河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第52話『 HALLO HERO 06 』

「僕の、僕のスーツがぁぁぁぁ!!」
頭を抱えたまま、純平がかぶりをふった。
「だ、大丈夫すか!? 純平さん」
「破けちったよ! アハハハハ」
「はぁ?」
何事もなく立ち上がり、軽く膝を払う。
「よかったよ、新品のパンツで」
「そこじゃないと思うんですけど」
「大丈夫、大丈夫、さあ家にかえろう。ヒーロォォォォー──」
「え、あいや待って!」
まだ家の場所を聞いていない!
「なーんちゃって、アハハハハハ!」
純平はその場に留まったまま笑い出した。
「やめてください! また置いて行かれるかと思いました」
「冗談だよ、と、みせかけて、ヒーローダァー──」
「だからぁ!」
「冗談だってー、アハハハハハ」
「深夜にそんな大声あげたらまた“トゥントゥントゥーン”なっちゃいますよ!」
現に、道路に寝転んでいるまもるさんは、さっきから“トゥントゥントゥーン”音を垂れ流しにしている。あれはきっと、通行の妨げになっているからなのだろう。
「いや、だってさー、ハルノキくんがちょっと焦った顔になるから、ごめん、ブフフフ、面白くってさ」
「なんすかそれ! もういいから早く家に連れてってくださいよ」
「わかったよ、まもるくーん!」
しかし、まもるさんの反応はない。
「まもるくぅーーーーん!」
「ふぁ、ふぁい!」
「帰るよぉ!」
「ふぁい!」

『お客さん。どちらまで?』
「オジギソウまでお願いしまーす!」
『なんだ、純平さんか! 飲んでたの?』
自動タクシーに乗ってからも純平は上機嫌で、天井から聞こえてくる“自動オート運転手ドライバー”の音声こえと会話をはじめた。
それにしても、この時間に走っている自動タクシーの音声はなぜこうもフランクな口調が多いんだろう。
「“おじぎそう”ってなんですか?」
「ん? 僕のアパートだよ。“そう”は漢字の荘でおじぎ荘っていうんだ」
「……なんというか、風情のある名前ですね」
○○荘という名前の住居には古式ゆかしい響きがある。
「純平さん、名前いうだけで家まで連れてってもらえるんですか?」
「そうだね。僕、ヒーローだし、自動タクシーは常連だから!」
タクシーを愛用しているヒーローというのはいかがなモノなのだろうか。

クルマが進むにつれて町の灯りが減っていく。10分ほど走ったところでタクシーが停車した。どの家も寝静まっているのか周囲は暗い。
『ついたよ! 純平さん!』
後部座席のドアがあいた。
「さぁ! ハルノキくん、降りて降りて!」
純平に促され、外へでる。
足元がみえないほどの暗闇のせいか、一瞬ニュー・トリップで欺されたときのことを思い出しかけたが、人感センサー式のライトがすぐに点灯した。イメージ通りの建物だった。
一軒家ほどの大きさで外壁には、2階へ向かって鉄製の階段がついている。
あちこちにサビのめだつ鉄柵がついた門の脇には、“おじぎ荘”と書かれた表札が小さなLEDに照らされていた。
『代金1950万両ね、ブハハハハハ』
「あ、じゃあ2000万両から!」
『はいよ、おつり、50万両ねブハハハハハ』
車内からは、陽気な口調の音声が通貨単位の古典的なギャグが飛び交う。
「まもるくん、ほら降りるよ!」
ひきずるようにまもるさんが車内から降ろされてきた。
「なんというか、古風な建物ですね」
「風情があるだろう?」
「そ、そうっすね」
「2階が寝室だから、ハルノキくん、まもるくん運ぶの手伝ってよ」
まもるさんを連れて、鉄階段を昇ると部屋が3室ならんでいた。
「その真ん中の部屋だよ」
古びた木製のドアには“5号室寝室”とマジックで手書きのフリガナがふられたプレートが貼り付けられている。
「純平さんの家、寝室しかないんですか?」
「ちがうよぉ、実はこのアパート丸ごと僕が借りてるんだよ。5号室は寝室にしてる」
「え……」
純平がジャラジャラと鍵のついたキーホルダーを取り出す。
「ちなみに手前の4号室はリビングだよ」
確かに、階段脇のドアには“4号室リビング”とプレートにフリガナが入っている。
「6号室はバスルームだからあとでシャワー浴びていいからね。えっと、寝室の鍵はっと……」
「ず、随分、変わってますね、ある意味贅沢な使い方ですけど」
「大家さんが借り手が見つからなくて困っていたから、10年前に全部借りたんだ!」
「もしかしてそれもイイコトになるんですか?」
「そうみたい。家賃を払う度にチョリーンってなるからね、さあ入って、入って、今日はもう寝よう」
ドアを開けると薄いベニヤ板がベリッと音をたてた。

翌朝──

「なんてこったぁっ!」
耳元の絶叫で心臓が跳びはねた。
「な、なんすか!」
いきなり、完全に目が覚めた。
隣の布団のうえでオロオロと純平が頭を抱えている。
「じゅ、純平さんどうしたんですか?」
まもるさんもさすがに目を覚ましたようで、目を擦りながら体を起こしていた。
「……大変だ。もう朝の10時過ぎている……」
確かに、imaGe視野内の時計は10:04を指しているが、そんなに叫ぶようなことなのか。
「なんか、約束でもあったんすか?」
「朝のパトロールをサボってしまった! なぜだ! 寝坊なんてしたことないのに!」
「昨日はけっこう酔ってましたからね」
「どんなに酔っていても、助助すけスケが猛烈な鳴き声で必ず起こしてくれるハズなんだ。助助アラームが作動しないなんて……」
普段は早朝からあの激しい鳴き声が響き渡るのか。
近所迷惑なライフスタイルだ。
「どうしたんだい? 助助? あれ? 助助!?」
「ていうか、純平さん寝るときもヒーロースーツ着てるんですか?」
「助助の様子がおかしいんだよ!」
純平がヒーロースーツの胸元をひっぱりこちらへ向けた。
「あれ? 助助の顔……」
昨日は瞳の中に炎を宿し、凜々しくファイティングポーズをとっていた助助が、まるで、散歩につかれて水を欲している犬のように、だらしなく舌を垂らし、顔面のまわりには殴られた漫画のキャラクターのように星のマークがちかちかと飛び交っていた。
「なんというか、パンチドランカーって感じになってますね」
「こ、これは一体……」
「そういえば、純平さん、スーツ大丈夫なんですか? 昨日、破けてましたよね」
「なんだってぇ! ……ほ、本当だ!」
布団から飛び上がって無理矢理からだをねじりながら純平が尻の辺りを確認している。
なぜ、朝からおっさんの白いブリーフを間近でみせつけられなければならないのだろうか。
「覚えて、ないんですか?」
「昨夜のことは、あまり覚えていない」
「ボクも覚えてないです!」
「一体、なにがあったんだ! もしや暴漢に襲われた女性を助けたとか……」
「いや、2人でふざけてヒーローダッシュしようとして、純平さんが足を捻って転んだだけですよ」
「ま、まさかこの僕が? ……た、確かに足首が猛烈に痛い」
「ハデに転倒してましたからね」
「も、もしかして……」
純平が空中に右手で大きく円を描いた。
「あ! ウソぉ? えっ……」
imaGeの確認をしているようだ。
「レベルが……“errorエラー”になってる。ヒーロースーツが、壊れ、た?」
「たしかに、そのあとヒーローダッシュしようとして失敗してましたけど、破れただけで使えなくなるものなんですか? ヒーロースーツって」
「わからない。破けたのは初めてだ」
裂けたスーツの尻からはみ出したブリーフはもはや不吉な前兆のようになりつつある。
「ま、まもるくん!」
「は、はい!」
純平は、おもむろにまもるさんのほっぺをつねった。両腕の筋肉が盛り上がりかなりの力がはいっている。
「ギャギャ、なに、するんですかぁ!」
「痛い? 痛いよね?」
「イタイですぅ!」
「ダメだ! トゥントゥントゥーンすらならない!」
たしかに、明確に理不尽な行為にも“トゥン トゥン トゥーン”が反応していない。
「本当に、壊れているかもしれないですね」
「くぅわぁ! どうしたらいいんだ、このままじゃ、町に大変なことが起きてしまうかもしれない!」
「そ、そんな、いきなり町にわるいことが起きるなんてことはないんじゃ……」
「この町は僕がヒーローレベルを上げるまでは危険な町だったんだ! リキトくんだって暴れ回っていたし……! ん?」
突然、純平が動きを止めた。
「……感じるかい? まもるくん」
「……? わ、わかりません!」
「純平さん? どうしたんですか?」
純平の額から一筋の汗が流れる。
「た、大変だ」
堰を切ったように次々と汗が溢れていく。
顔面の汗腺という汗腺がいっきに目覚めたかのように、尋常な量ではない。
「これは……ま、まずい……」
その口調と目つきには鬼気迫るものがあった。
も、もしかして、ほんとうに、重大な事件を察知しているのか……?
「まもるくん。感覚を研ぎ澄ますんだ」
「……やっぱり、わかりません!」
「あ、あの、一体なにが……」
「ハルノキくん」
「は、はい……」
「暑いんだ! いつもより、もの凄く暑いんだよ!」
「…………いや、夏なんで」
「いいや! この町は夏、涼しく、冬は暖かいんだ! 異常な気温だ。このままでは、町の人が熱中症にかかってしまうぅ!」
「だから今日はたまたま暑いだけじゃ」
「なんてこったぁぁぁ、僕のヒーロースーツがまともに動いてればぁぁぁぁ!」
「そういえば、そのスーツ温度調節機能がついてるっていってませんでしたか? つまり単にスーツが機能していないだけなんじゃ……」
「と、ということは本当に、スーツが機能していないのか!?」
「でしょうね、やっぱり」
「なんでそんなに他人事のようにいうんだよ! ハルノキくん! 一大事なんだぞ!」
「そ、そんなに怒られても──」

「キャァァァァァ」

外から悲鳴が聞こえた。
「どうしたぁ! トォウッ!」
純平が部屋の窓をあけ、飛び降りた。
「ぐわぁぁぁぁ」
窓から見下ろすと、中庭で純平が足を抱えてうずくまっている。
「ま、まもるさんいきましょう!」
階段を駆け下りると、純平が足を引きずりながら歩いてきた。
「大丈夫ですか!」
「ああ、ヒーロースーツの筋肉強化ができないことを忘れていた。それよりも、悲鳴が聞こえたのは隣の竹本さんの家だ。早くいかなきゃ!」
足を引きずりながら、純平が隣の家のインターホンを押した。
「竹本の奥さん! 大丈夫ですか!」
「じゅ、純平さん! 助けて!」
ドアを乱暴にあけると、玄関の脇のドアから、勢いよく水が噴き出していた。
「と、トイレの配水管が……」
「まもるさん、これチョリーンのチャンスなんじゃないですか?」
「そ、そっか!」
まもるさんが、土足のまま駆け込んでいく。
“トゥントゥントゥーン”
「まもるさん、靴は脱いだ方がよさそうです!」
靴を脱ぎ、ドアの中に飛び込んだまもるさんが、今度は悲鳴をあげた。
「うぎゅぎゅぎゅ、冷たいです、純平さん、助けてくださいぃ」
「ダメだ! 僕はいまヒーロースーツが使えない!」
「うぎゅぎゅぎゅ」
“トゥントゥントゥーン”
「純平さん、なんとかしてぇ!」
「よし! 奥さん! 修理業者を呼びましょう!」

「はい、はい。これでよしっと」
駆けつけてくれた、水漏れ修理の業者さんが、軽々と配水管を閉めて水を止めた。
「奥さんびっくりしたでしょ。これでもう大丈夫ですよ」
「ありがとう。助かったわよぉ。あ、純平さんもありがとね」
「ぼ、僕はまったく役に立てませんでした」
後片付けする修理業者の横で、純平とまもるさんは下唇を噛みしめて立ち尽くしていた。
「純平さん、ああいうときはどうすれば良かったんですか?」
「わ、わからない。そもそも、こんな事件が起こったことはなかったから……」
なんとも、情けない会話だ。
「でも、あたし、純平さんが飛び込んできてくれたとき、スゴク心強かったわよ。ヒーローさんだって調子が悪いときあるわよねぇ。むりしないでね」
「た、竹本さん……」
「じゃ、奥さん、終わりましたんでー」
業者さんは防止のツバを軽くつまんで帰っていた。
「ま、まあ、修理は専門家に任せた方が確実だからね!」
「……そういえば、ヒーロースーツも修理とかできないんですか? どこかで作ってる以上、なんとかなるんじゃないですか」
「………ハッ! そうか!」
「あ、それは考えてなかったんですね……」
「すぐに製造元を調べてみよう!」
純平は、トイレの横で仁王立ちになり、胸元を反らせた。
「いくぞぉ!」
両腕を揃えて右斜め45度の角度へ伸ばし、静止した。
「ィィィimaGeィィィ……」
素早く腕を反対側へ払う。
「検さぁくっ! トォッウッ!」
なんと仰々しい検索ジェスチャーだ。
「そのジェスチャー、純平さんのオリジナルですか?」
ヒーロースーツの技よりもうっとうしい。
「シッ! 大事な検索だ集中させてくれ……、ヒーロースーツ、製造元、んんん? こ、これは」
空中をみつめ純平が目を見開く。
「なんだって! き、奇跡だ!」
「ど、どうしたんですかぁ?」
「アハハハハハハハ! やったよ、まもるくん。ツキはまだ僕たちを見放していないぞ! 製造元の支局がこの町の近くにあるみたいだ!」
「20年ヒーローやってて、いま気がついたんですか?」
「それだけ、順風満帆なヒーロー人生だったということなんだ! こうしちゃ居られないぞ。まもるくん! 現場に急行だ!」
「はぁい!」
猿芝居の刑事ドラマのようなやりとりだ。
「よぉし、まもるくん! タクシーだ! タクシーを手配してくれ!」
「はぁい!」
「ところで、どこにいけば修理できるんですか?」
「南の方に山が見えるだろう。あそこの頂上みたいだね」
純平さんが指差した方向には高い山がそびえていた。
「ず、随分、不便なところですね」
「そこに……ヒーロー協会公認更生センターといのがあるらしい。そこなら修理ができるかもしれない」

次回 06月08日掲載予定 
『 HALLO HERO 07 』へつづく

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