河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第94話『 続 トックトックプレス 』


DOS×KOI
第1話 いのこりミルク

気がつくと、水滴のついていたビンの表面は指にまとわりつくような湿気を帯びていた。
ぼくから奪った熱をとろみに変え、えた匂いを放つ白い悪魔。
冷えている時ならまだいけたはずなんだ。まあ、ダメだったからこうなってるんだけど。
こうなってしまっては手の、いや、口のつけようがないじゃないか、いったい何をしてたんだ4時間前のぼくは。
「クニタチ、窓の外を見てみろ、沈んでいく夕日が綺麗だなぁ」
仮にこの悪魔を飲み干すことができたとして、ぼくの何がどう変わるっていうんだ。強くなれる? そんなわけはない。たかだか牛乳を飲んだくらいで体に劇的な変化が起きるなら、今頃ぼく以外のみんながすごいやつになってるはずだ。こんなの不毛の極みだ。
「先生な、しょうじき牛乳が飲めない奴の気持ちがまったくわからん。お前アレルギーで飲めないとかそういうことじゃないんだよな、な? この牛乳は雌牛さんが太陽をいっぱいあびた草を食って絞り出してくれた大自然の恵みだ。感謝の気持ちでいっぱいだよ先生は」
握りしめた拳の中で切り忘れていた爪が手のひらに食い込む。
感情を怒りに変えてしまってはいけない、なにか楽しいことを。そういえばこの気持ち、ポエムのネタになるじゃないか。
「わかるんだぞ。ほんとはなぁ。クニタチの辛さ。実はなぁ、先生も苦手だったんだよ牛乳……お、おい? どした? 急にノートだして──」

~ミルクリームエモーション~

のみほして
まっしろなわたしを
のみほして
きっとあなたのやくにたつから
嫌いだっておもってるなら
かわれるから
あなたが好きになれるよう
かわれるから

まっかなイチゴのドレス
おさとうはいれないでね
チョコレート
日焼けしちゃった
お抹茶
おばさんくさいかな
コーヒー
ちょっとせのびしちゃった

とろけるみるくりーむえもーしょん
ほんとはありのままのわたしをみてほしいんだ
とろけるみるくりーむえもーしょん
まっしろなわたしを
きっとあなたのやくにたつから
まっしろなわたしのままで


──つうわけでベータ版DOS×KOIのメインストーリーは、クニタチっていう情けねえ小僧が居残りして給食のミルクを飲むとこから始まるわけだ。クニタチのポエムにオレは尻の穴がむずむずするような感覚の中でなぜだか、暖かい気持ちになったのを覚えてる。あっ、これはベータ版の話だぞあくまでな、ベータ版。いまの復刻版にはねえからなこのストーリーは──
「……ベータ版……データ、保存、裏ロム……復刻じゃないやつ……」
うわごとのように検索ワードを呟きだした豊川の手が夢を彷徨う眠り人のごとく、うつろに宙を彷徨う。
この人、絶対に乗り遅れて復刻版からはいるのとか許せないタイプじゃん。
──でなベータ版で出てきたこのポエムがその後にリライトされて主題歌ミルクリーム☆エモーションになるわけだ──
やめてナンプラ、もうベータ版煽るのやめて。
──それで、ポエム一発かました後、クニタチが牛乳に挑んでいくんだがよぉ──


「ごめ……ミルクちゃん……そんな風におもって……」
「お。おい? どした? ミルクちゃん?」
ちがう。
キミは変わらなくていいんだ。変わらなきゃいけないのはぼくなんだ。
すぐに変われないこともわかってる、でもなにかが変わるのかもしれない。
キミが正直な気持ちを伝えてくれたように。
そうだよね、ミルクちゃん。
「まっしろなままのキミを…… 先生。このミルクを飲んだら、ぼくは変われますよね?」
「よし! グっといけ! クニタチ」
夕日が差し込む窓辺でカーテンをふわりと揺らした風がぼくを優しく包みこむ。
勇気をありがとう、ズルをしようとしていたぼくに気づかせてくれてありがとう。
もう一度、瓶に手を掛ける。
サラサラとした心地よい感触。
まっしろなままのキミを、ぼくは飲む。
そして伝えるんだ──。

☆NEXT STORY 解放条件☆
 ☆イベントスコア500,000Pt達成☆


──何を伝えるんだ? 告白か!? 誰に!? ってとこで物語は“つづく”! まあ世の常だよな。次がみてえ。でも続きをみるためにはゲームをプレイしてポイントを貯めるしかねえ。世の中そんなに甘くねえよな、小僧。ネクストストーリーの解放条件みたときは目を疑ったよなぁ。50万ポイントだぞ! ゲーム1回プレイしてもらえんのはアイテムやポイントブーストに課金してもせいぜい100ポイントだぜ? まあ、若かったオレはポイントをためようとしちまった。ゲームの中で牛乳が白い悪魔って呼ばれてたが、オレはDOS×KOIっていう悪魔に魅入られちまった──
なに訥々と語りはじめてんの? 番組の主旨変わっちゃってるじゃぁん! ねえ曲は? トックトックプレスってもっと硬派な音楽番組じゃん。なんで勝手にゲーム番組に変えちゃうの? 当時の君と現在の君、両方にイライラしてきたよ?
──ポイントためるには、ひたすらフリーモードで曲を叩く。そう、リズムを上手くとりながらアイコンをタンタンタンと叩いてくわけだ。もう淡々とな。オレは小僧だったけど仕事もしてたから死に物狂いだよな。上司の目を盗んでひたすらプレイに励む日々、おっと、これ大丈夫かな? まあ、棚田さん聞いてねえよな──
聞いてる! ていうか、なんで僕の名前まで出してるの? 
──上長の目を盗みひたすらゲームに明け暮れたオレは晴れてポイントためて次のストーリーに進んだわけだ──



DOS×KOI
第2話 ためいきミナミ

「はぁ~ぁ」
いけない。溜め息なんて。
ごまかそうとして窓の方をみたら、もう日がだいぶ傾いてた。
茜色に染まる空が切なくて資料のページをぱらぱらめくる。
どうすればいいのかな。でも、私がなんとかしないと、大丈夫だよね、うん。


──小僧、地獄みてえな毎日を照らしてくれる菩薩様のような女に出会ったことがあるか? 正直いうと、2話がはじまるまでは半分意地になってポイントためてたとこがあった。だがな2話のドあたまで覆された。溜め息ついてる美少女に、ガツンと脳天を揺らされた。愛くるしい瞳をうるませ物憂げに外をみつめる姿、制服のうえからでもわかるくらい盛り上がった胸元。chibusaの抜群なセンスが冴え渡ったそのキャラは、生徒会副会長、泣く子も甘えるミナミ先輩だ──


「それでは最後の議題。“おのこし”の集計結果を1年から発表してくれ」
会長が声をかけると学年委員長の杉本くんが起立する。
「はい! 先月の1年全体のおのこしが6.1%でした。これは学園全おのこしの93%を占めています。内訳は、白身魚のサクサクフライ3%、ペイザンヌスープ・南フランス田舎風仕立てに含まれるニンジン2.5%、グリンピース0.4%、そして、きみどり牧場サンシャインミルクが0.2%となります」
「いつもの顔ぶれか。サンシャインミルクは? またアイツ?」
「そうですね」
「改善策は進んでないの? そういえばソイミルクへの変更申請をあげてたよね?」
「そ、それは、本人が拒否してます」
「えーそうなの? どういうこと?」
「さぁ……」
生徒会役員と、各学年の委員長たちが長机をはさんで一同に首を傾げていた。
「会長。その件は、わたしに責任があります」
「なんでキミが謝るの? ミナミ君がサンシャインミルクの導入を提案してくれたから牛乳のおのこしを大幅に減らせたんじゃないか」
「それは、そうなんですけど」
「もう校内で牛乳を飲めないのはヤツ一人、あいつさえ牛乳を飲んでくれれば悲願のモデルケース校最下位の汚名をそそげる、そうだろ?」
「そうなんですけど」
「まあ、他の食材についても対策が急務ではあるんだが。杉本君、サンシャインミルク以外の対策は進んでいるのか?」
「白身魚はなかなか厳しいです。まずは小骨除去の申請をあげていますが、2組のシゲル君を筆頭に十数名がアレルギーの診断書を根拠に拒否権を発動しています」
「アレルギー、か」
「診断元が杉田医院であることから同級の息子の関与が疑われていますが調査は思うようにすすんでいません。それからペイザンヌはグリーンピースの食材変更要請をあげていますが、こちらもまだ承認が降りずです」
「教員への居残り実施要請は?」
「あげてはいますが、あれはあまり効果があるとはおもえません。前時代的な方法ですし」
沈黙に包まれる生徒会室。
だめよ。ミナミ。アタシがしっかりしなきゃ。
「ま、まあ、おのこしについてはじっくりやっていきましょう。ね? これ以外にも色々問題はあるわけですし」
「会長!」
ドアが乱暴に開いた。風紀委員の四ノ宮くんが息を切らして立っている。
「たった今、菅原教員による居残りミルクが実施中であるとの情報が入りました!」
最悪のタイミングだよ四ノ宮くん。
「そうか。なら、いこう!」
「ま、まってください! こ、こんな大人数でおしかけたら……クニタチくんが……」
「ミナミくん。この千歳逢坂校学園高等学校、学園規則の第12条をいってみたまえ」
「学園規則……第12条……困っている生徒を見かけたらみんなで応援しよう……」
「そうだ。これは我が学園創設に多大な功績を残した教育学者であり初代校長でもある逢坂スバル氏の著書〈新説 愛の教育理論 23巻〉の一節〝教えることは学徒のためにあらず、見守ることは無責任、応援こそが真の愛情なりにけり〟というありがたい言葉から紡ぎ出された慈愛に満ちた校則なのだよ」
「はあ……」
「全50巻からなるスバル氏の教育に対する熱量はその文字数からも分かる通り、他の追随を許さないものなんだ」
「で、でも逢坂さんが本の執筆をされたのは2010年代ですよね、その割に口調が古すぎるというか」
「いい質問だ。この場合の“なりにけり”は応援こそが真の愛情だったのだなぁ、と自分の経験から滲み出た言葉として記しているのだよ。氏の失敗から生まれた言葉ということだね」
「はあ……」
「さあ、いこう、今まさに声援を必要としている若者に愛の手を差し伸べに行こうじゃないか」
パン!と手を打つ会長に続き、手駒と呼ぶのがふさわしい生徒会役員達が立ち上がる。
「杉本君。君は放送室にいって招集放送の手配をしてから合流してくれ!」
「ハッ!」
敬礼の仕方はまるで学徒出陣とでも呼ぶのがぴったり。意気揚々と生徒会室を後にする集団の姿に、また、ため息がもれてしまった。

☆NEXT STORY 解放条件☆
 ☆イベントスコア1000,000Pt達成☆


──学園のマドンナ的存在、ミナミ先輩が心配するのは、なにをやってもパッとしねえクニタチ。優等生と劣等生が実は知り合いだった。ってのは王道中の王道だよな。この辺の関係がみえてくるあたりでもうDOS×KOIからは逃げられなくなる。なんでこんな秀逸なエピソードを消しちまったんだろうな。なにやってんだ! 運営! って感じだよなフフッ──
いや、ナンプラ、君のほうが何やってんだって感じだよ、いまの僕は。
──でも、運営はあっぱれなやつだ。いいわすれてたけどな、このゲームはスマートフォンとimaGe両方でプレイができた。今回の復刻も両方でされてるが、当時のオレは特に感謝したもんだよ。当時imaGe版しかなかったら、仕事中にプレイするわけにはいかなねえもんな。それに当時のオレはまだimaGe持ってねえから……おっと、笑うなよ小僧。そういう時代だったんだ。imaGe版のみでリリースされてたら、そもそもDOS×KOIに出会えなかった。そういう意味じゃあ二重に感謝だよな──
確信した。
こいつ、今日はこのままゲームの話で番組終わらせるつもりだ! とまらないナンプラの語りに反応するかのように豊川が反応をしめす。
──クニタチの恋の相手は、間違いなくミナミ先輩だとおもうだろ? ところがそこをくすぐって来るのがDOS×KOIの怖ええところでな。でてくるんだよ、もうひとり、とんでもねえのが──



DOS×KOI
第3話 ナツメストップ

「なぁなぁ、リッちゃん」
「ん? どしたぁ? ナツメ」
「なぁ、リッちゃんは、幸せかい?」
「ゥッケる。なに? 急に。所帯じみたおっさんみたいなこといいだして」
「いやさー、この“E-ON-NA”ってステータスだけぜんぜんあがんねーんだよ」
昨日からimaGeと連動するスマホ画面の数字をみるたび地面に叩きつけてやりたくなる。
「え、なに? ナツメもスコアとか気にすんの? 斬新! ……ポチッ!」
カシュ!
「ちょ、ちょっと、なに撮ってんのし!」


──ミナミ先輩がよぉ、それこそ月並みだけどまあ月だとするだろ? そしたらナツメは太陽なんだよなぁ。全身から“フレア”放出しまくりでもうビンッビンに元気な太陽みてえなキャラでよぉ──
詩的に例えてるつもりかもしれないけど、ぜんぜん上手くないからね、ナンプラ。
──ナツメと友達のリッちゃんが校庭で並んだシーンみただけで、ここまでの苦労が報われると思ったもんよ。ナツメは黒髪でオリエンタルな雰囲気の美女、リッちゃんは小悪魔みてえなギャルで、まあ、小僧どもが放っておけねえような妖しさ全開でな。そういえば、ナツメのモデルも実在するらしいんだが、本当にこんなにとんでもねえビジュアルしてたんなら、いまごろどっかで本物のモデルにでもなってんじゃねえのかな──


「でも、確かにナツメ、LOOKルックSCORスコア400越えてんのに“E-ON-NA”スコアは、ヤバイね……」
「だろぉ? リッちゃんはさ、バランスとれてんじゃねえかよ。だから女の幸せ感じてんじゃねかとおもってよ」
「だから、なんなんだし。そのおっさんみたいな発想は」
「アタシもさぁ、どっちかっつうと内面が磨かれたイイ女になりてぇーんだよな」
「ナツメは、キャラの問題じゃない? ほら、ナツメ男前だから」
「男前って、おいおいおい、リッちゃん、オマエ、イイヤツだなぁ」
「ホラ!」
「えっ?」
「そういうところ!」
「な、なにがだよ?」
「アタシは、嫌いじゃない、ううん。むしろ大好きなんだけど、ナツメのそういう骨太な話方とか。でも、イイ女目指すんなら、やっぱりときにはしとやかな、なんつーの、所作ってのが女っぽくないとダメじゃない?」
「ど、どういうことだよ、それ、アタシ、わかんねぇよ」
「じゃあアタシがレクチャーしたげるよ」
「お、ありがたし!」
「まず、アタシの言う通りにしてみようか」
「お、おう」
「返事は、はい。だよ」
「お、おう。じゃ、ねえや、ハイッ!」
「そんなにお腹に力いれなくていいんだよ」
「お、おう?」
「まっいっか、じゃあ、そこの水道でお水をのむところから練習してみよう。ナツメ、意識して水飲んでみて」
「水、飲めばいいの?」
「おいしそうに、イイ女E-ON-NA風にだよ」
「お、おう」
グビッグビグビグビグジュジュジュジュジュグキュッグキュッグキュッジュジュジュジュジュ、グビーグビー
「あ゛ぁ゛ぁぁ、うめぇぇぇ! どうだ?」
「なんで、そんな、風呂上がりにビールのんでるオヤジみたいになんのし?」
「だって、水、うめえっしょ!?」
“チーン”
「あ! また下がったよ」
「なに? いまの音」
「わかねえけど、あのなさけねーのがなると、ステータスさがるんだわ」
「たぶん、imaGeがなにか判定してるんだね。じゃあ、アタシがイイ女風に飲んでみるよ」
リッちゃんが水飲み場から数歩、離れた。
「なんだよ? 水のむんじゃないの?」
「ナツメ、色気は空気だよ! 水飲むんなら、水道に向かうとこから始まってるの!」
「そ、そういうもんなのか」
「いくよー」
リッちゃん歩き出した。
な、なんだよあれ。
髪を掻き上げる。風の中にふんわり舞う髪が夕陽を反射して艶々なのがわかる。
グッっとオシリをつきだし、水道の前にもたれるように立つ。
「うぅん」
ゆっくり蛇口を捻ると水がアーチを描き、やさしくあふれだす。
リッちゃんが耳に髪をかけ口をつける。
ング……ング…
「うん。おいしっ」
上目遣いでこっちをみながら、手の甲で唇をこすった。
「どう?」
“パォパォ”
「なんかイヤラシイ音がしたね、あ、ステータスあがったよ」
「アタシ、無性にリッちゃんのケツにつかみかかりたくなったわ」
「もう、だから、そういうところだって」
「いや、でもわかったわぁ。イイ女ってそういうことなんだな」


──ナツメとリッちゃんのやりとりは、本能にグッと訴えかけてきたよなぁ。ナツメのヴィジュアルとのギャップもたまらねえし、リッちゃんはストレートに訴えかけてくるエロス。そしてなによりアニメーションするときのナツメの凜として色気のあるバウンスとか、リッちゃんの童顔さとアンバランスな“たゆんたゆん”の“パイ”の字。いまおもえばchibusaの輝かしい才能の片鱗がみえたような気がするぜ。当時はまだ若いchibusaのみずみずしさが前面に出てたような、なっ?──
なっ? じゃないよぉ。誰に問いかけてる?
──……っぁい!──
──おい! すまねえ、リスナーの小僧ども。今日は珍しくスタジオに見学が来ててな。オマエ! 勝手に喋るんじゃねえ!──
──……せっぇん!──
間違いない。
あれは、コージくん。そうか、コージくん。君もこの件に荷担してるのか。うん。僕、もう君たちを許すの難しいかもしれないな。
──まあ、傍観者の乱入も今日のオレには声援だがな。オレの脳内はDOS×KOI一色だからな。DOS×KOIは、“応援”があってはじめて成立するからな。そうだぜ小僧。色香に溢れた幸せな時間の後に待ってるだぜ。やってくるんだよ、問答無用の裁きの時間が。いよいよな──


♪ピーンポーンパーンポーン♪
えぇ~只今ぁ~1年2組教室にてぇ~おのこしによるぅ~居残りミルクを実施しています。手の空いている生徒はぁ~応援にかけつけましょう
♪パーンピーンポーンピーン♪
「ナツメ! おのこしだって、どうする?」
「どうせクニタチだろ? アレはいいってほっときゃ」
「そういうとこだし! 困ってる男に手をさしのべるのもイイ女スキルじゃない?」
「そ、そうなの? でも、アイツ、めんどくせえんだもん。頭良さそうにみえてバカだし、ムダに暑苦しいし、アタシのことやたらみてくるし」
「あれぇ? ナツメ、やたらクニタチのこと意識してない? もしかして、イイ女レベル上げたいのって……クニタチ?」
「んな、わけねーだろぉ!」
「ホントに?」
「あたりめえだよ、アタシは、ダンスを踊る。イイ女になって踊れば、金になるくらい有名になれる! それしか考えてねえ!」
「とにかくいってみよ! 暇なんだから」
「めんどくせーなー……」


──ナツメが教室にかけつけると、ついにはじまるんだ。エピソード1“クニタチミルク”のクライマックスが。“青春ビートエクストリームDOS×KOI”は、ナツメのダンスや、ミナミ先輩の声援を織り交ぜた応援に使われる“曲”にあわせてアイコンを叩くゲームでな。エピソードイベントごとにいろんな曲がでてきてよ、で、クニタチミルクってイベントで流れたのが、そう“ミルクリーム☆エモーション”だ──


「クニタチ、ほら、みんな駆けつけてくれたみたいだぞ、元気もらおうな」
ぼくは、思春期まっさかりだぞ。こんな辱めをうけて、元気なんてもらえるわけないだろ。


──ベータの頃のDOS×KOIがシビアだったのはよぉ、イベントは常に一発勝負。リセットしようがインストールしなおそうが、プレイヤー側の固体情報でバレちまうから、1人のチャンスは人生1回きり。失敗すればバッドエンドエピソードしかみれねえ。ここまでくるのに150万ポイント近く貯めてるし、画面じゃミナミ先輩とナツメが揃ってるし、誰だって必死で“応援”プレイするよな。指はパンパン、心臓はバックバク、誰かオレを応援してくれって感じだったぜ!──


「グボァ」
教室が失望のどよめきに染まる。
机の上には、まるで血しぶきのように白い飛沫が散っていた。で、でも。
「マ、マダダ……」
牛乳は、いや、み、ミルクちゃんはぼくを見捨てていない。瓶の中で、まだミルクちゃんはぼくを待ってくれている。
さっき感じた、サラサラとした瓶の感触を頼りにもういちど瓶に手をかけ──
「クニタチ。もういい……」
牛乳瓶を持つ震える手に菅原教諭の手の平がやさしく重なる。
「もういいんだ。クニタチ」
右手には、あたたかい手のぬくもり。
「もう飲まなくていい」
「な、なんで!? なんで!?」
「切れたんだ……」
「い、いまなら、いけるんです! ぼく、ミルクちゃんと約束を……」
「だめだ! 規則なんだ! たった今、牛乳の消費期限が切れたんだ!」
「だって……ミルクちゃんと……」
「すまん」
失望の声が教室にこだまする。
顔を上げることもできなかった。
「クニタチ君」
頭の上から冷酷な男子の声が振ってきた。
「生徒会はたったいま君へペナルティを課すことを決定した。君には来週からきみどり牧場でのミルク合宿を受けてもらう」

☆ざんねん☆バッドエンド☆
 ☆次は一緒にドッスンドッスンしようね


──オレは、そこであえなく撃沈。ここまでやりこんで、見れたのはバッドなエンド。クニタチが鼻からミルクを吹き出しただけ。クニタチは牧場へ島流し。わかるか小僧。このやるせねえ気持ち。なんのためにここまで来たんだよってんだよな。まあ、そういう気持ちを世界中のやつらが味わったんだろうけどな。冒頭にもいったとおり、このクニタチミルクってイベントをクリアしたヤツは誰もいねえ。開発者もさすがに流行らねえと思ったんだろうな、その後にこのエピソードは削除され一発勝負のシステムも緩和されて正式にリリースに至ったわけだ……おっと、今日はもう時間だな。というわけでオレはこれからも彼女にエールと熱波を送りつづけるぜ! じゃあな小僧ども! 今日もトックの空気をエンジョイしやがれ! また明日! アデュオス──
やりきった。この男は、硬派な音楽番組を全編レトロゲームのうんちくで埋め尽くした。僕やチーちゃんの情報までまき散らし、挙げ句の果てに、目の前に座る、異常者の眠れる炎を轟々に焚きつけた。
豊川は番組の中盤から一切の動きを止めていた。検索する素振りもなく、まるで厳しくいいつけられ正座する子供のようにじっと一点をみつめたまま微動だにしなかった。だけどわかる、いまこの人の中には地獄の業火が燃えさかっているのが。感じるんだ。
「棚田さん」
「は、はい」
「今日は、貴重な経験をさせていただき本当にありがとうございました」
「い、いや、豊川さん、これは……」
「わたくし、豊川豊、己の未熟さをまざまざとみせつけられ、目が覚めました……」
しおらしさのようなものの中に、強烈な罠がしかけられているように感じる。
「この件につきましては、我が豊川グループは、総力をあげサポートして参りたいと思います」
「……え?」
「ショルダーパッドというこのお店は、わたくしにとりましてターニングポイントになるお店です……」
「は……ぁ……」
「わたくし、豊川豊がこのお店を買い取らせていただきたいと存じます」

次回 2019年06月07日掲載予定
『 ターニングポイント 』

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