河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第53話『 HALLO HERO 07 』

「こちらにきて何年目ですか?」
「自分、5年目になるっす!」
「ちょ、ちょっと、ごめん、大チャンさん、止めてー」
壁にもたれかかっていた近藤は、体を跳ねるように浮かせて両手を振った。
「なーんかさ、違うんだよね」
「えっ……」
「いやさぁ、なぁーんか、画力えぢからがさぁあーないっていうの? ちょっと、もう1回やってみて」
「こちらにきて何年目ですか?」
「自分、5年目になります」
「止めて、止めてー。なんだろうなぁ、なぁーんか足りないんだよ」
近藤はフローティングメガネの中央を軽く押し上げながら、小首をかしげる。
「キミさ、出身どこ?」
「自分、中部の方っす」
「方言とかないの?」
「ほ、方言っすか、いや、自分はあんまり意識したことないです」
「ないのぉー、そうか。そうねぇ、そうかぁ。こういうの、やっぱりあれかな、東北の方がいいんじゃないかな、木訥ぼくとつで温かみもあるし。誰かいません? 東北出身の方」
レクリエーションルームに集まった内の1人が手を挙げた。
「お! いるじゃなーい。ちょっと、キミこっちきてインタビューさせてくれる? 浅見ちゃんもういっかい、質問してみてぇー」
タイトスカートの裾を直していた浅見がマイクを持ち直して髪をかき上げた。
「は、はい。それじゃあ。こちらにきて何年目ですか?」
「はい。5年目になります」
「ちょっ、ちょっとまってよ、フツーじゃないの! 方言とかないのぉ?」
「いやぁ、自分こっちにきて長いんで。ていうかいまどき、地元にもあんまり訛ってるひとっていないですよ。みんな標準語です」
「ダメだよぉ。これ、ドキュメンタリーなんだからさ、もっとこう、一言にさ、グワァァァァってくるインパクト持たせなきゃなんだから。グワァァァァって。ちょっと故郷ふるさとのこと思い出してみてくれます? ここにきて何年目ですか?」
「…………じ、じぶん、5年目になりますぅ」
「あー、うん、そうそうその感じで、もうっちょっといってみようか」
「5年目ですぅ」
「そう! それそのテイストで全編いっちゃいましょう!」
「確かに、言葉に表情でましたね」
「あたりまえだろ、ばかやろう。谷田。これが演出だよく覚えとけばかやろう。よーしそれじゃ本番いっちゃおうかー、大チャンさん、カメラ、シクヨロでーす。浅見ちゃん、スタンバイねー。谷田、カウントー」
「ハイッ! それじゃーインタビューいきまーす! 3、2、 ……」

「まず、お名前からうかがってもいいですか?」
「は、はい! 自分、4682番ですぅ!」
「あ、今日はお名前で大丈夫ですよ。仮の名前でかまいませんので」
「あ、あ、えっどぉ……藤壺ですぅ」
藤壺は、名前を名乗ったあと、ちらっと部屋の入口の方に視線を送った。入口を固める2人の職員は特に咎める様子もなく、紺色のトレンチコートの後ろで手を組んだまま直立し、正面を見据えている。
藤壺は安堵したように少し大きく息をはいた。
「藤壺さんは、こちらにきて何年目ですか?」
「じ、じぶん、5年目ですぅ」
近藤は腕組みしながら満足気に頷いた。
「いまはセンターではどんなことしているんですか?」
「あ、自分はぁ、このまえまでぇ、スーツの生地、運んでだんですけどぉ、ついにこのあいだ、スーツさ縫う工場に配属されでぇ、なんていうが、この施設では花形のポジションなんで、ちょっとはりきってますぅ」
「やりがいを感じているんですね」
「いやぁ、やりがいなんて、おごがましぐってとでもとでも。自分はやっぱり、悪いこどした人間なんで、やっぱり。娑婆シャバのひとからみだらマイナスの状態で……でも、だがらこそ、いま汗水垂らしてちょっとでも世の中の役にたってるのは、ありがでぇなって思いますぅ」
「それがやりがいなんだと思いますよ」
「いやぁ、そんな。お姉さんみたいにキレイな人にそんなごどいわれっと、なんだか照れますぅ」
職員が小さく咳払いをすると藤壺は、背筋を伸ばした。
「だ、だがら、あの自分には夢があってぇ」
「夢ですか?」
「はいぃ! オレ、ここを出だら、地元さ帰ってぇ、ひ、ヒーローになりでぇなってぇ……」
見物していた他の男達の肩が小さく揺れた。
「いや、みんなには笑われたりするんすけどぉ、オレの地元にはセキュリティ・ポリシーいねぇがら、なんていうがぁ、ヒーロースーツきて、自分の生まれ育った町まもってみてえなって。いづが、胸元に本物の助助つけて故郷に錦を飾ってみてえんだぁ」
「助助というのは、ヒーロースーツの胸元についているマスコットですよね?」
「んだぁ。ここの“更生服”も、ヒーロースーツとおんなじ仕組みでできてるんすけど、ホラ、ここには助助がいないがらぁ」
藤壺は自分の着ている更生服の胸元を指さした。
「ビシーっと助助つけだ、勇ましい姿を父ちゃん母ちゃんにみしてやりだくてぇ、なんていうか、オレ、悪いことばっかり覚えて、心配ばっかかけでだがら、親孝行してやりだいんすっ!」
「早くできるようになるといいですね」
「ハハハ、でもぉ、ながなが、チョリーン鳴んなぐって」
「チョリーンというのは……?」
「ヒーロースーツとおんなじように、イイコトすっど、チョリーンってなんですねこのスーツ。そうすっどぉ、刑期短くなるって聞いてるんすけど、なかなか鳴らなくって、ちょっと油断して、……エッチなこと考えるととすぅーぐ、トゥントゥントゥーンってマイナス音ばっか鳴っちゃってぇ」
“トゥントゥントゥーン”
「あ、しまっだぁ!」
「ど、どうしたんですか?」
「あ、い、いや、あの、いや、お姉さんキレイでつい……」
“トゥントゥントゥーン”
「こ、こういう風にちょっとしたごどでも、鳴っちゃうんですぅ」
「ず、ずいぶん、難しそうですね。それじゃあやはりチョリーンを鳴らす人はなかなかいないんですか?」
「それが、いたんっす! ついこの間はいったばっかりの新人なんですけど、いきなり作業中にチョリーンって鳴らしたのが」
部屋の中が少しざわついた。どうやら、知っている人間は多いらしい。
「オレ、もうびっぐりしちゃってぇ、で、看守の目を盗んで、話かけたんですけど、ソイツ、なんていうか、イギイギどしてスーツづぐりのこと話してで、オレも、こういうふうに、前向きに生ぎでぐごど、考えでごうとおもって、ヒーローになりでぇって思いました」
「……ハァーーーーーイ、オッケーーーーーッ!」
近藤の大声に弾かれたように、場の空気が緩んだ。
「いやぁ、よかった! よかったよ、藤壺さん! もうバッチリ!」
「こ、これぐれぇでいいんすか? あ、あれ、訛り、ぬげねぐなった」
レクリエーション室の中に大きな笑い声が響いた。
「よーし、じゃあ、谷田、次のシーン……なんだっけ?」
「ハイ、次はヒーロースーツの工場の撮影予定なんですけど……なんかいま受付に現役のヒーローが来てるらしいんですけど」
「ホントぉ? それいただきじゃん! そっちから撮らないと!」
「ですよね! そう思ってもうアポいれてます!」
「なーによぉ、谷田、やるじゃない」
「あーっす! それにしても、すごいタイミングっすよね。この撮影にドンピシャでヒーロー来ちゃうんですから! いやぁ、近藤さん、もってるなぁやっぱり」
「だろぉ? よしよし、じゃあ受付いっちゃおうかー」

「なんか、広々してるねぇハルノキくん」
「そうっすよね、想像してたよりも雰囲気が明るいっすね」 更生施設というからには、やはり、なにかアウトロー的なよろしくない経歴をもった人が集まる場所だろうと、勝手に高い塀に囲まれたような場所を想像していたが、敷地のまわりには塀はなく、以外にも建物は白くて清潔感のある外観をしていた。
「この、ヒーロー協会公認更生センターでヒーロースーツが製造されているらしいんだ」
「正義の味方のスーツを作らされるアウトローっていうのは皮肉な気分でしょうね」
「でも、この施設出身のヒーローもいるらしいよ。きちんと更生して、正義にめざめるんだねきっと」
イイコトしてお金を稼ぐ味をしめている輩ばかりのような気もするが、そんなにエデルは単純にだませないからそれはあり得ることなんだろう。
「だけどいきなり押しかけて、いれてくれるんですか? こういうところって?」
「大丈夫、僕はヒーローだよ!」
「純平さんは、スーツ破けてるじゃないですか?」
「それを言わないでくれぇぇまもるくん」
「と、とにかく、どこか入口を探しましょう」
正面の白い建物に向かっていく途中に、小さな小屋のようなものが建っていた。
『館内地下施設行き』と書かれたプレートの下に『▼』の押しボタンがついていた。どうやら地下へ向かうためのエレベーターのようだ。
「あ! 懐かしい!」 
「まもるさん、知ってるんですか? この場所」
「まさかぁ、知らないよう。でもこのエレベーター、守衛所の地下エレベーターみたいだなと思って」
「な、なんすかそれ?」
「守衛所には地下に行くための専用のエレベーターと、上空に行くための地上エレベーターがあるんだよ。地上エレベーターは守衛所の正面からはいるんだけど」
「そうだとしたら、ここじゃなくてやっぱりあっちの建物が正面入口ですよね。受付みたいなところあるかもしれませんね」
「よし! 行ってみよう! いそがなければ町の人が熱中症になってしまう!」
「純平さん、だからスーツ壊れてるから暑いんですって……」
ヒーロースーツの素材はなにでできているかわからないが、通気性がよさそうにはみえない。スーツを脱いだ方がいいのではないだろうか。

「あのぉ、ヒーロースーツのことでご相談があってうかがったんですが……」
館内の入口には受付と書かれたカウンターがあり、あくびをしながら1人の老人が番をしていた。
「どちらさん?」
「僕、この町のヒーロー、純平です!」
「おお、あんたが純平さん? どうかしたの?」
「じつは、ヒーロースーツが破けてしまいまして、至急修理をしていただけないかと思いまして」
「うーん、そういう込み入ったこたぁわかんねーけど、施設の見学ってことで中には入れるよ」
「ほ、ホントですか!?」
「それで、担当にでも直接話してみてくんねぇかなぁ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「いちおう許可とるからちょっとそこの長椅子にでも座って待っててくんねぇかな?」
老人は、右手を耳に当ててどこかと通話をはじめた。
「こんなに簡単に施設内部に入れるんだ」
勧められた長椅子に座ってエントランスを見渡してみると、吹き抜けの高い天井はガラス張りになっていて、太陽が注ぎ込んでいる。
座っているとまるでどこか外国の駅にでもきたような気分だった。
「……はい、ええぇえ、そうなんです。ヒーローやってる純平さんが来てまして……はい、あっそうですか。わかりました伝えてみます」
空中をみあげて5分ほど話していた老人がこちらへ向き直った。
「だ、大丈夫ですか?」
純平が椅子から腰をあげると、白いブリーフがみえた。
「はいはい。許可はとれました。だけど、なんだかいまねドキュメンタリー番組の撮影やってるみたいで、ヒーローさんたちを取材したいらしいんですよ」
「えっ! 取材?」
「よかったら少し待っててくれませんかね?」
「そ、それは、か、かまいませんが」
答えながら純平は大粒の汗をかいていた。それはそうだろう。こっちには突発的に役立たずになったヒーローと、元からポンコツのヒーローしかいないんだから。
「しゅ、取材だって! ボク、ドキュメンタリーにでちゃうのかな!」
本人はやる気満々のようだが。
「こういうのって、ヒーロー協会とかに許可とらなきゃなんじゃないんですか?」
「さぁどうだろう。僕は取材なんてうけたことないから」
勝手に取材を受けたりしたら、“トゥントゥントゥーン”が鳴ってしまうような気がするが。
「断った方がいいんじゃないですか? 修理も急がなきゃなんですよね?」
正直、どこに配信されるかわからないような番組に、この集団の一員として映り込むのも避けたい。
「そうだね、ここは辞退したほうがいいかもしれないね」
「ハルノキくん! ボク、なんかキメポーズとか考えたほうがいいよね?」
唯一の現役ヒーローだけがひとかけらの危機意識を持っていない。
「まもるさん。取材は断りましょう。先に純平さんのスーツを修理してもらいに……」
「おおおおおおお! いたいたー」
静謐せいひつな雰囲気のエントランスに下品な声を立てる集団があらわれた。
カメラマンやレポーターらしきスタッフを引き連れ先頭を歩いているのは、首元にピンクのカーディガンを巻き付けた男だった。
「な……え、うそ……」
「ど、どうかしたのかい? ハルノキくん」
「や、あんなに、バブリーな格好した人、やべー本物初めてみました」
男はズンズンズンと近づいてくると、目の前で、顔だけはこちらに向けた状態をキープして90度に腰を曲げた。
「どぉーもぉー、私、“熱烈な現場のプロジェクト流儀”っていうドキュメンタリー番組のディレクターやってます、近藤と申しますー」
頭を下げる回数を数えたくなるほどペコペコと上下に動く腰の低さ、目の奥はゼッタイに笑っていないのに口角だけを吊り上げ白い歯を覗かせる作り笑顔。ほ、本物の業界人だ。
しかもかなり羽振りいいバブリーな。
その証拠に、あれだけ激しい顔面の動きを完璧に捕らえ、張り付くように浮かんだり沈んだりしながら、眼元を追いかけていくレンズだけの色眼鏡、“完全フレームレス眼鏡フローティングメガネ”は、エーデル・フロートをムダに駆使した相当高価なものだ。
「こちらが、ヒーローさんですか! いやぁー凜々しいなぁー」
「そ、そうですか!? ありがとうございます!」
まもるさんなんて、瞬間的に心を掴まれている。
「是非、インタビューさせてもらいたいんですかけどいいですか?」
「はぁい! もちろんです!」
“トゥントゥントゥーン”
やっぱり、鳴った。
「まもるくん。やっぱり勝手に取材とかを受けるのはよくないみたいだよ」
「で、でも」
「いやいやいや、迷惑はかけませんよぉー、ちょぉぉっとでいいんですホントにすこぉーしだけ、お願いしゃっす! あ、あれ? こちらもヒーローさん?」
「い、いや、僕は、いまちょっと違いまして」
「またまたー、謙遜、謙遜じゃないですかぁー。よーしみんなスタンバイしちゃおう! もうちゃちゃっと撮っちゃうからぁー」
軽い指示を受けた他の3人はテキパキと動きはじめた。
ゆ、優秀な部下に指示をだすあの飄々とした立ち回り。シビレる。
「ほら、谷田! はやく立ち位置バミって、案内しろよ」
「ハーイ! じゃ、こちらへお願いしまーす」
腰巾着のように近藤の横についていた、谷田という男はウエストポーチにぶら下げたテープで床に『×』をつっくった。
あ、あれは、ADという人ではないか!?
「じゃあ、浅見ちゃんシクヨロー」
「はい! それでは、早速ですが、お二人はヒーローになってどれくらいなんですか!?」
棒立ちになった2人にマイクが向けられる。
「ぼ、僕は20年くらいですけど、いまは……」
「20年ですか!? スゴイ!」
「ボ、ボクは、2日目です!」
「ちょ、ちょっ、止めてー」
突然、近藤が不機嫌そうな声をだした。
「え? 2日目なんすか?」
「はい! おととい、ヒーロースーツを買いました!」
「あぁそっすかー、こちらの方は」
「あ、あの、僕はいま、ヒーロースーツが破けてまして、事実上はヒーローではなくて……」
「ええええ! それじゃヒーローを謳ったらウソになっちゃうなぁー」
「だ、だから、僕はお断りしようと……」
「ちなみに、ヒーローってレベルあるんですよね? お2人はレベルどのくらいなんですか?」
「ボクは0です!」
威張っていえる根拠は皆無だというのに、自信を持って答えられるのはヒーローの素養なのだろうか。
「ぼ、僕は、元1950ありました」
「え! そ、そんなにレベル高いんですか?」
浅見と呼ばれていたキレイなお姉さんが驚いたように純平を見上げた。
「はい、でも今はレベル、エラーになってます」
「困ったなぁー、でもなぁー欲しいんだよなぁー、ヒーローの画」
「近藤さん、ここは適当なレベルとかつけたらどうですか……」
「谷田くーん、業界入って何年たつのー、ダメだよ、ヤラセになっちゃうじゃない……あー、そっかそっか、それじゃこうしよう! ヒーローだったら合体とかするでしょ?」
「へ、編隊を組むことはあります」
「それでいいかな、うん。今日だけ、レベルも合体したってことで、レベル交換しちゃおう! うん! 元レベル0のヒーローと、現役のレベル1950のヒーローっていうことになるじゃない」
いや、それはかなりムリがあるんじゃないだろうか。
「ということで、こちらのヒーローの方、えっと……」
「ボク、まもるです! 町を護る、まもるです!」
「あー、まもるさん、じゃあ、まもるさんをメインでインタビューする方向でいっちゃおう!」
まもるさんが、『×』のうえにひとりで立った。
「よーしいっちゃおう!」
4人の業界人に取り囲まれていた。
「ハルノキくん、ちょっと」
輪の中から抜けた、純平に腕を引かれた。
「ここはまもるくんに任せて、僕たちだけで、先に修理を頼みにいこう」
「え、もうちょっと見学しましょうよ」
「ダメだ! 町の人の健康がかかっているんだから!」
真剣な眼差しで見つめられると、何も言い返せなかった。

「えええっっとぉ、ヒーロースーツ関連は、確かぁー」
受付のおじいさんを先頭に、エレベーターへ乗り込む。
エントランスからは見学者用のエレベーターで地下に降りることができるようだった。
「地下1階のB地区だったかな。わたしは、あんまり地下に降りないもんでね」
チーンと音をたてて、エレベーターの扉が開くと、コンクリートが打ちっ放しになった窓の無いフロアだった。
フロアに足を踏み入れるといきなり怒号のような声が聞こえた。
「全員! 配置について作業開始ぃ!」
「あーちょうど、昼飯終わりで作業始まるところみたいだね。こっちへどうぞぉー」
おじいさんについて歩いて行くと、通路の途中には、作業場とおぼしきスペースがそこかしこにあり、揃いの格好をした男の人達が動きまわっていた。
「あ、あれ、あの人達がきている服って」
「ヒーロースーツに似ているね」
「んぁ? ああ、更生服? あれは、ここの更生員が全員着ることになっている。ヒーロースーツとおんなじ素材と仕組みのヤツだ。まあ、ヒーロー機能や助助はついてないがね」
この密閉された空間で、通気性の悪い服を着て作業するのは、大変な重労働なのだろう。
様々な音が溢れる作業場を動きまわる人達はみな汗をかいていた。
「この先がB地区になります」
そんな光景に目もくれずにおじいさんは歩いて行く。
巨大な機械がひっきりなしに、上下運動を繰り返す音や、バタバタと走り回る靴音が響いていた。
「な、なんだか、スゴイとこに来ちゃいましたね」
「ハルノキくんもそう思うかい?」
「表は結構キレイな施設でしたけど、結構、過酷そうです」
「そりゃあ、まあ、更生施設だからね、作業するときくらいは、しっかりと汗水垂らさにゃなりませんよ。それで、ヒーロースーツは、そこですね、そこのスペースにある、企画部で相談してみてください」
指し示された方向には、通り過ぎてきた地区とは異なり、机に座った人達が黙々と手を動かしていた。
「失礼しまーす! 2名のお客様をお連れしましたー」
向かいあわせになった机が並べられ、列をつくっていた。何本かある列の中央の通路のようなところで、おじいさんが敬礼する。
正面の奥には、トレンチコート姿の職員がひとり机に座っていた。
「あ、あのトレンチコートって」
「ああ、あれはうちの職員だよ。セキュリティ・ポリシーの下部組織だからね、ヒーロー協会も」
よくみると、机の間を歩いている職員もトレンチコートをみにつけているが、奥に座っている職員とは色が違った。
「あの奥の赤いトレンチコートの方が地区長だから挨拶をしよう」
小声で説明され、通路を進んでいく。
机に向かう人達はだれもこちらをみようともしない。
なぜか自然に、足音を消してあるいていた。
「あのぉ……教官!」
「作業中に私語は禁止だぁ!」
突然、背後で怒号がとび思わず背筋がピンと伸びた。
「いや……、そうなんすけど……でも、やっぱりこのデザインはここに、ワンポイントいれた方がいいとおもうんすよね」
「5294番! さっさと、持ち場へ戻れぇ!」
「これ説明したら、戻りますって」
全く関係のない世界のいざこざのはずなのに、背中全体が耳になったように全神経が背後に向いていく。
「ダメだダメだダメだ」
「いや、必要です!」
「わかった。いってみろ!」
「胸元に、乳頭をつける必要があると思います」
「おまえなぁ、何ってるんだ」
「このプロジェクトって、いままでにないコンセプトで、いままでにない新しい女性ヒーロー像を生み出すものなんですよね!?」
「そ、そうだ!」
「そしたら、やっぱりここに乳頭をつけるべきでしょ!」
「だから、なぜヒーローが乳首をさらけ出す必要があるんだ!」
「いや、あの、お言葉っすけど、いいっすか、乳首ではなくて、自分がいってるのは乳頭っす」
既視感のあるやり取りだった。
いや、既視感というか。
ていうか、これは……ま、まさか、いや、そんなハズは、でもここは、セ、セキュリティ・ポリシーの、更生施設。
もしか……するのか!?
いや、それしか考えられないだろう。
知らぬ間に首筋が硬直していた。
この世の中に、こんな状況下で乳首と乳頭の違いをただそうとする人間が2人いるとは思えない……。
疑心暗鬼のような気持ちを抱えながら、振り返る。
そこで、職員と言い争っていたのは、ブロッコリーのような髪は、キレイに丸められ、伸びきった髭はそり上げられていたが、忘れようもない顔。
黒井チクリンだった。

次回 06月15日掲載予定 
『 HALLO HERO 08 』へつづく

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