河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る いちばんぼし 次を読む

第73話『 いちばんぼし 19 』

「江田くん! みたまえ!」
蒔田さんが大声で手招きしていた。
いちばんぼしを離れてから約1週間、蒔田さんとこのやり取りを繰り返している。いいかげん、人の往来の激しい問屋街のど真ん中で呼びかけるるのはやめてほしい。
「ついに、ついに、みつけたぞ!」
宝物をみつけた子供のような顔で蒔田さんが手にそれを握りしめていた。
「この質感、この色味。まさに“高級”と呼ぶにふさわしいじゃないか!」
「は、はぁ……でも、後部座席にまだ在庫が……」
「ちがう! あれは一般大衆向けの商品。これは選ばれし商品! みたまえ、この稜線りょうせんを! 照明に映える光の反射を計算した角度! いいか! 神は細かいところに宿るんだ」
「わ、わかりましたから、声大きすぎです」
「もちろん、品質もすごいぞ! みろ!」
「あ、な、なにを!」
蒔田さんはいきなり服を脱ぎだした。
「だめですよ! S・Pセキュリティ・ポリシー来ちゃいますって! わかりましたから、それ仕入れて戻りましょう!」
駄々っ子のように「そうじゃないんだ」と熱弁をふるう蒔田さんの手を引いて、ホバーカーへ急いだ。


5 はれ ひる サンドイッチ
きょうは、じんでんのせったい
デーらしい!
午前中がんばったら、なんと、
ボクがいま1位!
もしかしたら、もうだしょうが
とれるかもしれない!
午後もがんばるぞ!


5 はれ よる おたのしみ♪
な、な、な、な、な、な、な、
なぁーーーーーーーーーんと!
きょうはボクが“もうだしょう”
だった!じゃーん!
すごいぃ!
みんながしゅくが会とかんげい
会をしてくれるみたい!

乗客が本気で働いてどうするんだ。
机のうえに放り出された稚拙な文章と、食べ物の記録にまみれた日記帳を、元の場所に放り投げた。
「なに楽しんでんだよ……」
ベッドへ寝転ぶ。
夕暮れを過ぎた車窓は黒く染まり、室内は暗闇に包まれていた。
今日からはじまった“肩でリズムをとる”のレッスンは、ひたすら肩の上げ下げと、鳩のような首の前後運動を繰り返すだけのものだった。こんなことをして本当にダンスが上達するのか?
こんな地味な動きだけを繰り返すだけの時間を過ごしていることに意味を感じない。
気がつけば、いちばんぼしはすでに臨空第四都市リンスーの手前にさしかかっていた。
臨空第五都市リンゴから西側最大の臨空都市である臨空第四都市リンスーまでの距離は約200km。
徒歩よりも遅い列車ですら着々と歩を進め、目的地へ向かい進んでいるというのに、自分は同じところで足踏みしているだけじゃないか。
実際、昨日までは足踏みすらせず、ただ屈伸運動でリズム取りの練習をしていたわけだし。
まもるさんは遊び歩き、ナツメさんには虐げられ、ダンスレッスンは一向に進まず、挙げ句の果てには列車にすら取り残されたような気分だ。
自分は空っぽのタマゴしか産めず、他人の日記に嫉妬しているようなつまらない人間なのかもしれない。
「まもるさん……」
意識が暗闇の中へ溶け込んでいくように、ゆっくりとまぶたが落ちてきた──。

「うぇーーーい!」
獅雷さんが乾杯と叫ぶとみんながグラスを持ちあげた。
「まもるさん、猛打賞おめでとうございます!」
「うむん! ありがとう!」
「今日は、俺たちも少し出しますんで、ジャンジャン行きましょう!」
「ハイッ!」
みんなが嬉しそうにお酒を飲んでいる。
「あれ、マイトくんは?」
「マイトくんは遅番なので、あとから合流しますです!」
サルさんはもう、顔が赤くなり始めていた。
「おらぁ! サル! 飲むぞ!」
「ハ、ハイィ!」
獅雷さんがお酒を注ぎにきてくれた。
「猛打賞、やったな!」
「ありがとうございます!」
「いやぁまもるさん! 乗客のくせにやりますねぇ!」
田坂さんも顔を真っ赤にしてお酒を注いでくれた。
「ボ、ボク、明日もがんばって猛打賞とります!」
「まあ、発電量毎時1000Wのハンデだからな、明日はそう簡単にはいかねえぞ!」
意味がわからないけど、ボクは胸をはってうなずいた。
「がんばりますっ!」
居酒屋の個室にどっと笑い声が起こった。

「まだかい! 江田くん」
「もうちょっとですから、少し落ち着いてください!」
仕入れを終えた足で、今度はいちばんぼしの車両を追いかけていた。
1週間も離れていたせいか、思ったよりも先へ進んでいたようだ。
「そのナビゲーションは本当に正しいのか?」
「こんな機能で嘘ついても、誰も得しないと思いますよ」
スターダストメイツステッカーには、いちばんぼしの位置情報を受信機能がついていた。
車内のナビゲーションと連動していちばんぼしの居場所を正確に捕捉することができる。
「みえてきましたよ」
「よし! まもるの旦那が乗ってる車両に横付けするんだ!」
「あれ? 車両の電気、消えてますよ」
たしか、トランプを買ったときには前から数えて3両目だったはず。その車両の窓は、いちばんぼしの電飾を歯抜けさせたように、黒く沈んでいた。
「寝てるのかもしれない。よし、ステッカー弾幕発動だ!」
蒔田さんの右手が空中を彷徨うように動いた。
「たしか、このボタンを押せば……」
「ほ、ホントにやるんですか?」
「当たり前だ! いくぞ!」
ステッカーが突然発光をはじめ、すぐに巨大なエアロビジョンが浮かび上がった。
隣で走行するいちばんぼしに負けないくらいの光量で、まるでオーロラのような長く伸びる光を放っていた。
「このステッカー、ムダに高機能ですよね」
「他の業者が使わないのが不思議なくらいだよ」
浮かび上がった巨大エアロビジョンには、極彩色のネオンサイン文字フォントで描かれた、『蒔田ビューティーズ』のロゴがデカデカと映しだされている。
「旦那ぁ! 新商品入荷いたしましたよ! いかがっすかぁ!」
蒔田さんは窓から半分身を乗り出していた。
いちばんぼし側の車窓にもちらほらと覗き込んでいる乗客の顔がみえた。
しかし、肝心の車窓からは、反応がない。
「おかしい。あの人の好奇心ならいのいちばんに覗き込んでくるはずなのに」
「蒔田さん、あれ」
前方の方から星乗員が身を乗り出していた。
「あの時の星乗員ですね」
手招きをしているようだ。
「行ってみますか?」
「いってやろうじゃないか! こちとら、正規のスターダストメイツだ! 逃げる必要はどこにもない!」

「お待たせしました!」
銭湯の前でまっていると、マイトくんの自転車が凄いスピードで走ってきた。
「マイトくん! おつかれさま!」
「お疲れ様です! あれ、田坂さんは……?」
「あ、あの、そ、その」
サルさんが急に慌てだした。
「獅雷さんや、み、みなさんは、そ、その、お、おフロへ向かわれました!」
「……そうでしたか」
「変だよね! ボクもいくっていったら、オマエらにはまだ早い! って怒られたんだよボク」
「……ま、まあ、まもるさん。3人でゆっくり湯船につかりましょう」
「うむん!」

この間の銭湯みたいに広くて気持ちのいいお風呂場だ。
湯船に浸かると体があったまってきた。
「まもるさん、今日はお疲れ様でした」
「明日もボク、がんばるよ!」
「よかったら僕、お背中ながしますよ!」
「ホントに!? サルくん?」
「ハイ!」
サルくんが勢いよく立ち上がった。
「あ!」
「ど、どうしたの?」
「マ、マイトくん」
サルさんがマイトくんに耳打ちをすると、マイトくんも“あっ!”という顔をしていた。
「ど、どうしたのぉ?」
「そ、その、僕たち、また、なにも用意せずに……」
「えぇー! もしかして、シャンプーないのぉ!」
「も、申し訳ございませ……」
「旦那ぁ!!」
お風呂場の扉がバーンと開いた。
「あ! マキタさん!」
「探しましたよぉ! このシャンプーいかがっすか!」
「う、うむん!?」
マキタさんがもっていたのは、ピッカピカに光るごつごつしたシャンプーだった。
「わたくし、蒔田が方々を歩き回り、手に入れて参りました。純国産完全オーガニック エクストラマルチケア シャンプー“さい”にございます」
「す、すごそうだね!」
「スゴク、凄いです。ありとあらゆる髪への有効成分を職人が3昼夜掛け、一滴、一滴、抽出したエキスを配合した特別な逸品でございます」
「う、うむん……」
サルくんがとなりで、ゴクンと唾を飲んでからゆっくりと口を開いた。
「で、でも……お高いんでしょう」
「はい。しかし、蒔田アクティブ洋品店あらため蒔田ビューティーズが総力をあげ、現地から買い付けましたため、かなりのプライスダウンに成功しました」
「いくらだね……」
「ワンプッシュ、12万800円です!」
「うむん!」
「いかがでしょう旦那!」
「おすすめは、何プッシュなの……」
「ずばり、5プッシュです」
「よし。じゃあ、5プッシュ」
「ありがとうございます!」
「それから、この2人にも」
「はい! お任せください!」

「なんだか、これキシキシするね」
シャンプーを泡立てはじめたら髪の毛にひっかかって痛かった。
「それだけ有効成分が髪に影響をあたえているんです。もっとよーくこねて泡立てください」
「よーしもっともっといくぞー」
「旦那ぁ、泡が喜んでますよ」
「ホントにぃ! どう? ハルノキくん!」
くるっと振り返ると、サルくんとマイトくんが身体を洗っていた。
そっか、ハルノキくんは、いなかったんだ。


6 はれ あさ ミルク
きのうは、ボクのかんげい会
だった。じんりきでんりょく
のみんなとご飯を食べた。
きょうは、みんながおかねを
半分もだしてくれた!
その後、シライさんたちは、
お風呂にいくのに、ボクたち
と別の方に歩いて行った。
連れてってといったら、おま
らにはまだ早えぇ!といって
た。変なの。 つづく→


それから、おそばんのマイト
くんとごうりゅうして、サル
さんと3人で銭湯にいった!
まきたさんのシャンプーをつ
かったら朝、髪の毛が伸びて
いてびっくり!
二日よいで頭がいたかったけ
どミルクソムリエのちぶさく
んがオススメしてくれたミル
クを飲んだらすっきりした!
それにしても、昨日ハルノキ
くんにあったとき つづく→


いやなこといっちゃったかも
しれない。朝おきたらもう、
いなかった。
きのうのシャンプー、ハルノ
キくんにもみせたかったなぁ。

次回 11月09日掲載予定 
『 いちばんぼし 19 』へつづく





「起き上がれますか?」
手をさしのべるとロボットの手が握り返してきた。冷たく固い金属の感触が伝わってくる。
『オマエ、誰だ?』
「わたくしは、戸北リョウスケと申します。あ、あなたは?」
『俺様は、江照様だ』
「エデル様!?」
『たぶん、カタカナの方を想像してるだろうが、違う。江戸の江に太陽が照るで江照様だ。間違えるなよ』
「江照様でございますか」
「な、なにしてるんだい! トキタくん!」
純平殿が駆け寄ってきた。
「み、みなさんの作業の邪魔になってるじゃないか!」
“トゥントゥントゥーン”
慌てた様子の純平殿のポケットから、残念な気持ちになる暗い音が鳴った。
「え? 僕、間違えてないよ!」
ひどく狼狽している。
「そうか、作業の邪魔だけじゃないんだな。トキタくん! そのロボットを助けてはいけないんだ!」
「なぜでございますか」
「そのロボットは悪いことをしたから罪を償っているんだ! それを助けてはいけないんだよ! きっと!」
“トゥントゥントゥーン”
「だから、なんで、鳴るんだい!」
純平殿が両手を握り、地団駄を踏みだした。
「すみません。見学の方々の更生員への接触は極力控えていただけないでしょうか」
そこへ紫色のコートを纏った看守らしき男がやってきた。
「は、はい! すみません!」
純平殿が立ち上がって深々と頭を垂れる。
「さあ、トキタくん、行こう! そんなことをしていたらヒーローになれないぞ!」
「江照様は明らかに必要以上に苛めを受けているように見受けられます。それを救わずしてわたくしに本当にヒーローになる資格はあるのでしょうか」
「そ、そんなことをいわれても……」
「あんたらさ、そこどいてくれる?」
看守も含めその場に居た全員が振り返った。
そこには、大きく盛り上がったまるで鳥の巣のような髪型をした男がたっていた。
「こ、これは、チクリン殿」
看守が急に居住まいを正した。
「あ! キミは! ハルノキくんの友達の!」
「ん? あんただれ?」
「ボクはこの町のヒーロー純平です! このあいだ、ハルノキくんと来たときに一緒でした!」
チクリンと呼ばれた男は他の更生員と同じ服を着ていたが腕には“特別商品開発担当”という、腕章を着けていた。
「ハルノキ? あーハルキか。あいつ元気?」
「この間は元気でした! と、ところで、この間は坊主だったのに……急に髪の毛伸びてませんか?」
「あー、なんか、急に生えてきてさ」
「更生員との接触はなるべく……」
看守たちの態度が変化した。この更生員はなにか特殊な立ち位置にあられるのかもしれない。それに“ハルノキ”とは、先ほど江照様が口にされていた言葉と同じ。
「とにかく、通してくれ。これから企画会議なんだよ」
「あ、あの、チクリン殿!」
「ん……おっ! 随分とキレイに光ってんなぁ、アンタ! なに、髪の毛はやしたいの?」
「いいえ。わたくしのこの髪型は戒めでございますゆえ」
「じゃあなによ?」
「先ほどから拝見しておりますに、アナタ様はここにいらっしゃる方とは一線を画す存在のようにお見受けいたします。あの、ロボットを助けていただけないでしょうか?」





掲載情報はこちらから


@河内制作所twitterをフォローする