河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第56話『 いちばんぼし 02 』

「まいったなぁ……」
蒔田まきたは、頭頂部付近まで後退した額をゴシゴシと擦りながら、本日18回目の溜め息をついた。
江田えだくんさあ、なんでこんなに仕入れちゃったの?」
擦っていた部分から汗が滲んできた。指先には、じっとりとした汗の感触がある。
「いや、ちょっとわかんないっす」
江田は、軽く首を傾げた。
「これが売れ残ったら、うちはいよいよ潰れちゃうぞ」
「そ、そしたらオレの給料どうなるんすか!?」
「そりゃあ当然、ナシだわなぁ」
「マズイじゃないですか!?」
「マズイだろぉ。だったらオマエ、コレなんとか捌いてこいよ」
「アハハハ、そんなこといったって、こんなの売れるわけないじゃないですか!」
「オマエがいうんじゃないよぉ」
蒔田が自分の額を平手で打つと、静まりかえった店内に“ペチン”と甲高い音が響き渡った。
「だいたいさ、少しは反省してさぁ、客引きしてみるとかないの?」
「きゃ、客引き!? 店長なにいってるんですか! ここ飲み屋じゃないですよ、アハハハ」
「わかってるよ!! それくらい困ってんだよ」

『よし、オマエラよくやった』
なんとか探し出したVRカフェの個室ブースに入ると江照は端的にいった。
『残り1%だ。早くケーブルにつなげ』
目前に電源があることで、余裕が生まれているのか、さっきまでの緊迫した雰囲気は無い。
帰宅途中に便意を催し、必死で辿りついた自宅の玄関先でふとよぎる“どこまで我慢できるか試してみようか?”みたいな無意味な冒険心を思い出しながら、スマートフォンへ充電ケーブルを差し込む。
プォォンと充電中を示す音が鳴ったあと、江照は機嫌のよい音声こえをだした。
『ふぅ、やっぱり有線の充電は落ち着くよな』
江照は、まるで温泉に浸かる猿のような、くつろいだ表情になっていた。
『うぁ゛ぁぁ、生き返るわぁ』
「江照、これからどうすればいいの?」
『んぁ? ああ、とりあえず、オレ様は充電完了するまで待機する。オマエラは買いモノでもしてこい』
「わかりました!」
『それじゃあ、出掛ける前にオレ様をそこの端末につないでいけ』
個室内の机上には手の平サイズの大型ナノPCが置いてあった。
「な、なに? この大きさ」
『本気を出すっていただろ。それぐらいのマシンが必要なんだよ』
「ね、ねえ、ハルノキくん、このパソコンって凄いの? スマートフォンと変わらないと思うんだけど」
「なにいってんすか。一般的なナノPCの大きさなんて小指くらいなんですよ! 手の平サイズになったら途方もないハイスペックですよ」
『とにかく、こっからはマジの勝負だ。しばらくこの部屋には入るな。わかったら早くつなげ』
電源ケーブルから二股に分かれた差し込み口へ超巨大ナノPCとつなげたリンクケーブルを接続した。
『うぃぃぃぃぃ。あぁぁ、うぅ』
江照が妙な音声を発する。
「ど、どうしたの?」
『やっぱりよぉ、安定した回線ってのはいいなぁ。頭痛がとまったわ』
ディスプレイには『VRカフェ 臨空第五都市店へようこそ』というテロップが、繰り返し流れていた。どうやら、江照はこの端末と一体化して作業をするつもりらしい。
「でも、江照様をここに置いていったら、お金どうするの?」
『ああ、それは大丈夫だ。ハルノキにいまから決済用のMRコードを送るからそのコードを使え』
江照からデータが送られてきた。
『コードにアクセスすればオレ様に連絡がくる。決裁くらいならいつでも片付けてやる。なにせ、回線も処理も安定してっからな。ここは』
妙に饒舌な口調だった。
それほど、まもるさんのスマートフォンは居心地が悪かったのかもしれない。

江照をおいて店を出た。
さっきは気にする余裕もなかったが、VRカフェの周辺はシャッターが閉まったままの店舗が目立つ商店街で、全体的に年季が入っている。
商店街の入口に位置する『VRカフェ』の看板だけが元気よく光を放っていた。
「ハルノキくん! ボク。なんだかわくわくしてきたよ!」
それにしても、スマホ世代のひとたちはimaGeを置いて外出しても不安を感じないのだろうか。
「洋服屋さんを探そうよ!」
まもるさんが、商店街の奥を指さした。
「この商店街、全体的にすこし寂れてません? ショッピングモールとか探した方が早いんじゃないですか?」
「ハルノキくん。それは庶民の発想だよ。大型店舗にはないハイソサエティな服を探す必要があるんだよ。ボクたちは」
「は、はぁ……」
まさか、まもるさんからこんな返しを受けるとは思わなかった。
「もしかしたら、すごい掘り出しものがあるかもしれないじゃない」
一理あるかもしれない。この人はわけのわからない自動販売機の群れの中から2千万円を手に入れた男なのだから。
「でも、まもるさんハイソサエティっていわれてイメージつきますか?」
「うん。とにかく、お金持ちってことだよね」
「違うと思いますけど」
ついていくのはやはり危険だ。
「まもるさん、やっぱり戻りましょう。もっと賑やかなところで店探しましょう」
「ええ、戻るの面倒だよ」
「いや、変な服買ったらそれこそ面倒になりますって!」
まもるさんが、むずかるように唇を膨らませた。なんだこの幼児のような表情は。イラっとして、ひっぱたいてやろうとしたときだった。
「はい! そこのお兄さん方!」
前方の店頭にたっていた男が声をかけてきた。
「服、お探しですか?」
ビシッとした細身のスーツを着た男だった。
「はい! ハイソサエティなドレスコードを探しています!」
「ドレスコードの使い方、間違ってますからねまもるさん」
「なるほど、なるほどぉ。ドレスコード、ハイソサエティ。それはお困りですよね」
しかし、男はツッコミをいれるどころか、貼り付けたような笑顔をみせながら、繰り返し頷く。
「もしかすると、わたくしどものお店でお力になれるかもしれませんね」
「なんのお店なんですか?」
男は背後の店を指した。
「弊店は、蒔田アクティブ洋品店と申しまして、上質なテーラーメイドのお洋服を仕立てております」
店頭には、ショーウィンドウがあり、高そうなスーツが飾られている。
かーちゃんがこのスーツをオーダーしてくれた店を思い出した。
「ハルノキくん、入ってみよう」
「ありがとうございます!」
男は深く一礼してから扉をあけてくれた。
「いらっしゃいませ」
店内には、中年の男性がひとり立っていた。
だいぶ後退した額に若干の汗を浮かべているが、スラッとしたジャケットと白いワイシャツを身につけた清潔感のある格好だ。
「お召し物をお探しですか?」
「そうなんです! ハイソサエティな服が欲しいんです」
「ハイ、ソサエティ、でございますか?」
中年の男性は少し、とまどったような顔をした。ムリもない、坊主の作業着姿のおっさんがハイソサエティなんていいだしたら対応に困る。
「あ、気にしないでください。なんていうか、良い感じのスーツが欲しいってことなんです」
「ああああ、そうでしたか。失礼いたしました。ぜひ、ご覧ください。もしよろしければ、わたくし、蒔田がご案内いたしますので」
どうやら、この人が店の主人のようだ。
「ハルノキくんも一緒に選ぼうよ」
「いや、自分はこのスーツがあるんで」
「遠慮しなくていいよ! お金あるから!」
「だいぶ、景気がおよろしいんですね」
蒔田は上目遣いで様子を窺っていた。
「どちらかへお出かけになるんですか?」
「いちばんぼしに乗るんです!」
まもるさんが元気いっぱいに答えた。いいかげん、見知らぬ人に開けっぴろげな話をするのを咎める気にもならない。
「いちばんぼしというと、あの、いちばんぼしですか?」
「そうです!」
一瞬、蒔田はうつむき、顔を上げた。
「それなら、ぴったりなものがございます! おおい、江田くん、あれをお客様へ!」
江田と呼ばれたのは先ほどの細身のスーツの男だった。元気よく返事を返して奥から真っ白な箱を持ってあらわれた。
「こちらの商品は、ちょうど本日入荷したばかりなんですが……」
ゆっくりと蓋が開けられると、箱の中には細い布きれのようなものがびっしり詰まっていた。
「なんですか? コレ?」
「こちらは、アクティブジャケットと申しまして、どんなシーンでもエレガントな着こなしができるジャケットになります」
そういいながら、蒔田が取り上げたのは、細長い布きれだった。
「こ、これがジャケットですか?」
どうみても、余った布にしか見えない。
「まずは試着してみましょう。その前に、ワイシャツなんかも必要でございますよね」
蒔田の隣に、江田がいつのまにか別の箱を抱えて控えていた。
「こちらのワイシャツも本日入荷いたしました。軽量シャツという品物でございます。まずはこちらからお試しください」
差しだされたワイシャツは、ところどころ生地がくりぬかれている。
「ボロボロじゃないですか!」
「こちらの穴は空気穴エア・ホールと申しまして、通気性を大幅に向上させるためのもので、ドット柄にエア・ホール加工が施されております。さあ、どうぞ」
まもるさんは江田に、押し切られるように試着室へ連れられていった。

仕切りのカーテンが開かれるとまもるさんは、ところどころ穴の空いた半袖のシャツ姿だった。まるでボロ布で作った、てるてる坊主。
「お似合いですねぇ」
この場合、その言葉は褒め言葉ではないような気がする。
「こ、これ、乳首がでちゃってますぅ」
「大丈夫です。それをカバーするのが、先ほどのアクティブジャケットでございますから」
蒔田は説明しつつ、箱から1本の布きれを取り出し。
「さあどうぞ」
まもるさんの襟もとへメダルを授与するような格好で、うやうやしく布をかけた。
布はスーツの襟元だけを切りとったような形をしていた。
はみ出した乳首、いや乳頭部分を布地がかろうじて覆い隠している。
「このアクティブジャケットは、まさにジャケットのジャケットたるエッセンスだけを抽出し、ジャケットの本質を追究したデザインになっております」
「こ、これ、襟しかないですよ」
「ええ。襟があればすなわち、フォーマルでございますから」
「ホ、ホントですか?」
「さらに、ハイソサエティな要素は素材でカバーしております。そちらのアクティブジャケットはハイパー クール メラニアル ウールを100%使用しております」
表面積は通常の10%未満だと思うが。
「さらに、ワイシャツはトリコット マルチループ ウォッシャブル クールシルク製です」
「そ、そ、それスゴイんですか?」
「吸水性と撥水性の極限を目指した製品でごじざいまして……江田くんアレもらえる?」
蒔田がひょいっと出した右手で、江田が差しだした水の入ったコップを握り、まもるさんめがけて一気にぶちまけた。
「うぁぁ」
「大丈夫です。ほら見てください。布の表面ですべて水滴になっていますよね?」
「で、でも、穴が空いているところから水が入ってきました」
「問題ございません。内側の生地がすべて吸収して……ほら、表面から気化して出て行きます」
まもるさんの身体から、霧のようなものが立ちこめていた。
「いわゆる、オーラのようにもみえますね。光の加減によっては虹色に輝きます」
「す、スゴイよこれ! ボク、オーラのある人になってるよね? ハルノキくん!」
た、たしかに、見えなくもない。
「清涼感もございますよね?」
江田も隣で合いの手いれる。
「はい! 涼しいです!」
「ちなみに、ボトムスは、アクティブジャケットと同じくハイパー クール メラニアル ウールの半ズボンを用意しております。これが、布地も少なくして環境への配慮も行ったネオ・エコロジーなハイパー省エネルックです」
「で、でもこんなに奇抜な服で大丈夫なのかなぁ。ボクも2人が着てるみたいな服のほうが……」
「いえいえ。何をおっしゃいますか。いちばんぼしには上空市民も乗っているとうかがいます。私たち庶民のセンスでは到底理解できないような感性で仕上げられたファッションでなければなりません」
「じゃあ、この服買ってみようかな」
「え? まもるさん、買うんですか?」
「ありがとうございます! ただし、お値段の方も結構、庶民のセンスでは理解できないものとなっておりますが……」
「お金ならあります!」
「ありがとうございます!」
2人が揃って頭を下げた。
「ハルノキくんの分も買おうか?」
「いや、自分はいいっす」
「ところで、ジャケットは何着ご入り用ですか?」
「え? 2着くらいかな」
そもそも、2“着”と呼んでもよいモノなのだろうか。
「それはいけません。上流階級の方々は同じ服には2度も袖を通しません。多めにお買い求めになられた方がよろしいかと……持ち運びにもかさばらないのが特徴でございますから……」
「わかりました! じゃあ全部ください!」
「ありがとうございます!」
2人がさらに深く頭を下げ、そそくさと商品を袋へ詰め、店の外までもって出てきた。
まもるさんはご満悦の表情で袋を受け取った。
「いやあ、ほんとにイイ買い物だったねぇ」
ほんとうにこの選択は正しかったのだろうか、ふと、店の方を振り返るとあの2人はまだ店頭で深々と頭を下げている。
「ハルノキくん、早く江照様のところに戻ろう!」
ハイパー省エネルックに身を包んだまもるさんが、颯爽と商店街を歩きだした。

次回 07月13日掲載予定 
『 いちばんぼし03 』へつづく

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