河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第66話『 いちばんぼし 12 』

「スターダストメイツに加盟もせず、豊川さんを車に乗せるなんて許されません!」
割り込んできた星乗員は一歩も引かない。
歳は自分とそんなに変わらないようだが、なんて強気な眼差しなんだ。
「スターダストメイツのみなさんと“TYPR”がどれほど長い時間をかけて、ズブズブの関係を築いてきたか、おわかりですか?」
「ず、ズブズブっていうのはつまり、な、なぁなぁの関係ということで?」
「なぁなぁ、なんていう薄っぺらい関係ではありません! 互いをおもんばかる“見て見ぬ振り”、“持ちつ持たれつ”、ギブアンドテイクの精神が介在する、崇高な絆です! にわか業者の入り込む余地などございません!」
「そ、そんなに、不健全な関係だとは……」
蒔田さんが押されはじめていた。
星乗員はまっすぐな瞳で睨みつけている。
「わ、わたくしどもは、しがない洋品店で……なにも知らずについてきてしまっただけでございまして……」
「なにもご存じない?」
星乗員が睨みつけてきた。
「は、はい」
「ウソですね」
「そ、そんな……決めつけは……」
「あなたは、スターダストメイツという言葉を聞いて、眉ひとつ動かさなかった! 普通に考えてスターダストメイツなんていう、恥ずかしいネーミングに反応しないはずがない! つまり、あなたは、すでにスターダストメイツの存在を知っていたということだ!」
星乗員が蒔田さんを指さす。
め、名探偵のような推理と動き。
「……ねえ、キミ、イ、イトウくんだっけ?」
豊川が重い口調で声をかけた。“名探偵”の名前はイトウというらしい。
「は、はい! 覚えていてくださったんですか!? こ、光栄です」
「ひどいじゃないか!」
イトウに対し烈火のごとき、怒りをほとばしらせた。
「えっ……」
「ス、スターダストメイツが、恥ずかしい名前っていうのは、どういうことだい!」
「そ、そんなつもりでは」
「僕が一生懸命考えた名前なのにぃ!」
イトウが口を開けたまま固まった。
「家族も同然のメイツさんたちを、恥ずかしいと感じているの? それは、お父さんやお母さんを辱めるのと同じことだよ。ねえ? ひどいと思いません?」
豊川が、蒔田に向かって問いかける。
「はい。少し……酷いのではないかと……」
蒔田さんは神妙な面持ちで応えた。
なんという、変わり身の早さだ。
「ですよねぇ、ほらぁ! わかってるなぁ」
「恐縮でございます」
蒔田さんが中腰になり、いわゆる“蹲踞そんきょ”の姿勢を取った。
「僕ね、そういう理解のある人には好感もっちゃうなぁ。うん。無許可とか関係ないんだと思う。“メイツ”の心、“メイツマインド”があればそれでいいとおもうんだよね! 大切なのは人の心でしょ!」
「と、豊川さん……」
蒔田さんは、まるで娘の彼氏にはじめて話しかける父親のような慎重な口ぶりで語り出した。
「わたくし、恥ずかしながら、いちばんぼしに惚れました! もっと、そばにいたい。その一心でございます!」
「そうなのぉ? アツイなぁ。そういう人のぬくもりみたいなのって、やっぱり大事だよね」
「恐縮です! お役に立ちたい一心で車を横付けにいたしました……お騒がせして申し訳ございませんでした!」
突然、地面に突っ伏した。
「あ、いぃんですよぉ。僕もついカァッーとなっちゃって」
「いいえ、元はといえば、わたくし、蒔田が招いたトラブル、ここは、責任を取ってなにかお役にたてればと……」
蒔田さんが地面に伏したまま、口ごもる。
「んん! なんて気持ちのいい人なんだ、うん! 決めた!」
豊川が大きく頷き、ゆっくりと右手を差しだしてきた。




「すみまっ、せぇーーーーん!」
まもるさんが動力室のドアを叩き続けている。
「誰もいないみたいです」
「フォッホ、よく考えてみたら、動力室に人間がいますかねフォッホホホ」
たしかに。
動力を発生させる場所に人間の介在する余地があるのだろうか。
制御監視のためにわざわざ人がつめている必要なんて……でも、今日の昼間まもるさんのトランプを受け取るために空を飛ばされたとき自転車に乗った人間が入っていくのをみた。
「は、ハルノキくんも、呼びかけてみてよ。う、うむん?」
「いや、自分はいいです」
「そ、そんな冷たいこといわなくてもいいじゃないか!」
「そうだよ、キミ! 加藤さんなんて、バスローブ1枚で、ここまできてくれたんだよ」
「フォッホッ、そういえば少し肌寒くなってきましたね」
「それはいけません! 早いところケリをつけないと。よし、こうなったら全員でドアに体当たりでもしてみますか?」
そ、そんな原始的な方法……。
まるで古典的な推理小説。
館の主が朝食に顔をださないときに部屋を覗きにいく集団の常套手段じゃないか。
「ハルノキくんも下がりたまえ」
まもるさんたちが、後ずさりしてきた。ほ、本気でやる気なのか。
「せーの」
まもるさんを先頭に突っ込──
もうとするそのとき、ドアがするっとあいた。
「ぐぎゃうぅぅ」
まもるさんは、勢いあまってそのまま動力室の中へ転がり込んでいった。
「し、失礼いたしました」
出てきた男は室内を一度振り返ったうえでこちらへ向き直った。
暗がりでもわかるほどハデな色のTシャツを着た長身の男だった。
「電気がついてるじゃないか!」
室内からは明かりが漏れていた。
「ズルいぞ! 電力独り占めか!?」
「フォッホ! ず、ずるいぞぉ」
突然、加藤が男につかみかかっていく。
「お、おやめください」
男は軽々と身をかわし加藤の拳を避けた。
「フォッホぉ」
加藤が大股を開いたまま動力室内に転がり込んでいった。
はだけたバスローブの隙間からむき出しになった下半身だけがみえた。
「だ、大丈夫ですか! オマエ、なんてことするんだ!」
「わたくしは、よけただけで……」
「口答えするな!」
「そうだ! こっちは客だぞぉ!」
残された3人が、話を遮り罵る。
なんて醜い集団なんだ。
「説明しろ! 早く電気をつけろ! こっちは高い金はらってるんだぞ!」
ただ自分の要望をわめいているのは、子供と一緒じゃないか。
「わかりました。まずは、状況を説明いたしますので中へお入りください」
男が招き入れるように、右手をかざした。




蒔田さんが豊川を見上げていた。
「と、と、豊川さん……?」
お年玉を貰う直前の子供のような、期待しているのがみえみえの白々しい表情だった。
「わ、わたくしどもを、スターダストメイツに……?」
「スターダストメイツになるための、テストを受けてもらおう!」
「て、テスト?」
「うん、僕ね判断をぜーんぶ、アシスタントプログラムに任せてるんです」
「え、あ、あの、人の心が大事って……」
「握手してみてください」
豊川が右手を振った。
「こ、こうですか?」
蒔田さんは言われるがまま右手を握り返す。
「ちょとまってね。僕の開発した相性診断テストが──」

ブゥーーー

すかさず豊川の右手の辺りでブザー音がした。
「あっ、……不合格」
「え……?」
「うん。ダメ。ブーっていったから」
「え、いや、あの、な、なぜですか……?」
「ぅうん、わからない。そういうのは全部アシスタントプログラムが決めてるから」
「そ、そんなぁ、殺生なぁ!」
「いやぁ残念だけどねぇうん。でもなぁ、もう足ガックガクだしなぁ。とりあえず、街まで乗せてってもらおうかなぁ……どうしようかぁ……」
豊川が腕を組む。眉間に深い皺が浮かんだ。
「お願いですよぉ、チャンスをください! わたくしどもも、このために商品を仕入れておりまして……」
「商品? どんなのぉ?」
「は、はいた、例えば……江田くん、車からなにかお持ちするんだ!」
「え!? な、なにを?」
あの後部座席に、VIPが喜びそうなものなんてはいっているとは思えない。
「豊川さんが喜びそうなものだ!」
完全に丸投げじゃないか。
「チャンスをつかみ取る者は、迷ったりしない! いまこそ教えてきたことを活かすんだ!」
猛烈な剣幕に押され、車に戻る。
ここまでの時間で教えられたことなんて、なにもない。なにを活かせというんだろう。
仕方がないので、後部座席の手前にあった箱を手に取った。

豊川の前で段ボール箱をあけると、中には把手のついたタイヤのようなものが入っていた。
「こ、これは!」
「ま、マッスルコロコロじゃないか!」
「マッスルコロコロですか?」
思わずこっちが聞き返してしまった。
「こんなトレーニンググッズを仕入れているとは……」
「……左様でございます。わたくしども蒔田アクティブ洋品店は、お客様の肉体美から追求することをコンセプトにしておりまして」
蒔田さんがなにかを読み取ったようだ。途端に饒舌に話しはじめた。
「古典的ながら効果的、それでいて場所も取らず、エネルギーも使わないエコロジーな器具を数多く取りそろえております」
「んん! あっぱれ!」
「え?」
「僕、ちょうどこういうのが欲しかったんだ。ほら、鍛えてるから」
そういってシャツをめくり上げた。素肌の上に、く、鎖かたびらを身につけている。
「キミたち、合格! スターダストメイツにしてあげる!」
「ほ、本当でございますか!」
「このシール貼ってくれれば、もう、スターダストメイツ!」
豊川が胸元のポケットから、丸形のステッカーを取り出した。大きな星と、前時代的で丸文字の書体。ポップな色調で“メイツ!”とロゴが描かれている。
「こ、これは……!!」
膝をついたまま、蒔田さんが言葉を失う。
「うん? どうしたの?」
「あ、あの……、……し、しかし、街まではお急ぎとお見受けいたします。途中、剥がれでもしたらそれこそ失礼の極み。街についてからしっかりと貼り付けさせていただければと……」
こ、この期に及んで、ステッカーを貼らない方法を模索しはじめているらしい。
たしかに、あのステッカーを貼った車には乗りたいと思えない。
「うぅん! 大丈夫。僕が発明した特許製法だから、絶対剥がれないから!」
「あ、そ、さ、左様でございますか……え、江田くん! こ、このステッカーをいまスグ、フロントガラスに貼るんだ!」
「え、こ、これ貼るんですか?」
「なんだ! その態度は! 豊川さんがくれた友好の証! 王家の紋章と同じだ! 早く!」
レンタカーだということを、声高に言い出すことができる雰囲気ではなかった。
「ささっ、どうぞ、こちらへ!」
まるで、豊川をおぶって歩き出しそうなくらいの低姿勢で蒔田さんが誘導をはじめた。




「なんだ……ここは」
動力室内には、自転車がつながれた装置が所狭しとならんでいた。
中央には金髪の目つきが鋭い男と周りを取り囲む揃いのTシャツを着た人たち。
「お、おい! マイト!」
金髪の男が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「シライさん、すみません。無断で乗客を招き入れてしまいました。しかし一度この部屋をみていただいてきちんと説明した方がよいと判断いたしました」
「お、おい、アンタが責任者か!?」
シライという男がゆっくりと頷いた。
「はい。わたくしが、人力電力株式会社いちばんぼし電力部主任のシライと申します」
「シライさん? これどうなってるの? この停電!」
「申し訳ございません。社内トラブルによって車内トラブルが起こりまして」
「意味がわからないよ!」
「う、うむん」
まもるさんが呻き声をあげながら起き上がってきた。加藤はまだ床でのびている。
「わかりました。すべて説明いたします」
シライが全員をみわたした。
「この部屋はいちばんぼしの電力をまかなう発電施設です」
「は、発電施設?」
「はい。人力電力は、パーフェクトクリーン ヒューマンエナジーを掲げており、すべて人力で電力の供給を行っております」
「も、もしかして、この自転車で……?」
凄みのある、シライの目がこちらをみた。
「ええ。人力電力社員一丸となって、いちばんぼしの運行のため日々稼働を続けております」
「自転車で発電って……列車が動くわけないですよね」
「いいえ。我が社が開発した強力な発電機が、いちばんぼしの動力であるエーデル・フロートの制御と車体を取り巻く電飾の電源をまかなうことを可能にしております」
シライは口の端をつりあげ、にやりと笑った。

次回 09月28日掲載予定 
『 いちばんぼし13 』へつづく

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