河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第98話『 ハッピーストライク03 』

「えっ? えっ! えっ!?」
視野内をもう1度確認したが、間違いない。

>>>VOICE着信 タンジェント <<<

タンジェントからの着信だ!
いや、でも、現実リアル側で話したことなんてないんだぞ? 
ま、まして、あの日、『ブリンカー』で熱いキ、キ、キッスを交わして以来、仮想空間ですら1度も会っていないのに……。
仮想現実ヴァーチャル内で味わった生々しいタンジェントの唇の感触が蘇る。

ピピピピピピピピピピピピピピ……

おいそれと応答できるか!
恥ずかしい! それに、タンジェントが現実側でも女である保証もない。もしこのVOICEの声が野太い男の声だったら……生きていけない!

ピピピピピピピピピピピピピピ……

タンジェントからの着信音は事務的な音ではなくもっと色っぽい曲にしておけばよかった。

ピ…

あ。
呼出の音が唐突に途絶えた。
同時に視野内で留守番メッセージが再生開始されたことが示される。
タンジェントは、吹き込みを、している……。
いまスグにかけなおせば……いや、でも。
もしかすると急を要する重大な話かもしれない。いや、まさか。いや、でも。かけて、いや、でも、いや、やっぱりかけなおして……あっ!
留守番メッセージの再生が終了していた。
メッセージ1件。
即座に開く。
脳内音声ダイレクトにタンジェントの音声が再生される。
『ハルキーひさしぶりー。忙しかった? ごめんごめん。明日さー競馬しない? 3時のメインレース前ぐらいにブリンカーでまってるから、これたら来てよ。ところで、忙しいってことはもしかすると守衛所に入れたの? 来れたら明日その辺のこと詳しくかせてーそれじゃー』
タンジェントがブリンカーからログアウトするときのジェスチャー、“小さな敬礼”をする姿がみえたきがする。
VOICEのタンジェントの声がブリンカーで聞いた音声とほぼ同じだったことに安堵した。
これが現実側で吹き込まれたメッセージだということは、タンジェントはやっぱり、女性……。しかも自分と歳が近いのかもしれない。
明日、土曜、競馬、ブリンカー……。
持ち主であるチクリンはセキュリティ・ポリシーの更生施設にいる。
ログインはしてこない。
ならばその時間はタンジェントと2人っきり。
た、たしか、あの部屋はギャンブル機能も解放されたR-20以上の無規制ルーム、な、なにをするのも自由。
最後にあった時には、キ、キ、キ、キッスを交わした仲…………ことと次第によっては、雰囲気が甘い方向に転がった暁には……そんなこともありえるかもしれない。
いやいやいやいや、何、考えてるんだ。タンジェントは単純に競馬がしたいだけ。ストイックに勝負に臨む彼女の姿を思い出せ。邪な気持ちを悟られたとたん嫌われてしまう。まして、タンジェントは、こちらが忙しかったことまで気に掛けてくれていた……そう! そうだよ! 就職!
「タンジェントと約束したんだ……」
考えてみればあれから数ヶ月過ぎている、守衛所で働いていると勘違いされてもムリはない。
守衛所に入るためとはいえに、こんなドサ回りのような旅を続けているなんて恥ずかしくていえたものではない。
『ふーんそういう約束はちゃんと覚えてんだ』
み、misa? 
『予言ついでにいっといてあげる、アンタいつか絶対、奥さんに逃げられるわ! まあ “ハルキの妻”なんていう属性をもつ女性なんてこの先、存在すればの話だけど』
「そ、そこまで完全否定する必要ないじゃないか、さっきからなんでそんなに怒ってるの?」
『……べ、別に。アンタがだらしないからあきれてるだけ』
「確かに、買い物はハデにしちゃったけど、納得できるものを買ったんだし、いいじゃないか」
『……もういい……』
なんだ?
いままで聞いたことのないトーン。
落ち込んでいるというのか、悲しんでいるというのか。
「ね、ねえ、misa……」
『うるさい! もういいって!』
「わ、わかったよ……」
これはどんどん険悪になっていくパターンのやり取りだ。深追いせずそっとしておくことにしよう。それより、明日の競馬観戦をどうするか。
よく考えてみれば資金がない。
……どうする。馬券だけはローンを組むわけにもいかない……そうだ! 棚田さんに給料の日払いか前借りを頼んでみよう! 右手のセカバを持ち直す。ずっしりとした重量感としっとりとした天然皮革のシズル感、目に染みるピンク。
タンジェントからの急な連絡は、もしかすると、このピンククロコのセカバが恋愛運を上げてくれたおかげなのかもしれない。
それなら次は金運も押し上げて欲しいと願いつつ首元の金ネックレスを指でなぞりながらトックトックを出ると、空はどんより曇り始めていた。
misaはあれから無言を貫いているため天候の変化に関する警告はでてこないけど、暗くたちこめる雲とじっとり額に張りつく湿った風が、激しい雷雨を予感させた。
降りだす前にはショルダーパッドへ着きたい。



「ここが、TMRの制御室だよ」
「で、でっぇす!?」
コージくんがしきりに首を振り回す。
「せ、狭いでっぇす!」
「ほ、本当は僕の休憩室だからね」
「も、ものおきみたいでっぇす!」
「ぼ、僕の休憩室なんだけど」
イラッとするけど、いいや。面倒くさい。
「コージくん、いまから勤務扱いでいいよ」
「いいですかっぁ!?」
「うん。いいよいいよ。“タイムコード”打ち込んじゃって」
「ありがとうございまっぁす!」
コージくんが勤怠管理システムを呼び出す。エアロディスプレイが狭い部屋に1枚浮かぶ。
「出勤しまっぁす!」
普段なら時給が付かない準備時間が勤務扱いになったのがよほど嬉しいのだろう、コージくんは誕生日ケーキのロウソクを吹き消すような表情で“出勤”ボタンをタップした。
よし。
「あ、あれっぇ!? た、棚田さっぁん! 出勤したのに“退勤”ボタンが出てこないでっぇす!」
「あ、うん。コージくんはこれからしばらくの間はここで勤務だから、終わりの時間わかんないから“退勤”ボタン消しておいたよ」
「えっぇ!?」
「TMRに入っている豊川さんは、どんな動きをするか予測不能だから、しばらくはこの部屋から出ないで欲しい」
『シュッシュシュシュシュ』
エアロスピーカーから聞こえる豊川の息づかい、エアロディスプレイに映る豊川、いまはまだ反復横跳びに夢中──
「え!?」
『シュッシュッシュッシュッシュシュシュ』
豊川はいつのまにか、両手の拳にバンテージを巻き、シャドーボクシングを始めていた。
「も、もう違うことしてる……」
『シュッシュッシュッシュッ』
全裸に純白のバンテージ。
犯罪的な姿はもちろんながら、興味の対象が移るペースの速さが非常に問題だ。
「豊川さんはおそらく興味が沸かないと、園児よりもすぐに飽きる。もっとも警戒しなければならないのは、TMR自体に飽きてしまうこと。だから常に監視を怠らないでほしい」
「に、24時間勤務ということですかっぁ!?」
「そうなっちゃうかなぁ、しばらくは。でもさ豊川さんが中で活動してる限りコージくん好きなことしてていいから。店にでるより楽でしょ?」
「……い、いやでっぇす!」
「そっかぁ……じゃあ、ノゾミちゃんに頼むしかないかなぁ、コージくんがどうしても嫌がってるって説明するかぁ」
「そ、それはもっとっぉ、いやでっぇす!」
「じゃあ、やっぱりコージくんに頼むしかないよ、あ、でもなぁ強制はマズイかなぁ……やっぱりノゾミちゃんに……」
「ノ、ノゾミさんは……、……やりたいでっぇす! やらせてくださっぁい!」
「ねえ……コージくんイイ返事だけど、言葉の句切り方に気をつけ使わないと、いつか捕まっちゃうよ」
「っぇえ?」
「ま、まあいいや、快い返事もらえたらかお願いするよ。ハルノキくんにも手伝ってもらえるようにするからさ」
「で、でっぇす……」
「じゃ時間ないからサクッと説明しちゃうね。まず、TMRカプセルの上に浮かんでるエアロディスプレイみえるよね?」
「T-TIME……っぅ?」
「“豊川時間”、略してT-TIMEティータイム。なかなかしゃれてるでしょ?」
「で、でっぇす……」
「ちなみに、T-TIMEの下に出てるのが現実時間リアルタイム。T-TIMEの時間に合わせて背景を調整してくれるかな? このジョグダイヤルで調整できるから」
カプセルの手前にもう1枚のエアロディスプレイを浮かべ、TMRの操作に必要なスイッチ類を並べて表示する。
「いろいろスイッチがありまっぁす……」
「中の音と映像操作する機能があるけど、細かいことは解説動画をみてくれるかな、あ、これだけ教えとくね、このボタンは1日1回押して欲しいんだ」
「この赤いボタンですかっぁ?」
「うん。ここを押せばTMR内の美容液と溜まった排泄物が排出されるんだけど、もし詰まるようなことがあったら、カプセルの下につながってるホースを外せばいいから」
「い、いやでっぇす!」
「その赤いボタンは定期的なログアウトも兼ねてるからこれは絶対なんだ。さすがに過剰没入オーバー・ダイヴはマズイからさ」
「……は、はっぁい……」
「じゃ、また夕方には顔出すから」
そろそろ、仮眠取らないと金曜の夜を乗り切る体力が確保できない。
時刻は14時にさしかかっている。
17時まで3時間、TMRなら多少は長く仮眠をとった気分になれ……仮眠を……あ……、あ!
「た、棚田さんどうしましたっぁ?」
「TMR、使えないじゃないか!」
どうする、普通にお昼寝しただけじゃ、疲労回復は難しい……そうだ!……この時間ならHTPホット トック プレイスのラジオブースに設置してある酸素カプセルが空いてるハズだ。TMRよりは効果が落ちるけど仕方ない。
それにナンプラの番組はしばらく差し替えたいし、僕がラジオブースに陣取ってしまうのはちょうどいいかもしれない。



「おはようございます!」
裏口から控え室に入ると見知らぬ男がひとり、休憩用のテーブルの上におしぼりを並べ器用な手つきでくるくると丸めていた。
男の肩口はたくましいほどに盛り上がっている。あれは、ショルダーパッドの制服。ということはおしぼりを丸めているこの人も、ここのスタッフか。
「ん? あぁっ?」
“ああ?”といったまま口が開いている。
歳は自分と近そうだけど、なんというか全体的に覇気がない。いや自分も他人にいえるほどじゃないけど。
「あんだ、だれ?」
しかも絶妙なイントネーションだ。で、でも、ショルダーパッドの先輩に失礼な態度をとったら、このさきイジメられるかもしれない。
「えっ、あ、自分、桜とかきまして、ハルノキと申します、よろしくお願いします!」
「ふぅーん。おらぁ。ナベ」
「ナベ?」
「苗字がぁ、綿鍋だからみんなナベよ」
イントネーションに自分の故郷に近いアクセントを感じた。
「んだった。棚田さんからぁ、これ渡せっでいわれだんだ」
無造作に差しだされたのは、両肩の盛り上がった……黒いジャケット……せ、制服か!
「サイズ合わねがっだら我慢だ、まんずきてみれ」
特注肩パッド12枚入り双肩極厚トリプルドレープジャケット!
「んだども、おめ私服どおなじだな。プフッ」
笑い方だけは妙に小馬鹿にするように聞こえたが、気にならなかった。ついに、この制服に袖を通すことができるんだ。
「あっ、んで、着替える前に、地下さ行げっていってらった」
「……地下……地下に行けってことですか?」
「んだ」
「……は、はぁ……あ、あの棚田さんは店にいないんでしょうか?」
「いねな」
「そ、そうっすか」
「とりあえず、いげ。地下2階のおぐ!」
「……お、奥ですね。わ、わかりました」
ナベさんは、その後いちども顔を上げず、黙々とおしぼりを丸め続けていた。

地下2階のいちばん奥へ着くと両開きの扉があった。特段変わった造りにはなっていないけど、地下の奥にあるせいか妙に凄みのある扉だった。
こ、この中で一体なにを……。
ん?
「……っぇす……っぇす……ぇす…ぇす」
ひとの声がした、この声は……コージさん?
足をいっぽ踏み出すと扉が両側に開いた。自動ドアだったのか。
「でっぇす! でっす! でっす! でっす!でっす! でっす! でっぇす! でっぇす!」
コージさんの背中。空中に浮かぶエアロディスプレイに向かい大きく肩を上下げさせてディスプレイの上部から落ちてくる無数の丸いアイコンを下部に引かれた1本のライン際で叩いている。
まるで滝に打たれる修行僧のように降り注ぐ光のシャワーを浴びている。
「でっす! でっす! でっす! でっす!
でででででででででっす!」
連打したり、急に手をとめ、離したり。
ど、どうやら、画面に移っているのはリズムゲームのようだ。リズムに合わせてアイコンをタップしているのだろう。よく見ると、丸いアイコンが降ってくるところには、女子キャラクターが描かれている。 あれ? あの顔、誰かに似ている気が……。
「でっぇえええぇぇぇぇえっす! ぁっぁっっぁっぁぁぁぁぁ」
コージさんが、ロウリュのときよりも激しい叫び声をあげた。
「し、シゲルっぅ! で、っダメでっぇす!」
いきなりコージさんが崩れ落ちた。
「だ、大丈夫すか……えぇっ!?」
エアロディスプレイの向こうに、おかしなカプセルに入った、と、豊川?
いったい、この部屋はなんだ?
理解が追いつかない。
「小僧」
突然背後から低く威圧感のある声がした。
「そんなデケえ筐体でリズムをフォローできるわけがねえだろう」
こ、この声は……。
「お疲れ様でっぇす!」
しかし、自分が振り返るよりも速くコージさんが振り返りざまに立ち上がり、すさまじい速度で直角に頭をさげた。
「まあ……小僧のおかげでオープンニングトーク、バッチリみえたぜ」
「ありがとうございまっぁっす!」
「よし……とっとと準備に取りかかるぞ」


積乱雲というよりは、入道雲。
人によってはたいした違いじゃないけど、帯びるものが違うとアタシは思う。
入り江の向こうに立ちこめた白い山。
トップとアンダーの差──。
それこそどうでもイイコトなのかもしれない。
あの白い山はやがて黒くなり雨を連れて来る。
海からの風。
湿った感触が、髪や胸を撫でつける。
風よ、もっと吹け。
風よ、もっと強く。
このままワタシを吹き飛ばして──。
一歩踏み出す。
一歩、岬の方へ。
陸海空どこでもいい。
アタシはどこ?

……うん。
うっすらと意識が覚醒しはじめた。
ラジオからは、ここちよい音楽が流れている。
ウチのFM局の選曲アシスタントプログラムは評判がいい。選曲もすべてアシスタントプログラムに任せた完全無人放送でも結構きいてくれている人がいるくらいだから。
酸素カプセルの青白い光がまぶたの隙間から差し込んできた。
いつもTMRで昼寝してたけど、たまにはここで昼寝するのも悪くないかもしれないな。
そろそろ、夕方かな。
視野内の時計をみ、えっ!
うそ!
20時!
まずいよ! 遅刻じゃん!
酸素カプセルを飛び出し、店のVOICEを呼び出す。今日、この時間、誰がいたっけ。
『はぃ?』
少し間があいて応答があった。
「あ、ナベちゃん?」
『あぁ、そうですぅ』
「そっか今夜はナベちゃんが居てくれたんだ」
木訥な彼の声色に安堵した。彼なら問題なく店を回してくれているだろう。これがコージくんだったら今すぐ店に向かって駆け出すところだ。
『棚田さん? 今日はぁ、来んの遅いんですか?』
「う、うん、ちょっとね、急用ができちゃって、もし、問題ないなら、少し遅く店に入ろうかなって」
『わがりましたぁ、問題ないですぅ』
「そっか、それならいっかな、ちょっともう少ししたら出勤するね」
『はぃ』
ナベちゃんのおっとりした声で通話が切れた。
酸素カプセルをでて、ソファに座る。
もっちりとした感触が全身を包んでくる。
……ま、いっか、たまには。
ちゃんと目を覚まして深夜ごろに出勤すれば。
寝坊しても遅刻しようって決めると案外、気が楽になるもんだ。
エアロディスプレイをラジオ型にして1枚浮かべた。ウチのチャンネルからは優雅な音楽が流れている。この時間はみんな店に出てるから放送は自動放送になってる。
ソファから起き上がり、ガラスの向こうにある無人の放送ブースをみつめると、ラジオから音楽が流れてるのが少し不思議に思えた。
久しぶりだな、こんなにゆったりした気分になるのは、大学のころはよく寝坊してサボってたっけな……チーちゃんも嫌いな授業のときはよく遅刻してたな。
あの頃は二人ともラジオにはまって、わざわざアナログテイストで音が聴けるラジオ探してたもんなぁ。
──ザザッ──
ラジオからノイズ音がした。
そうそう、こういうノイズ。
えっ?
──ガガッザッ──
な、なんだ?
ラジオからの音が途絶えた……。
回線トラブルかな。
──ガガガ、おっし、行くか──
……え?
──よぅよぅよぅよぅ、小僧ども──
な! ナンプラ……?
──ついにはじまっちまったぜナンプラのスペシャルラジオ──
は、はぁ!?
──ネタバレ上等! ナンプラぁのぉオールナイトDOS×KOI! 徹底攻略くぅ くぅ  くぅ  くぅ    くぅ  くぅ ぅ──
エコー効かせすぎでしょ、いや、いやいや、そうじゃない! ちょっとまって、なにしてんの!? 
──今朝からダウンロードランキング急上昇中のゲーム、DOS×KOIを攻略しまくるぜ! ネタバレガンガンあっからな! ネタバレが恐ぇヤツはいますぐラジオを消せ! ブハハハハ──
こ、これ、コージくんに絶対ダメだっていった企画じゃないか!
──この番組は、バブリーディスコショルダーパッドの心優しき店長、棚田さんのご厚意でお届けしまくるぜ──
いや! 騙されないよ、そんなおべっか!
ていうか、ここがナンプラの放送ブースじゃないの? え、どこぉ? どこで放送してるの!?
ナンプラぁぁぁ!!!!!!!

次回 2019年08月02日掲載予定
『 ビタースイートメモリー 』へつづく







「ささっ! ぼっちゃん! こちらでげす!」
「な、なんすか、ぼっちゃんって?」
「いやぁねぇ、あっし、よくよく考えてみたんですが、お若いトモイリさんに、旦那ぁ!ってのはどうにも失礼だと思い至りやして、へい! おぼっちゃんとお呼びしようと思ったんでさぁ」
「い、いや別にどっちでもいいっすよ」
「さい、でげすか!?」
前々から思っていたが、この人がへりくだるとき、いったいいつの時代の人間を想定して言葉を選んでいるのだろうか。
まったく統一性がない。
ひとつだけ間違いないのはきわめて低い位置から上位者に取り入っていく商人のような雰囲気を損なっていないということ。
「それではでげすね、旦那! この合宿所がこの辺りでいちばん最速で免許がとれるところでござんす!」
マキタさんが空中にエアロディスプレイを広げた。MAP上でみるとちょうどここから南へ下っていった場所にポイントが示されている。
「ここすっか? ちょうど、海峡の近くじゃないっすか!」
「そうなんでげすよ! 蒔田トラブルシューティングが総力を挙げてさがしやしたよぉ! ここなら立地もバッチリ! 免許とったらダーッと海峡、渡っちまえるって寸法でさぁ。ゲへへへ」
さっきちょこっと検索してたまたま見つけた情報だというのに、あの人はなぜ、あれほどまで自信を持った発言ができるのだろうか。
「あっし、入校の手配やもろもろのお手伝いいたしますんで、ささっ! お車に乗って出発いたしやしょう!」
蒔田さんが大御所芸能人を先導するマネージャーのようにへりくだった体勢で軽トラックの運転席へトモイリを誘導しはじめた。
「どこまでもお供いたしやすぜ、旦那ぁ!」





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