河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第60話『 いちばんぼし 06 』

「ハルノキくん……、さては、キミぃ……」
まもるさんが、鋭い視線を向けてくる。
呼吸が荒い。もしかして、緊張しているのか?
「どう考えてもそれしかないね。ハルノキくんが“ババ”を持っているんだね? そうだろう?」
やっぱりバカなんだなこの人。
“あたりまえだ!”と叫びそうになったが、なんとか堪えた。
「……まもるさん、2人でババ抜きしても、あんまり盛り上がらない気がするんですが……」
「ボ、ボクは、ババ抜きしかしらない!」
あれだけトランプを欲しがり、決死の覚悟で手に入れてきたのが、2人でババ抜きをするためだったとは、なんと情けない話だろうか。
「どう考えても、まもるさんの手札になかったらこっちにあるに決まってるじゃないですか」
「だ、ダメだよ! それをいったらオモシロくないじゃないか! うむぅ。もういい! トランプには飽きた。次の遊びはないのかね?」
「あるわけないじゃないですか」
「うぅむむむ、それじゃあ、外の人達に聞いてみようか……」
車窓の外には、相変わらずたくさんのクルマが併走している。
「いや、ま、まもるさん! それは辞めておきましょう」
また、ホバーベルトで商品を取りに行かされるのは絶対にいやだ。
「そんなこといっても、おもしろいことがないじゃないか!」
「こ、こうしましょう。いちばんぼしの中を歩いてみませんか?」
「う、うむぅ? 探検するということかね?」
「そ、そうです。探検してみましょう。おもしろいものあるかもしれませんよ!」
「ふ、ふむぅむ。いいことをいうじゃないか、ハルノキくん。いこう! 探検だ!」
まもるさんは得意げな表情で手を叩いた。
「およびでしょうか」
即座にアテンダー、伊藤がやってきた。
「いちばんぼしの中を探検したいんだがね、案内を頼めるかな?」
「た、探検でございますか!?」
伊藤が目を剥いた。
「うむん? イヤなのかね?」
「わ、わたくしがご案内してよいのですか?」
「うむ。頼むよ」
「あ、ありがとうございます!」
まるで命乞いが受け入れられたかのような勢いで、床へ突っ伏した。
「そ、そこまでしなくても、いいんじゃ……」
アテンダーが繰り出したキレのある土下座をみて、少し気の毒になってしまった。
そこで偉そうにしている人は、他人の西瓜を盗み食いしたことで、穴を掘り地中で土下座をさせられる程度の人なのだから本当は。
「いちばんぼしに従事する者にとって、車内ツアーをご用命いただくことは、至高の名誉でございます。ご案内をご用命いただけたことに喜びを禁じえません!」
まっすぐな瞳だった。
乗客に対応する姿は大人びているが、よくみると自分より若い男なのかもしれない。
「うむぅ、それじゃあ頼むよ。ハルノキくん、行こうじゃないか」
「は、はいぃ」
媚びた返事が自然と口から出ることが自分でも驚きだった。
「参りましょう! こちらでございます!」
アテンダーも素早く立ち上がり、力一杯腕を伸ばし歩きはじめた。





「遅えんだよ、ボケェ!」
動力室後方のスライドドアを開けるとすぐ、獅雷しらいさんの怒声がほとばしった。
「申し訳ありません。寝坊いたしました」
「そのまま、さっさと持ち場につけ! ばかやろう」
獅雷さんが、乱暴に業務ブースを指さした。
自転車をひいて指示されたブースへ向かいながら周囲を見渡すと、各ブースに着台したみんなは、それぞれ得意なスタイルでマシーンを稼働させている。
今日の出勤は15人ぐらいでいつもより人が少ないようだ。獅雷さんが怒るのもムリはない。
外の気温が高いせいか、いつもより室温が高くみんなの額に滲む汗も一段と輝いている。
「よぉマイト。やっちまったな」
最後尾の空きブースに自転車を設置すると、隣のブースにいた田坂さんが話しかけてきた。
「起きたときはすでに、時、遅し、でした」
「だいぶ飲まされてたもんな、昨日」
「今日は自重したいとおもいます」
「マイト! 無駄口たたいてんじゃねえよ! さっさとはじめろ!」
「はい!」
獅雷さんは睨みをきかせるようにブース全体を見渡しつつ、自らもマシーンを稼働させていた。
いわゆる教室スクール形式に配置されたブースを管理している、リーダーの獅雷さんだけが先生の位置に座りこちらと相対している。
上半身の周囲を多数のエアロディスプレイで囲み、常にフロア全体の監視モニタリングを怠らない。
「オラオラ! 2、3車両の右マーカー! ランプの出力さがってんぞ! もっと踏み込め!」
あれだけの大声をだしつつ、全体の状況を把握して的確な指示をだし、自分自身も全力で稼働する姿には頭がさがる。
遅刻してしまった自分が恥ずかしい。
迷惑をかけた分を取り返さなければだ。
「おまえらぁー! 今日は猛暑だ。全車両が冷房ガンガン使ってくっからな!」
獅雷さんが檄を飛ばしてくる。
「はいっ!」
全員が短く、鋭く返事を返す。
「それから今日は“いちばん風呂”だ! 夜までにがっちり貯金つくんぞ!」
「はいっ!」
「おっし! ペース上げてくぞ! フゥゥゥルスロッォォォォトォォォォルゥゥ!」
動力室全体が、一団となり“はぁい!”と返事をした。

「この車両は食堂車となっております!」
アテンダーが意気揚々と右手をあげ、解説をはじめた。
自分たちが乗る“最上級車両”から3車両離れたところが食堂車のようだ。
車両の中央が通路になり、左右の窓際にはテーブルが並ぶ。移りゆく車窓の景色を眺めながら食事を楽しめるということか。
上空市民にでもなったかのような気分に浸れるシチュエーションだ。
「こちらの食堂車『ひとつぼし』は、名前こそ“ひとつぼし”でございますが、三つ星、五つ星クラスの料理ばかりを取りそろえております」
「う、うむ、なんだかお腹が空いてくるねぇ」
テーブルを眺めているまもるさんは、いまにもヨダレを垂らしそうな表情をしている。だれもいない食堂車両には、料理はおろか、香りすらしないというのに、テーブルをみただけで食欲をそそられるているようだ。
「ランチからディナー、夜間はバーラウンジとしてもご利用いただけます」
アテンダーは、まもるさんの異常な食欲には気づかぬ様子で、先へ歩いて行く。
「お次の車両はラウンジスペースでございます。皆様の社交場となりますので、ご利用の際にはドレスコードには充分お気をつけください」
アテンダーがこちらを見た。
自分の服装が適していないようないいかただ。
ラウンジスペースの中程には曲がりくねったカウンターが設置されていて、いかにも金持ちが酒を飲みそうな雰囲気だ。
「ふむ、なかなか良い雰囲気だねぇ」
この人に雰囲気がわかるのだろうか。
「ハルノキくん、夜になったらお酒を飲みこようじゃないか」
「は、はぁ……」
気の乗らない上司に誘われる女性というのはもしかしたらこんな気持ちなのかもしれない。
「つづいての車両へ移りまーす!」
次の車両は、5つの個室が並んでいた。
「こちらはVIP-VRルーム“ファーストコンタクト”です」
「VRルームがあるんですか!?」
「はい。移動式のVRブースとしては国内最大の面積と設備でございます!」
車両1両に対して5ブースの個室ということは、たしかにかなり広い。
これなら大掛かりなアクション系のコンテンツもリアルに楽しめる。
描写レンダリングも最高クラスの5A設備です」
「ま、マジですか!?」
「どんなコンテンツでも、ディテールまで完璧な再現力をご提供していますので、旅行中でも最高のVR品質をお楽しみいただけます!」
「ここ、無料ですか?」
「え?」
アテンダーの顔が唐突に曇る。
「お客様ご冗談を」
直後に、満面の笑みに変わった。
「こちらの設備は1時間10万円となります」
「た、高すぎません?」
「いちばんぼしとしては、VRに関しても妥協したものはご提供できません。料金設定につきましてはご容赦いただければと……」
「なんだい? ハルノキくんはVRがしたいのかい?」
「い、いやあの、ダンスの練習に使えたらいいなと、思う次第でございまして……」
「ふむ。それならば構わないよ。好きなだけ使いたまえ」
「い、いいんですか?」
「ただし、ボクが退屈しないよう、充分に配慮してくれたまえよ。うむ」
「ありがとうございます!」
「それでは後ほど、ご予約の手配をいたします!」
「ほかにはどんな設備があるのかね?」
「はい、最後尾車両は大浴場やサウナ、マッサージルームなどを完備したリラクゼーションスペースとなっております!」
「ふ、風呂があるんですか!?」
湯気の匂いだろうかこの車両に足を踏み入れたとたん、温泉街の雰囲気が漂ってきた。
「はい! 移りゆく景色を楽しみながら贅沢なバスタイムをお過ごしいただけます」
「うむ。風情があるじゃないか」
「ちょうど本日は、週に1度の“いちばん風呂”でございます。お楽しみになさっていてください!」
アテンダーが両手を擦り合わせていた。仕草はまるで温泉の番頭さんのようじゃないか。
「はい。それでは、以上をもちまして、いちばんぼしのご案内は終了でございます」
「うむん?! まだあるじゃないか?」
まもるさんが、ステッキで車両の奥を指した。
「たしかに、奥にもうひと車両ありますね」
大浴場の入口にかけられた暖簾の奥には、車両を区切るスライドドアがみえる。
「あ、あ、あ、あちらは、動力部になりますので、関係者以外のお立ち入りはご遠慮いただいております」
アテンダーがにわかに慌てだした。
「うむむむん? ボクは、関係者じゃないのかね?」
「お客様はお客様でございますので……その」
「ふむ、それじゃあ、ハルノキくん。別の人にちゃんと頼んでみてくれるかな」
「じ、自分にいわれても……」
「ご、ご勘弁ください、叱られてしまいます」
アテンダーが取りつくように袖を掴んできた。
「ま、まもるさん、関係者以外入れないといってますから、ここは我慢しましょう」
明らかに怪しい動揺ぶりだが、ここまで懇願されてムリを押し通す気にはなれなかった。





「いやぁ、ボロかった」
蒔田の表情は、先ほどからだらしなく垂れ下がったままだった。
「さっきから、そればっかりですよ」
「だってよぉ、江田くん。トランプが2万円で売れたんだよ。その辺に転がってたようなガラクタが」
「たしかにそうですけど」
「いやぁ、やっぱりオレの目に狂いはなかったな。これで仕入れたもん全部捌いたら、ひと財産になるぞ」
蒔田はニヤニヤと後部座席を振り返った。
「もしかして、後ろの荷物全部トランプとかいわないですよね?」
「そんなわけないだろう。すべては計算だよ、計算。いちばんぼしの乗客の心の動きをバッチリとシミュレートしているわけだよ、うん」
「それにしては、トランプ売れたとき驚いてましたよね」
「う、うるさいな。運転に集中したまえ! まだライバルがこんなに併走してるんだから」
たしかに、いちばんぼしの走る線路の側道はかなりの渋滞が続いていた。
「これ、手動マニュアル運転じゃないとダメなんですか?」
「当たり前だろう、オートじゃ対応しきれない突発的な変化があるかもしれないじゃないか」
「この列車、ずーっと同じ速度で走ってますよ。そんな突発的なこと起きるきがしな──」
そのとき、ルームミラーを何かがよぎった。
「な、なんだぁ!?」
蒔田も窓の外に異変を感じたようだ。
「え、江田くん! アレ、な、なんだよ?」
フロントガラスの外をみると、周囲のホバーカーの遥か頭上を、真っ白なホバーリムジンが悠然と走り抜けて行った。

次回 08月10日掲載予定 
『 いちばんぼし06 』へつづく

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