河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第72話『 いちばんぼし 18 』

「江田くん……」
蒔田さんがいつになく真剣な面持ちで、フロントガラスをみつめていた。視線の先には、どうやっても剥がれないショッキングピンクの丸型スターダストメイツステッカー。
「俺たちは、ここで大きく方針を見直さなければなのではないだろうか……」
「い、いま……」
“いまさらですか”という言葉をすんでのところで呑み込んだ。
「銭湯であれだけの金持ち達を魅了した、この話術と胆力と判断力。やはり俺はこんな小さな商売で満足してはダメなんだと思っている」
「……あ、あの、どうされました?」
「蒔田アクティブ洋品店はここでさらに大きく勝負にでようと思う。江田くん、いますぐに仕入れにいこう!」
「商品まだ全然、残ってますよ!?」
後部座席には段ボールが山積みになったままなのに。
「ニブいなキミは。ウチの主力にまだ気づいていないのか? 蒔田アクティブ洋品店はいままさに、バブルを迎えようとしている! さあ、近くの街へ急ごう!」
これみよがしに首を傾げてみせたが、蒔田さんはただまっすぐに前をみつめていた。


30 はれ あさ ミルク!
朝ごはんをたべてきたら、ハルノ
キくんがねていた。
ハルノキくんはとってもくるしそ
うにうなされていた。
きっといじわるしたからだ。
プププププ

「ハルノキ! 足ぃ!」
「は、はい!」
「おら! 返事だけか!」
「は、はい!」
まったく足が動かない。
さっきからナツメさんの手拍子に合わせて上下運動を繰り返しているだけなのに、完全にいうことをきかなくなっていた。
鉛、などみたこともないが、鉛のように鈍く、気怠い重さを感じる。
なんてリアルな“感覚描写”なんだろうか。
アバターの体温も上昇し、体中に汗の感触が広がっている。顔面を下げると『体育館』の床に汗がしたたりおちた。
「リズム! ず、れ、て、る! 裏のリズムまったくとれてねーな」
「う、裏って! いいんすか! 表にだして!?」
「たぶんそれ、違う“裏”だぞ! いいから、しゅ、う、ちゅ、う、し、ろ、!」
叱りも手拍子に合わせて繰り出してくるナツメさんの表情は真剣だ。しかし、足腰はその真剣さに耐えられなかった。
「も、もうダメっす」
全身から力が抜け、床のうえに寝転んだ。
「情けねえな、ぜんっぜんオマエのバイブスがこっちに来ねえぞ」
「な、ナツメさん……にも、バイブス、きょ……きょうゆうされてるんですか……」
「あたりめーだろ、全部共有されるようになってんだよ!」
「そう、っすか……」
ナツメさんの言葉が頭に入ってこない。
見上げた体育館の天井は鉄筋がむき出しで、はじっこにバレーボールが挟まっているのがみえた。なんて細かい描画の施されたステージなんだろう。
「おい、ハルノキ、こっちみろ」
目だけでナツメさんのほうをみ……る!
「な、ナツメさん!」
高校生バージョンのナツメさんだった。
身体が途端に軽くなった。
「だからよ、こういうときだけ、バイブス感じてんじゃねえよ!」
『ドゥーン』
元の“親方ナツメさん”に戻った。
「あっ」
またへたりこんでしまった。
「テメー」
「うぐぐ」
突然胸がいたみだす。
ま、まさか、仮想世界こっちでも、バイブス機能は“強制ON有効”なのか……。
「い、イタイッス」
「オマエが人の容姿に左右されまくって、からだろ?」
「ぐ、ぐぐぐ……」
「そういう態度がこう、脳天にグゥーンってくんだよ、なぁ!」
「うぬーっん」
突き抜けるような痛みがはしった。
「な、ナツメさん、お、落ち着いてください。あ、あの少し、少しだけ休憩したらま、また踊れるようになりますから」
「あぁ!? おどれる? オマエはまだそんなレベルにも達していねえんだよ!」
「あ、あの、いや……ぅぐぅーーーーん」


30 はれ ひる カツカレー
おひるご飯まで、じんりきでんり
ょくのみんなのところに遊びにい
った。
マイトくんもたさかさんもしんけ
んな顔をしていた。
ごはんのあと、さいばんしょから
電話が来た。
江照様がしゅうかんっていわれた
けど、よくわかんないから、はい
!って元気にこたえた!
江照様、どうしたんだろう。


31 はれ よる ビール
じんりきでんりょくのシライさん
という人に、自転車こいでみるか
といわれた。
ペダルをこいでみたけど、ぜんぜ
んこげなくてみんなに笑われた。
いっぱいいっぱい汗をかいたから
お風呂が気持ちよかった。
ビールもとってもおいしくって、
よかった!


1 はれ あさ ミルク
ひさしぶりに、トモイリくんから
れんらくが来た!
TA-GOの新しいやつ、すっご
く興味がある!


2 はれ ひる 牛どん
きのうもじんりきでんりょくにい
った。ペダルがすこしこげるよう
になった!
いっぱい汗をかいてお風呂が気持
ちよかった。
きょうもビールがおいしかった。
もっともっと、ガンバって、いつ
か、もうだしょうとるぞぉ!


3 はれ ひる ステーキ 
きょうはいちばんぼしの屋根の修
理をした。
ホバーベルトをつかって、チョチ
ョイとなおしたら、天才だ!
ってみんなに褒められた!
えっへん!


4 はれ よる ハンバーグ
マイトくんが、遠まわしに、ボク
の口が臭いっておしえてくれた!
加藤さんにみてもらったら、ボク
のお口にニオイ玉が入ってたんだ
って。
とってもらったら、みんなが臭く
なくなった!っておどろいてた!

「ハルノキ。おまえなかなか、上達してきたみてえだな」
ステージ上であぐらをかいた親方が、腕組みしたまま頷いた。
「ほ、本当ですか!?」
曇り空から一筋の太陽が差し込んだような言葉が頭上から降り注いできた。
「まだ足のリズムだけだけどな。だいぶ、バイブス感じられるようになったわ」
は、はじめて、褒められた。
「よし、それじゃ1歳若返ってやろう」
「あ、ありがとうございます! ほ、本当にいいんですか?」
「あぁ、約束だからな。みとけよー」
親方のアバターが一瞬、ボワンとした煙につつまれた。
高校生バージョンとまではいかなくても、いまよりは少し変化が……。
が……。
「どうだ?」
煙が消えると、そこには……。
「お、親方……」
「あぁ!?」
「あ、いえ、でもその、さっきとあんまり変わらないんじゃないかと……」
見た目に変化はなかった。
なにも。
皆無。
「よくみろてからいえ! ここの髪留めの色が違ってんだろ?」
「そ、そんなぁ……あ、あのぉ、ちなみに今のような、ぐ、グラマラスなスタイルになられたのはいつ頃なんですか?」
「あー、高校の終わりくれーにアタシ、いっきに体型かわったからな」
「と、ということは……」
あと、いくつの課題を越えなければならないんだ。少なくとも、10年分くらいは必要じゃないか……ダンス大会前に、高校生バージョンのナツメさんに辿りつくなんて無理だ……。
「おっし、昼飯前に次の課題にうつるぞ!」

毎日、早朝から夕暮れまでレッスンを重ね、課題をクリアしたというのに、ナツメさんの変化は髪留めの色だけ……。
あれだけ頑張ったのに。
次の課題の“肩でリズムをとる”もまた時間がかかりそうだし、高校生バージョンのナツメさんにあえるのは一体いつになるのか。
徒労感と疲労で重たくなった足をひきずり、いちばんぼしの車内を移動していくと、前から妙に浮かれたまもるさんが歩いてくるのがみえた。
「ま、まもるさん?」
考えてみると、この人に会うのも久しぶりだ。1週間くらいまともに顔を合わせていなかった。
「やあ! ハルノキくんじゃないか!」
なんだその爽やかな笑顔は。
「なにしてるんですか? 飯でも食いにいきますか?」
たまにはこの人と飯を食うのも悪くない。
「あ! ボクね、いまから“じんでん”にいくからムリだよ!」
「じ、じんでん?」
「あ、ごめん。“人力電力じんりきでんりょく”のことだよ! みんな、“じんでん”ってよぶんだぁ!」
得意げに鼻を膨らませていた。
「ボクね、今日こそ“もうだしょう”ねらってるから! ご飯はまだいらない!」
な、なんだよ、人がせっかく食事に誘ってやったのに。
「そ、そうですか。暇なんですね」
「ひ、暇じゃないよ! 一生懸命発電してるんだから!」
「ふーん。そうですか」
「は、ハルノキくんこそ、何してるの? 最近全然部屋にいなじゃないか?」
「自分はダンス一直線ですよ。いやもう、ナツメさんからも、九州行くのやめて戻ってこいって、脅されてるくらいですから」
「ふ、ふーん。ぼ、ボクだって、じんでんの人たちにスカウトされそうだもん」
「…………それは良かったですね」
「じゃあ、ボク、ちょっと急いでるから」
「あ、自分も眠いんで全然、問題ないっす」
まもるさんは、すっと隣をすり抜け、一度も振り返らずに歩いていった。

次回 11月09日掲載予定 
『 いちばんぼし 19 』へつづく





「罪を憎んで人を憎まず……、人類みな兄弟……、同じ穴のムジナ……」
「ト、トキタくん、さっきからどうしたんだい?」
「ハッ、し、失礼をいたしました。こ、これから訪れる場所に対する考察を巡らせておりましたら、つい」
「更生施設といっても怖がる必要はないよ! なんたってボクはヒーローなんだからね!」
純平殿は分厚い胸板を拳で叩いた。
なんと頼もしいお方だろうか。
「申し訳ございません。わたくしもかつては他人ひと様に迷惑をかけて生きておりましたため、どうしても……」
「いろいろあったんだね。トキタくんも」
「ここにこうして居られるのも、すべてはまもるさんを初めとする、皆々様のおかげであります。だからこそ、わたくしは、ヒーロースーツを手に入れ、世のために貢献したいと思っております」
「うん! まっすぐでイイ眼だ! よぉしそれなら、絶対にヒーロースーツを手にいれなきゃだね! 行こう!」
純平殿に手を引かれ、更生施設の中へと足を踏み入れた。


陰鬱な雰囲気を想像していたが、内部は想定外に明るく、静謐であった。
「この階段を降りたところに制作所がるんだよ!」
純平殿は臆せずに階段を降りていく。
なんと頼もしいお方だろうか。
一段、また一段と階段を降りていくと、次第に喧噪が伝わってくる。
地下のフロアには、沢山の人が詰め込まれていた。みな慌ただしく動きまわっていらっしゃる。
なんと、勤勉な姿だろう。
「ヒーロースーツの担当部署はこっ──」
「オラ! 新入り! テキパキ動けよ!」
純平殿の声を遮るように、怒声が飛んだ。
声の方向をみると、そこには1体の古めかしいロボット。
『アデデデデ、なんだよこの関節……』
ロボットは身動きするたび、関節中から軋んだ音をたてる。ギ、ギギギと鈍い音がまるでロボットの悲痛な心情のように感じられた。
「ささっとしねえと、電源切るぞこのやろう!」
怒鳴り声をあげた男がロボットに近づく。
『や、やめろ! 人間の分際で! お、おれ──』
ロボットは突如動きをとめて床に崩れ落ちた。
「あ、あの! もし!」
「だ、ダメだよ! トキタくん!」
純平殿に制止された。
「見学は歓迎されているけれど、中のことに干渉するのはいけないぞ!」
「し、しかし、あのロボットが……」
「きっと、なにか不正を働いたプログラムだね。そういうプログラムはああやって、旧式の“肉体”を与えられて罰を受けることがあるんだ」
「……わざわざ苦痛を与える用意をして苦痛を与えるなど、許されることではございません」
気がつくと制止を振り切り、ロボットに駆け寄っていた。
さっきの男が触った付近にスイッチとおぼしきボタンがあった。
電源を入れると、ロボットの顔の部分にあるディスプレイに鋭い眼光が蘇る。
「だ、大丈夫でございますか!」
『……だから……電源を切るなって……いってんだろ……まもる……』
「ま、まもる!?」
『……あ? それとも、ハルノキか? いいからよ、俺様をここから出せ! 俺様を誰だとおもってんだ……江照様だぞ……』





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