河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第82話『 バディのボディ 02 』

ピョ─
ピョッ─
ピョッピョ──
ピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョピョ─
ピョピョピョピョピョ─ピョピョピョピョピョ──
「むむむん……」
──ピョピョピョピョピョーン─ピョピョピョピョピョーン
──ピョピョピョピョピョーン─ピョピョピョピョピョーン
まだ眠いのに、小鳥さんとカエルくんがダンスするような音が聞こえた。
ハルノキくんの目覚まし時計かなぁ。
うっすら目を開けると隣のベッドでハルノキくんは静かに寝息を立てている。
あれぇ?
ノボルくんは、枕元に浮かぶ水槽の中で静かにゆらゆらしてる。
……うなぎも寝るのかなぁ……と考えてたらボクはまたウトウトし──

「まもるさん! そろそろ起きてください!」
まもるさんはいつもの壮絶なる寝相を呈し、ベッドの中でスカイダイビングするようなアクロバティックな格好で眠っていた。
さっきから何度声を掛けても起きない。
一瞬だけ、いちばんぼしでの出来事が頭をよぎったけど、この寝相ならそんな心配はいらないだろう。
「まもるさん! 朝メシ食べますよ!」
モソッと反応があった。
「朝食バイキングですよ!」
ガバッと布団が跳ね上がった。
「むむむっん! 朝食バイキングぅ!?」
テンションも跳ね上がったようだ。
「ハルノキくん! ボクはこの世の中で、ホテルの朝食バイキングが1番好きなんだよ!」
ずいぶんとアバウトな好物だと思うが。
「い、行こう! すぐに!」
「いや、だからちゃんと着替えてください」
似合わない純白のガウンからいろいろと飛び出している。その格好で一緒にうろうろされてたまるか。通報されて即、更生施設行きだ。
「とにかく、あのぼろきれみたいな服に着替えてください」
「わかった!」
ベッドを飛び出しクローゼットへ向かって全力で走りだした。
起き抜けにそれだけ動けるのに、なぜあんなに寝起きが悪いのだろう。歳をとるほど朝は早く起きるもんじゃないのか?
「朝食バイキング! バイキング! バイキング! バイキングゥゥゥ!!」
謎の鼻歌を歌いながら、穴だらけのトリコット マルチ ループ ウォッシャブル クール シルク製の白いシャツに袖を通すまもるさんの方から華やかな香りが漂ってくる。
いつ嗅いでもムダにゴージャスでフローラルな香りだ。
「そっか、朝食バイキングだからハルノキくんは目覚まし時計までつかって早起きしようとしてたんだね!」
「目覚まし時計? なに寝ぼけてんすか? 早く着替えてください! misaがせっかく予約してくれてるんですから」
さっきから“脳内音声ダイレクト”で文句のひとつも聞こえないのが逆に不気味だった。
まあ、まもるさんを起こしているときから、脳内にはまるで時を切り刻むような“秒針の音”がチッチッチッチ……と流れ続けているのだが。
きっと、misa様からの粋なメッセージなのだろう……。
まもるさん。頼む、早くしてくれ。

「うひょうひょうひょうひょう!」
下世話な歓声が高貴なフロア内に響く。
テーブルについているみなさんは、きっとこのホテルで静かな朝のひとときを迎えていたのだろう。まるで侵略者にでもなったような気分だ。
「まもるさん、少し声を抑えましょうか。ここ、高級なホテルなんで……」
「だって! いや! だからこそだよ! ハルノキくん! みてごらんよあのローストビーフ!  テンションがあがらないわけないじゃないか!」
すでに料理の取皿を両手に携えたまもるさんが力の限り叫ぶ。指さしているのは、生ハムだ。
恥ずかしい。ただでさえ、目立つんだ。
その水槽のせいで。
「なんでうなぎ連れてきてるんですか?」
「だって、ノボルくんもご飯たべないといけないじゃないか」
いくらペット宿泊が可能なホテルとはいえ、水槽を隣に浮かべて朝食を食べに来ているヤツはいないだろう。
『ハルキ、あなたも皿をとりなさい』
朝のあいさつもなく、misaが脳内にカットインしてきた。
『はやくしなさい。ここのパンケーキはスグになくなっちゃうのよ』
「ぱ、パンケーキ!? 朝から甘い物?」
『なに、中年みたいなこといってるのよ。パンケーキを食べなさい』
「わ、わかりました」
肉、魚、野菜、フルーツ、米、パスタ、パン、麺、多彩な食材が色とりどりに並べられている。
初見アンノウン字幕テロップ”が様々な料理名や食材の名前をポップアップしてきたが、立ち止まることは許されなかった。
ブッフェコーナーの一角に女性が多くあつまる場所があった。
「な、なんか恥ずかしいよ」
『アンタなんてそもそも存在自体が恥ずかしいんだからいまさら気にしてもしかたないでしょ?』
そ、それは言い過ぎではないだろうか。
「ど、どれを選べばいいんでしょうか」
周りに、misaとの会話を聞き取られないよう極力、声を抑えて質問する。
『まずは真ん中の、ふわふわのやつよ』
毅然とした音声なのに、話す内容はとても可愛らしい。
『それじゃない。その右のやつ』
しかし、要求は厳しい。
『ラズベリーとオレンジとイチゴも! ハァ!? センスなさすぎ! ぁっ! クリームなんでそんなに下品なの? もっとふんわり!』
目の前に大量のエアロビが並びパンケーキ画像で埋め尽くされた。
『こういう風に“視野映え”させることを最優先に盛り付けなさい!』
「こ、こんなもんでどうでしょうか?」
『まあ、よしとしてあげるわ』
なんとか許しを得られるレベルの盛り付けを施せたようだ。
フゴノギグンハルノキくん
今度は背後から鼻息まじりの声。
振り返るとまもるさんが、両手に大量の料理が載った皿を4枚ずつ握りしめていた。
口元には白いカップを咥えている。
バカなのかこの人は。
「いっかい、席に置けばいいじゃないですか」
バッテだってジカンガモタイナイビャナイガ時間がもったいないじゃないか
「とにかくあの席に座りましょう」
「ングング」
まもるさんはテーブルのうえに計8枚の皿を置く。純白のテーブルクロスに色とりどりの料理が広がる。
どれほど食べる気なんだろうか。
「待って! スープのんじゃったからもう一回いってくる!」
まもるさんの口元のカップはすでに空になっていた。歩きながらスープを完飲していたようだ。
スープコーナーの方で、まもるさんがスープを鍋ごと持ち出そうとして止められている姿が見えた。

「いただきまぁーす!」
『ハルキはまだよ!』
空腹にあえいでいた野良犬のような勢いで食べ物を口に運びはじめたまもるさんの正面で、じっとパンケーキを見つめていた。
まるで厳しく躾けられた飼い犬じゃないか。
『この甘みと酸味のバランスが取れた構図。朝の陽射しに映えるわぁ』
まるで広大な風景に挑む、山岳カメラマンのようなmisa様のコメントが脳内音声で流れる。
『パウダースノーのように繊細な雪砂糖スノーシュガー、太古のロマンすら感じる琥珀色の蜂蜜ハニーシロップ、純白にそびえるホイップクリームのチョモランマ。太陽の匂いがする爽快なオレンジ、高貴な色味のラズベリーの知的な酸味。幸せだわ』
ま、まあ非常に喜んでいるようなので、悪い気分ではないのだが。
でも、そろそろ腹が減ってきた。
まもるさんが、ローストビーフとレタスの比率が9:1に盛られたサラダと呼べないサラダをむさぼっている姿がうらやましい。
『ハルキ、パンケーキに集中しなさい』
「は、はい」
「ハルノキくんは食べないの?」
「い、いや、まだmisa様が……」
「そっか! じゃあボクおかわり持ってくるね」
颯爽と空になった皿を持ち席を立つ。
「ね、ねえmisa。この光景を動画か画像として保存してそちらで楽しんだらどうかな」
『ライブだからいいんでしょ? 香りも記録したやつだといまいちなのよ』
「そ、そういうものなんだね……」
「むむむっん。っと」
まもるさんが、また大量の皿に料理を盛って持ってきた。
「misa様も早く一緒にご飯食べれるようになるといいね!」
「そ、そういえば、まもるさん、昨日そんなこといってましたよね? misaも一緒にうなぎを食べる方法を思いついたとか」
「うん! misa様用のボディを買えばいいんじゃないかと思うんだ! ボク」
「え!?」
『なっ!? なにいってんの?』
いつのまにかmisaの音声が体外音声に切り替わっていた。
「ボクね、いちばんぼしでmisa様を見たときに思い出したんだ! ボクのいた守衛所にもアシスタントプログラムさんがいるんだけどみんな人間と同じような身体で働いてたなぁって」
「そ、そりゃたしかに、アシスタントプログラム用のヒューマノイドホルダーは、あ、ありますけど……」
べらぼうな値段がする。
『とてもハルキ貧乏人には手がでないわよそんなもの』
「大丈夫だよ! ボクが買うから! そうすれば、misa様も一緒においしいご飯食べられるでしょ?」
『な、え、いや……いらないし……別に』
「どうしてぇ?」
『身体あったら、動きにくいし? 気持ち悪い男にじろじろ見られるのとか勘弁だし……』
「そうなの?」
『い、いや、や、ま、まあ? ア、アタシもアシスタントプログラムだし? そりゃ、いつかは? ヒューマノイドホルダー使って? ばりばり活躍してみたい? っていうか? そういうのなくはないけど?』
なんだその半疑問の話し方は。
まんざらでもなさそうじゃないか。
「じゃあ、買いに行こうよ!」
『いや、ま、まぁ、そ、そこまでいうなら? 善意をムダにするのも? 悪いっていうか? み、みるだけなら? い、いいけど?』
か、完全に心を奪われているじゃないか。
「まもるさん……それはできないっすよ。misaは自分のアシスタントプログラムなんで、そこはやっぱり、自分がいつかちゃんと働いたお金で買ってあげたいっていうか……」
『あんたに微塵の将来性も感じないんだけど』
「ハッ、ハァ!?」
『ハァ? じゃないわよ。アンタに買えるわけないのわかるでしょ? ヒューマノイドホルダーの相場くわしいんだから』
「い、いや、よくわからないけど……」
『アンタずっと前から、いかがわしいサイト、コソコソ検索してたでしょ』
「あ、いや、な、なぜそれを!」
『毎晩、毎晩、気持ち悪かったわ。チクリンと知り合ったのもそのつながりでしょ?』
「あ、あれは、秘匿極私的検索シークレットプライベートブラウジングモードで……」
『全部みてるからねアタシら。アシスタントプログラムはシークレットモードの検索は知らないフリしてるだけだから』
こんな場面で現代テクノロジーの脅威について学ぶとは思わなかった。
『ああいう、チクリンのところみたいな、いかがわしいのは絶対に許さないからね。まもる。さっさとそれ食べなさい。買い物いくわよ! あれ?』
「まもるさん?」
まもるさんが、天井を見上げていた。
「どうしたんですか?」
「うん? なんかいま、ピョピョピョピョピョって小鳥さんみたいな声がしなかった?」
「いや、まったく聞こえませんでしたけど、だ、大丈夫すか?」
「そっか空耳かな」
『とにかく、それ早く食べちゃいなさい!』
「わかりました!」
『ハルキは、もう片付けなさい』
「は、はい。早急に食べきります……」
『なんかムカついたからアンタは、食べずに片付けなさい』
「そ、そんなぁ……」
視野内に、モデルさんのようなスレンダーな体型の女性型ヒューマノイドホルダーやグラマラスな女性、スポーティな女性、様々な画像が次々に浮かび上がってきた。
み、misa様、の、ノリノリじゃないか──。

次回 2019年01月18日掲載予定
『 バディのボディ 03 』へつづく


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