河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第50話『 HALLO HERO 04 』

「え! こ、これが、報酬ぅ!?」
「そうだ! スゴイだろう!」
「入金、たったの10円ですよ!」
「いっちゃダメだ! まもるくん!」
「イイコト、1個10円すか?! たったの?」
さっき“チョリーン”が2回鳴ったということは、報酬はわずか20円なのか!?
「さっきのは、2つで10円だったんだよ。 あっ!」
「1個5円? プフッ、ヒーローなのに?」
「な、なんてこというんだ! ハルノキくん! いいかい、何度もいっているように、僕はお金のためにヒーローになったんじゃない!」
「でも、そんなんじゃヒーローだけやってても生活できないですよね?」
「あれぇ、でも合計残高が……」
まもるさんが空中を指でなぞる。
視野内に明細が一覧表になっているのだろう。
「だ、ダメだよ! まもるくん! そこは」
「1…10…100、え!? スゴイ! は、ハルノキくん! 残高、スゴイよ!」
「いくらすか?」
「ダメだって!」
「2千まん……うそだぁ!?」
「ダメだって!」
純平の拳がまもるさんの右頬にめり込んだ。
「うぎゅぎゅぎゅ」
はじき飛ばされ、まもるさんが地面を転がる。
「はっ! しまったぁぁぁぁ! 僕としたことがぁ、まもるくん、大丈夫かい!?」
“トゥン トゥン トゥーン”
なんだか残念な気持ちになる音が、まもるさんと純平の両方から聞こえた。
「あっ!」
「い、いまの、もしかして……」
「……マイナス判定だよ。僕がヒーローにあるまじき暴力をふるったから……ペナルティ……なんてこった、罪もない人を殴ってしまった! ダメだ、僕はもう、ヒーロー失格だぁぁぁぁ」
純平が両膝をついて、地面に伏せた。
まもるさんは、頬を抑えて転げまわっている。
バカなのか、このおっさんたち。
幼稚園にだってもっと秩序はあるぞ。
「おい! オメーら、道の真ん中でなにやってんだよ!」
しまった。
知らずに通行の妨げになっていたのか。
振り返るとそこには、威圧的なホバーカー。
全体からウーハーの低音を響かせ、つや消しされたマットでブラックなボディ、ホバーカーとして浮遊している意味を疑いたくなるほど最低浮遊高度ぎりぎりに調整された低浮遊シャコタン。極めつけに空気抵抗を減らしつつ、効果的に心理的な恐怖を高めるエアロパーツの数々が装備された、クルマがアイドリング浮遊していた。
「あ、あわわわ、ま、まずいっすよ」
極悪デビルなホバーカーのドアロックが不気味な排気音とともに解除され、まるで威嚇している孔雀のように両サイドのドアが垂直に持ち上がる。
車内から突きだしてきたピカピカの革靴が地面を踏みしめ、純白のスラックスの裾がのぞく。
あらわれたのは、どうみても常人が到達できないセンスで仕立てられた白いスーツの男だった。
生地は極上、デザインは極悪。
大きく空いたシャツの胸元には予想通り金色のネックレスが輝き、顔は漆黒のサングラスに覆われている。
「は、ハルノキくん!」
まもるさんが声をあげ背中に飛びついてきた。
「な、なんで、アンタが隠れてるんだよ!」
「だ、だって怖いよぉ」
ヒーローが民間人の背中に隠れる姿をみたことがあるのか? ありえないだろう。
「まもるくん、ハルノキくん。大丈夫だよ」
しかし純平は毅然と男を見据える。
伸びきった背筋、分厚い胸板、恐怖を感じる素振りもなく堂々とした反り身。悠然と身構える姿をみて、この人は、本当にヒーローなんだと本能的に実感した。
「おい、純平。おまえまだそんなことやって喜んでんのか?」
「そんなぁ、ひどいよリキトくん」
「え、お、お知り合いなんですか?」
「僕の中学校からの同級生だよ!」
「おっ、オメー買ったの? ヒーロースーツ」
リキトと呼ばれた男がまもるさんの、スーツを指さしてニヤニヤと笑った。
「は、はいぃぃぃ。か、買いました」
「相変わらず、ダッセーなぁそのスーツ」
なかなか鋭い指摘だ。
冷静にみれば、ピッチピチの全身タイツのようなそのスーツはダサい。
でも、この男が着ているスーツも、おそらくはオーダーメイドだろうけど、なかなかツッコミどころの多い代物だと思う。
「で、でも、ハルノキくんのスーツよりはカッコイイです!」
「は、はぁ!? なにいってんすかまもるさん」
こともあろうに、なにを言い出すんだ。
「ハルノキ? オメーか?」
注意がこっちに向いてしまった。
「確かに、そのスーツもヤベーな。なにそのダルンダルンの襟。肩とかパンパンになってっけど、アメフトでもやんの?」
「くっ……」
「お、なんだよ、その目。ヤルか?」
「い、いや、その、あの」
「ダメだよ! リキトくん!」
「冗談だよ。それより純平、ちょうどよかったよ。金貸してくんない? 俺、いま困ってんだよなぁ」
「いくらだい?」
「2万でいいからさ。どーしても必要なんだよ。困ってんだよなぁ」
「それならお安い御用だよ!」
純平はポケットから財布を出し、紙幣を差しだした。
「悪ぃな、いつも」
「困ってるなら仕方ないじゃない!」
こ、これは噂にきくカツアゲというヤツ……。
しかし“チョリーン”が3回続けて鳴った。
「いまの“イイコト”なの!? ど、どうみてカモにされてるだけじゃないですか?」
「ハルノキくん、お金を必要としている理由なんて人それぞれなんじゃないかな? 他人にはわからなくても、その人にとって本当に大事なことなら、困ってるという人を助けることに変わりないんだよ」
「それで純平にも金がはいるんだからな。あれだろ、ウィーンウィーンってやつだろ?」
この人、絶対に頭の中で“Win-Win”じゃなくてモーター音みたいな意味だと思って使ってる。
そんなことはもちろんいえないけど。
「じゃ、後でいつもの店にこいよ、お礼に奢ってやんよ。ロクなもの食ってねえだろ?」
金を巻き上げたうえに悪態までつきながら颯爽と極悪ホバーカーへ戻り、リキトは走り去った。
「あの“チョリーン”1回5円くらいですよね? 純平さんぜったいに損してますよね?」
「そんなことないよ。たぶん、プラスになっているんじゃないかな」
「え!?」
「あーやっぱり。振り込まれたのは2万110円。元手の2万円が返ってきて、うーん、リキトくんを助けたのが100円、まもるくんとハルノキくんが殴られるのを防いだのが5円ずつってところなんじゃないかな。たぶん」
な、なんて理不尽な計算なんだ。
「す、スゴイですぅ! 2万円あげたのにプラスになるんですか! ボ、ボクもお金あげたりします!」
「ダメだよ。そんな下心があったら、ギゼンになっちゃうだけだから」
「ヒーローって奥が深いんですね!」
「まもるくんもまずは基本から身につけて、ドンドン、レベル上げしていかないとね。よぉし、善は急げだ! その先の公園でレクチャーしよう」
「ありがとうございます!」
2人がまた手を組んで歩き出す。細い路地にはいっても腕を組んだまま。さっきよりもさらに密着しはじめた。
「あ、あのせめて、その変態みたいなのやめてもらえませんか?」
「みたいなのではなくて、まさにコレは編隊だよ。ハルノキくんもわかってきたみたいだね」
もうなにも言わない方がいいかもしれない。そうこうしているとまた人が歩いてきた。
「ああ、純平さん! どうぞ、どうぞ」
ほら、相手の進路をふさいでるじゃないか。こんな狭い道で。
手を差しだして道を譲ってくれたのは、優しそうなおじいさん。むしろこっちが道を譲るべきなんじゃないのか。
「ありがとうございます!」
それなのに、純平は堂々と進んでいく。
“チョリーン”
なぜか、音が鳴った。
「んん? カレーの匂いがするぞぉ、おいしそうだな」
確かに、路地裏にはどこかの家からカレーの香りが漂っていはじめていた。前の2人は鼻をヒクつかせながらキョロキョロしている。
「カレー! 美味しそうですねえー!」
純平はどこで作られているかもわからないカレーを大声で褒めた。
そんな近所迷惑な声を張り上げていいのか?
“チョリーン”
「はぁぁ?」
「あ、待ってくれ! 僕としたことが、靴紐がほどけている」
“チョリーン”
“チョリーン”
“チョリーン”
「いやいやいや、ちょっと待ってください!」
「どうしたの?」
「さっきから、チョリーン、チョリーンいいすぎじゃないですか?」
「ああ、うん。いつもこうだよ」
「だ、だって純平さん歩いてるだけですよ! 最後なんて靴紐を結んだだけだし。まもるさんなんて、グーで殴られたのに1回もチョリーンって鳴ってないんですよ!」
「純平さん! あれはなんで鳴ったんですか? ボクもチョリーンしたいですぅ」
「ええっと……、最初はおじいさんだったよね。あれはねぇ、おそらく、おじいさんがあのままの速度で、僕たちに道を譲らず車の通る道路にでていたら、どうなっていただろう? もう暗くなってきているし、おじいさんは、今日はいつもより長い距離を散歩していて疲れていたかもしれないし、もしくは自宅の近所をあるいているから油断していたかもしれない。結果、通りかかった車にはねられていた。かもしれない」
「じゃ、じゃあ、カレーは? なんであんな大声だしたんですか?」
「僕は素直に感想を伝えたかったんだ! その先でお料理をしている人に対してね」
だから、それがなぜ“チョリーン”につながるというんだ。
「でも、チョリーンしたのは、もしかしたら、お料理していた人の家に強盗が入っていたのかもしれない! 僕の声が聞こえたから慌てて逃げた。かもしれいないし、もしくはカレーを作っているのを忘れてお鍋が噴きこぼれそうになっているのに気がついてもらえたのかもしれない。もし、カレーの鍋が噴きこぼれていたらどうなっていたと思う?」
「か、火事になってたりですか?」
「それもあるだろうし、もしかしたら、今日はお誕生日会だったのかもしれない。想像してごらんよ、ケーキはあるのに、ママ自慢のカレーが黒焦げだったら、パーティーは台無しだろう? 誕生日が来る度に思い出してしまうんだ。ああ、あのときの誕生日はカレーが焦げたんだなって。そんなの不幸だろう?」
「……それじゃあ、靴紐はどうですか? あれは完全に、純平さんの問題ですよね? しかも、あのときが1番鳴ってたし」
「それは簡単だよ! 僕の靴紐が緩んでいたらいざというときに機敏に行動できない。つまり、これから起こる悪いことに対応できないということに、迅速に気づけたからだよ。それで連鎖的にこれから起ころうとしていたことがいくつか解決されて連続チョリーンしたんだよ。間違いない! うん! たぶん」
「さっきから、たぶんとかもしかしたらって、つまり、全部、妄想とか想像の話ですよね?」
「うーん、まぁそうなんだけど、いままでの経験上、なんとなくわかるんだ」
「だからって、連鎖的に解決って……」
「僕のヒーローレベルがマックスのレベル10を超えてからは、歩いているだけで事前解決されちゃうことが良くあるんだよ」
「起こるハズだった悪いことが、起こる前に解決されてるってことですか? そんな都合のいいことあるんですか?」
「そんなこといわれてもねぇ。そうなっちゃうんだもん。まあ人ってなにかしら縁があるじゃない? その中のちいさな悪いことの芽を僕が無意識にみつけられるようになってるんじゃないかなぁ」
「そ、それにしても、きっかけがショボすぎる気がしますけど」
「よく言うでしょ? 西の方で蝶が羽ばたいたら海を越えた東のほうで竜巻になるとか、風が強くなると桶屋さんが儲かるとか」
「そんなに壮大なこと言い出したら、なんでも純平さんの“チョリーン”ですよ。まもるさんが稼ぐチャンスなんてないじゃないですか!」
「だ、だから、最初に僕は止めようとしたんだよぉ、でも、買ってしまった後だったし、だから僕が知っていることを少しでも教えてあげようとおもっているんだ」
「ボ、ボク、お金稼げるんでしょうか」
「お金を稼ぐなんていう考えはやめるんだ! よーし、決めた。僕は、清く正しいヒーローの真心をまもるくんに知ってもらうぞぉ! さあ公園で特訓だ!」

「それじゃあ、ヒーロースーツの基本的な使い方からはじめよう」
「はい!」
夕暮れも近づいた公園には、人の気配はない。しかしヒーロースーツを着た2人の存在感だけで充分に騒々しい。
「まずこのスーツを着ると、いつもより少し速く走れる。行くよ! ヒーーーローーーダァーーーーシュッ──」
言い終わるよりも早く、純平の身体が動き出した。公園の端までいき折り返して戻ってきた。
なんてスピードだ。
「どうだい! まもるくんもやってごらん」
「はい! え、えっと、ヒーーーローーーダァーーーーシュッ──」
まもるさんも驚異的な速度で公園を往復した。
いつもの緩慢な動きからは想像もできない速度だけど、純平のスピードに比べると若干遅く感じる。
「でも純平さんの方が速かった気が……」
「ハルノキくん、いいところに気がついたね! 実はこれもレベルによって解放される機能が違うからなんだ」
「ヒーローレベル、マジで大事なんですね」
「ハァハァ、すごく疲れました!」
「まもるくん次は、編隊についてだ! さっきみたいにヒーロースーツを着た者同士が手を組むと一時的にスーツの力が強くなるんだよ」
「どんな風にですか?」
「まずはジャンプだ! いいかい、腕を組んでせーのでジャンプするんだ。いくぞ! せーの、トゥッ!」
「うぎゃぁぁぁっああ」
飛び上がった2人の体が公園の木よりも高いところまで舞い上がった。
ウソだろ?
疑いを検証するまもなく、2人が着地する。
「ドッセェイ!」
純平が深く膝を曲げ、大地を踏みしめていた。
「どうだい! まもるくん!」
「す、すごいです!」
「でも、まもるさん、ホバーベルトで飛べますよね?」
「……あ! そっかぁ! 純平さん! ボク飛べるんです」
「と、飛べる?」
「ハルノキくん、ボクのベルト、貸して」
まもるさんが、ホバーベルトをスーツの上から巻いた。戦隊モノヒーローに仮面モノのヒーローがミックスされたようないでたち。
「まもるさん、高さ制限、気をつけてくださいよ。その格好で捕まるのヤバイですよ」
「大丈夫だよ! それぇ!」
ホバーベルトのツマミをひねったまもるさんがふわりと浮かぶ。そのまま2人で跳んだ高さよりも遥か高い場所まで達して、ゆっくりと降りてくる。
「な、なにそれ!?」
「ホバーベルトです!」
「そ、それは、ヒーローの力じゃない!」
「で、でも、高い所に手が届かなくて困っている人を助けられるんじゃないですか」
「と、とにかく、よ、よくないよ! そうだ! ヒーロースーツの機能は他にもあるんだ!」
純平さんは両手に力を込める。
「うううぐぐぐぐぐ……」
顔を真っ赤に染めてぶるぶる震えはじめた。
「だ、大丈夫すか?」
「カラーーーーチェェーーーンジ! ヒーローレーッッド!」
スーツ全体が真紅に染まった。
「すごい! ぼ、ボクも色かえられますか?」
「ハハハハハハハ、はぁ、は、ゲェホ、ゲホ、ヴォェ、ァ、こ、これは、ヒーローレベル8にならないとできない機能なんだ!」
肩で息をしながら、親指を突き立てる純平の額には大粒の汗が滲んでいる。
「で、で、でも体力を消耗するから、調子にのってつかっちゃいけないぞ!」
「はい! ボク、がんばってヒーローレベルあげます!」
まもるさんがキョロキョロしだした。
「どこかに困ってる人いないかなぁ」
「そんなに都合良くいませんって」
「あ! あそこのお姉さん、困ってるかもしれない!」
公園の入口には、周囲を気にするようにソワソワしているお姉さんが立っていた。
「ボク! いってきます」
「あっ! まもるくん」
純平が止めるまもなくまもるさんが、ヒーローダッシュで走りだした。
「キャアアアアアア」
けたたましい悲鳴。
“トゥン トゥン トゥーン”
若い女性の背後に向かって走るのはダメだろう。こんな夕暮れに。
だが、まもるさんは微動だにしない。
「あ、あの待ち合わせですか! ……? 聞こえますかぁ!」
お姉さんは聞こえていないのではない、無視しているんだ。
「よかったらボク、お話相手になります!」
“トゥン トゥン トゥーン”
「あ、あれ、なんで!? えっと、お、お、おしるこ飲みますか?」
“トゥン トゥン トゥーン”
「ダメだ、みてられない。ハルノキくん、助けにいこう」
純平がゆっくりと歩きだす。
まもるさん、助けがいくまで待ってくれ。
しかし、その祈りは届かなかった。
「あ! お姉さん! 鼻毛が出てますよ!」
お姉さんが突如、走りだした。
当たり前だ。
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
念押しするかのように、“トゥン トゥン トゥーン” が鳴り止まない。
当たり前だ。
「えっ!? なんで!? なんで!?」
「まず落ち着こうまもるくん。ほ、本当にわかってないの?」
「ボ、ボク、親切に教えてあげたんです!」
「まもるくん。言いにくいんだけど……、キミ、ヒーローに向いていないかもしれない」
「ど、どうしてですか?」
「まもるさん、それ聞いてる時点でムリっす!  もう着替えましょう。服、乾いてますから」
「そんなぁ、ハルノキくんまで。ボクなんでもしますから、純平さん。ボク、ヒーローになりたいですぅ」
「………そうかぁ。うーん、そこまでいうなら、解説するけど……ヒーローたるもの、TPOもわきまえたうえで行動しなければいけない。まず、あんな勢いで、しかも背後から近づかれたら女性は怖がる」
まるでナンパの指導のようだが、この場合は、的を得た指導だ。
「あの人は誰かを待っていたんじゃないかと思う。友達か、この時間なら彼氏かもしれない。見知らぬおじさんと話している姿をみられたら誤解されていたかもしれない。さらに、話をする気も無い相手からおしるこを勧められたら、迷惑どころか恐怖だろう?」
これは素直に同感できる。
「極めつけに、年頃の女性にたいしてハッキリと鼻毛がでているなんて、どうしてあんなこといおうと思ったんだい?」
「ほ、本当に、で、出てたからです!」
「それが、TPOだよ。もし、あの人が彼氏と待ち合わせをしていたとしたら、恥ずかしいし、このままじゃ彼氏にあえない! と慌ててしまうかもしれない。さらに、待ち合わせ場所から離れてしまったことを彼氏に叱られて、謝らなければならないのに、まもるくんのせいで気分がすぐれなくてケンカになってしまうかもしれない。最後の連続“トゥン トゥン トゥーン”はきっとそれだ。僕はあんなに“トゥン トゥン トゥーン”が鳴り続けたのを初めてみたよ」
さっき“チョリーン”の説明をされたときは、こじつけとしか思えなかったが、いまの説明はすべて納得ができた。エデルの判定はやはり正確なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、さっきの鼻毛は、どうすればよかったんですか?」
「そうだなぁ、さりげなくトイレに誘導するとか……あっ、でもこの時間にトイレに連れて行こうとしたらもっと怪しいかぁ……うーん、やぱり、あそこは見て見ぬ振りをするのが正解だったんだと思うな僕は」
「じゃ、じゃあ、ハルノキくんみたいな歳の男の人はどうですか?」
「そ、そうだなぁ、それは難しいかもしれないなぁ……そういうときは……相手をみよう! ハルノキくんみたいにヒョロヒョロの男だったら怒られてもたいしたことない! だから率直に指摘してもいい! でもね、殴られそうな人だったら、無視だ!」
「なんすか? その理論」
「無用な争いは避けるべきだし、不用意なダメージを受けてしまっては、いざというときにヒーローとして活躍できないからね!」
「や、それ完全に弱いモノいじめじゃないですか! じゃあ、たとえばですけど、まもるさんみたいなおっさんの鼻毛が出てたらどうすればいいんすか?」
「そういうときは、ただちに、指摘するべきだ! なんならその場で抜いて差し上げてもいい! むしろ感謝されることだってあるぞ!」
鼻毛に特別な思い入れでもあるのだろうか、純平の声はいままで以上に熱がこもる。
『ウゥゥゥゥ、ワン! ワン!』
熱を帯びた持ち主と同じくらいのテンションで、純平の胸元の助助が急に吠えだした。
「な、なんすか?」
「そろそろ、リキトくんがいるお店にいかなければいけない時間だ」
そういえば、さっき“おごってやる”と豪語していたあの人も、一体どういう思考回路をしていたら、金を借りた相手に借りた金で“おごるってやる”という発想にたどりつくのだろう。
「助助、ありがとう! 大事な約束を忘れるところだったよ!」
『ワーン!』
「助助って、そんなことも教えてくれるんですか?」
「これはレベル1から使える、助助のお助け機能、“アラーム”だ!」
「そ、そんなの、imaGeどころかスマートフォンにもついてるじゃないすか……」
「助助のアラームは、喰らいついたら放さないって有名なんだよ! 僕が約束を思い出すまで、けたたましく吠えて教えてくれるんだ」
「ずいぶんと、はた迷惑な機能ですね」
「おかげで僕たちは、リキトくんの約束を思い出せたじゃないか! さあ、飲みに行こう! まもるくん。今日の特訓はここまで! 気分転換しよう!」
「じ、自分たちも行くんですか!?」
「当たり前だろう。僕たちはもう仲間なんだから! 遠慮するなんて水くさいじゃないか」
「い、いや、あの自分たち、バスに乗って臨五リンゴにいかなきゃなんで……」
「だって、お金を稼ぐんだろう? このスーツはこの町の中でしか効力を発揮しないよ?」
「それいま初めて聞きましたけど」
「ボ、ボクもです」
「そんなハズはない。自動販売員さんが必ずいうはずだ。“この町のヒーローになってくれるのかい”って。ヒーロースーツの有効範囲は厳密に管理されているからね」
「それじゃあ、ボク、マイナスのままじゃないですか!」
さっきの話の何を理解したんだ。迷惑行為しかしていないというのに、よくもそんなことがいえるものだ。
「とにかく行こう! もう今日はバスもないだろうから、美味しいものでも食べよう!」
「はい!」
「よぉし、イイ返事だ! まもるくん!」
「はぁい!」
「それじゃあ、お店まで競争しよう! 僕についてこれるかなぁ?」
「え、えっと、ヒーーーローーーダァーーーーシュッ──」
「ズルイぞぉ! まもるくん! フライングだハーハッハッハッハダァーーーーシュッ──」
待てという隙もなく、純平まで走りだした。
取り残された自分は、一体どこへ向かえばいいんだ?

次回 05月25日掲載予定 
『 HALLO HERO 05 』へつづく

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