河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第55話『 いちばんぼし 01 』

『もうちょっとだけ待ってくれ!』
まもるさんが呼びかけると、江照は予想に反し申し訳なさそうな声を出した。
『あと、5時間、いや4時間くれ! 仕事見つかりそうだから』
「い、いや、あの、お仕事はもういいんです」
『なに、弱気になってんだ! 大丈夫だって、ぜってぇ見つかるからよ!』
「そ、そうじゃなくてぇ」
「江照、言いにくいんだけどさ、もう仕事探さなくていいんだ」
『ハルノキまで、なに弱気になってんだよ? オマエラ金持ってねぇだろ、imaGeの“マネーCLIP”はいつも、スッカラカン……はぁ!?』
どうやら江照は、まもるさんのimaGeデータにアクセスしたようだ。
そこには2千万円以上の残高があるハズ。
『なっ! 2千万!?……まもる、オマエ、さては! や、やりがったな!』
「はい! やりました!」
『詐欺か? 強盗か? いずれにしてもオレ様には通報する義務がある』
「ち、ちがいます! もらったんですぅ」
『悪いことをした人間は、時としてそんな言い訳をする。やめろよ、辛いだろ? ウソをつくのは。わかった。通報は待ってやる、まもる、自首しろ。少しは罪が軽くなるぞ、なっ?』
聞いたことのない神妙で親身な声色トーンで語りかけてきた。
『可能な限り、有利な情報探して弁護してやる。気づいてやれなくて悪かった。そんなに切羽詰まってたんだなぁ』
「ボク、むしろイイコトしたんですよ!」
『ウソをつくな! 1日そこらでオマエが2千万を稼げるとしたら、どう考えてもまっとうな手段じゃないだろ』
江照は完全に“クロ”だと断定していた。
「本当に違うんです! ぼ、ボク、ヒーロースーツを純平さんにあげたんですぅ。そうしたら、チョリーンって鳴ったんですぅ!」
『ヒーロースーツ……、チョリーンだとぉ? ……オマエが2千万円分の活躍できるわ…………あ゛……え゛、ヒーロー協会!?……う、ウソだろ?』
入出金記録ログも確認したようだ。
『はぁぁ、お、オレ様としたことが、ログをみ、見落としただと……』
「わかってくれましたぁ? ちゃんとみてくださいよぉー」
まもるさんが、突然したり顔になった。
憎たらしい表情だ。
『くぉぉぉぉ、恥だ。データを読み落とすなんて。一生の恥だ。もう、オレのこと消してくれ、こんな恥をさらして、オマエラに使われたくない』
「そんなこといわないでくださいよぉ。間違いは誰にでもありますってぇ」
『まもるに、慰められた……もう終わりだ。色んな意味で、アシスタントプログラムとして活動する自信を無くした。もう辞める』
「江照、そこまでいわなくてもいいんじゃない? まもるさんも、一生懸命だったんだよ?」
『一生懸命やるだけで、一発2千万のチョリーンなんてあり得ねぇだろ? マジメに仕事探してたのバカらしくなったわ!』
「仕事探しは、確かにいらなくなったけど、九州にいくまでのナビはしてくれないかな」
『そんだけ金がありゃリニアに乗れ! 席にすわりゃ、ドーンで到着。はい、お疲れサマー。どこにオレ様の出番がある?』
「そ、そこまで自虐的にならなくても……」
『適当にリニアの手配すりゃ終わりだろ?』
「うーん。なんか、それじゃつまんないなぁ。もっと、パーッと贅沢したい! せっかくお金持ちになったんだし」
“キケンダ”
座席にもたれかかったまもるさんを見た瞬間に、頭の中で声がした。
これはmisaからの脳内音声ダイレクトではない。この旅路で得た経験が、自分の本能が、語りかけている。
まもるさんのこういう状態を放っておいたことでいままで、どんなことがあった。
いけない。
まもるさんに従うのはリスクがデカすぎる。
また同じ過ちを繰り返すところだった。
「まもるさん……そ、それは現地についてからにしましょう。“遠足は家につくまでが遠足だ”って古い言葉にあるじゃないですか。旅は、現地に着くまでが旅です」
「えー、せっかくお金あるんだし、美味しいもの食べながらゆっくり旅行したいよぉボク」
『オマエ、典型的な成金だな』
「ありがとうございます!」
『褒めてねえぞ。まあ、そこまでいうなら、考えがある。よし! オマエラに一世一代の贅沢させてやる。臨空第五都市リンゴから、九州にいく手段の中で最も、贅沢なプランだ』
「ほんとうですかぁ? やったぁー!」
まずい。
江照まで悪いノリになってきている。
江照のねめつけるような、三白眼がいつもより鋭くなっている気がした。
だが、まもるさんはいま再び、この旅のスポンサーに返り咲いた。さらに、ブレーンとなる江照も同意しているなら自分の立場は非常に弱い。
『このプランは、オマエラが九州に行くと聞いたときにまっさきに却下したプランだ。つまり、1番高くて時間がかかる経路だ!』
「それならゆっくりできるねー。ハルノキくんもダンスの練習しなきゃだし、その方がいいんじゃない?」
そういえば、ナツメさんから無理矢理インストールさせられた、レッスンプログラムを1度も開いていない。アクセス記録をチェックされたりして、未開封なのがバレたら、刺客でも送り込まれかねない。
こ、これは、従うしかないのだろうか。
それにしても、時間がかかるというのが気にかかる。
「江照、まさか徒歩とかいわないよね?」
『いわねえ。列車だ。この国の北から南まで、すべての臨空都市をつなぐ国内最長の陸上路線を誇る超豪華列車だ』
「え、江照様、そ、それって、もしかして!」
まもるさんは、もたれかかっていた座席から飛び起きた。
『鈍足の彗星……』
「い、いちばんぼし!?」
『なんでオマエが先にいうんだよ!』
江照が盛大に舌打ちをしたところで、バスはゆっくり速度を落としはじめ、車内に臨空第五都市へ到着することを伝えるアナウンスが流れた。

「江照様、ほんとうに、ほんとうに、いちばんぼしに乗れるの!?」
バスを降りてからもまもるさんは、興奮した声をだした。まるで、週末の予定をしつこく確認する子供のようだ。
手足をばたつかせながらスマートフォンへ話しかけるおっさんに、臨空第五都市を行き交う人達の視線が集まる。この人はどの街にいっても、注目を浴びている気がする。
「まもるさん、少し静かに話しましょうか」
「だって! だって! いちばんぼしだよ!」
「そもそも、いちばんぼしって、なんすか?」
「ハルノキくん、ほんとうに知らないの!?」
『ハルノキ、いちばんぼしってのはな、鈍足の彗星と呼ばれる、地上を走る列車のなかで最も遅く、最高の運賃を誇る旅客列車だ』
「ちょ、ちょっとまって、さっきから気になってたんだけど、遅いのに運賃が高いっておかしくない?」
『浅はかだなハルノキ。贅沢な時間は1分1秒でも長い方がいいだろ?』
「た、確かに」
『贅沢をこれでもかっていうくらい味わえるのがいちばんぼしの醍醐味だ。金持ちの道楽ってヤツだな』
「ボクにぴったりだよね!」
『だけどな、まもる。いくつか、解決しないといけない問題がある』
「問題? なんですか?」
『まずは、服装だ。いちばんぼしは本物の金持ちが大挙するハイソサエティな空間だ。当然ながらドレスコードが存在する。ハルノキのスーツは、百歩譲ってなんとかなるとしても、まもるの作業着姿じゃあムリだ』
「そっか! ボク、もっとお金持ちみたいな格好しないとですね!」
『そうだ。どっからどうみても、金を持ってるような格好が必要だ! それからな、最も難関なのは乗車券の確保だ。普通なら3年先まで即予約完売になるようなプラチナチケットを確保するのはかなり難しい。オマエラの仕事を探すのとは比べものにならねえくらいな』
「そ、それ予約、取れるの?」
『わからない』
「えぇー、江照様、そこはちゃんとしてもらわないと困りますよぉー」
『うるせえな。無論、どんな手を使ってでも確保してやる! とにかく、オレ様は本気をだす』
完全に噛ませ犬のようなセリフだ。
『オマエらはオレ様が本気をだせるように力を尽くせ!』
「ど、どうすればいいんですか!」
『まず、しっかりとネットワークにつなげられる環境が必要だ。あと、このボロいスマートフォンを買い換えろ! それ ら……』
江照の音声が途切れた。
「どうしたんですか? 江照様?」
『オレ様を電源のあるとこ ろへつれていけ……このままじゃあ、腹が減って力がでねえ。早くしろ! 電源が落ちちまう。バッテリーが完全放電するシャットダウンは、通常の電源オフよりも、数倍、こえええんだ!』
スマートフォンの右上に表示された電源バッテリーゲージが、残量2%を示していた。
「ハルノキくん! VRカフェを探そう!」

次回 07月06日掲載予定 
『 いちばんぼし02 』へつづく

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