河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第63話『 いちばんぼし 09 』

「蒔田さん。人がでてきますよ」
いちばんぼし先頭車両後方のドアが開き、白い手袋を嵌めた手が左右のドアを掴んだ。
「さ、さっきの人ですかね」
「いや、あんな手袋してなかったぞ」
たしかによくみれば、さっきとは違う服装だ。
「あれは、星乗員の制服だな」
「セイジョウインってなんですか?」
「勉強不足だぞ江田くん。いちばんぼしの乗務員は星に乗る職員の員で星乗員せいじょういんとよばれてるんだぞ」
「ず、ずいぶんと仰々しい名前なんですね」
「そりゃあハイソサエティな列車ならそれくらいのブランディングはしてくるだろう。なるほどなぁ、勉強になるわぁ」
蒔田が腕組みしながら頷いていた。
「あれ? こっちに向かって手招きしてませんか?」
「本当だ! 江田くん、横付けだ!」
「はい!」
ホバーリムジンと同じコースで車両に近づいていく。そういえば、あのリムジンはいつのまにか姿を消していた。
バックミラーを覗き込むと、他の業者達は後方に固まっていた。
「みんな後ろのほうに集まってますね」
「凡人というのは群れの中に安息を求める。オレ立ちは、群衆の一歩先をいく。それがパイオニアだ」
「そ、そうですか?」
「あぁ。あっちは、競争激しい血の海レッドオーシャン、こっちは平和な青い海ブルーオーシャンってヤツだ」
蒔田が勝ち誇ったように小さく鼻を鳴らし、助手席の窓を開ける。
「旦那ぁ、なにかご入り用ですか!」
まるで丁稚奉公のようにへりくだった声。
「おたくらさ、いちばんぼしに横付けして物品の販売してましたよね?」
風にのって星乗員の声が届く。
「へっ!?」
「そういうの困るんで辞めてもらえますか?」
「だ、だって、他にもみんなやってるじゃないですか?」
「他ぁ?」
星乗員はしらじらしい顔で辺りを見渡した。
「みあたりませんが?」
「あ、あっちにいっぱいいるじゃないですか」
蒔田が、必死に後方を指さしている。
「“スターダストメイツ”のことですか?」
「ス、スターダストメイツぅ!?」
「ええ。星のカケラのごとく、いちばんぼしをキラびやかにいろどり、乗客の皆様の旅を一緒に演出してくださる方々、いわばファミリーです。あなたがたとは全く異なります」
星乗員は、唾でも吐きかけてきそうなほど蔑んだ目でこちらをみていた。
「に、荷車を引いて、果物売ってる人達までいましたよ!?」
「風情があるじゃないですか。とにかく、列車と併走するのを辞めてください。SPセキュリティ・ポリシーを手配しますよ!」
「く、く、く」
憎々しげな顔で、蒔田が下唇を噛みしめた。
このまま走り続けてはいけない。
ブレーキを踏みスピードを緩めた。
「と、止まるな! 江田くん、止まるな!」
蒔田の命令を無視して、車を停車させた。

「ハルノキくん、本日のランチメニューを教えてくれるかな?」
「い、いや、調べてないですけど」
「ええ? わからないのぉ?」
まもるさんが、情けない声を張り上げた。
客室の前で辞めて欲しい。
他の乗客に怒られてしまう。
「食堂車にいけばわかるじゃないですか」
「ダメだよぉ。メニュー選びで迷ったら時間がかかるじゃない。考えながら行きたいんだよぉ」
なだめようとしても声を抑えてくれない。
「あ、アテンダーを呼んでみましょう」
「う、うむん! そうだったね」
まもるさんは小さく咳払いをしてから手を叩いた。出来損ないのおもちゃの様な動きだ。
「あ、あれぇ?」
しかし、瀟洒な車両内に音が響いただけで、なにも反応がなかった。
「まもるさん、いいからまず食堂車にいってみましょう。そんなに時間かわりませんから」
“まもるさんの思考力なら歩きながら考えてもおんなじですよ”という言葉は呑み込んだ。
さっさと食堂車へ連れて行っておとなしくさせるしかないだろう。

「定年っていうけどさ、もうさ、ぜんっぜんっ定まってないよね」
豊川さんの漆黒のサングラスが周囲を見渡した。手の平をこちらへ向け融和の姿勢がとられているが、水を打ったように静まりかえる動力室の中に反応を示す人は誰もいなかった。
「定年って、結局、誰かがきめたゴールじゃないですか? それをね、みんな“自分もそろそろ定年だなぁ”とか“定年ですか、お疲れ様です”とかね、どうなんだろうと思うんですよ。なんで社会にゴールをきめられなきゃいけないんですか? そんなことがあっていいワケがない!」
最前列で社長の前に並ぶ数人の頭が微かに動いた。後列のみんなは探り合うように横目で左右を窺っている。
「オレはまだ現役だってひとまで定年でひとくくりにするのは良くないと思うんです」
獅雷さんをはじめ、動力室にいるメンバーほぼ全員が直立して社長を取り囲んでいた。
「室津さんは、人力電力ができてからもう、ずーっともう、ひたすら、もう、ペダル漕ぎ続けてきてくれたわけですよ。それが急に、今日で定年だから、はい、お疲れ様でしたってのはどうなんでしょうかね」
室津さんだけが、眼を閉じたままペダルを漕ぎつづけている。
「これだけ長いこと一緒に働いていると、もうファミリーなわけで、ファミリーっていったら家族なんですよ。働き盛りのお父さんが、定年になっちゃって、がっくり来ちゃったら、もうね寂しいじゃないですか」
「あ、あの……豊川さん」
獅雷さんが果敢に口を挟み込んだ。
「P、C、H、E。パーフェクトクリーン、ヒューマンエナジー!」
「え……」
「そのブライトグリーンのTシャツに書かれた人力電力の企業理念は、クリーンで爽快な人間の産み出すエネルギーの象徴なんです! 人力電力とは人と人の営みそのものぉ!」
豊川さんは腕を突き上げた。
青白い拳に血管が浮き出ている。
(このTシャツのこと?)
田坂さんがダークグリーンに染まったTシャツを摘まみ上げていた。
(た、たぶん……)
「室津さんが今日で定年になります。いやぁ、御年70歳。僕はこの業界で定年まで勤め上げた人はじめてみました。レジェンドですよほんとうに、僕と室津さんが初めてあったのは、僕がまだ一介のシリコネスタだったころで」
(シリコネスタってなに?)
田坂さんが小声で聞いてきた。
(わかりません)
「室津さんは、そのころ通っていた酒屋さんの店主でした。オリジナルのお酒なんかをばんばん開発してイケイケで」
(それって、密造酒じゃないのかな)
(田坂さん、聞こえますよ)
「もう、その味がなんともいえずクセになる味で、僕はもう、当時お付き合いしていたミツコとそのお酒に夢中になりまして……そのうちに僕も当時はやりだしていたVR用にお酒をつくりましてね、個人事務所をたちあげて、それが今日ここで走るいちばんぼしにもつながるすべての始まりでございまして……」
豊川さんがプロフィールを語り出してからも、室津さんはじっと眼を閉じ発電を続けていた。

ゆっくりゆっくりと、いちばんぼしの後部車両と“スターダストメイツ”たち近づいてきてたが、蒔田さんはじっと西の方の山に沈みかけた夕陽に向かって走る列車をみつめていた。
完全に車を停車させホバリングも解除すると、蒔田は突然おとなしくなり黙りこんだ。
どうやら自分たちのおかれた状況を理解してくれたみたいだ。
「もしかするとあの業者たちは裏で強力なコネとかあるのかもしれませんね」
いちばんぼしは、ゆっくりと車の脇をすり抜けていく。スターダストメイツたちの一団も。
たしかにこうしてみれば、パレードの一群にみえないこともない。
遠ざかっていく光の塊を眺めていると、助手席の蒔田が居住まいをただした。
「よし。出発だ。江田くん、なにしてるんだ。はやく車をださないか」
眼が脂っぽく輝き、正面を見据えている。
「なにいってるんですか? セキュリティ・ポリシー呼ばれちゃいますよ」
「あの星乗員は、横付けして物品を販売するなといったんだ。ここは公道だ。列車の後ろを走ってなにがわるい」
「そ、それは完全に屁理屈じゃないですか」
「まだたったの2万だぞ! トランプひとつ売っただけじゃ赤字なんだよ! いいから、とにかくいちばんぼしの後をつけるんだよ!」
助手席でジタバタと動きはじめていた。
「ぜったいに、儲けるまでは帰らない! 早く車をだすんだ!」
「だめですって! セキュリティ・ポリシーに捕まりでもしたら、それこそ本当に人生の夏休みいや、人生の冬休みになっちゃいますよ?」
「いいからぁ! 出発するんだよぉ!」
蒔田が再び、地団駄をふみ、ハンドルに手を掛けてたときだった。
いちばんぼしが10m前方で突然停車した。
「あ……止まった」
車両を縁取った電飾は消灯し、スターダストメイツのヘッドライトだけが彷徨うように薄暗くなった周囲に光を放っていた。

「あ、あれ?」
動力室全体の灯りが急に消灯した。
暗闇に包まれた室内で豊川さんの声だけが活き活きと響く。
「なにこれ? 演出ぅ?」
「あ、あの……」
次に獅雷さんの恐縮しきった声がした。
「ど、どうやら、蓄電されている電力も使い果たしまして……、その……停電しているようでございまして」
「え! 電車は?」
「はい。さきほど緊急停車いたしました」
「だ、ダメだよぉ! 電力とめちゃったら人力電力じゃなくなっちゃうじゃない! そ、それはコンプライアンス的によくないよ」
「も、申し訳ございません」
「う、うんスグに動かそう! ど、どうすればいいの?」
「は、はい、あの、全員をブースに戻しまして、稼働させれば解決するかと思います」
「ああそうなの?」
「よろしいでしょうか?」
「かまわないですよ。ドンドンやっちゃってください」
「ぜ、全員、配置にもど、いや配置につこう」
獅雷さんが静かに指示をだした。

次回 09月07日掲載予定 
『 いちばんぼし10 』へつづく

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