河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る いちばんぼし 次を読む

第90話『 ホテルはリバーサイドヒルズ02 』

「ひぃぃごめんなさいぃ! ボク、お金持ってないんですぅ!」
怖いお兄さんたちがこっちに来るぅ!
「よぉし、このあたりにすっかなぁ」
「お金ないんですぅぅぅ!」
「おい、まもるぅ、静かにしろやぁ」
「パークさん、た、助けてくださいぃ」
「オメぇ、なに怯えてんだ?」
「怖い人たちが、いっぱいなんですぅ!」
「よっく考えてみろよ? 幻覚だろ? 無視しろ、そんなもん」
「む、むりですぅ!」
「しょうがねえなぁ……imaGe、どこだ?」
「えっ?」
「オメェのimaGeだせよ。止めてやる」
「こ、これですぅ!」
ポケットからスマートフォンをだした。
汗でベタベタ。
「スマホじゃねえか! レアの持ってんな! 現役か? 動くのか!」
「い、いまは、imaGeホルダーですぅ!」
「あぁ、そういやぁスマホ、もう使えねぇんだったなぁ……」
パークさんがぶつぶついいながら、ボクのスマートフォンを裏返した。
「確かここからだったよ…な……フンッ!」
めりめりめりと音がして、スマートフォンが開いた!
「こ、壊すんですかぁ!?」
「あ? みてろ。うんと、こいつを……」
パークさんがimaGeチップを取り出して、いきなり、ぺろんっと舐めた。
「き、汚いですぅ!」
「文句いうんじゃねえ。周り見てみろ?」
「………き、消えた!」
怖いお兄さん達の姿が消えてる!
「うまいこと舐めるとなimaGeは強制終了できんだよ。たまにぶっ壊れっけど、まぁいいだろ」
「あ、あんまりよくないです……」
「さ、借金取りが消えたんなら、もうひと仕事すんぞ」
「そ、そういば、ここ、どこですか?」
ボクはいつのまにか、人通りが少ない寂しいところに立っていた。

「シャッァァァァァ、さんっ名様ご来店でぇぇぇぇぇぇっす!」
「ッシャーーーーイ!」
カーテンの奥からくぐもった声がする。
分厚い布に仕切られた手前のスペースが受付だろうか、自律神経を興奮状態に導くような赤く妖艶な照明が空間全体を包んでいた。
「3名様、もっこり」
四頭身男が店内のテンションに迎合しない声色で、フロントにむかってつぶやく。
「いらっしゃいませぇ!」
“もっこり”に反応したのだろうか、半円形にくりぬかれたついたてから、ひょっこりと怪しげな男が顔をだした。
「もっこり。3名様」
「はい! かっしこまりました!」
フロントの男は迷いもせず、空中へエアロディスプレイを1枚浮かべる。
今ので意志の疎通ができているのか。
「コースを選んでください!」
受付の男が示したエアロディスプレイには、『個人戦』『団体戦』というボタンが並ぶ。
「当店は、個人もっこりはもちろん、団体でのもっこりも楽しめます」
だ、団体は……まずいのではないだろうか。
カーテンで仕切られた奥では、いったいどんなことが巻き起こっているのだろうか。全く、見当がつかないけど、こ、こ、こういった、ことは、大人の嗜みとして、こっそりひっそり楽しむものなんじゃ……。
「団体にしましょう! オモシロそう!」
chibusaさんの決断に迷いの色はなかった。
「3名様、団体、もっこり」
四頭身が頷きながら『団体戦』をタップした。
こちらも、躊躇させる隙を生まない素早く手慣れた動作だった。
「それでは、お客様各位のPEXペックスを測定させていただきます。imaGeの“解放”をお願いします」
「い、imaGeを!?」
解放って、た、他人にimaGeを曝け出せということ……こんな、いかがわしい店でそれは……。
「まって! “ペックス”ってなに?」
chibusaさんのまなざしはまたしてもキラキラと輝く。
「もっこり。Pink桃色 EXperience経験値の頭文字でPEXと申します。個人の総合的な桃色耐性を数値化する、当店独自の指標でございます」
「つまり、欲求の数値化ってこと?」
「もっこり。恋愛、年収、夜遊び、修羅場の経験値など様々な指標を総合して判断します。当店は個人様の数値と接客する側とのマッチングにも独自ルーチンを組み入れ、より高度で快楽的なサービスの提供が……」
四頭身とchibusaさんが、わけがわからないやり取りをはじめた。
……imaGeはマズイ。こんなときに、あのお方を呼び出すのは、非常に気まずい。
『そろそろ出番かしら』
misaが勝手に起動した。
「なっ! なんで!?」
呼びかけてもいないのに、なぜ割り込むように目を覚ましてくるんだ。我がアシスタントプログラム様は。
『アナタの情けなさを公明正大に発表できる、チャンスにスリープしてらんないわよ!』
「やっ……それは……」
「それでは、もっこり測定行います」
厳かな声で宣言し、四頭身男がエアロディスプレイを操作していく。
「こちらへ手をかざしてください」
「ハイ! ハイ! アタシから!」
chibusaさんが喰い気味に挙手して踊り出る。
「ここに触ればいいのね?」
四頭身男にバンッと視線を向ける。
「もっこり」
“もっこり”は動じることもなくうなずく。
chibusaさんが画面へタッチすると、ディスプレイに“chibusa”と表示された棒状のグラフが生えた。
「PEX値270モッコリ、中級者クラスです」
審判のような表情で四頭身男がうなずいた。中級クラスというのはどんな基準なんだ……というより、クラスわけがあるのか……。
胃の辺りに、何者かに狭窄されているかのような妙な痛みを感じる。
「え? 中級……なに、それ平凡じゃない」
「もっこり。しかし、いま一歩で上級クラスでございます」
「コージくん、やってみなさい!」
「は、は、は、は、はっぁっぃ!」
コージさんが半ば諦めたように目を閉じ手をつく。ギュギュギュと大げさな効果音が鳴った。
「PEX値480モッコリ……達人、クラスです。もっこり」
「は、はっぁっぃ!」
「なによ! それ! えっ? アナタ、見かけによらず、相当な遊び人ってこと!?」
「い、いやっぁ、そうではありませっぇん!」
「うそつきなさい! ちょっと、じゃあハルノキくん! アナタの番!」
「いや、自分はその……」
帰りたい。
『そういう、思い切りのなさが気持ち悪いのよ! はやくしなさい!』
「いや、自分ちょっと体調が……」
『チッ』
脳内音声に微かな舌打ちが聞こえたとき、視野内のmisa音声が“AUTO”に切り替わった。
『はい! 桜夏男! です!』
「ちょ、ちょっと! やめろ!」
misaが自分の声を再現して話だした。
『23歳、無職、彼女イナイ歴23年、童て……』
「やります! はい! すみません!」
ディスプレイに手を置いた。
………。
………。
ディスプレイに反応がない。
「……あれ?」
手汗をかきすぎてしまったせいだろうか。
「すみません、も、もう一回……やらせてください」
ズボンの裾で手を拭ってもう一度タッチ。
「……あれ?」
「もっこり」
四頭身男が静かに首をふりながら右手を掴んできた。
「ありがとうございました」
まるでオーディションに参加して挨拶だけで帰らされるようなものじゃないか。
「PEX値、測定不能です」
「測定、不能……?」
「ちょっ! なに! ハルノキくん! もしかして、こういうお店はじめてなの!?」
『はい! 自分はじめてこういうところに来たっす!』
またしても、misaが勝手に話し出す。
『殻を打ち破りたいんで! 稽古つけてください! 先輩!』
「わかりましたっぁ! ハルノキくん、わたくしがっぁお教えしまっぁす!」
「いや、コージさん違うんです」
「記念すべき夜じゃない! ちょっと、もっこりくん! この子にとびっきりの体験させてあげてちょうだい!」
「かしこまっこり。精魂込めて!」
「いや、自分、いいっす。おい! misa!」
しかし、アシスタントプログラムは、また沈黙の彼方へと去っていった。
「お待たせいたしました。それでは、3名様こちらへ」
四頭身男がカーテンに手をかけた。
場内の光と音が漏れてくる。
「では、ゆっくり、もっこり、がんばって」
まるで敬礼でもして交わすかのようにじっと、“もっこり”がこちらに熱い視線を注いできた。なんだ、その我が子を送り出すような暖かい眼差しは。
カーテンがゆっくりと開いた。

「わかったか? まもるぅ?」
「ハイ! それで拾えばいいんですよね!」
「……拾うってなんだ……」
「え、だって……」
「摘む。だ」
「つ、摘みます」
「よし。タイミングが命だぞ」
「ハイ!」
白い煙突みたいなトックトックがみえた。
この道には、ピカピカに電気がひかる建物がたくさんあるけど、あんまり人が歩いてない。
「来た! あの2人から目ぇ離すなよ!」
前から男の人と女の人が歩いて来る。
女の人が男の人とスゴク仲が良さそうにくっついていた。男の人はタバコに火をつけた。
「ミリちゃん、ちょっと休んでこうか」
煙を少し吐き出しながら女の人を見つめる。
「やだー、変なことする気でしょぉ」
「変なことってなに? そんなことしないよ。愛を試すのは、変なことじゃないからね」
「やだ……カッコいい」
「行こうか……」
男の人がくわえていたタバコを地面に捨て──
「いまだぁ! まもるぅ!」
「は、はいぃぃぃぃ」
一生懸命に走った。
「すみませぇん!」
「あん?」
おっきな声をだしたら、男の人に睨まれた。
「あ、あのお、ボク、お金なくって、お金かしてください」
「なんだオマエ?」
「いいから、いこぉ、気持ち悪いから」
男の人がこっちを睨んだまま、女の人にひっぱられて建物の中に入っていった。
「まもる! 早く拾え!」
ボクはスグ、道に落ちていたタバコを拾った。
「あっちちちちち!」
まだ火が消えてない!
「よぉし! なかなかいいタイミングだったぞ! まもる!」
パークさんがハサミを持って近づいてきた。
「上物だ」
タバコの先の火の部分だけチョキンと切った。
「これが“生けいけ摘みづみ”だ。覚えとけ」
「ハイ!」
「新鮮なモクが足りねえときは、手間かけてでもこうやって摘むんだぞぉ」
「でも、ど、どうしてあの人がタバコ捨てるってわかったんですか!?」
「よぉっく考えてみろ? わかんねぇか?」
「……わ、わかりません」
「オマエ、何にも考えてねえんだな。いいか? このホテル街を歩くヤツラなんてのはな、最終的にホテルしけこんでイチャコラしてえわけだろ」
「そうなんですか!?」
「そうなんだよ。んで、男は最後のひと押しを決めてぇ、どうすっか? タバコだ! シュボっとよ、渋びぃ顔で吸って、吐いて、ついでに、女がクラクラきちまうようなセリフも吐くわけよ! で、うまいこと、イチャコラする算段ついてよ、ホテル入るわな、でも、くわえタバコじゃ、締まらねぇ。オメェならどうする?」
「た、タバコを捨てます!」
「おう!」
「そ、それなら、ボク、お金かしてくださいっていわなくっても良かったじゃないですかぁ。怖かったですぅ」
「ばかやろう。いいか? タバコ捨てるわな? 火ぃついてるわな? 火事になるかもしれねえ、マナーもわりい、そしたらどうするよ?」
「ひ、火を消します!」
「おう! どうやって?」
「あ、足で……」
「踏むだろ? タバコ、バラバラになっちまうだろ? それが、ひと手間かけるだけで、どうだ! みてみろ!」
パークさんが、さっき拾ったタバコをつまんでみせてくれた。
「キ、キレイです!」
「だろぉ? ほとんど新品だろぉ? これが、生け摘みだ! わかったら、あと10本くらい摘むぞ! お、また来た。持ち場につけ!」
「ハイッ!」

「いらっしゃーい」
そこは、色とりどりの花が咲き誇る夢のような場所だった。
半円型のふかふかのソファに座らされた三人の間に、それぞれ、み、見知らぬじょ、女性が座る。円の反対側にはコージさん。中心にchibusaさん。女性達は全員、び、ビキニ姿で、も、もっこりともりあがった、む、胸元が、し、白い胸元がこれでもかというくらい主張して迫ってくる!
こ、これが“もっこり”か!
『チューブトップっていうのよ、あの、水着』
脳内でmisaが解説をいれてきた。
『あの布1枚めくったら、すぐおっぱいよ』
な、なんと、ふしだらな!
「どうしたの?」
隣に座る“レミ”と名乗った女の人が、不思議そうにこちらを覗き込んでくる。きょ、強烈にかわいい。クリっとしたあ、アーモンドアイが凶器のように胸につきささる。
「ハルノキくんはっぁ! 夜遊びデビューでっぇす!」
「こ、コージさん!」
「そうなのぉ? うそ! かわいいっ!」
じょじょ、女性が抱きついてきた!
ウソだろ?!
反射的に背中が反り返り僧帽筋そうぼうきんと背骨が軋むほど引きつった。
「どうしたのぉ? そんなに緊張しなくってもいいんだよぉ」
れ、レミさんの、む、胸が、ちゅ、ちゅ、チューブトップ越しのお、おっぱいが……。
日なたで太陽を浴びた、ふっかふかの布団のような柔らかな感触に顔面が包まれている。
な、なんだ……これ……。
うっとりとするくらい、甘美な安らぎ。
鉄板みたいにこわばった背中が、アイスみたいに融けていく。
やわらかい……。
「うぅーん、イイ感じに力が抜けてきたわね」
「は、はい……」
このまま眠ってしまってもいい。
視界が半分くらい閉じかけていた。
「わ、わたくしもお願いしまっぁす!」
狭まった視界の中にみえたコージさんは、グッと女性に胸元に手を伸ばして……そんな大胆に、初対面の女性の胸元に手を……。
「ダぁーメ」
しかし、コージさんがたしなめられるようにやんわりと手を押し返されていく。
「常時おさわりはっぁ、だめですかっぁ!?」
なんだ? ジョージおっさわりって?
あの女性の名前かな。
「お客さん今日は、“ウッキウキ ウォッチングコース”よぉー、みるだけ!」
「み、見るだけでっぇすかっぁ!?」
「お客さん“達人”なんでしょぉ? たまには、休欲日つくらないとダメだよぉ」
「そ、それはっぁ! 生殺しっすっぅ!」
コージさんの叫び声。
おっぱいに手を伸ばしては押し返されるのを繰り返していた。
「なるほど……」
真ん中の席に座ったchibusaさんは、ただうなずいている。隣に座る女性は、緊張したように背筋を伸ばしていた。
「どこ見てるのぉ〜? もう飽きちゃった?」
レミさんに後頭部を掴まれた。
んんんんんんん!
さ、さらに、胸元に押しつけられていく。
果てのない弾力に飲み込まれる。おっぱい以外、なにもみえない。
なんだこの、幸せな底なし沼は……。
「あ、あの本物のchibusaさんなんですよね」
「そうよ。アナタ、お名前は?」
chibusaさんの声がする。
「アキラと申します」
「アキラちゃん、アナタなかなか、イイわね」
「ホ、ホントですかぁ? せ、世界一の先生に褒められるなんて光栄です!」
「世界一ね……よくわかんないけど」
「先生みたいに、わたしもカッコよくいたいとおもうんです!」
「アナタのおっぱい、どうなの?」
「Eカップです!」
「大きさじゃないわ。ちゃんとかわいがってるのかってことよ?」
「もちろんいつもケアしてますよ!」
「そうじゃないわ。ちゃんと愛してあげてる? いっぱい愛してもらってる?」
「あ、愛……ですか?」
「どちらも、ないのね?」
「か、考えたことありませんでした」
「それじゃ、これからはアナタ自身が愛するのはもちろん。寄ってくる野郎ども全員が愛して狂うくらい、おっぱいのこと大切にしなさい」
「は、はい! 先生!」
なにやら、とても深そうな話をしている。
「ちょっとだけでっぇす! サーシャちゃっぁん!」
その横ではコージさんの大声。
「ダメぇ!」
女性の名前を間違えるほど酔っているようだ。
「ホラ、落ち着いてぇー」
「は、はっぁっぃ!」
「見るだけでも楽しいのよぉたまにはいいんじゃないのぉ?」
「は、はっぁっぃ! はっぁっぃ!」
だんだんと声がおとなしくなっていく。
「コージくんについてる子も、ハルノキくんについてる子も……求めてるモノを見極めてる……やるわね、これがGAS」
「そうなんです! このお店だとお客様と相性がいいっていうか、イヤなこといわれたことないんです!」
そうか、だからこんなに、満ち足りた気持ちになれるのか……。
レミさんの胸の感触……。
な、なんだ……この店……。
さ……最高……じゃないか……。

「パークさぁん。お家まだですか?」
さっきからパークさんは、キョロキョロしながら歩いてる。そろそろ疲れてきたなぁ。
「おう、そろそろつくぞ」
「本当ですか! よかったぁ、ボク疲れ……」
「まもる!」
「ひぃ!」
いきなり突き飛ばされた。
パークさんが背中を丸めて地面に膝をついた。
「油断してんじゃねえ! もう少しで貴重な資源を踏みつけるとこだったぞ!」
パークさんの指がつまんでいるのは、短いタバコだった。
「ここらは“平場”だ。トックトックの前みてぇにご丁寧に灰皿が飛んでるわけじゃねえ。そこら中に落ちてんだからな! 気ぃぬくな!」
「で、でも、いっぱい上物が手に入ったじゃないですか……」
「家にけぇるまでが、煙摘みモクつみの仕事だ! 油断すんな!」
「ハイ……あぁ!」
見つけた!
「パークさん! ボクも拾いました!」
「……そいつはダメだ」
「どうしてですか?」
「先っぽをよぉっくみてみろ。茶色くなっちまってんだろ? 水を吸っちまってる。時化煙シケモクってやつだな。余計な苦みがでて不味くなる」
「か、乾かしたらダメですか?」
「1度、時化ったら味は戻らねぇ、諦めろ」
「む、難しいですぅ……」
パークさんがまたキョロキョロしながら歩きだした。お腹が空いて頭がぼーっとしてきた。
まだ歩くのかなぁ。
「パークさん、お家はまだなんですか?」
「ん? おっ、おお? もうオレん家の庭だぞ?」
「え! こ、ここ……?」
周りをみてみると、広場みたいになところだった。ベンチがあったり、街灯がたっていたり。
「ここ、公園じゃないんですか?」
「おぅ! 臨空第七中央公園セントラルパークだ! 公園に住んでっから、オレぁ、パーク! シャレてんだろ? ブハハハハ」
「スゴイです!」
「そこの丘の上が家だからよぉ」
パークさんが指差し方には木がいっぱい生えていた。
「よし、じゃあそろそろいくか」
お家に向かって歩いて行くときもパークさんは、キョロキョロしながらタバコを探しているみたいだ。すごいなぁ。
丘を登っていくと丘の向こうから、音が聞こえてきた。
「パークさん? この音なんですか?」
ゴォォォゴォォォっていびきみたいな音。
「お? ああ、川だ」
「川ですか?」
「よぉし着いたぞ」
「ここがパークさんのお家ですかぁ!」
丘のてっぺんにある木の間に青いビニールが紐でしばってあった。
「そこが川だ」
暗くてよく見えなかったけど、ゴォォォゴォォォって音がさっきよりも大きくなった。
「まあ。入れ」
「お、おじゃまします……」
「遠慮すんな。靴は脱げよ」
シートをめくると、布団やテーブル、それからプラスチックの箱がたくさん置いてあった。
「このダンボール、ベッドにしていいぞ」
パークさんが、奥からダンボールを出してきてくれた。
「ありがとうございます!」
「まもる、下の川で水汲んできてくれ、“ロッカ”飲ませてやっからよ!」
テーブルの向こうのお布団に座ったパークさんが、枕元に置いてあった瓶を持ちあげた。
「なんですか? それ?」
「酒だ。一杯やって、仕入れたネタ捌いたら寝るぞ」
「ま、まだ寝ないんですか!? ボク眠いです」
「ばかやろう! ネタは新鮮なウチに捌くのが鉄則だ!」
「で、でも」
「他人様が寝てるときに酒かっくらって仕事して、他人様が汗水垂らして働いてるときに酒かっくらって寝る! それがオレたちの特権だ! わかったら水、汲んでこい!」
「は、はいぃぃ」
ボクはもう一回、靴をはいた。

呼び込みの集団にみつからぬよう、グッドモーミングの裏口からでて、chibusaさんを宿泊するホテルまで送り届けてから、やとのことでHOT TOK PLACEへ戻った。
「おかえりなさいませ」
フロントの男はチェックインのときと変化なく静かに迎えてくれた。
「ただいまぁでっぇす!」
コージさんはchibusaさんを送り届けた後も妙にテンションが高かった。
「ハルノキくん! 鑑賞するというのも悪くないでっぇす!」
しきりに繰り返していた。
カウンターの男は察したのか、おもんばかるように小さく礼を返しただけで、それ以上話しかけてこなかった。
「わたくしたちのお部屋はっぁ、地下2階にございまっぁっす! ご案内いたしまっぁす」
「はい……お願いします……」
こっちは、逆に全身の力が抜けきっていた。


館内は基本的に裸足で行動するようだ。
エレベーターに素足で乗るのも新鮮な体験。
床には毛足の短いカーペットが敷き詰められていて歩くと、足裏をマッサージされているようで、レミさんのおっぱいとは、また別の心地よさだった。
「ここでっぇす!」
声のボリュームは抑えていたが、テンションの変わらないコージさんが意気揚々と示したのは、細長い空間の奥まで一直線に通路が延び、左右には上下2段に取り付けられたカーテンの列が並んだ部屋だった。
「こちらをお使いくださっぁい」
左右は壁で仕切られているが、通路との仕切りはカーテン1枚で個々のスペースは、俗に言う畳、一畳程の広さ。
……危なかった……。
やはり、まもるさんがもし一緒だったら、自分はこの狭い空間のなかでまもるさんと暮らすことになっていたのか。
まして、あんな夢みたいな体験をした後に、あの人とこんな狭い空間に入れられていたらと思うとぞっとした。
「ちなみにぃ、わたくしはこの上のベッドに寝ておりまっぁす」
コージさんは、はしごの掛けられた上段ベッドを指さした。カーテンと天井の間の仕切りには『B-214』とかかれている。
「それでは、今日はぁっ、寝まっぁっす……」
コージさんがすぐにベッドにはいった。
「ま、また明日よろしくお願いします!」
「おやすみなさっぁい!」
上のベッドからカーテン越しの挨拶が聞こえた。ベッドへ転がり込んでみると、思ったより快適だった。一人用につくられた機能的な部屋というのは、狭さがひとつの利点なのかもしれない。眼を閉じると、レミさんの白い胸元が一瞬、浮かんできたけど、すぐに眠気が襲ってきた。

ピピピピピピピピピピピピピピピピ

しかし、眠気を吹き飛ばすVOICE音声通話の呼出音が脳内に響き渡った。
視野内には“棚田さん”の着信表示。
「は、はぃ……」
眠りに落ちる直前だったせいか、声が掠れてしまう。
「あ、ハルノキくん、寝てたかなぁごめん」
「だ、だいじょうぶ……です」
「コージくんは寝ちゃったみたいでさ」
「はい……」
「突然で悪いんだけど、ちょっとチーちゃんのことでさ……」

次回 2019年04月12日掲載予定
『 ホテルはリバーサイドヒルズ03 』へつづく
掲載情報はこちらから






──ガガ エマージェンシー エマージェ……トモイリ! 来い!!──

「イナサクのやつぁ最近なにカリカリしてんだ?」
「元禄さん、声がでけよ。……トモイリ、まもるの畑の売り上げ取りっぱぐってんだよ」
「取りっぱぐれぇ!?」
「声でけぇよ、トモイリも相当、追い込まれてんだから……」
「トモイリ! さっさとイナサクのとこいって謝れ!」
「や……も、もう、謝ってはきました」
「じゃあ、なんでまたエマージェンシー途中で切れたんだ? イナサクがキレってからだべ?」
「ですよね……いまから、行ってきます……」



「セイジ……おまえ、まもるの回収どうした」
イナサクさんが背中を向けたまま話はじめた。
「オッス! 取り立ては続けてます!」
「オメェ、昨日も呑気にマージャンしてたみてえだな」
「あ、い、いや、あの、イイ感じの取り立てムービーがあったんで……」
「……なんて動画だ?」
「お、オッス、“取り立てお兄さん”っす!」
「昨日な、その取り立てお兄さん、途切れたぞ……」
「え、お、オッス!」
「気づいてたか?」
「お……お、オッス!」
へ、返事に間があいてしまった……。
すかさず、イナサクさんの平手が飛んできた。
左頬に灼熱の衝撃が走り抜ける。
意識、飛びかける。
「オ、オッス! すみません!」
「なにやってんだ」
「12万7千円は回収しました!」
「まもるの売掛いくらあるかしってるな?」
「お、オッス!」
「遠隔でだめなら、どうすんだ、あぁ!!」
「直接、行くっす!」
「コレ、使え」
イナサクさんの岩のような拳がゆっくりと開く。中には1本の鍵があった。
「こ、これ、イナサクさんの……」
「うちの軽トラに荷物はつんでおいた。そいつもって、回収にいってこい」
「オッス!」
わけがわからなかったけど、返事をするしかなかった。






@河内制作所twitterをフォローする