河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第83話『 バディのボディ 03 』

『ハルキは髪の長い女、好き?』
「な!」
買い物の道すがらmisaが突然、思春期まっさかりの女子のような質問を投げかけてきた。
「な、なに? 急に」
『だって、アタシ実体化するわけでしょ? ハルキの好みはしっかり聞いておかないと……』
そ、そうか。
そうか、そうか、そうか。
ついに、ついに、我がアシスタントプログラムは主の存在を尊重するようになってくれたのか。
『ねぇ、好きなの?』
「そ、そうだなぁ……う、うんまぁ、嫌いじゃぁないかな。うん」
『……チッ……』
「し、舌打ちですか!?」
『やっぱり好きだよなぁ。あー、どうしよっかなぁ』
「あ、あのなにかお気に召さないことが……」
『アタシさ、実体をもったらやってみたいことまとめてみたんだけどさ、その中のひとつに“長い髪の毛をふんだんにシャンプー使って洗う”ってのがあってさ』
「よ、よいことではないかと、お、お見受けいたしますが……」
『髪長くしたらアンタの好みにかぶるじゃん。それだけは、ぜったいに、イヤ!』
人間はストレートに明確な悪態をつかれたとき一瞬固まるようにできているのかもしれない。
『だいたいさ“まぁ、嫌いじゃぁないかな”ってなによ? なに上からいってんの? アンタに女の好み語る資格なんてあると思ってんの?』
さらに容赦のない、言葉の殴打。
『そういうセリフは、選べる立場になってから使うものでしょ? ずうずうしい』
「……は、はい……じ、自分でもおこがましい発言であったと…………おも、いま……す……」
堪えろ、堪えるんだ。
嵐は直におさまる。いっときの感情の昂ぶりに流されて行動してはいけない。
『他には? どんなのが好み?』
投げつけるようにぶっきらぼうな音声こえで質問をぶつけてくる。
『ねぇ? 正直に答えなさいよ』
声色が違えば、クラスの女子が茶化しながら気になる男子に探りを入れている場面にも思えるのだろうが、セキュリティ・ポリシーの取り調べを数倍、過酷にした詰問としか思えない。
もし、misaが実体をもっていたとしたら、胸ぐらを掴まれていてもおかしくはない剣幕だ。
「こ、答えた、場合、あ……あ、あるじの好みが尊重されるというご配慮はいただけるのでしょうか……」
『…セェ…カス……』
「カ……カス?」
『ヒューマノイドホルダーも買えない甲斐性なしが主? だいたい、アシスタントが主の好みな容姿してる必要ある? アンタ夢見すぎ。ていうか外見のことしか考えてなさすぎ。みためだけで女のこと判断しちゃうあたりが“アレ”だよねやっぱり。リアル童……』
「や、やめろ! やめろ! 公衆の面前で!」
『あ! まもる! ノボルくんの餌、ちゃんと買えたぁ?』
ペット用品も扱うコンビニから出てきた大富豪まもるさんの登場により、主の話題は、ぱたりと消え失せた。
misaの音声こえにはあきらかに媚びの色合いが含まれている。
主の存在など、濁流に呑まれゆく笹舟のごとくちっぽけなもの。
「うん! 買えたぁ!」
『良かったね!』
目の前で金の力が行使されているのを眺める、ディープな気分。
おもわず天を仰ぐ。
空はこれほど晴れ渡っているというのに。

「………あの……」
数十枚のエアロビジョンが目の前をふさぐ。
視界がうばわれ、まっすぐに歩けない。
『結構あるんだよなぁ、ヒューマノイドホルダーの専門店って。どこにしようかなぁ』
「そうなんですかぁ?」
『貧乏人相手にちまちま商売するよりも、お金を持ってる人相手にしてどーんと稼いだほうが効率いいからね』
「おぉーい! おぉーい!」
『うるさいなぁ、なに?』
「さ、先ほどから目の前に、女性の画像が映しだされており……その、歩行がしずらい状況でございまして……」
『それくらい我慢しなさい! いろいろイメージを膨らませなきゃなんだから』
「ハルノキくん、misa様が一生懸命考えてるんだから邪魔したら悪いよぉ」
ま、まもるさんまで、加勢しはじめた。
『まもる、だんだんお金持ちの風格みたいなものが備わってきたわね』
「ありがとうございます!」
『それに引き替え、一生懸命悩むアシスタントプログラムの思考を妨げる、imaGe所有者。まったく哀しくなるわぁ』
「そ、そんなこといったって」
『ほんっとに中身からっぽなんだろうね。タマゴの中身もスッカスカだっただけあるわ』
「なんで知って………」
いいかけて、南先生の顔が浮かんだ。
知らないわけがないか……消息を絶っていた間は南先生のアシスタントプログラムとして機能していたんだから。
『もう少しさ、思慮深さというか、デリカシーを大事にした方がいいと思うわ、真面目な話』
「は、はい。申し訳ございません」
『わかればいいけど』
再びエアロビジョンが目の前を覆った。国籍や年代を問わず、様々な女性たちのポートレート画像。共通しているのは、みな背筋をシャンと伸ばし、誇らしげな表情をした被写体だということ。
いわゆる“デキる女性”ばかりだった。
misaの普段の言動と照らし合わせれば自然に理解はできる。しかし、こんなにパキパキとした雰囲気の女性が傍らにいることを想像すると、いまよりもさらに自分の存在は貶められることは間違いない。
癒やしの要素が必要だと強く思う。
だが、そんなことを口には出せない。

「いらっしゃい!」
ほとんど視覚を占領された状態で辿りついた店に入ると狭い店内の奥から男の声がした。
この店が街のどの辺に建っているのかわからない。記憶の問題ではなく、視界がエアロビエアロビジョンに埋め尽くされていたせいだ。
エアロビの隙間から、店先に『八ッ橋美形堂』とかいてあったのがかろうじてみてとれた。
「なんだか古風なお店だね」
『うーん、いろいろと評価は高い店みたいなんだけど………やっぱり違う店にしようかな』
misaが“脳内音声ダイレクト”で不安げな音声を漏らした。
周りをみわたしてみると、店内には四方に棚が配置され大小様々な木箱が収められている。
店の全体の雰囲気は、フローティングメガネを購入した元さんの店に似ているが、この店のほうが、どことなく繊細で雰囲気は落ち着いるような気がする。
「そんなに悪いところじゃなさそうだけど」
『なんか古くさくない? もっとシステマチックで機能的な内装の店のほうがいいかもしれないと思うのよね』
「お二人さん何をお探しで?」
misaの不安をかき消すようなハリのある声を響かせ、奥からひとりの男がでてきた。
黒々とした肌に絶妙な艶を帯びた壮年の男。
ニコニコというよりはニヤニヤに近い笑顔をたたえたまま、店の奥のカウンターに立つ。
「ご希望いってもらえば、お出ししますよ」
「misa様のボディをください!」
「ん?」
まもるさんがストレートに要件をつげる。
店主が笑顔のまま固まった。
よくみれば、くしゃっと皺が寄った愛嬌のある笑顔にみえなくもない。
「あ、あの、アシスタントプログラムのヒューマノイドホルダーが欲しいんですが……」
「ん? あぁ“機種変”?」
店主がこちらを向いて笑う。
歯が不自然なほど白い。
かなりの時間と手間暇をかけたホワイトニングが施されているようだ。
「キ、キシュヘン?」
「ん? アシプロのヒュマホのキシュヘンでしょ?」
まるで“ザギンでシースー”のように“ネイティブ業界用語”のごとき言葉が店主の口から滑り出てくる。
“キシュヘン”とは……なんだ……。
「そっか! imaGeホルダーを替えるのも機種変っていうんだね!」
そんな言葉は聞いたことがない。
「まもるさん、キシュヘンってなんすか?」
「む? ハルノキくん機種変更しらないの? スマートフォンを新しい機種に替えることだよ」
機種を変更……“機種変”というのか。
「でも、imaGeはスマフォじゃないですよ」
「そうかー知らないかー世代だなー。でも、まあまあ兄ちゃん、細かいこたぁいいじゃないの。スマホだろうがヒュマホ、だろうが機械が変わるなら機種変だろ?」
「は、はぁ……」
「で、お客さん、どっちがアシスタントプログラム?」
「え?」
店主がまもるさんと自分の顔を交互に見渡す。
「あ、いえ、二人とも人間です」
「あ、そうなの? てっきりどっちかがヒュマホかと。どうりで、二人ともブサイクだなと思ったんだよ。バッハハハ」
接客をはじめて、ものの数分で客をブサイク呼ばわりできるこの人はどんな神経回路をもっているんだろう。
「あの、自分のimaGeに入ってるアシスタントプログラムなんですが」
「あぁ、兄ちゃんの方か。それで、どんなのがほしいの?」
「うなぎが食べれるやつです!」
まもるさんがすかさず口をはさむ。
「うなぎ? なに? 摂食型かい?」
「そうです!」
「そうっすか……」
とたんに店主の目がまもるさんを値踏みするように輝き上下に動く。
「申し遅れました! あたくしは、こういう者でござんす!」
唐突に名刺を差しだしてきた。
「う、うむん?」
名刺を覗き込むと“店主 八ッ橋やつはし かをる”とある。風貌にみあわず、趣のある名前だ。
「うちは、オーダーメイドでヒュマホの作成もやっちゃいますんで、ぜひ今後ともご贔屓に」
途端にぺこぺこと頭を下げ出した。
どうやらここでも金持ちパワーが発動したようだ。上客とみとめ態度を変えたのだろう。たしかに、人間と同じ食物を摂取できるヒューマノイドホルダーはべらぼうな値段がすると聞いたことがある。
「うむん!」
まもるさんは金持ち風のポーズをとり仰々しく名刺を受け取った。
「それで、今日は、そちらのお坊ちゃんがお持ちになってるアシプロのフュマホをバシっと仕込めばいいんですね?」
それにしても丁寧なのかふざけているのか即座に判別ができない言葉使いだ。
「むん! 頼むよ」
胸を反り返してまもるさんがこたえた。
金持ちぶった振る舞いに、だいぶ慣れてきてしまったのが悔しい。
「アシスタントプログラムさんは、男性、女性どちらざんしょ?」
「女性……ですいちおう」
『なに? いちおうって?』
即座に脳内音声が反応した。
「ほうほう、女性! そうかそうか……それじゃあね……ちょぉぃっと、この“仮ボデー”にアシスタントプログラムさん移してもらえますかね」
八ッ橋は店の奥からゴトゴトと女性型のマネキンのようなものをもってきた。
な、なんとも、強烈なメリハリのきいた、凹凸の際だったセクシーなフォルムだった。
『な、なにあれ? アタシ、あんな身体イヤ。ていうか、あの男もヤダ』
「えっ!?」
『なんかギラギラしてて、気持ち悪い』
脳内でmisaが怯えるような音声をだす。
『身体、触られるみたいでイヤ』
「そ、そんな……」
「どうしやした?」
八ッ橋がまた笑顔を固めた。
たしかに脂ぎった感じは否めない。
「すみません。……で、できれば、女性の店員さんに相談をしたいと申しておりまして……」
「いやいやいや、ここは、あたくしにお任せください! 問題ありませんって!」
八ッ橋はゴリ押ししてくる。
『ヤダ』
脳内では拒否。
「ささっ、この仮ボデーへ! ちゃーんと採寸してバシーっと、イイ感じのボデーづくりいたしましょ!」
『ハルキ、他の店いくわよ! アタシ絶対にヤダわ、あんな親父に触られるの』
たまらずmisaが独自判断で音声を“体外音声スピーカー”に切り替えたようだ。
店内に怒りの音声が響き渡る。
「ちょっとぉ、お父さん!」
そのとき、奥から女性の声がした。
店主の動きがピタッと止まる。
「それ、セクハラよ」
怒りの声とともに奥の戸口にひとりの女性が現れた。
「あ、あずき……セクハラとはなんだ!」
顔が赤黒く変色した店主を押しのけるように横を通りすぎ、あずきと呼ばれた女性がずんずんと歩み寄ってきた。
「父が、いえ、店主が失礼いたしました。女性型ヒューマノイドホルダーにつきましては、わたくしがご相談を承ります」
肩口で切りそろえられた艶のある黒髪をたゆませたふくよかな女性だった。
店内の通路幅ぎりぎりのボディラインと全体的に愛嬌のある丸い輪郭の表情がなんとも福々しく、おっとりした雰囲気を漂わせているが黒々とした大きな瞳には強い意志を感じる。
「いかがでしょうか」
じっと、あずきがみつめてくる。
問いかけているのは、自分なのかそれともmisaなのか。
静かで、誠実な声だった。
脳内のmisaとあずきが見つめ合う姿が思い浮かんだ。
「わたくしにお任せいただけないでしょうか」
まもるさんも、ノボルすら動きを止めたと錯覚するような沈黙。

『……いいわ』

misaが唐突に静寂を破った。
『アタシ、この子気に入ったわ。任せる』
「ありがとうございます! わたくし八ッ橋美形堂ヒューマノイドホルダアドバイザー 八ッ橋あずきと申します。どうかよろしくお願い申し上げます」
透き通る声で淀みなく礼を述べ、彼女は深く頭をさげた。

次回 2019年02月01日掲載予定
『 バディのボディ 04 』へつづく


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