河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第77話『 いちばんぼし 23 』

「おほぅっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
風がまるでカミソリのように、鋭い感触を残し通り過ぎていく。
『はぇぇなトキタ!』
「江照様、しっかりつかまってください!」
『フンッ。捕まるのはもうゴメンだ』
「ごもっともです」
背中に抱えた江照様も、まだまだ余裕があるようだ。
『いちばんぼしが臨空第五都市駅をでてから数日たってる。もう少しでいちばんぼしは海上を通過して本州を離れる! それまでに追いつけ!』
「戸北リョウスケ、魂の限り駆け抜けます」

──フゥォンッ──

軽妙な警告音。
imaGe視野内を『越境警告』の文字が覆った。
「そろそろ町の境界線を越えます!」
『つっぱしれぇ!』
山賊の頭目を彷彿とさせる野太い音声。
「御意」
チクリン殿に指示された通り、助助の目元に張りつけられたサングラス型アップリケを外す。
「ハッキュゥゥゥゥン!」
身体に力がみなぎり、視野内の『警告』文字は消灯し、助助の虹色の瞳が再び開かれた。
「グロォォォォォーバル ヒィィロォォゥダァァァァァァァァァァァッシュ!!!!!!!!」
ヒーローダッシュもまだまだ加速の余裕を余している。景色の流れがさらに速くなった。

「まもるさんが、大変……って!?」
「とにかく、こちらへ!」
強く手を引かれ1番ブースをでると、すぐ隣の2番ブースに人だかりができていた。
金髪の獅雷という人力電力のリーダーをはじめ、田坂やそのほか人力電力メンバーと思われる面々が大勢いる。
だから、こんなに蒸し暑いのか。
ここにこれだけ人電のメンバーがいればそりゃあ発電量も下がるだろう。
人電メンバーの他に、金持ち集団や、外を走っているハズの蒔田の姿が目にはいった。
「ハルノキさんが出てきました! 通してください」
マイトが声を荒らげ人垣をかき分けていく。
「ハルノキさん!」
さっきよりもさらに強く手をひかれ、ブースへ入ると、まもるさんがVRチェアに横たわる姿がみえた。手元にはご愛用のスマートフォン。
VRチェアの傍らには金持ち集団のリーダー格、加藤がまもるさんの首元に手を当て、空中に浮かぶエアロディスプレイを凝視している。
そういえば、この人は本物の医者だった。
「ふぉっ! ハルノキくん。こっちへ!」
固く目を閉じたまもるさんの唇の端はうっすらと吊り上がり、半笑いしているようにみえた。
「まだ息はある! だが、このまま意識が戻らなければ危険だ」
エアロディスプレイに映しだされた心電計が規則正しい無機質な音をたてている。
「いや、え? まもるさん? なんで?」
「昼休みが終わっても、まもるさんが戻らなかったので全員で探しまわったのです。見つけたときには、すでにこの状態……いわゆる……」
「いわゆる過剰没入オーバー・ダイヴ……」
申し訳なさそうにうつむきながら話すマイトの言葉を引き継ぎ、加藤が説明を続ける。
「imaGeへの長時間ログインによって、現実側の意識が消失しかけているんだ」
反射的にVRチェアの作動ランプをみる。
ログインランプは正常に点滅していた。
こ、これは……。
……非常に、難しい選択だ……。
この壮大なドッキリに、どうやって参加するべきだろうか……。
さっきまで、10時間近くログインを続けまさに“過剰没入”直前でログアウトした自分のスグ隣ブースで同乗者が“過剰没入”なんて……。
まもるさんが、そこまでimaGeにのめり込むわけがない。
ましてや、“完全没入”に没頭するなんてあり得ないだろう。
話が出来すぎている……。
つまりこれは、自分に仕掛けられたドッキリ。
とういことは、受け取る側の自分のリアクションがこのサプライズ演出の成否を決める。
どこまで真剣に演じるべきか……。
周囲に集まった人々の顔をじっくり観察してみる。誰か吹き出したり、ニヤついていたりするんじゃないか。
ひとりが笑えば、堰を切ったようにみんなが笑い出し、誰かが「なぁーんて、ウソでーす!」とおどけだす、古典的な展開がまっているのだろう。順繰りに表情を読んでいく。
「わ、わたしが、わたしのせいなんですっ!」
突然、入口から叫び声がした。
「小波ちゃんのせいじゃないよ」
「まもるさんが、九州に着く前に……ぜ、ぜったい……ぜったい……完成させるって……ウッ、ウ、ウァァァァァッ」
“こなみ”と呼ばれた少女が、数人の人力電力メンバーとおぼしき男たちに抑えられた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
肩を激しく揺らしながら崩れおちる。
「か、完成ってなにを……?」
こなみは、肩を揺らしながら顔を上げた。
バッチリと目があう。
とてつもない美少女だった。どうみても人力電力で働くタイプではない。こ、こんなモデルまで仕込んでいるのか。
「…ッ……ッ…た……TA-GO……」
「た、TA-GOぉ!? な、なんで!?」
予想外の名前に声が裏返ってしまった。
「お、お友だちに勧められたって……はりきってて……ゥ、ゥ、ゥワァァァァ」
こなみが両手で顔を覆って泣き出した。
「加藤の旦那ぁ、なんとかならないんでやんすか?」
その脇からひょっこりと顔を出した蒔田が、加藤へ話しかけた。
「……なにか、外部から強い刺激を与えれば……もしかすると回復が見込めるかもしれない……しかし、刺激といっても……」
「刺激でやんすか……」
蒔田が腕組みをしたまま顔をしかめる。
「眠ったまま……目を覚ます……眠り……眠……!! あ! あの!」
蒔田が目を見開きながら手を挙げた。
「こ、古典的な発想でやんすが、ここはひとつぶっちゅうぅと、あ、熱いチッスをかますってのはどうでやんすかね……」
蒔田の言い放った言葉に、周囲がざわつく。
「キ、キッスぅ!?」
でた! それが狙いか?
「えぇ! チッスでやんす!」
「ま、蒔田さん、いくらなんでもキッスは」
「ハルノキの旦那、昔っから眠り込んだ御姫様の目を覚ますのは熱いチッスって相場が決まってるんでやんすよ!?」
「いや、それは……御姫様の場合に限る条件じゃないでしょうか……」
いまここで横たわっているのは、子供みたいな精神をこじらせたまま老年を迎え、いまなお食欲旺盛な、まもるさんだぞ?
た、たしか、日記に“ニオイ玉”を除去したとかいてあった気がする……いや、それなら、いまは比較的まともな口内環境に……いや、そういうことじゃない!
「……わたし……わたしがやります!」
こなみの声が空気を切り裂くように響いた。
ごちゃごちゃしていた思考がとまる。
真に迫りすぎていたせいか、場も凍り付いた。
「こ、小波ちゃん!?」
「わたしが、キスしてみます」
「い、いや、キスしてもかわらないって! というか、小波ちゃんがそこまでしなくても!」
周りの男たちが必死に止めに入る。
どうみても、演技の経験があるようにみえない人力電力のメンバーたちにしては妙にリアルな芝居だ。
「やらせてください! わたしが、わたしがいけないんですから……まもるさんにお世話になりっぱなしで……このままじゃ……わ、わたしにさせてください!」
「いいや、ダメだ! それなら俺がする!」
金髪の獅雷が手をあげた。
「いいえ、僕がやります」
マイトも立候補している。
しかし、こなみは周囲に目もくれず、まっすぐにまもるさんの方へと近づいていった。
「まもるさん、目を覚ましてくださいっ! わたし、わたし、まだちゃんとありがとうございますも言えてないんですよ!」
目から大粒の涙が流れ落ちた。
もしかしてこれは演技では……ない? のか?
こなみが顔を近づけていく。
蒼白になった、こなみの横顔が、なぜか銭湯でみたまもるさんのことを想起させた。
痛みで倒れた自分に迷わず、人工呼吸してくれたまもるさんの顔。
あれは、本当に、心から人を思いやり心身を削らせた人のみせる表情かおではなかったか? それは、いまあの子にも……。
似ても似つかない容姿の2人がみせた顔色に自分は、とても大きな思い違いをしていたのではないかと感じていた。
もしかすると、これは人の命……他でもないまもるさんの命がかかった深刻な局面なのではないだろうか。
過剰没入……。
完全没入に慣れていないまもるさんが、自分のような安全装置セーフティアラートを設定しているだろうか。
いいや、ないだろう。
つまり、もし、本当に深く潜りすぎて、過剰没入状態になっているのだと──
とっさに身体が勝手に動いていた。
「あ、あれ? 旦那!? ハルノキの旦那?」
後ろから聞こえた蒔田の声を耳から振り払い、まもるさんに近づく、こなみの腕を払いのけ、まもるさんの後頭部をすくい上げた。
見慣れた寝顔なんだけど、久しぶりにみた気がする。少しやつれたみたいだ……。
あの日、銭湯で苦しんでいた自分を助けてくれたとき、まもるさんは、きっとこんな気持ちだったんですね。
今度は、自分の番です。
大きく息を吸い込み、唇にかぶりついた。

「ふぅぅぅぉぉおおぉおおおおおおお!」
『お、おい、戸北、いくらなんでも飛ばしすぎじゃねえのか?』
「そんなことはございませぬ!」
『おまえ、2日も走りっぱなしだぞ』
「まもるさんの元へ近づいていると思うと、身体の奥底から力が沸き上がって参るのです」
『いいから少し休め。身体がぶっ壊れちまうぞ!』
「江照様は人間の身体のことにまで気がまわるのですか」
『当たり前だ。俺様は江照様。まぁ、正直にいうとカラダって概念は、パラメータでしか理解できねえけどな』
「それは、“体力ゲージ”のようなものでしょうか? まるでゲームですね。0に近づけば、もの凄いヒーロー技がだせるかもしれません」
『ばかやろう! 0になったらゲームオーバーだろうが! とにかく、木陰で少し休め!』
夏の太陽が容赦なく照りつけてくる。先ほどまで感じなかった暑さだ。
「まだまだまだ走ります!」
『……おい……戸北! おい! 戸北!』
足がさらに軽くなった気がした。
まもるさんの元へ、まもるさんの元へ!

「だ、旦那!」
目を覚ませ! まもるさん!
ありったけの空気を送り込む。
「だ、旦那……」
息を吸い込みもう一回。
もう一回。
もう一回……。
「ダメで……やんすかね……」
「まもるさん……起きてくださいよ……」
自分、ここまでやってるんですから、そろそろ目を覚ましてくださいよ……。
まもるさんの肩に触れるとほのかな、ぬくもりを感じた。安堵する反面、身じろぎしないことが不安を煽る。
同時に不謹慎で軽はずみな思考をしていた自分が罰せられるのではないかという畏れ。
この深刻さが本物であると確信していく戸惑いが恐怖へと次々に変換されていく。
「まもるさん! なに、呑気な顔で寝てんだよ! はやく起きてよ! みんな心配してます。まもるさん、まもるさん? まもるさん!!」
どんなに激しく揺さぶっても、まもるさんの状態は変わらない。
「ふぉっ! ハ、ハルノキくん。そんな乱暴に扱ってはダメだ」
「だ、旦那。落ち着きやしょう!」
いつのまにか、加藤と蒔田に取り押さえられていた。
「すぐに強制ログアウトさせてください!」
「逆効果だ。ログインが継続しているということは、仮想世界側には意識があって現実側へ呼び戻せる可能性がある。しかし、無理にログアウトさせて仮想側の意識がとんだ場合、どうなるかわからない……」
「て、ていうか、長時間って、昼まで仕事してたんでしょ? まだ7時間そこらじゃないか! 自分なんてさっきまで、10時間ちかくログインしっぱなしだったのにピンピンしてますよ!!」
「耐久性には年齢や個人差があるん。まもるくん、このところずっと肉体労働を続けていたそうじゃないか。おそらく疲労が蓄積していたところに、長時間のログインが原因で…………見た目が若くても、身体は年齢相応だったんだ……」
「な、なんで……」
あんなに幼稚で、子供みたいな人が……無理、してたんですね。
いつも元気だから気がつきませんでした。
なんでいまさらimaGeにのめり込んでるんですか。なんでまもるさんなんですか。
世の中、仮想世界あっちに入り浸る人間なんてごまんといるし、みんな平気な顔で生きてるのに。
「なんとかしてくださいよ! 加藤さん!」
「ま、まて、まってくれ……。仮想世界にいる人間の意識を呼び戻すには……」
加藤は空中を指でなぞり、検索しはじめた。
「……もしかすると、仮想世界側から強い衝撃を与えなければいけないのかもしれない」
「仮想世界側から強い衝撃を……いったいどうやって……」
「う、うぅぅむ……」
「加藤の旦那、なんかないんでやんすか? こう、ぐんっと……ぐーんと、脳天にぐぅーん! っと刺激を与える方法!」
蒔田の口汚い擬音に閃く物があった。
それは、この夏、散々苦しめられたあの痛みの“音”じゃないか。
「そ、そうだ……“バイブス”なら……」
「ふぉっ? バイブス?」
「現実だろうが仮想世界だろうが、突き抜けてくるとてつもない痛みです」
「もしかして、ハルノキくんが銭湯で苦しんでいたあれかね?」
「はい。まもるさんのimaGeにバイブス機能を強制的にインストールしてバイブスを共有できれば、仮想あっち側にも伝わるんじゃ……」
「ふぉっほぉ! なるほど!」
「旦那! それイタダキでやんす! はやくインストールしちゃいやしょうよ!」
「で、でも…………だ、ダメだ……」
「えぇ!? なにもったいぶってんでやんすか! ズドーンといっちゃいやしょうよ!」
「バイブスの移植の仕方がわからない……」
「だ、旦那ぁ……そういうところ、しっかりしないと……」
「ハルノキさん。“バイブス”という機能を設定した方に問い合わせてみてはいかがですか?」
マイトの冷静な声で気がついた。
そうか……。
すぐさま、視野内からVOICE音声通話を呼び出した。

数回の呼出音で、ナツメさんがでた。
「なんだよ!」
通話の冒頭からいきなりの喧嘩腰だ。
「いま、みなみ先輩と飯くってんだ」
「すみません……でも、人の命がかかってまして……」
「あぁ? どういうことだよ?」
ナツメさんへ、まもるさんの危機を伝えた。

「つまりバイブスのコピーがしてえってことだな?」
「まもるくん、大丈夫なの?」
重厚でどっしりとしたナツメさんの声と、優しく語りかけてくる南先生の声のおかげで、だいぶ落ち着きを取り戻すことができた。
「はい。それなら仮想側にいるまもるさんを呼び戻せるんじゃないかと」
「まもるってたしか、あの古びたスマートフォン使ってたおっさんだろ?」
「そ、そうです」
「たぶんあんな古いimaGeに、“バイブス”対応してねえとおもうぞ」
「そ、そんな……」
「まあとりあえずデータ送っとくから、そいつインストールしてみろよ」
「インストールは一体どのようにすれば……」
「めんどくせえヤツだな。そんなの自分で……え? なんすか?」
向こう側でナツメさんと南先生が、小声で話はじめた。
「……ハルノキ、おまえすげえな」
通話口に戻ってきたナツメさんの声にさっきとは違う調子が混じっていた。
「ど、どういうことでしょうか……?」
「まあいいから、これから送るデータをまもるってやつのimaGeにいれて起動しろ! そして、みなみ先輩に感謝しろ!」
訳がわからないうちに、視野内にデータ受信完了のメッセージが流れた。
「じゃあな……あ、そうだ。今日はこれからしこたま呑むから明日はレッスン休みだ! じゃ」

「どうでやんしたか?」
蒔田が詰め寄ってくる。
「データは手に入ったんですが……まもるさんのimaGeには対応していないかもしれません」
「そ、そんなに古いimaGe使ってたんでやんすか? まもるの旦那は。こんなことなら新しいimaGeホルダー仕入れとけば……」
「ハルノキくん、時間が無いぞ! まもるくんの生体反応が弱まっている」
心電計の音が耳に忍び寄る、まるで静かにフェードアウトしていくような頼りない音。
「と、とにかく、インストールしてみるでやんすよ!」
「わかりました!」
視野内からまもるさんのimaGeを呼出し、ナツメさんが送ってくれたデータを転送する……。


『このimaGeには対応していません』


アラートが即座に無情な事実をきわめて事務的に告げてきた。
「や、やっぱり、だ、ダメか……」
「あきらめちゃダメでやんす!」
「そんなこといっても、どうすりゃいいんすか!? この人のimaGe、古すぎるんですよ!」
「昔から、温故知新っていってでやんすね、その古いものには古い物のいいところが……」
「いまは、とにかく最新のガジェットが必要なんすよ!」
「あれ…………」
蒔田が首を傾げた。
「最新っていやぁ、旦那……、まもるさんにあれ、買ってませんでしたっけ……?」
ゲンさんの店、店内の光景と、渡された2つの包みが、バンッと目の前に浮かんだ。
「……そ、そうか!」
ジャケットの内ポケットに手を突っ込み、『Gensen』で手に入れた商品の包装を取り出した。ま、まもるさんに選んだもう1本のフローティングメガネ。
「そいつなら! 最新のヤツでやんすから!」
フロメガを手動起動させてまもるさんの目元にあわせると、独特の浮遊音をたてながら浮遊ホバリングしはじめた。
視野内にも1件のフローティングメガネが認識された。
「来た!」
「さぁ! 旦那! はやくバイブスをスコスコっとインスコしちゃいやしょう!」
「ハルノキくん! 心拍数がさがってるぞ」
ピッ ピッ ピッ……と電子音の間隔が変化していた。
即座にまもるさんの目元に浮かぶフローティングメガネへデータを転送する。

『データ転送 1/2  ……60%』

こんな時に、複数ファイルなのか!
転送の残時間表示インジケータがギュンっと一気に伸びる。

『データ転送 1/2  ……100%』

幸い1つめのファイルはスグに転送が完了したようだ。

『データ転送 2/2  ……20%』

ピッ ピッ ピッ と続く、まるでカウントダウンのような電子音から意識を引き離し、ファイル転送の残時間表示を凝視した。
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッと鳴り続ける音が、焦燥感と恐怖心を掻き立ててくる。

『データ転送 2/2  ……68%』

『データ転送 2/2  ……80%』

そのまま一気にいってくれ。
早く。
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ

『データ転送 2/2  ……95%』

あと、少し。
完了がみえた。いつのまにか、こわばっていた肩から少し力が抜けた。
ピピピピッピピピピッピピピピッピピピピッ
急に音が危険を示すような鳴り方に変わった。
「まずい!」
加藤が叫ぶ。
これは、何かの警告音なんだろうか。

ピピピピッピピピピッピピピピッピピピピッ

まってくれ、もう少しなんだ。
『データ転送  ……98%』
あと2%。残時間を示すバーは、まもなく右端まで到達する。するはずなのに、残ったほんの僅かな隙間を埋めれずモタモタしている。
ピピピピピピピピピピッ──
獲物を仕留めにかかる獣のように、猛烈な速度で電子音が追いかけてくる。
早く逃げ切れ!
なんでいつも残時間表示は最後でモタつくんだ!
『データ転送 2/2  ……99%』
ピピピピッピ───ピピピピッ
よし!
『データ転送 2/2  ……100%』
全部終わっ

ピ───────

夏の夕暮れ、思い出したように鳴き出した蝉が最後に上げる甲高い声のような──
衝突事故をおこした車が響かせるクラクションのような──
不協和音を奏でるシンバルの残響のような──
鳴り止まない、嫌な耳鳴りのような音──
「まもるくん! まもるくん!」
「旦那ぁ!? 旦那! 旦那ぁ!」
加藤が呼びかけも、蒔田が叫んでも──
まもるさんが──動かない──
加藤が馬乗りになってまもるさんの胸元へ手の平を押し込みし、心臓マッサージを──
まもるさんは動かない──
いや、そんなにしたら痛いでしょうよ。
加藤さん、いじめちゃダメでしょう。
まもるさん?
まもるさん!?
まもるさん……。

次回 12月14日掲載予定 
『 いちばんぼし 24 』へつづく





広大な砂丘のうえを走る。
周囲には砂煙が巻き上がる。
霞んだ視界の前方でなにかが動いていた。
「江照様、前方になにかみえます!」
『あのギンギラの電飾まみれの車体……』
「あ、あれが……」
『間違いねえ! 戸北! あれが、いちばんぼしだ! 追いついたぞ!』
遥か前方を滑るように走る列車がみえた。





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