河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第65話『 いちばんぼし 11 』

食堂車までやってくると、光に反応してカウンターの奥で何かが動いた。
まもるさんがビクリと足を止める。
「ちょっとあんた!」
しかし先を歩くハイソサエティな3人組はひるまずに声をかける。
「いちばんぼしの関係者か!」
暗がりの先で顔面を容赦なく白い光で照らされていたのは真っ白なコックコートの男。
「い、い、いや、わたしは、そのよくわかりません!」
純白の生地がライトの光を反射する。
「ほんとう、かぁ?」
先頭のひとりはだんだん怒りの温度が上がってきたようだ。
金を持っている人間というのは、こんなヤツばかりなのだろうか。
「わ、わたくしは、“ひとつぼし”のシェフでございます。列車の運行については、よく存じておりません」
シェフは手に持っていた箱を食堂車のカウンターの上へおき、帽子をとった。恐縮というよりも、怯えきった様子だ。
「ダメだ! もっと奥へいってみよう!」
3人は再び歩き出したが、まもるさんの視線はシェフがカウンターに置いた箱の方に釘付けになっていた。
「う、うむ。キミ、このじゃがいも美味しそうだね」
この暗闇でも食べ物を識別する力だけは落ちないのだろうか。
「は、はい? あ、ありがとうございます。スターダストメイツの地元農家の方から仕入れて参りました」
「す、スターダストメイツぅ?」
まもるさんが、初めて聞いた言葉を反芻する幼児のように首を傾げた。
「は、はい。いちばんぼしの周辺をきら星のカケラのごとく駆け巡り、いちばんぼしをサポートしてくれている皆様です」
「そ、それってもしかして、外を走っている業者集団のことですか?」
シェフがこちらをみた。
“いまさら何言ってんだコイツ”とでも言いたげにぼんやりと頷いた。
「地元で取れた新鮮な野菜を毎日届けてくださるんです。……それにしても、参りましたね。ディナーメニューの、子羊シャトーブリリアンテ アルティメットガーリック 香草焼きの付け合わせにぴったりな野菜を用意していたのですが……停電ではなんともできないですよね」
「な、なんだね、それはとっても美味しそうじゃないか! うむぅん!」
「ま、まもるさん、いまの話、食いつくのはそこじゃないですよ」
「なにをいっているんだぃ! こんなに美味しそうなものを食べれないなんて! これは一大事だよ! うむ!」
この人は、文字通り食べ物の話にしか食いつかないのだろうか。
「こうしちゃ居られない! ボクたちも早く動力室へいこう!」
まもるさんが猛烈に走り出す。
「あ、あぶないですって!」
ムダにフローラルな香りを残して走り去って行く背中に向かって叫んだ。
「うきゅがあっぁぁぁぁ」
ほらみろ。
「ハルノキくん! 痛いよぉぉぉ!」
密閉されたスペースで絶叫するおっさんにどんな声を掛けてやればいいんだろう。
「ハルノキくぅぅぅぅぅぅん!」
すっかり忘れていたが、この人は、まがりなりもヒーローだった過去もあるというのに。なぜ人に迷惑ばかりかけるのだろうか。
「うっぐうぐぐ、イダイ゛ィィィ」
「お、おい、大丈夫かね」
騒ぎを聞きつけたのか、先ほどの3人組が戻ってきてくれた。
「あ、あれ?」
3人組は4人に増えていた。
「そ、そちらの方は?」
「ん? ああ、わたくし、加藤と申します。フォッホ、こんな格好ですみません、フォホッホホホホ」
加藤と名乗った男は、小さく頷く。手触りの良さそうなバスローブがライトに照らされ、白さが際立っていた。
妙に籠もった奇妙な笑い声は、広い額にちょびひげ、名のある大名のような顔をした加藤に妙にマッチしていた。
「加藤さんは、いちばん風呂を待っていたところで停電に巻き込まれたそうだ。災難でしたな」
「いやぁ、今週はわたくしの車両が、いちばん風呂の1番目だったんで、張り切ってみたんですけどね、フォッちょっとね恥ずかしいなぁ、フォッホホホホ」
「加藤さんも、文句いってやりましょう! この奥が動力室みたいなんです」
「フォッ! 動力室?」
「ええ。こちらの2人がいうには、動力室はアテンダーに案内されなかったそうんです。きっとなにか秘密があるに違いない!」
「フォッホッそうか。わたしね、何回もいちばんぼしに乗ってますが知らなかった。フォッホホホ」
「加藤さんはいちばんぼし、何度目になられるんですか?」
「ええ、5回目になります。2年ぶり5度目ですねフォッホホホ」
「な、なんと! わたしたちなんて、まだたったの3回ですよ!」
「こっちは2回ですよ。上には上がいるもんですなぁ。ははははは……」
ハイソサエティな集団が“卑下自慢”をはじめた。謙遜して自分を卑下しつつ、相手を褒めつつ、最終的に自分自慢をする姿は、端から見ているととても寒々しいものにみえる。
それにしても、いちばんぼしに乗ることは、金持ちにとってこれほど高いステータスなのか。
「それで、そちらの、お2人は?」
加藤がこちらに視線を向けていた。
ライトの光もついてくる。
「は、初めてですぅ!」
「なんと! 初めて! ファーストいちばんぼし! そんな記念すべき乗車で停電とは……。是非! あなたから文句をいうべきだ!」
「ぼ、ボクですかぁ?」
まもるさんが、ライトを照らしてくる4人を交互にみていた。
「そうですよ! そこの動力室のドアを叩いて文句いってやりましょう!」
4人に促され、まもるさんが“動力室”とかかれたドアを叩き出した。




「なにしてんだよアテンダー、豊川さんをアテンドしろ! 仕事だろ!」
「は、ハイ!」
そうだ。僕はいちばんぼしの星乗員だ。こんなトラブルに動じて大切な任務を忘れるわけにはいかない。
「社長! ドアはこちらです」
「だぁからぁ、社長っていっちゃヤーダって」
「も、申し訳ございませぇん!」
豊川さんの先へまわり、動力室の後部ドアを開いた。辺りはすっかり夜の景色だった。昼間の運行で臨空第五都市からはだいぶ離れたが、見渡すかぎりの広野の向こうには、まだかすかに臨空第五都市のビル群がみえた。
「豊川さん、どうぞこちらへ」
まるで屋敷の抜け道から殿様を連れ出す家臣にでもなったような気分だった。




「よし、いったな」
開け放たれたままの後部ドアを、獅雷さんが鋭く見据えていた。動力室のわずかな明かりの中でもわかるほど見事な金髪が、まさに獅子のような雷のような、神々しい印象を与えてくる。
「すみせーん! 誰かいないんですかぁ!」
前方ドアの向こうからは相変わらず、ドアを叩いている乗客がいる。
(おいおい、どうすんだよ)
(俺たち、関係ねーよな)
(そうだよ、そろそろ退勤の時間だぜ?)
みな息を潜めるように、首を縮めて話だした。
「よし、それじゃあ、あれだ、今日の残業希望者はいるか?」
獅雷さんが全員を見渡し、促すように自ら挙手してみせた。だが、誰も手を挙げるものはいなかった。
「なんだよオマエラ、いつも我先に残業してぇって騒ぐじゃねえかよ」
「し、獅雷さん、きょ、今日は、俺、用事があんだよ」
「お、俺もっす!」
「自分もぉ……」
みんなが口々に帰宅の意思を告げていく。
「おいおいおい、オマエラ、いちばんぼしの電力はどうすんだよ! 今もそこまで乗客が文句いいにきてんだぞ? それにいま降りていってもな、社長がそこにいるんだぞ? 後ろから追い抜いてさっさと帰るところ見られたら印象わりぃだろ? な? 残業してけよ、みんな」
まるで、年端のいかない弟をなだめるような口調で獅雷さんが語りかけてくる。
(でもさ、ぶっちゃけ関係ないよね、僕たちさ、派遣なんだし)
田坂さんが、耳打ちしてくる。
(乗客からのクレームも怖いしねぇ。マイトくんも帰るよね? よかったら、銭湯行く?)
「それでもオマエラは人電の人間か!」
「俺たち、派遣なんで関係ないっすよ」
獅雷さんの側にいた誰かが口火を切った。ここ最近、稼働しはじめたメンバーで名前はわからないけど、かなり意思の強そうな顔をしている。
「なっ! だ、だって、おまえ、勤務中はみんな人力電力のメンバーじゃねえかよ!」
「もう18時過ぎてるんで、勤務時間じゃありません。すみませんが、お先失礼します」
頭を下げ、自転車をブースから取り外し、ひとりが外へ出ていくと、堰を切ったように帰宅しだす人達がではじめた。
獅雷さんをはじめ、数人の社員達を残し、ブースが空になっていく。だ、ダメだ、このままじゃ、いちばんぼしの復活に必要な電力をまかなうこともできない。
「あの、獅雷さん! 大南、残業希望します!」
「ま、マイト! 残ってくれるのか!」
「はい!」
「ま、マイトくん!?」
「みなさんも、派遣会社に連絡して残業しませんか!」
呼びかけてみたが、大半はもう車外へ出ていた。田坂さんと目が合う。
「ま、マイトくん、だ、だだってぇ──」
ドンドンドンドンドンドンドン
ドアを叩く音が激しくなった。
「電力の前にうるせえ客を黙らさねえとだな」
獅雷さんが小さく舌打ちした。
『開けてくださぁーい! ボクのおいしいご飯と、いちばん風呂を返してくださぁーい!』
「結構、めんどくさそうなヤツがいるな。おい、サル。ちょっと説得してこいよ」
いきなり話を振られて社員の猿渡サルさんがとまどっていた。いつもは柔和な表情でいる印象だが、いまは額が油汗でテカってみえる。
「い、いやぁちょっと、ぼく、自信ないです」
「おまえ、得意だろ? ああいう客」
「そ、そうなんですけど、なんか、あのお客さんはスゴク、切羽詰まってるというか……」
「あ゛? それを切り込んでくのが、俺たちの役目だろ?」
「そ、それなら、獅雷さんのほうが……」
「俺は電力を確保するほうに頭を回さねえと」
『ボクのぉぉ! ご飯んんんん』
いよいよ、ドアへの衝撃が看過できないものになってきた。乗客がかなりヒートアップしているようだ。
「あの……獅雷さん……。大南、対応してみてもよいでしょうか?」
「マイト? ……マジか?」
「はい。ひとつだけ、考えがあります」





「江田くん! 見ろ!」
助手席で蒔田さんが跳ね起きた。
「いちばんぼしの後ろから人が出てきた!」
食い入るようにフロントガラスにへばり付く。
「あ、あの、車、汚れると返すとき大変なんで……」
「小さいことを気にするな! よく見てみろ! あれ、いちばんぼしに飛び乗ったVIPじゃないか?」
「えっ!? ていうか、蒔田さんこの暗がりでよく見えますね」
「キミは、非常時に備えてimaGeに暗視遠視アプリとかいれていないのか?」
「え、遠視はいれてますが、暗視は、あんまり使わないので……」
暗視ゴーグルを日常で必要とするのはどんな状況シーンだろう……自分には、セクシャルでイリーガルな用途以外の高尚な使用用途を思い浮かべることができない……。
「よし! チャンスだ! 江田くん!」
「は、はぁ? まだいいますかそれ?」
「ネバーギブアップだと教えただろう!」
「いいかげんギブアップしましょうよぉ」
「いや、まて、おい! 江田くん! こっちに手招きしているぞ!」
「先頭の星乗員もそれで近づいたら、文句いわれたじゃないですか」
「えええい、もういい!」
「あっ、え!?」
蒔田さんが勢いよくドアをあけ飛び出していってしまった。
笛はならない。
く、車じゃないから近づいても問題ないということなのか。
「ちょ、ちょっと、えぇそんな単純なことなの?」
しかし、暗がりでVIPに向かって突進していく男は通報されてしまうのではないか、止めた方がよいかもしれない。いや、共犯にされるくらいなら止めた方がマシだ。
運転席のドアをあけ、蒔田さんを追いかけた。
「ま、まきたさん!」
しかし、蒔田さんは猛烈スピードでVIPの元へ走りよる。
「だ、だんなぁぁ! 何かご入り用ですか!」
丁稚奉公というよりは、討ち入りする侍のような野太い声だった。
やっとのことで追いつくと、たしかに先ほど列車に飛び移った男と、星乗員の制服をきた男に蒔田さんがもみ手をしていた。
「いちばんぼしから、わざわざご足労いただきまして、ささっ! なに、差し上げやしょう?」
「ううん、とりあえず、車に乗せてくれるかな? 街に戻りたいんだ」
うねった黒髪のサングラスが、こちらを真っ直ぐにみていた。
「へい! そりゃあもう! 地の果てでもお供いたしやす!」
「そう? うん。じゃあ頼むよ。もうね、太ももとかガックガクだから、ガックガク」
「ちょ、豊川さん、この2人、例の2人組じゃないですか?」
「うぅん? あぁぁ、もしかしてぇ、無許可の人達ぃ?」
「む、無許可と申しますと!?」
蒔田さんが全力で、すっとぼけはじめた。
「あなた方は、スターダストメイツではございませんよね?」
「い、いや、あの、そうなんですか!?」
「とぼけてもダメですよ!」
星乗員がもの凄い剣幕で豊川と蒔田さんの間に割ってはいってきた。
「豊川さん、この2人の車に乗るくらいなら、少し離れてますけど、向こうの正規メイツたちをよびましょう!」
「うむむむぅぅぅぅ……」
豊川が眉間に深い皺を寄せ、こちらをじっとみつめてきた。

次回 09月21日掲載予定 
『 いちばんぼし12 』へつづく

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