河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第78話『 いちばんぼし 24 』

「まもるくん! まだ間に合う! 戻れ! 戻るんだ!」
加藤の額に無数の汗が浮かんでいる。
「ふぉっごほっ、ごほっ」
「代わります!」
マイトが加藤に代わって馬乗りになる。
「だ、旦那! まもるの旦那ぁ!」
蒔田がまもるさんの手を握りしめて叫ぶ。
「まもるさん! わたし、わたし……」
こなみが泣き腫らした目元をさらしたまま、まもるさんに向かって悲痛な声をあげた。
「田坂! サル呼んでこい!」
獅雷の怒鳴り声、走りだす田坂。
他の人力電力メンバーは全員ブース内に詰めかけまもるさんが横たわるVRチェアを取り囲む。
「ハルノキくん、バイブスを!」
加藤が猛烈な勢いで叫ぶ。
頭では状況を理解しているけど、なぜか動作が緩慢になっていた。
膝が別の生き物のようにわななき、重力に逆らう術を忘れている。
「なにしてるんだ!」
「……もう、やってます……」
「え?」
「起動してますよ……でも、でも……」
マイトだけが視界の中でせわしなく動く。
「なにも起きないんです……」
バイブスを起動したけどなにも……。
なにも……。
起きない。

「ふんぐぉ!」
『どうした! 戸北ぁっグホォ!』
庭に咲く牡丹の花弁がはらりと落ちるように、突如、両膝の力が抜けた。


一瞬か、それとも数分か、意識がとんだ。


砂の中にうずもれた顔を起こす。
江照様がいない。
「江でぇふはま? いずほへ?」
口の中で砂がおぞましい感触で暴れ回る。
『フグォ、フォフォバ』
小高い砂子の中から江照様の両足だけがはみ出している。
「だ、大丈夫でございますか?」
足をひき、掘りだした。
『おい! ころす気か!?』
「め、滅相もございません。急に、砂に足をとら……ッ!?」
『どうした?』
「わたくしの、靴紐が……」
両足に目を向けるとすべての靴紐が千切れ、四方八方に飛び跳ねていた。
「な、なんと……不吉な……」
『まぁ、あんだけ飛ばして走りゃあ靴なんてすぐにぶっ壊れるわな』
「し、しかし……これほどまで無残に切れるものでしょうか……」

───!?───

『どうした?』
「い、いま、なにかとても奇妙な感触が……嫌な予感といいますか……」
『おまえ、いつからヒーローじゃなくて、エスパーになったんだよ』
「し、しかし、これは……も、もしや……まもるさんの身になにか……」
『“虫の知らせ”ってやつか?』
「急ぎましょう。……せい!」
役目を終えた靴を砂に突き立て一礼した。
「靴殿、これまでのお役目ご苦労様でした」
『おまえ、律儀なヤツだな……』
「さあ、参りましょう」
昼間の太陽に炙られた熱砂の余韻が、ふぬけた両足に渇を入れるように痛みを与えてくれた。
遠く開けた視界には、澄み切った夕暮れと波打つ砂の大地だけが空虚に広がっている。
いちばんぼしの姿がいつのまにか消えていた。
『くそ、また差が開いちまったな』

「サルさん! 大変です!」
田坂さんが動力室に飛び込んできた。
「みつかりましたか!?」
「まも、まもるさんが……死んじまった!」
「は……? た、田坂さん、いっていい冗談とわるい冗談がありますよ!」
さっきまであんなに大口を開けておにぎりを食べていた人が、急にそんな……。
「お、俺だって信じたくないけど、ほ、ホントなんだよ!」
稼働中なんて関係ない。マシーンを跳び降り入口へ走り出す。
「まて……サル……」
背後から室津さんの声。
「行くな」
「だ、だって、まもるさんが……」
「おまえはここの管理を任された……俺たちには、いちばんぼしを目的地に到着させる義務がある……そっちは獅雷に任せろ」
室津さんの黒い瞳が、射貫くように僕に向けられていた。
「もうすぐ海だ。“海上高速走行ワープ”分の電力、貯めるぞ」
「……で、でも」
「つべこべぬかすな! BOXからアシスト持ってこい!」
圧倒的な眼力に逆らえず、非常BOXを開けた。
「……予備のアシストもあるだろう? それも、もってこい……」
「む、室津さん!?」
この車両には、僕と室津さんしか残っていないのに、できるのか。
「……あいつらを九州まで送り届けるのがオレらの仕事だろ……人力電力の魂みせてやるぞ……アシスト全開だ!」

「起きてくださいよ……」
呑気な表情で横たわるまもるさんに、食べ過ぎて横になっていた姿が重なった。
いっつも満腹になるまでご飯を食べて寝転んでいたあの姿。
西瓜の早食いしてたバカづら。
バスにのって、窓に顔を貼り付けてはしゃいでたまもるさん。
ヒーロースーツでめちゃくちゃにダッシュしまくってたな。
赤の他人の旅に嫌な顔ひとつせずについてきてくれて……なんでそんなに無理をしたんだよ。
「は、ハルノキくん? しっかりするんだ」
なにしてんだよ。
アンタ。
目、あけろよ!
横たわるまもるさんの胸元に、拳があたる。
「アンタはなにやってんだよ! なんで乗客のくせに働いてたんだよ! 金持ってるでしょ!? 金持ってるくせに、なんでこんな地べた這いずり回るような連中に囲まれて、一生懸命働いてたんだよ! みんなバカにしてたのに気づきもしねえでニコニコしやがって!」
「そ、そんなことねえ! みんな、まもるのこと好きだ! なぁ?」
人電のメンバーが一斉にうなずく。
「うるせえ! 俺の方が好きなんだよ! ここまでずっとずっと、一緒に旅してきたんだぞ!」
「……でも、あ、あたしもまもるさんの一生懸命なところが好きですっ!」
こなみの声だった。
「あっしも! あんなに喜んで買い物してくれる人……商売抜きで、大好きでやんす!」
蒔田も。
「ふぉっほぉ! 私だってキミの素直なところが好きだぞ!」
加藤も。
「おめーの汗水たらす姿、好きだ!」
「元気におはようっていってくれる、まもるさんが好きです」
「毎朝、気持ちよくミルクのむ姿、好きです」
人力電力のメンバーも、星乗員たちも、ミルクソムリエも、みんなが。
「……み、みんな……ねぇ? まもるさん聞こえる? みんなこんなに好きなんだよ! ……こんなに、こんなに想われて……心配してもらって……アンタの、そういうところが……そういうところが……大好きなんだよ!」
ブース内に“好き”が溢れていく。
この場に渦巻いていくグルーヴ。
この想い。
それがさ“バイブス”ってやつでしょ?
でもさ……、でも……、でも!
「アンタに伝わんなきゃ意味ないんだよ!」
戻ってこいよ!
「まもるさん! まもるさん! まもるさん! まもるさん! まもるさん! まもるさん!! ……まだ、足りない……まだ、まだまだまだ! もっともっと、一緒に旅したい!」
溢れてくる強烈な衝動にまかせて、まもるさんの胸元を拳で叩いた。
「まもるさん! まもるさん……まもる」
安らかに、眠るような顔のまもるさんを。
何度も、何度も、何度も──

ホバーベルトもつけていないのに、ボクは、お空にぷかぷか浮いていた。
太陽が近くにあるからなのかなぁ。
真っ白でなんにもみえない。
ここはどこなんだろう。
さっきまでTA-GOしてたはずなのに。
でもふわふわして、なんだか気持ちがいい。
ハルノキくんと一緒にくればよかったなぁ。
あれ?
ボクどうやってここに来たんだろう。
むん?
ここ、どこだろう。
『……ぇ』
「ん?」
『……ねぇてば』
「だ、誰?」
お空の上の方から女の人の声がした──
見上げると、まぶしい光の中で長い髪をなびかせた女の人がボクをみつめている。
どこかで会ったことあるような……、ないような……でも、すごい美人さんだ。
「お、お姉さん……誰ですか?」
『……とりあえず、ノーコメント……あんまりこっち見ないでくれる?』
声も聞いたことがあるような……。
「あ、あの、ハルノキくんやみんなはどこですか? ここはどこですか? ぼ、ボクそろそろお仕事に戻らないと……」
『……はぁ……相変わらず……まったく状況がわかってないのね。とりあえずさ、このメガネつけて』
「な、なに? これ、メガネ?」
耳にかけるところがない、レンズをつなぐフレームだけ。
変なメガネ。
どうやってつけるんだろう?
『早く。顔に近づければ勝手に浮かぶから』
「こ、こうですか?」
メガネがスーッと目の近くで浮かんだ。
『オーケー。ぜんぜん似合わないね』
「こ、これでどうすれば……あれぇ?」
メガネの中にひとつだけ、マークがあった。
「これなんですか?」
大きな黒丸のうえに半分の丸が2つのってる、どこかでみたことがあるようなマーク。
『あとは……たぶん……ハルキあいつがなんとかするんじゃない?』
「え? だれか、いるの?」
まわりをみてみたけど……。
「だれもいないよぉ?」


「……ん……もる……さ……ま…る……さん」


「う、うむん?」
お空の上のほうから、声がした。
『……ホラね……』


「まも……さん! まも……さん」


「ぼ、ボクよばれてるみたいです!」
『そのメガネで視野内を確認して』
「んん? この黒い丸のマークですか? なんだか、ぶるぶる震えはじ──んぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!! お、お姉さん……な、なんか胸がく……る……しい……い゛……」
『よかったじゃない』
「よ……よぐないでずよ゛ぉ゛お゛お」















「まもるさん! まもるさん! まもるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」





















ぎゅ









──
───ぎゅ。



─────ぎゅぎゅぎゅ


ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ
んんぎゅ───

「むぎゅぎゅぎゅ!」
胸が痛すぎて飛び起きた。
「あ、あれ?」
ハルノキくんが両目をいっぱいにあけてボクのことをみていた。
あれれ?
小波ちゃんも、加藤さんも、蒔田さんも、人電のみんなも、千房くんまで、みんなびっくりした顔をしてる。
「みんな、どうし──」
「う、う、う、ぅ……」
「は、ハルノキくん?」
「うぎゃあっごとっとごあえおぐあぁぁぁぁ」
「えっ? えっ!?」
「ま゛ぼる゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!」
みんなが、泣きながら抱きついてきた。

「いやぁー、一時はどうなることかと思ったでやんすよぉー」
蒔田が湯気の立ち上る湯飲みをまもるさんに手渡していた。
「ありがとうございます!」
ズビビビっとまるでクリームソーダでも飲むような音をたててお茶をすする。
「このお茶、おいしいね!」
「へい! こいつぁこのへんの名産で最高級の代物でやんす!」
「……おい」
「そうなの? これいくら?」
「ぉぉい……」
「へいっ! 急須と湯飲みもおつけしやして、しめて5ま……」
「おいっ!」
「ひぃっ!」
「あんたらさ、バカなの?」
「へ、へい!?」
「へい!? じゃないっすよ。なんでいきなり商売モードにもどってんすか?」
「だ、だって、まもるの旦那が、この通りピンピンして戻ってきたわけですし……」
「そうだよハルノキくん! ボク元気だよ!」
みんなのあきれた顔をみてから言え!
こ、このくそ坊……ず!?
「そっ、そういえばまもるさんいつからそんなに髪のびたんすか?」
冷静になってみると、おかしなくらいの長髪。
「これ? マキタさんのシャンプーつかったら急に伸びたんだぁ!」
「そうでげしょ? あいつぁ最高級のシャンプーでやんすから! どうです旦那、景気づけにひとっ風呂あびにいきやしょうか?」
「ふぉっほぉ! いや、まだ安静にしてないとだめだ!」
加藤は幾分まともな大人だったようだ。
「そうなの? つまんないよ」
謝れ。
この車両にいる全ての人たち……あんたを心配した人、全員に!
謝れ。
なぜ普通に茶を飲んでいられるんだ。
「それにしても旦那ぁ、なんであんな危ねえことしたんでげすか? 水くせえじゃねえですか。そんな古ぼけたimaGeホルダーでログインなんて。あっしにいってくれりゃあ、いくらでも新しいの用意しやしたのに」
「あ! そうだ! ボクのTA-GO! ね、ねえ、このメガネでもログインできるの?」
「ふぉ、ふぉっほぉ! ダメだよ! あれだけ危ない目にあっておいて……キミは大馬鹿者だなふぉっほっ! ふぉっほぉ!」
加藤の笑い声が、いつものように優雅な“大名笑い”に戻っていた。
つられてみんなも笑った。
「それにしてもよ、まもる。そのターゴーってやつはそんなにおもしれえのか?」
獅雷が腕組みしたままニヤけていた。
「あ、あの、はい……とっても。ボ、ボクどうしても完成させたくって」
「まもるさんっ! もしかして、できたんですかっ!? あれっ!?」
こなみもだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
「う、うん……小波ちゃんとお昼にTA-GOしたあと、ボク……ずっと成長促進ライトでがんばってたの……そうしたら……」
「時間を忘れて、仕事をすっぽかした挙げ句に、過剰没入オーバー・ダイヴすか? まもるさん、なに考えてんですか?」
「うぎゅん、ご、ごめんなさい……」
「ハ、ハルノキさん!」
こなみが急に間に割り込んできた。
間近でみると、つぶらな瞳と健康的な肌色の絶妙なバランスがこの子の美貌を格段にひきあげていることがわかる。
「まもるさんのお気持ちを組んであげてくださいっ!」
「こ、小波ちゃん! ダメだよ!」
まもるさんが妙に慌てている。
「で、でもっ! ハルノキさんにみせないと意味ないじゃないですかっ!!」
「一体なにを隠しているんですか?」
「あ、あぐぅ、その……」
「ログインしなくてもいいです。この床に投影してみせてください」
VRに入らなくても、拡張現実ARモードでリアル世界に投影することだってできる。というか、体感的な要素が必要ないようなゲーム内の“作業”を長時間するなら普通は、みんなそうしているハズだ。
「み、みんなも見てるし……」
「あんだけ心配かけといて、いまさら何を恥ずかしがることがあるんですか?」
「わ、わかったよぉ……」
まもるさんがスマートフォンを操作する。
フローティングメガネのレンズ部分が発光し、目元から2番ブースの床に向かって光線が放たれ、TA-GOの地形フィールドらしき凹凸が映しだされていく。
まるで空から見下ろしているような、俯瞰的な眺めだった。
「こ、これ、TA-GOの畑っすか?」
「そうだよ! ボクね、上空市民バージョンのTA-GOつかってるんだよ!」
偉そうに胸をはるな。
「トモイリくんが、お空から眺めるスカイビューモードっていうのが使えるっていうから」
この騒動の仕掛け人はトモイリか……あとでぜったいに仕返しをしてやろう。
「みえてきたよ!」
随分と広大な畑のようだ。
地形がスクロールして、映像が北から少しずつ南下していく。
やがて手の入った畑らしきものがみえてきた……。広大な大地に、作付けされたと思われる、あかい作物……。
紅……。
既視感が、脊髄を電撃的に駆け抜ける。
まさか、サマ──



『 M Y 』


既視感の正体を確かめる間もなく、みえてきた二文字のアルファベット。さらに流れるように、次々とアルファベットが目に飛び込んでくる。


『 F r i e n d s 』


『 F o r e v e r 』


『 D e a r 』


『 は る の き く ん 』



「な、なんすか……これ……」
「だ、だって、は、ハルノキくん。ずっと遊んでくれないから、ボクのこと嫌いになっちゃったのかなと思って……ぼ、ボクはずっとお友達でいたいと思ったから……」
ば、ばかやろう……。
こ、こんな中学生が知ってる英単語を一生懸命ならべてつくったような、おかしな文章を……よりによって夏苺サマー・オブ・ロマンスで……しかも、ひとまえで晒して……自分の名前がはいってるじゃないか……そこだけひらがなだし……な、なんで、なんでこんなにあんたは……ばか、ばか、ばか、ばか、ばか、ばか、恥ずかしすぎて……、
恥ずかしすぎて……、
目から汗がとまらないじゃないかよ……。
まもるさん……ほんとに、ほんとに……よっかった──

「旦那、本当にお世話になりやした」
蒔田が深々と頭を下げると、開け放たれた動力室後方ドアから夕暮れの空がみえた。
「マキタさんも九州までくればいいのに」
「あっしも名残惜しいんでやんすがね……レンタカーも返さねぇとですし、あっしら本州限定スターダストメイツってやつらしくて、九州にはついていけねえらしいんです」
「よくわからないけど、寂しいよぉ」
「そういっていただけやすと、光栄でやんす。まあ、きっとまたどっかでお会いしますよ。それじゃっ、ハルノキの旦那も、人力電力のみなさんも、おたっしゃで!」
一瞬、昼間に戻ったと錯覚させるような、爽快な笑顔を残し蒔田が踵を返す。
列車の外には、江田が運転するホバーカーが助手席のドアをあけて待機していた。
「とぉうっ!」
蒔田の姿が鮮やかに宙を舞い、すぽっとクルマに収まると、静かにドアが閉まった。
ホバーカーは、ボンネットから蒔田ビューティーとかかれた巨大な垂れ幕のようなエアロビジョンをはためかせて去って行った。
「おっし、それじゃあ、いっちょワープ決めるかぁ! みんな聞いてくれ! いろいろトラブったが、ここまでサルと室津さんがしっかりと電力貯めててくれたぞ。次は俺たちの番だ!」
獅雷が動力室全員を見渡して声を張り上げる。
マイトや田坂、こなみ……全員が頷いた。
「はいっ!」
まもるさんも。
「まもる、オマエはさすがに見学だ」
「ええええ!」
「その代わり、ハルノキ、こいでみねえか?」
親指で示されたのは、マイトの隣に設置してある自転車だった。
「は、はい!? い……やいやいや、じ、自分、素人なんで、あ、足ひっぱるだけですよ」
「まもるも最初はそうだったぞ。いいからこっちこいよ!」
「わかりました!」
「獅雷さん! 後方からもの凄い勢いで接近する物体があります!」
サルが後方ドアを覗きこんでいた。
「あぁ? どうせ売れ残りの処分にあせった業者だろ? ワープ前は商売タイム締切だ。全員で振り切ってやろうぜ! おっし……」
獅雷が息を吸い込む。
「人力でんりょぉぉぉく! ハイケェェェェェェエェーーーーーーーーーーイ」
「デーーーーーーーーーーーンス!」
全員の掛け声が動力室にこだました。







日没が迫り周囲が朱く染まりはじめた刻。
「江照様!」
建物の合間に、輝く明星のごとき光がみえた。
「あの、美しい電飾の中にまもるさんがいらっしゃるのですね」
様々な色彩の光をまとう車両がはっきり目視できる。いちばんぼしは、海峡へと向かって突き進んでいく。
『戸北、スパートだ!』
「御意!」
両足の裏側の感覚は薄れていたが、大地を蹴るたびにまもるさんに近づけていることを心が感じていた。
「も、もう少しです! もう少……」
そのとき、いちばんぼしから奇怪な音が鳴り響き、電飾が不規則に点滅しはじめた。
直後、いちばんぼしが急激に速度を上げた。
まるで眠りこけていたウサギが、突然目を覚まし、そのままカメを振り切るように一直線に走り抜けていくような疾走感。
『あ!』
「あ──」
『お、お、お、お、おい!』
「あ、あ、あ」
いちばんぼしは少しも速度を緩めず、茜色に染まる海上へ滑りだしていく。
「江照様、このスーツに飛行か浮遊機能はついておりませんでしょうか」
『そんなものは、ねえ!』
「斯くなる上は、突き進むのみ!」
『お、おい、戸北!?』
「キェェェェェェェェェェェェェェェェイ」
『ちょ、ちょっと、まて戸北、そういうのは気合いでなんとかなるもんじゃねえ! ま、まて、まつんだ──』
「ヒィィロォォォォジャァァァンプ!」
いちばんぼしへ向かって、高く高く翔んだ──

次回 12月21日掲載予定 
『 夕凪、うなぎ 』へつづく





「ど、どこでやんすか!?」
「いやいや、みえてますよね? ココです。コ・コ!」
「あ、あっし、その鳥目でございまして、日が暮れてきやすと、その視力が落ちるんでさぁ」
「これは、失礼」
太陽光かと思うくらいに眩しいライトが照射される。
「ご覧になれますか?」
「あ! ホントだ!」
「いやいや、わかってましたよね?」
「思いだしやした。そう、そいつは、なんかこう、成り行きで……」
「成り行き……ですか……」
「そうんなんでやんす!」
店員はスッとimaGe検索結果をエアロディスプレイにして目の前に差しだしてきた。


『【なり-ゆき】<成り行き>物事が自然に移り変わっていく様子』


デカデカと映しだされた辞書の引用だった。
「みえます? ここ」
“自然”という部分に赤い線を引かれた。
「主に、故意的なものや恣意的なものが介入しない状態を指すらしいんですよ」
「へ、へい……ですからそれは、自然に……」
「自然界にこんなに毒々しいピンク色の物体は存在しないと思いますが?」
夕陽の色に動じず、ホバーカーのボンネットに鎮座し己の色を主張しつづける“スターダストメイツステッカー”を店員は1ミリのぶれもなく、まっすぐに指さしていた。
「レンタカーですよ? 借り物にステッカー貼るの、ダメだってわかりますよね? 普通」
「いやね、このシールでひとの命が救われたんですよ。もうね、命の恩人。だからここはひとつ記念ということで、このまま返却というわけにいかないでやんすかね……」
「特別追加料金をお支払いいただければ、ご返却を承ります」
「そ、そんな殺生なぁ! お、おい江田くん! なにぼさっとしてんだよ! 早く剥がすんだ!」
「人に罪をなすりつけないでくださいよ…… だからいったじゃないですか?」
「と、とにかく、なんか剥がす方法ないの? これ」
「知りませんよ。あの社長に確認してください」
「あの人にそんなこと聞けるわけないだろ? “かっこいいのになんで剥がすの”とかいってくんぞ。あの顔、覚えてるだろ? どうすんだよ、追加料金とられちゃうじゃないか」
なんとみみっちいやり取りなんだろうか。あれほど、レンタカーに貼ってはいけないと注意したじゃないか。
「そろそろ利用時間も延長になりますので、特別追加料金も割り増しになりますが、いかがいたしますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ! 延長料金!? まだ、あっしらから搾り取ろうってんですか!?」
「いや、その店員さんはなにも間違っていないとおもいますよ」
「……困ったなぁ……」
蒔田さんは、駐車場の向こうに広がる海の方へ視線を向けた。
「海が……大きいなぁ……夕陽もキレイだぁ」
ついに、現実逃避をはじめてしまったようだ。たしかに、このレンタカーショップは海峡と夕陽を一望できる、なかなか眺めのよい立地だとはいえるが。
「こんな広い世界にいるんだなぁ……僕たちは……ちっぽけなことなんて忘れちゃおうよ」
そんなごまかし方をしても無理だろう。
「あ、あの、すみません。特別追加料金はいくらになるんでしょうか」
店員が柔和な笑顔に戻ってこちらを向いた。
「はい。貸し出し期間から計算をいたしますので……」
電卓アプリで計算をはじめた。
空中を指が手慣れた様子で動いていく。
「お、おい! 江田くん!?」
後ろから蒔田さんの声がした。
無視した。
「あっ! お、おい見ろ! いちばんぼしだ。みてみろ! 江田くん! いちばんぼしが海に出て行くぞ! すごいなぁ!」
そんなにタイミングよく現れるわけがない。
店員もあきれている。
当然だ。
「お、おい! あれ? その後ろを走っているやつがいるぞ、あ、アイツ海に飛び込もうとしてねぇか?」
もう、無理だって。
「お、おい江田くん! みたまえ」
袖を引っ張らないでほしい。
完全な巻き添えじゃな──
「あ! ホントだ!」
「お、おい! おいおいおいおい、飛ぶぞ、飛ぶ、飛」
その男はかなりの音量で奇声を発しながら、勢いよく岬から飛び出した、かとおもうと、そのまま海峡へと向かって真っ逆さまに落ちていった。
夕暮れの波間に小さな水しぶきがあがる。
「こいつはてぇへんだ! こうしちゃいらんねぇ! 旦那! あっしちょっくら見てきまさぁ!」
「ちょ、ちょっちょと、そうやって逃げるきでしょ!」
「てんやんでい べらぼうめ! こちとら人の命がかかってんだ!」
「お、おいおいおいおい! 逃げんのか!? おい!」
「いくぞ! 江田くん! とぉうっ!」
蒔田さんが、海に向かって全力で走りだした。
「あ、ちょ、ちょっと! 金払え! ドロボー! 乗り逃げだー! 乗り逃げ!」
後を追いかける店員の影が、夕陽に照らされ長く伸びていた。
夏も、もうすぐ終わりだなぁ。





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