河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第64話『 いちばんぼし 10 』

──エマージェンシー エマージェンシー
いちばんぼし 電力系統に重大インシデント発生 内部電源 完全に放電 エマー……

「お、おい、緊急放送まで途中で切れたぞ!」
誰かが叫んだ。しかし、動力室内にはひとすじの光もなく、声の主がわからない。
そういえば緊急連絡エマージェンシーコールが入っているのに、緊急点灯パニック フラッシュすらないのは異常だ。
本当にいちばんぼしの蓄電が底をついてしまっのだろうか。
「非常灯とか、ねぇのか?」
「そんなにカッツカツなのか? いちばんぼしの電力ってのは」
みんなが口々に愚痴を漏らしはじめた。
「もしかすると、残業かなぁ」
耳元で田坂さんも呟く。
「今日は行きたいお店があるんだよなぁ」
若干、他の人達とは観点が違うようだけど。
「お、お店ってなんですか?」
「うん? いやあ次の停車ポイントの近くに、いいかんじの銭湯があるんだ」
そういえば田坂さんは、ご当地のサウナや銭湯を巡るのが趣味だと以前にいっていた気がする。
「み、みんな! 慌てるな! 暗闇がなんだ! 稼働だ! こんなの朝飯まえだろ?」
獅雷さんも動揺しているのか、声がひときわ大きくなっている。
「僕の話が長かったせいかなぁ」
豊川さんの声には恐縮しきった響き。
「違います! 自分の管理不足のせいです!」
非常時にも処世のための配慮を忘れない獅雷さんは、やはり高度なプロフェッショナルだ。
「なんなら、僕も手伝おうか?」
「え!!」
「ボケーっと黙って立ってちゃダメでしょぅ? どこ? どこに座れば発電できるのかな?」
「と、豊川さん、動くと危ないです!」
「うぅぅん、いいのぉ。遠慮しないでぇ」
ブースの発電機材コードは入り組んだ配線になっている。慣れてないと足を引っかけ──
「ぅああぁぁぁ」
豊川さんの悲鳴。
「しゃ、社長大丈夫ですか!」
「うぅぅんん、なんか引っかかったよ」
「だ、誰か! 20Wでいい! とにかく発電してくれ! 灯りがないとムリだ!」
獅雷さんがついに取り乱した声をあげた。
「わかりまっ…あっ! ぁぁぁぁ」
「うぎゃああ」
弾けるように動力室内中にパニックが拡散し、あたりに悲鳴が飛び交う。
みんな、慣れているはずなのに。
「た、田坂さんのブース貸してください!」
「マイトくん、なにするつもり?」
「まずはこの部屋の光源を確保します!」
田坂さんのブースはこの動力室用の電力にもつながっていたはずだ。田坂さんの肩づてにサドルの位置を探す。
手の平に触れたTシャツは、じっとりと湿っている。
「ご、ごめんよ、汗かいてて」
「大丈夫です!」
肩につかまり、手探りをすると指先がサドルにあたった。
「あった!」
よし、行ける。
「獅雷さん! 大南ダイナンマイト! 稼働再開します!」
「ま、マイトか!? やってくれるのか!」
「はい! 行きます!」
ブースのスタンドに固定された車体が軋むほど、全力でペダルを踏み込んだ。
前後輪が回り出すと、タイヤに接しているローラーの回転がイッキに“テラエアロタービン”へ伝わり、シュゥィィィィィィィィィィィィィィンと爽快な駆動音と共に目を醒ました。




「は、ハルノキくん、どぉーこぉー!?」
「ここです」
「どこぉー? 暗いよぉー、怖いよぅー」
花火大会の迷子か。
「落ち着いてください」
「だ、だってぇ、なんで急に電気消えたの?」
「知りませんよ。停電じゃないですか」
外はすでに日没しており、車内は完全な暗闇につつまれていた。テーブルの正面に座っているはずの、まもるさんの顔もみえない。
「は、はやくご飯を食べて、それからお風呂にもはいらなきゃなのに」
「まあ、そのうち復活するんじゃないですか? こんなに豪華な列車ならそれなりの設備があるでしょうし」
「ほ、ホントに?」
まもるさんが、すがるように手を握ってきた。
「や、やめてもらえますか」
「だ、だって不安だから」
「いや、ホントに迷惑です。ていうか、なんでそんなに手、湿ってるんですか……」
「だ、だってぇ、暗いの怖いんだよぉ」
まもるさんが、さらにディープに絡めらめてきたとき、突然、手元が青白い光で照らされた。
「あっ」
ライトを持った、3人組が立っていた。
「す、すみませんお取り込み中」
それぞれが手にしているライトを、別々の方向へそらした。
「いや、違うんです」
変な気を遣わないでほしい。
「ま、まもるさん、離してください。誤解されるじゃないですか!」
「そ、そんなこといわないでよぉ」
さらに力を込めて手を握ろうとしてくるのを振り払った。
「本当に違いますから! あ、あれ?」
暗がりにあらわれた3人は、みな似たような格好をしている。
ところどころ、ドット柄のように穴のあいた白いシャツ。首元には色違いの蝶ネクタイ。ぼろきれのような、ジャケットの襟の部分だけを首から提げたファッション。
も、もしかすると“ハイソサエティ”な乗客というやつだろうか。
「まあ、とにかく、お二人の邪魔をしてはいけませんね、行きましょうか」
ひとりが、食堂車の通路を先へ進もうと呼びかけるようにライトをくいっと前に突きだした。
誤解されたままなのは非常に気まずい。
「あ、ちょ、ちょっと、あの、みなさんどちらへ行かれるんですか?」
「いや、この停電。文句のひとつでもいってやろうと思いましてね、でも、車掌がどこにもいなくって」
他の2人も頷いているようだ。
「それで列車内を探し回っているんですが、どこにいったらいいのやら……」
「そ、それなら、動力室かもしれないですぅ」
「動力室というのは?」
「う、うむ。いちばんぼしの奥に、入れない部屋があったのだよ、ねぇ、ハルノキくん」
「それは興味深い。もしかしたらそこでトラブルがあったのかもしれない。いってみますか」
3人が顔を見合わせた。
「ボクもいってみたいです!」
「そうですか? それじゃあみんなで行ってみましょうか!」
1人が歩き出すと、まもるさんまでつられて歩き出した。
「なにをしているんだい! ハルノキくんも行こうよ!」
そういって、手を差しだしてきた。
本当にやめてほしい、さらに誤解されてしまう。




「フンッ、フンッ、フゥゥゥン」
非常灯だけが点灯した動力室内に、豊川さんの荒い息づかいがこだましていた。
「ふぅぅぅぅぅぅん」
力を込めている様子はつたわってくるけど、豊川さんのペダルは1ミリたりとも動かない。
「と、豊川さん、自分代わります! ムリなさらないでください!」
「ぃいや! 僕の責任だから、もうすこし、もうすこしだけ頑張らせて! ぅうみゅうぅん」
豊川さんはサドルにまたがったまま、奇妙な呻き声をあげた。
『伊藤くん、伊藤くん、聞こえるか?』
奇声を発している豊川さんを眺めていると、本部からの無線脳内音声ダイレクト音声こえが届いた。
「はい。こちらアテンダー伊藤です」
こちらも脳内音声で返す。
『状況を報告してくれないか』
良く聞いてみると音声こえは、係長ではなく、“カカリチョウ”のものだった。
もうそんな時間なのか?
視野内の時計をみると、すでに18時を過ぎていた。本部の方では引き継ぎの時間だ。
日勤の“係長”に代わり、夜間は“カカリチョウA・Pアシスタント・プログラム”が指揮を執る。人件費削減というヤツだ。
『いったい、なにが起きているんだ』
人間生身の係長に行うよりも、アシスタントプログラムに説明を行う場合は、より論理的ロジカルに行わなければいけない。
「社長が来車され、停電発生。いちばんぼし、停車予定駅手前で立ち往生しています」
脳内音声で返答をつづける。
『……ぱ、パードゥン?』
なぜそこだけ英語になる。
こういう古くさい天然ボケのような演出が、突如として笑いを誘ってくるから、旧式のプログラムが上長になるときは油断ができない。
「あ、あの、豊川社長がお見えになりまして、停電が起きまして……」
『伊藤くん、すまないが説明はもう少し論理的に頼む。“年寄り”には理解が難しい』
「わかっていますが、事実です」
カカリチョウは、いまだに旧世代のアシスタントプログラムだ。“社長がトラブルを起こした”という推論を導けるほど、性能が高くない。
『社長と停電が結びつかないんだよなぁ』
社長のせいでトラブルが起きたとはいいにくい。だが、それを省けば上長への報告が論理的に破綻してしまう。
どうすればいいんだ。板ばさみジレンマじゃないか。
『もしかして、虚偽の報告をして職務を遂行していなんじゃないのか?』
「違います! 現にいま社長と一緒にいます」
脳内でこたえながら、豊川さんのほうに意識を戻すと、まるで音楽に陶酔する指揮者のように頭を振り乱していた。
「うみゅゆゆっ!」
ひときわ大声で奇声を発して、豊川さんがサドルから床に転げ落ちた。
「しゃ、豊川さん! 大丈夫ですか!」
「うみゅゆ ……」
『ど、どうした!』
「社長が倒れました!」
『な、しゃ、社長、倒れた!? なにをしているんだキミぃ! 減給を申請するぞ!』
判断が非人道的で短絡的だ。
「いや、違いますって! とにかく、豊川社長を医務室へ運んだらまた連絡します」
脳内音声を拒否ミュートに設定した。
豊川さんは、人力電力の社員達に囲まれていた。大変だ。ど、どうすればいいんだ?
「お、おい! アテンダー! 豊川さんを医務室へ連れて行くの手伝ってくれ!」
「は、はい!」
こんなときに先輩はなにをしているんだろう。




ピィッィィィィィィィィィィィィーーーーィ。
まただ。
「だからムリですって」
「大丈夫だ! いける!」
「いや、あの星乗員ぜったいこっち見張ってますって!」
先ほどの星乗員が先頭車両から、まだ身を乗り出してこちらを窺っていた。
「いいから、もういちど近づいてみるんだ。いいか江田くん。人が本当に負けるとき、それはどんな時だとおもう? あきらめたときだ。それまで、人は何度でも立ち上がれるんだ」
蒔田さんがまくし立てる。
剣幕に負けて、アクセルを踏んだ。
ホバーカーの車体が少し進──

ピィッィィィィィィィィィィィィィ。

即座にホイッスルを鳴らされた。
「ほらぁ」
「く、くそぉ……」
さっきから一定距離に近づくと、必ずホイッスルを鳴らされている。
いちばんぼしに、近づけないよう見張られているとしか思えない。
「アイツ、絶対に暇だろ! あそこでオレたちの車をずーっと見張ってるだけだろ?」
「それもお仕事なんですよ。蒔田さん、もう帰りましょうよ」
「いいや、ダメだ。試合終了までは、あきらめちゃダメだ!」
「いや……、それなら、もう何回も終了のホイッスル鳴ってると思うんですが……」
「そんなにネガティブな思考でどうする! あれは、試合再開の笛かもしれないだろう。さあ、もう一度。ネバーギブアップだ」
「わ、わかりましたよ」
前方、数十メートルところに停車した、いちばんぼしの最後尾に向かってアクセルを踏んだ。




「いくぞ! せーの……く、だめだ重てえ!」
「な、なんでこんなに重たいんだ!?」
数人で担ぎ上げようとしたが、豊川さんは持ち上がらなかった。
見た目は細身なのに。
「うぅぅん」
「と、豊川さん大丈夫ですか」
「は、はい」
「あ、あの豊川さん。大変失礼なのですが、なぜかお身体が大変、お重たいようなのですが」
獅雷さんが変な敬語を使っていた。
「うぅ、うん。僕、き、き、鍛えてるから」
「はぁ?」
何人かの声が重なった。
「ぶ、ブーツと、く、鎖かたびら……」
「ブーツでございますか?」
「う、うん……」
「し、失礼します!」
断ってからブーツを脱がせた。
もの凄く重い。
足から離したブーツを床に放ると、ゴスンと物々しい音がした。
さらに、上着をめくると胴体には、鋼鉄製と思われるチェーンが巻き付けられていた。
こ、この人、もしかするともの凄くバカなのだろうか。
「こ、これ、脱げますか」
「う、うううん、や、やだぁ。鍛えてるから」
そういって豊川さんは、身をよじる。
「お、おい! アテンダー、早くしろ!」
「そ、そんなこといっても……」
目上の人間の服をはぎ、鎖かたびらを脱がせるなどという行為をどうやって迅速に行えというんだ。しかもこんなに嫌がっているというのに。
豊川さんはさらに激しく身をよじった。
そのとき動力室の扉からドンドンと音がした。
「すみませーん」
外から声がする。
「誰かいないのか! ここを開けてくれ!」
さらに激しくドアが叩かれる。
「ま、まずい。乗客が文句を言いに来たのかもしれない」
獅雷が狼狽しはじめた。
「おーい!」
外の声がどんどん大きくなっていく。
「アテンダー! 豊川さんを連れて逃げろ!」
「えっ!?」
「社長がこんなところにいたら、責任を追及されるかもしれないだろ? そこの後方ドアからなら外へ出られる! 早く!」
「し、しかし、豊川さんのお身体は重くて……」
「うぅん、そうだね、ちょっとマズイかもしれないね」
豊川さんはそういいながら、すくっと立ち上がった。あっけにとられた一同を一顧だにせず、ブーツを履く。
「うん。そうだった。僕、今日は本部に戻って会議があったんだよ。もうこんな時間じゃないか、一刻も早くも戻らなければ。伊藤くんだったかな。案内を頼む」
すたすたと後部ドアの方へ歩き出した。
「ア、アテンダー! お供するんだ!」

次回 09月14日掲載予定 
『 いちばんぼし11 』へつづく

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