河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第51話『 HALLO HERO 05 』

「そりゃ自分も、なんとかしようとしましたよ! でもさ、misaも音信不通だしさ。imaGeで調べようにも店の名前もわかんないし」
「ヒャッハハハハ、だよなぁ、そりゃあ純平が悪りぃわ」
リキトは、赤らんだ顔を大きくゆがませながらジョッキを傾けた。
混雑した酒場の中でもひときわ目立つ、他人を小馬鹿にする笑い声だ。
「ハルノキだっけ? そりゃ、店の名前も教えねーで置いてかれたら怒るよなぁ?」
「いやぁ、つぅーいね、つい、ヒーローダッシュしちゃったんだもん。しょーがないじゃない」
純平も負けじと赤くなった顔で上機嫌にできあがっていた。
「つい、じゃないっす!完全に置いてけぼりでしたから!」
「悪いってぇー、ごめんてぇーハルノキくん」
“トゥン トゥン トゥーン”
「ほら、“トゥン トゥン トゥーン”なってるじゃないですか。純平さん、ぜんぜん反省してないっすよね……」
なんだこの人、昼間とまるで別人じゃないか。
「いやいや、そんなことはない!」
純平が背の高いテーブルの脇に立ち背筋を伸ばした。
「すんませんしたっ!」
おどけた表情の顔面をこちらへ向け、くいっとあごを突きだした。
ナメた謝罪だ。
“トゥン トゥン トゥーン”
「あれぇ? “トゥン トゥン トゥーン”
しちゃった、アハハハハハ」
「アンタ、酒グセ、悪すぎだろ!」
「あ、あのーハルノキくん?」
「んなことはぁない! 僕は、いつだってまじめにこの町のこと考えてるぅ」
「いま、だいぶ不真面目にみえますけどね」
「ね、ねえ、ハルノキくん?」
「町の平和を守ってこそだろ?」
「ハルノキくーーーん!」
「なんすか? うるさいなぁ」
「ボ、ボクそろそろ足が痛くなってきたよぉ」
床に正座したまもるさんが、しきりに膝頭をさすっていた。
「ボ、ボクだけ、正座はひどいくない? た、立ち飲み屋さんで座ってるの目立つし」
「アンタが走り出したのが原因なんだから、あと1時間くらいそのままにしててください!」
「はい……」
「まあまあ、ハルノキくん。まもるくんが、途中でお店の場所しらないのに気づいて止まらなかったら、僕もキミのことを思いださなかったんだぞ! むしろ、まもるくんに感謝すべきだろぅ」
純平が陽気に肩を組み、頬を寄せてきた。
夜も更けてきたこんな時間の男の頬は、この世のものじゃない! ゾゾゾゾっと気味の悪い髭の感触が、背筋に向かって高速で走り抜けていく。
「や、やめてください!」
「ねっ、ハルノキくん、ここはさぁ僕の顔に免じて、ひとつゆるしてくれないか」
さらに、深く頬を食い込ませてきた。
「わ、わかりました。わかりましたから、これ以上、頬をこすりつけないでください!」

「にしても純平、昔っから肝心なとこ抜けるよなぁ。やっぱさ、ヒーローになって借金をしこたまこさえた男はデキがちげーな」
「な、なにを言い出すんだぁ! リキトくん、そ、それは、いわない約束じゃないか!」
「約束した覚えなんてねぇーよ、後輩たちにはちゃんと教えとかなきゃフェアじゃねーだろ?  おい、オマエラも聞きてえよな? 純平のヒーローヒストリー」
「ダメだ! リキトくんそれを話してはいけない! 僕は断固、拒否するぅぅ!」
「なんだよ、それが恩人に向かっていうセリフか? 誰のおかげでヒーローになれたとおもってんだよ?」
「いや、ぁのう……リキトくんです……」
「だろ? じゃあオレに説明する権利あんだろ?」
「リキトさんがきっかけでヒーローになったんですか!?」
「オレ等が高校のとき、バス停の自販機の中に、エロ本の自販機があるって噂が流れてな。先輩がさ、エロ本買える自販機みつけたっていいだしたんだよ。で、ある晩、オレがバイトの帰りに、自販機のあたり通りかかったらよ、純平が自販機の小屋に入ってくのみつけたんだよ」
「僕は、知的探究心にかられて、あの場を調査しにいっただけだ! いやらしい気持ちなんてひとかけらも……」
「オメー、あのとき完全に前屈みになってただろ! エロ本買う気まんまんじゃねーかよ!」
「で、でも、あの自販機、ヒーロースーツってちゃんと書いてあったんじゃないんですか?」
「そうそう、で、オレがこっそりあとつけてったらコイツが“なんだよぉー”って叫んで帰ろうとしたから、むりやり500円玉いれさせたんだよ、な?」
「そうだね。で、でも! 僕はそのおかげでヒーローに目覚めたんだ。うん。よかったよ!」
「んでよぉ、試着室あったろ?」
「だから、ダメ! それは! ダメ! あ、ほら、唐揚げが来たよ!」
純平が、店員からひったくるように盛り皿を取り上げ、テーブルに置き、添え物のレモンを握りつぶした。
“トゥン トゥン トゥーン”
「しまったぁぁぁ! 僕としたことが、声も掛けず、レ、レモンを搾るなんて!」
「オメー、だいぶ動揺してんな」
「ど、動揺なんかしていない!」
「まあいいや、でな、試着室でヒーロースーツ着てこい! つって、で、出てきたらコイツ、ヒーロースーツの前、もっっっこり膨らませてやんの! なっ、やべーよな? どれだけエロ本に期待してたんだっつーはなしだろ?」
隣の卓のおじさん2人組も肩を揺らしているのがわかった。
「それ、ヤバイっすね。頭と下半身が直結しちゃってますね」
「ハルノキくん、ひどいぞ! で、でも本当にその日を境に僕は正義ヒーローに目覚めたんだ!」
「でさぁ、制服の下にヒーロースーツ着だしてな、毎日、毎日、授業中にいきなり、“トゥン トゥン トゥーン”って鳴らしやがんの」
「あれは、夜アルバイトしてたから。眠くて、う、ウトウトしただけなのに鳴るんだもん」
「あと、カワイイ娘が席の近くに寄ってきたときも“トゥン トゥン トゥーン”って鳴らしてたよな。ぜってーエロいこと考えてただろ? あんとき」
「ち、ちがーーう! 僕はそんな淫らな想像なんてしない! カワイイ女子が下校中に危険な目に遭わないかを常に憂うような、清く正しい高校生活を送っていたんだぁ」
“トゥン トゥン トゥーン”
「純平さん。いま、もしかしてウソ、ついたから、鳴ったんじゃないすか?」
「……僕、トイレにいってくる……」
少し淋しそうに背中を揺し純平が席を立った。
「純平さんもボクとおんなじだったんですね」
「もしかしたら、まもるよりもヒデぇんじゃねーのか? 最終的に300万くらいマイナスになってたからな」
「そ、それ、ハイクラスのホバーカーとか買えますよね」
「だろ? ホバーカー買ってどっかに寄付でもしたほうがよっぽど役にたつっつーの……大将、おかわりぃー!」
リキトがビールを一気に片付け、カウンターに向かって空のジョッキを掲げた。
「純平さん、どうやって暮らしてたんですか? ヒーロー、以外にも仕事してたんですよね? さすがに」
「よくぞ聞いた! ハルノキ!」
リキトがジョッキを受け取りながら右手の人差し指を立てた。
「高校でてからオレと一緒に役場に就職したんだけどな」
「え! リキトさんが、公務員ですか?」
「コネだよコネ。もう辞めちまったけど」
「ず、随分と、きょ、強力なコネですね」
「うるせぇな。でもアイツの方が先だったからなクビになったの」
「く、クビですか!?」
リキトさんもクビだったんですねと、ツッコミをいれるのはギリギリのところで我慢した。
「スーツの下にヒーロースーツ着て出勤してたんだよ。ウケるだろー、スーツ・イン・スーツだぜ、仕事中にもチョリーンとかなってるわけだよ。基本的に善いことする場所だからさ」
「それ、すぐにバレるんじゃないんですか」
「なんとか誤魔化してたみてえなんだけど、ある日、避難訓練の放送流れたときに純平がもう反射的に“ここは僕に任せて皆さん逃げてください”て叫んでな、ブワァーってワイシャツ脱いでヒーロースーツ晒して、で、無許可の副業してるってみなされてクビになったんだわ」

“チョリーン”
“トゥン トゥン トゥーン”

トイレの方から盛大に音がした。
「またなんかやったのか、アイツ」
「で、でもいま、チョリーンもしましたけど」
そういえば、この店にはいってから、はじめての“チョリーン”じゃないか? あの人、酔うとまったくダメなんだな。
「すみません! 吐いている人がいたんで助けたら、もらいゲロしてしまいました!」
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
「はぅぁぁっ! こんなに食事中の人がいるなかでゲロなんて言葉をつかってしまったぁ!」
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
“トゥン トゥン トゥーン”
「おい、純平、落ち着けよばーか」
リキトが純平をとりなして席へ連れ戻した。
「純平さん、話ききました。よく、いままでヒーロー続けてこれましたね」
「もういいよ。僕はヒーロー失格なんだ」
「いいえ、自分にはムリだと思いました。できないっすよ普通」
「そ、そうかい?」
「暮らせないですよ、普通」
「ま、まだそんなこというのぉ!?」
「オレ、相当金貸したもんなぁ」
「ちゃんと返したじゃないかぁ! 利息もしっかりと! リキトくんだってあの頃、いろいろ悪いことしてたでしょ!」
「オレはヒーローじゃねえもん。別に何しようが関係ねーだろ」
「あの、込み入ったことをお聞きしますが、リ、リキトさんはなぜ、役場をクビに……」
「あ、オレ? 上司、ぶん殴った」
枝豆をつまみながら平然と応えられても困る。
「す、すんませんでした」
「でも辞めて良かったぞあんなとこ。その後、かなりバブリーだったからな」
「辞めてからのお仕事は……?」
「金融関係」
いろいろと、幅広い“関係”なんだろう。
単純明快で説得力のある過去プロフィールだ。
「リキトさんは、見かけ通りです! ボクの思った通り! すごく悪い人なんですね!」
しかし、もう1人、決定的に空気を読めないヒーローがいることを忘れていた。
「オマエ調子にノってんとぶん殴んぞ」
「ひぃいいい」
まもるさんが体をこわばらせた。
「殴るなんてダメだよ。リキトくん」
「わかってんよ。冗談だよ……あぁ、なんかむしゃくしゃしてきたわ」
悪態をつきながら空中で拳を振り回しているが、リキトは根っからの悪人にはみえなかった。
「まもるくん。リキトくんはいま、とっても立派なんだよ! 身寄りの無い子を引き取って育ってるんだ。子供たちの大切なお父さんなんだから、そんなことを言うもんじゃない」
「純平! なにどさくさに紛れて人のプライバシーバラしてんだよ。オレの話は関係ねーだろ」
ど、どう考えても、この人のファッションと子供たちと遊ぶ姿が結びつかない。
「子供たちは、あのクルマ怖がったりしないんですか?」
「ハッ!? ばーか、喜ぶんだよああいう車の方が、目立つだろ?」
「そいういうもんですかね……」
「オマエら、さっきからちょっとナメてんだろ? オレのこと。昔だったらとっくにボッコボコだかんな」
「そんなこといっちゃだめだよ。ねえ! リキトくぅん」
純平が、今度はリキトの頬に髭をこすりつけはじめた。さっきの寒気が蘇る。
「やめろ! バァカ! オマエの髭マジでキメーんだよ」
あのジョリジョリはもしかするとヒーローの必殺技なのか。
「たくよぉー、やっぱりナメられてんなー。最近、悪ぃーことしてねえからかなー」
「僕のヒーローパワーが効いてるからね」
「ただ単に、歳をとって丸くなっただけじゃないんで──ひぃぃぃ」
まもるさんはリキトに睨まれて即座に黙った。
「で、でも、なんでそんなに失敗してたのに、純平さんのヒーローレベルは1950なんすか?」
「ハルノキさ、“エデルの夜”知ってっか?」
「は、はいもちろん。自分3歳だったんで、リアルタイムでは覚えてないですけど……」
自分の記憶にはないが、記録が山ほどのこっている歴史的な日だ。
八坂ミサをはじめ、様々なアーティストが作品に残している夜のことを知らない人間はこの国にいないだろう。
「その日がターニングポイントってやつなんだよな。純平があの日、夜中にいきなり“僕、世界を救う!”ってとびだして、ひと晩中、外で手振ってたんだよ。んで、朝になったらいまのレベルになってたんだよな?」
「……う、うん……」
「じゃ、じゃあ、もしかして、リキトさんが悪いことできなくなったのは……」
「そうなんだよなぁー、コイツのレベル上がってから、悪りぃことしても、なーんかつまんなくなったんだよなぁ」
「純平さん、もしかしたら知らないあいだに、世界も救ってたってことですか……?」
「いやいや、そんなワケねーだろ。ただ単にぶっ壊れたんだろスーツがさ」
「でも、それから20年間、僕は町の平和を守ってきたんだ!」
「それも偶然だろ?」
「偶然なんかじゃない! 僕は、選ばれしヒーローなんだぁぁ! リキトくんひどいよ! さっきから、僕はこの町のことを考えているだけなのにぃぃぃ!」
純平さんは、いつのまに両手に持った大ジョッキを交互に飲みはじめていた。

「大将ぉ! 焼き鳥とおにぎり人数分頼むわ」
勢いのあるリキトの声に、威勢のいい大将がカウンターのなかから応えた。
「リキトさん、まだ、食うんすか?」
まもるさんだって、食べ過ぎてテーブルにうずくまっているくらいなのに。
「ちげーよ、土産だ土産。子供らが腹すかして待ってっからな。ほら、純平、帰んぞ、会計だ会計!」
テーブルに突っ伏してた純平を小突く。
「あぁ、うん」
大ジョッキを飲み干して一気に酔いつぶれた純平は苦しそうに呻いた。
「でさ、悪ぃけど、金だしといてくんねえ?」
「え、リキトさんのおごりなんじゃ……」
「ばかやろう。オマエラが来るなんて予定になかったつーんだよ。だからおごりはムリだ」
なら、せめて純平の分くらいはだせばいいんじゃないだろうか。
「子育てには金がかかんだよ。純平! ここに伝票おいとくぞ」
「う、うぅぅぅん……」
リキトは結局、財布を取り出すことなくすたすたと歩いて行く。
「ごちそーさーん。おっ、あんがと」
しっかり土産を受け取りながら振り返った。
「オラ、寝てんじゃねーよ。純平くーん」
「はぁーい!」
ヒーローは、元気よく呼びかけられると復活する生き物なのだろうか。
「大将、いくらですか?」
純平が支払いを済ませると、小気味よく“チョリーン”が鳴った。

「純平さん、自分たちの分まですみません」
「いいよぉ! 僕、お金もってるから!」
今夜だけでかなりの“トゥン トゥン トゥーン”を聞いた気がするが、本当に大丈夫なのだろうか。
「ハルノキ、ヒーローの好意には素直に甘えるもんだぞ」
「そ、そうっすよね、わ、わかりました。純平さん。ごちそうさまっす!」
「ごちそうさまです! ボ、ボク、もう食べれないよ」
まもるさんがもっこりとヒーロースーツを膨らませていた。
この人の場合は腹だけど。
「そういえばぁ、まもるくんたちは、どこに泊まるんだい?」
そ、そういえば、どうしよう。予定外の途中下車で、なにも考えていなかった。
「もしよかったら、僕の家にくるかい?」
「い、いいんすか!?」
「もちろんだよ。僕は、ヒーローだから!」
“チョリーン”
「また鳴りましたね! 純平さん」
「じゃ、オレ帰るから。純平またな」
リキトがクルマに近づくと、大げさな排気音とともにドアロックが解除され、両側のドアが開いた。
「り、リキトさん、最後に教えてください。なんで毎回、両方のドアあけるんですか?」
「あ? 換気」
「か、換気?」
「この方が空気リフレッシュされんだろ?」
それだけ言い残し、リキトはクルマに乗り込んだ。極悪ホバーカーは、“安全セーフ自動運転オートドライブ”モードであることを示す緑色のヘッドライトを灯らせ、音もなく走り去っていった。
昼間の爆音は飾りだったのか。
「よぉし! まもるくん! 家に行こう!」
「はぁい!」
「いくぞぉー、ヒーローーー」
待──
「ダーッッシュ──」
て! というまもなく2人が走り出し──
「ウグァァァァァ!」
瞬間に純平が足を捻って激しく転倒した。
悪役の光線でも浴びたかのように、頭から激しく転がり四つん這いになったままピクリとも動かない。
「だ、大丈夫ですか! 純平さん!」
まもるさんがヒーローダッシュで駆け戻る。
「あ! 純平さん! お、オシリ!」
まもるさんが指さしたのは、ぱっくりと割れた純平のスーツ。股下が大きく裂け白いブリーフがモロにはみ出していた。
「お、オゥ、ノウ! なんてこった!」
臀部でんぶの異変に気づいた純平さんが両手で頭を抱える。
いや、むしろブリーフを隠すべきじゃないか。
「ぼ、僕のヒーロースーツがぁぁぁ!」

次回 06月01日掲載予定 
『 HALLO HERO 06 』へつづく

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