだけご飯たべてる人だもんね』
「え、江照、そんなに怒らなくても」
『ハルノキくんは黙っててくれるかな? まもるくん? ぜっったい許さないよ。わかる? わかるかな? 2回も電源切られた苦痛』
「ご、ごめんなさい」
『ごめんで済んだら、S・Pセキュリティ・ポリシーはいらないんだよ。そうだ南先生はどこかな? “あなたの方が反則なのよ、おとなしくできる?”なんてずいぶんと偉そうに説教をされていらっしゃった。南先生は?』
「み、南先生は、いません」
『そっか、研究所か。戻ろっか。あの、女がいる研究所に』
江照が大きく息を吸い込む音をたてた。
『早く、南って女のとこ連れてけやぁ!』
「オイ……」
突然、背後からドスの効いた声がした。
「おまえ、なに南先輩の悪口いってんだよ」
「お、親方ぁ!」
振り返るとお団子頭のナツメさんが立っていた。広くてがっしりとした体。
頼もしさに安堵して駆け寄っていくと、いきなり左頬に張り手を喰らった。
「親方じゃねえっつてんだろ」
「す……、すみません……」
「んでよぉ、そこのスマホ! おまえ、なに南先輩の悪口コイてんだぁコラァ!」
『あぁ!?』
まもるさんがタイミングよく、江照をこちらに向け直した。
『なんだオマエ? 俺様がだれかわかっ──』
江照が言い終わるよりも先に、ナツメさんがスマートフォンをはじき飛ばした。
機体は地面に叩きつけられ鈍い音をたてる。
「あああ、ボクのスマートフォン!」
まもるさんよりも、速くナツメさんは、スマートフォンを拾い上げ、咆哮をあげた。
「いますぐ、100回ぐれぇ再起動繰り返してやろうか!? あぁ!?」
『………!!』
「なに黙ってんだよオイ」
気のせいだろうか、ナツメさんの手の中でスマートフォンがビクンッと跳ねたようにみえた。
『……は、そ、そんなデケえ声ださなくても、聞こえてるし……』
「オメーの音声こえが小せぇんだよ!」
『だ、だってよぉ、電源、ムリやり切りやがって……』
「それは南先輩の仕事なんだから当たり前だろ? アシスタントプログラムは黙って人間のいうこと聞けや」
『……い……』
「はぁ? 聞こえねえよ!」
『……は、はい……』
江照の声があからさまに、沈んでいた。
あれほど尊大な態度の江照を一瞬で黙らせたナツメさんの迫力にもれなく、自分もまもるさんも硬直していた。ヨダレを垂らす野生のライオンに鉢合わせしたような心境。
「おい、ハルノキ」
「い、イエッサ!」
「ちゃんと教育しとけよ、このアシスタントプログラム」
「お、オッス!」
とてもではないが「それはもるさんのです……」などという口答えがゆるされる空気ではなかった。
「それからハルノキ。あたしに挨拶なしか?」
「え、あ、いや、あの、夜中にまもるさんの出卵に立ち会ったりしていた関係で、そのぉバタバタしておりまして……」
「ふんっ……まあおめえの挨拶なんていらねえけどよ、レッスンが中途半端なのが気に入らねえんだよな」
ま、ずい、完全に怒りの矛先がこっちに向き始めている。
「あと1週間はみっちり鍛えねえと“初心者”にもなれねえぞ、おまえ」
「ほ、ホントっすか!? ただ……自分、その九州にいかなきゃで……」
「先輩から聞いたよ、ダンスコンテストにでんだろ? あのみっともねぇ動きであたしにレッスンしてもらったなんて言いふらされたらたまんねえんだよ」
「し、しかし……」
巧妙な言い訳がなにも浮かばない。
「仕方ねえからこれやるよ、歯ぁ食いしばれ」
「え?」
言葉の意味を理解する前に、左頬にもの凄い衝撃が走る。本日2度目の重たい張り手。
揺らいだ視界の中でimaGe視野内にアイコンが追加されたのがみえた。
「こ、これ、なん、すか?」
「VR用の教本レッスンプログラム注入しといてやったからよ、旅先でしっかり練習しろや」
まだ熱を帯びている左頬を押さえつつ、アイコンを確認する。ナツメさんの丸顔をかたどったのだろうか、黒丸のうえに、お団子の黒丸が2つ並んでいた。どこかで見たことのあるマークにみえなくもないが、シルエットはナツメさんを彷彿とさせる。
「お、おやか……ナツメさん。あ、ありがとうございます!」
ギリギリのところで親方と呼びかけるのを我慢した。これ以上、張り手を喰らう危険を本能が感じ取ったのかもしれない。
「じゃあな、ハルノキ!」
上機嫌に高々と右手を突き上げながら学校へ向かう背中へこうべを垂れ、心の中で“心”の文字の手刀を切った。

「江照様? ……あの……怒ってますか?」
ナツメさんの姿がみえなくなったあと、重苦しい沈黙になった。
そんな空気の中でまもるさんはダメな見本のような質問を発した。
『別に……怒ってねえし……』
江照もまた、痴話喧嘩の前触れのような口調で答える。
「や、あのホラ、江照もこ、怖かったんだよね? 電源切られたの」
なぜだろうか、自分も友達カップルの喧嘩に巻き込まれ、どっちについても、どちらかから悪者にされる損な役回りを演じてしまう。
いや、というかなんだこの空気。
男2人とアシスタントプログラムが道端で痴話喧嘩をしている。どう考えても“事案”になってしまう光景じゃないか。
「と、とにかく、江照さぁ、なんとか無料ただ臨空第五都市リンゴまでいく方法ないか検索しらべてくれないかなぁ」
『楽して稼ぎたいの次は、タダで移動したい? 相変わらずクズな相談だな』
「いや、背に腹はかえられないとうか、どうしてもお金を節約しないとなんだよ」
『わかったよ。“思考索語シンキングア アンド サーチ”すりゃいいんだろ。どーせ俺なんて、そんな役割しかねえんだろ……』
「アシスタントプログラムが本気でスネるの辞めた方がいいと思うけど」
『ハルノキにはわからねぇだろ。人間に力でねじ伏せられた人工知能オレの気持ちなんてよぉ……』
よほど悔しかったのだろうか、意気消沈したまま江照は自嘲気味に笑った。
「ボクはそれだけだと思ってないよ」
『なんだよ、まもる。どうせ後は地図代わりだよとかいうんだろ』
「ちがうよぉ、ボク、江照様がいてくれてとっても頼もしいと思ってるんだけどなぁ」
『……おまえ、それ本気かよ?』
「あたりまえじゃない! ボクはこの旅の仲間だと思ってるもん江照様のことも」
『あんなにひでぇこと言ったのに?』
「江照様のいうことに従ってれば安心できるんだ! タマゴを産んで痩せられたし!」
『オマエ………イイ奴だな』
今度は友情モノの劇中に放り出されたような心境だ。
「江照、いいから早く“思考索語”してくれないかな……また時間かかるんでしょ?」
『そうだったな! 悪ぃ! よし、やってやるよ! 2人は良かったら飯でも食ってろ! その角を曲がったところに喫茶店あるから』
「ずいぶんと極端に変わるんだなテンション」
『…………』
調べ物に集中しはじめたのか、江照からの返事はなかった。

次回 05月04日掲載予定 
『 HALLO HERO 02 』へつづく


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