河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第61話『 いちばんぼし 07 』

「あれ、ホバーリムジンってやつですよね? は、はじめてみた」
獲物を狙う捕食者のようにしなやかに空中を滑り、リムジンはいちばんぼしの先頭へと近づき車体を横付けしていた。
「よほどのVIPが乗ってるんじゃないかアレ? 江田くん。これはチャンスなのかもしれない。横付けしてるホバーリムジンにさらに横付けしよう!」
「だ、大丈夫ですか? なんか怖い人とか乗ってそうじゃないですか?」
「もしかしたらお忍びで“天下りてきてる”上空市民様かもしれないだろう?」
「それならなおさら、怒られますって」
「俗世間から離れた人間になればなるほど庶民的なアイテムを欲しがるのは、さっきのトランプが物語っているじゃないなか。いいから行こう。チャンスの女神様は前髪しかないんだぞ!」
「わ、わかりましたよ!」
アクセルを踏み込んで瞬間的に速度をあげる。
車載アシスタントプログラムが発してきた警告音声アラートは無視した。
「いちばんぼしのドア、開いたぞ!」
忍び寄る接近車をいちばんぼし側も、認識しているのか、先頭の車両がドアを開け中から車掌らしき人が、車内へ招き入れるように大振りに手を回していた。
純白のホバーリムジン後方ドアが開き、長髪の男が姿を表した。
黒髪がなぶられるように風にたなびき、海藻のごとくうねっている。
「まさか、乗り移るのか?」
「あ、あの人がVIPですか?」
真っ白なリムジンの車体に似つかわしくない、どこかドス黒い雰囲気をまとった男がいちばんぼしの先頭の車両へと飛び移った。





「伊藤くん! どこにいってたんだい?」
“先頭車両”の前方に連結された牽引機関車に戻り“星乗員室”のドアを引き開けると先輩が鏡の前で身支度を調えていた。
「お客様が車内ツアーをご希望なされたので、ご案内を……それよりもどうしたんですか、そんなに慌てて」
「さっき本部から連絡があった。社長がいまこちらへ向かっているとのことだ」
「しゃ、社長!?」
「もうスグ、そこまで来ている。まもなく乗り込んでくる」
「の、乗り込むって、走行中にですか?」
「“抜き打ち視察”だ。星乗員ドアからお越しになる」
そういって先輩は、帽子をかぶり直し星乗員室のドアを開けた。
「なにしてるんだ。キミもいくんだぞ!」
「は、はい!」
先輩の後を追いかけ、星乗員ドアへつくと既にドアが開いており、夏の熱気が流れ込んできていた。走行中にドアが開いているのをみるのは新鮮な光景だ。
先輩は車外へ向かって大きく手を振り回す。本当に来るのだろうか?
「お越しだ」
先輩が呟いた直後、星乗員ドアにごろんと、人が転がり込んできた。
「うぐうっ」
奇妙な声を漏らしたのは、髪の毛を四方に散らした人だった。黒くて長い髪が海藻のようにうねっている。
「うっっっん」
またもや呻き声のようなものを漏らして立ち上がる。絡み合う前髪の隙間から黒いサングラスが見えた。
「今日はちょっと風が強いね」
「社長、お疲れ様でございます」
あ、あれが社長……。
サイケデリックな柄の半袖シャツに蝶ネクタイ。白いハーフパンツに編み上げのブーツ。服装のセンスは異彩を放っている。
「社長、おケガなどありませんか?」
「…………」
「しゃ、社長?」
(……だめだって)
社長が先輩の耳元で囁いた。
「え?」
(社長はダメ……、名前で呼んで、名前で)
ひそひそと耳打ちするような音量だった。
「し、失礼いたしました! と、豊川さん。おけがはございませんか?」
「うーん、もうね、ちょっと膝すりむいちゃったのよぉ、ここみてよ、ここ」
たしかに膝頭が少しすりむけていた。
「いたいのよこれ、地味に。もー、ママに消毒してもらわないとだよこれ」
誰も言葉を発することができない。
「どうっ? みんなよろしくやってる? あれっ? キミは……あれだ! 覚えてる、覚えてるえっっとぉ」
「は、ハイ! わたくし、新人アテンダー、伊藤ともうします! 先週からいちばんぼしに従事させていただいております」
「あっそっか、はじめましてぇ。ボクは豊川豊とよかわゆたかです。上から読んでも下から読んでも、豊川豊です」
「よろしくお願いいたします!」
「ボクね、社長って呼ばれるの好きじゃないんだよ。なんかさスケベそうな感じするじゃない? 他人行儀な感じもするしさぁ」
「は、はあ……」
「豊川様、よろしければ、応接ルームへ移動いたしませんか」
隣で固まっていた先輩が我に返り、呼びかけると、こんどは豊川の動きが止まった。
「様とはなんだい! イケナイよ! おなじ会社の人間じゃない! 豊川さんと呼びなさい! 豊川さんと」
猛烈な勢いで、声を荒らげる。
「んもうっ、気をつけてよぉ」
間違いない。この人、まともな人じゃない。
「よーし、じゃあまず、売り上げの確認からしよっかな」
豊川は先頭を上機嫌で歩きながら星乗員室へと向かって歩き出した。





「ハルノキくん、さては、キミぃ……」
まもるさんが、また熱い視線を向けてきた。
「もしかして……、なんだっけ……アレをしようとしているね?」
「アレってなんですか?」
「あの、4枚同じヤツをだすヤツだよ」
「“革命”のことですか?」
「そう! 革命をしようとしているね」
1時間ほどかけて、まもるさんに他のトランプゲームを理解させた。
「でも、このゲームはボクのためにあるんだから、負けないよ。なんたって“大富豪”だからね」
「まあ、地域によっては“大貧民”っていうんですけどね。それより、まもるさんの番ですよ」
「むむむ……ちょっと待って! 考えたいんだよ」
そういってまもるさんは、手札を伏せて立ち上がり、歩き出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「少し、考えたいんだ」
後ろ手を組み思案気な顔で部屋の中をいったり来たりしている。
そんなに悩む局面なのだろうか。
「それにしても、みんなご苦労様だねぇ」
車窓の外に視線を向けると相変わらず大勢の人達がいちばんぼしと併走を続けていた。
「やっぱり革命を起こそうとしているね!」
景色に気を取られた隙に、まもるさんが自分の後ろ側に立っていた。
「なにしてんすか! それ反則ですよ!」
「ぶふふふ、ハルノキくん。知っているかな。将棋の世界では、相手側から場をみることによって、相手が考えていることを読み解く戦法があるんだよ」
「知りませんよそんなこと! ていうか、これトランプですから。手札覗いていいわけないですよね!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「ダメですよ! そういうルール守れないのは人としてよくないっす!」
「わ、悪かったよぉ。もう1回最初からやり直そう!」
まもるさんが、さりげなくトランプをかき集め、シャッフルをしはじめた。ごまかすつもりなのか、掠れた口笛を吹きながら。
なんという暴挙だ。
せっかく、革命を起こしてやろうと思っていたのに。この人の心はいつの間にか“大貧民”に向かっている気がする。





星乗員室に戻ると、豊川さんは応接用のソファに座った。普段、休憩用に使っているこのソファに社長が座っていることに現実味がない。
「うん、いいねぇ、いちばんぼしは」
背筋を伸ばし、膝を揃え、妙に折り目正しい姿勢のまま豊川さんは室内を見渡している。
「それで外の業者さん達の売り上げはどうなってるのかなぁ?」
「はい、今回も売り上げは上々のようです」
「あぁそう。うんぅんイイコトだね。そういえば、ボクのクルマに横付けしようとしてたクルマがいたけどあれは新しい業者さんなのかな?」
「そ、そんな無礼なやからが!?」
「うん。ちょっと危ないと思ったんだぁ」
まるで告げ口をする子供のような口ぶりだ。
「ど、どの車でございますか?」
即座に先輩がエアロディスプレイを起動させ、いちばんぼしと併走する業者の一群を映しだしていた。
「ううんっとねぇ、これ! この日焼けした、額の広がったおじさんが助手席に乗ってるクルマだよ」
「こ、これは……登録が……申し訳ございません。どうやら……未登録の業者のようでございます……」
「えええぇ!! む、無許可ぁ?!」
豊川さんが小首を傾げて覗き込む。
「は、はい。ど、どうやらそのようで」
「それはイケナイなぁ。ダメだよね? ね? ダメだよねぇ?」
「はい。おっしゃるとおりでございます」
先輩がしきりにハンカチで額を拭う。
「す、スグに対処いたします」
「そ、そぅ? なんだか来ていきなり面倒なこと言い出してゴメンね」
「め、滅相もございません! しゃ…いや、豊川さんのお考えが正しいと思います! その業者には早急に対応を……」
語尾をモゴモゴと濁しながら、先輩は足早に退室していった。
豊川さんと、2人きりになってしまった。
「ボク、面倒なこといっちゃったかな?」
「そ、そんなことはござません。トイレに中座したのではないでしょうか!」
「それならいいんだけど。平和にいきたいじゃない。ねえ? ピースフルでクリーンな列車でしょ? いちばんぼしって」
「おっしゃる通りでございます」
「電飾ビッカビカだけど、クリーンなのが売りだから。うん。そうだ人電じんでんの方にも挨拶したいんだけど案内お願いしてもいいですかね?」
「はい! もちろんでございます」
室津ムロツさんにご挨拶しなきゃだから。今日は」
「かしこまりました。それでは、こちらへ!」
ドアをスライドさせながら、imaGeを呼出し動力室長へ緊急連絡エマージェンシーコールをいれた。
豊川さんはすでに客室車両の方へ向かっていた。





気温が上昇する午後の昼下がり、動力室の稼働はピークを迎える。
「オラオラオラ! 発電量さがってんぞ!」
獅雷さんの檄も激しさを増していく。
あれほど叫びながら、全力でペダルを漕いで平気なのか。
隣のブースでは、田坂さんが汗まみれになりながらペダルを漕ぎつつ、水分を補給していた。
“株式会社 人力電力”と前面に社名がプリントされたブライトグリーンの作業Tシャツには汗が染みこみ、ところどころがダークグリーンへ変色している。
「ふうぅっ、客室のやつらエアコン使ってんな。ぜんぜん、外装の電力までまわらねぇ」
午前中の余裕はどこにもなかった。
他のブースを眺めてもやっぱりみんな同じような様子だ。
「マイト! よそ見するんじゃねぇ! 牽引機関車フロントの電飾光、落ちてきてんぞ!」
「はい!」
「おめーら、恥ずかしくねえのか! 室津さんを見習えぇ!」
獅雷さんの怒声で、無意識に左手のブースにいる室津さんの方へ視線を向けると室津さんはいつもとまったく同じ姿勢フォームでペダルを漕ぎ続けていた。
肩までまくり上げられた、作業Tシャツ。袖口から覗く、贅肉のないしなやかな腕。
ぶれることなく、軸のピンっと伸びた上半身を弓反りに反り返えし腕組みをしたまま、静かに目を瞑り稼働を続けている。
普通ならハンドルにしがみつくように、前傾姿勢になりはじめる時間帯だというのに、まだ始業時のフォームを保っているのは驚異的だ。
「あ、あのひと、マジで化け物かよ」
田坂さんが、息を切らせながら呟く。
「さすが、仙人と呼ばれる方です。室津さん。見習わなければですよね」
「マイト、オマエも化け物だけどな」
「まだまだ駆け出しの身ですよ」
「昨日も“猛打賞”だったろ? 平均アベレージ1,000Wワットって、人間のペースじゃねえだろ」
「おーし、掛け声!」
獅雷さんがひときわ大きな声を上げた。
「いくぞぉー! ハイケーーーイ!」
「デンス!」
「ハイケーーイ!」
「デンス!」
「ハイケ──」
そのとき、動力室に赤ランプが灯った。
ウィーンウィーンと、サイレンが唸る。
緊急点灯パニック フラッシュ
一瞬、みんなの脚が止まる。
それこそ、パニックブレーキでタイヤがロックしてしまったように。
「落ち着け! 非常時こそ、冷静に!」
全員の視線が部屋の中央に浮かぶエアロビジョンに集まる。

『社長来車 注意されたし』

電飾文字が流れた。
「しゃ、社長ぉ?」
さすがに獅雷さんも驚いているようだ。
「社長って? 誰?」
「人電の社長って誰?」
ざわめきが広がっていた。
「おい、みろよ!」
田坂さんが電光掲示板を指をさす。

『要、歓迎ムード 尚、“社長”と呼称は厳禁』

異常な指示の流れる電光掲示板に気を取られ、ざわついた室内で室津さんだけが静かに目を閉じたままペダルを漕ぎ続けていた。

次回 08月17日掲載予定 
『 いちばんぼし08 』へつづく

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