河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第99話『 ビタースイートメモリー 01 』

DOS×KOI
メインストーリー 第1話 『 12時 ポエム 』

「あー、みんな入学おめでとう!」
入学式の中で、担任と紹介された菅原教諭がニッコリと皆へ呼びかけた。
式が終わったのならスグに下校させればいいものを、ホームルームの時間とは。
誤算だった。
一刻も早く帰宅する算段であったのに。
菅原教諭は恰幅のいい中年で、典型的な教員の風貌っといったところだ。
「実はなぁ、キミたちの入学もさることながら、もうひとつめでたいことがある」
クラスがざわつく。
まだお互いのこともよく知らないというのに、もう周囲の人間と打ち解けているというのか。
警戒心が薄すぎる。
まあ、僕は軽薄に素性を明かすようなヘマはしないが。
「大変名誉なことに、この千歳逢坂学園高校ちとせあいさかがくえんこうこうが近隣他校に先駆け〝複合テクノロジーと人との調和におけるモデルケース校〟に選出されることになった!」
複合テクノロジー? 人との調和?
「フフフ、お前らまだよくわかってないようだが、よろこべ! 今からお前ら全員にimaGeを配布する!」
なッ!!
「イメージ?」
「え、イメージって、imaGe!?」
周囲の女子たちにつられ、あやうく声を上げそうになった。みんなimaGeという言葉くらいは知っているのか。まあ、先日からあれだけ大きなニュースになっているのだから当然かもしれない。
通信、アシスタントプログラム、ライフログ、電子マネー、生活に関わる全ての機能をそなえた次世代ライフパートナーデバイス〝imaGe〟
まあ、僕はすでに開発は終了しているという情報を掴んでいたし、概要も熟知しているわけだけど、実験段階にまで入っていたという事実には、少しだけ驚きだ。
各地区町村で試験導入をすすめたあと、民間企業へ技術移管され、モデルケースのデータ分析後に市販されることになっているはずのimaGeが、この学園に……。
クラスの連中が色めきだつのもムリはない。
「よかったなぁ、これで学校生活の甘酸っぱい思い出も、めもあてられない醜態だって完全なライフログとして残しておけるんだぞ、いまから同窓会を楽しみにしとくんだな、ガハハハ」
そんな菅原教諭のセリフにもおかまいなしに我先と席を立ち始める生徒達。
まるで砂糖菓子に群がる蟻のようだ。
「まてまて、おまえら、一列に並べ!」
最後まで話をちゃんと聞こうと着席したままの僕の視界の端に、一人だけ背もたれへ深く体を預け壇上を見つめる女子生徒がいた。
長い黒髪の先からダラりと垂らした手。しなやかに伸びる指はゆっくりと揺れている。
祖父の家でみた壊れかけた時計の振り子のような微かな動きが肩口をつたわり、もたれかかっていた髪の毛をはらりとほどき制服越しのもりあがった胸元を露わにした。
思わず視線を逸らし黒板の上に目をやる。
掲げられた奇妙な標語。
『励援支愛』
なんと読むのかわからないが、この学園の校訓らしきものが書かれた妙に厳めしい額縁。
その横に並ぶ時計は、眼下で巻き起こる取り付け騒ぎのようなimaGe争奪戦を見下ろすように時を刻む。
針は12時を指していた。

ポエムの時間だ。



~ビタースウィートメモリー~

げんきですか
10年後のぼく。

そこに友人と呼べる人はいますか
20年後のぼく。

大事な人はそばにいますか
30年後のぼく。

その日は晴れていますか
未来のぼく。

キミが胸をはって今日を過ごせるように。
いまのぼくはちゃんとやってますか?
キミが今の自分を誇れるように。
あしたからのぼくはちゃんとやってましたか?

たとえいまのぼくが
恥ずかしいやつだったとしても。
笑って話せるキミがいますか?
それが叶わない恋だったとしても。
優しく包んで
ポケットにしまえる君がいますか?

キミの今が和やかな
時間トキであるように。
今日のぼくの いちにちがはじまる。



シャーペンを置き、ノートを閉じた。
視線を戻す。
彼女はまだ教壇を鋭く見つめている。
春先の桜の木を嘲笑するような陰のある目元に吸い込まれそうになったとき、揺れていた白い手がぼくの視線を誘導するかのごとくゆっくりと持ちあがった。
「先生、モデルケースってことは、私たちのデータをあつめてどこかで分析するってことだよね?」
「お前ら並べって、みんなの分あるんだからあわてるなって」
壇上では配布を待ちきれないやつらが、段ボール箱に手を突っ込み始めていた。
そのどよめきに彼女の言葉はかき消された。

──つうわけではじまるのが、DOS×KOI本編。来てるな、来てるなよなぁ、このころのクニタチ。イテぇよな。授業中にポエムだぜ、先生やクラスメートにみつかっちまったら即、アウトだろうに。律儀に12時きっかりにポエムを書く、これはこの後、全編を通してクニタチのキャラ設定になってくんだが、“ポエムの時間だ”ってなんだよ! アウトローな奴だよなぁ? コージ。オマエはどんな学生だった?──
──わ、わたくしはっぁ、いたってマジメな学生でございましたっぁ!──
──おまえ……喋りが固てえ。リスナーの小僧たちが飽きちまうだろ? 一人称、わたくしってのも雰囲気がでねえからやめろ──
──そ、それではっぁ、わたし、にいたしまっぁす!──
──変わんねえな……よし、拙者だ。拙者! コージのラジオ一人称は拙者で決まりだ──
──せ、拙者ですかっぁ!?──
──そうだ。よし、改めて聞くがコージはどんな学生だった?──
──拙者はっぁ、マジメでゴザルっぅ──
──そうか。ノートの端っこにポエムとか書いてた口じゃねえのか?──
──拙者、かっ、かいてないでゴザルっ!──
──ほんとかぁ?──

ちょうど電気ケトルが湯気を吹き始めた。マグカップにインスタントコーヒーを突っ込み、お湯を注ぐ。インスタントにしては上等な香りだ。
ブラジル産かな……豆は。
空席になったままのラジオブースを香り立つ蒸気越しにみやる。
なんでラジオでちゃったのかな、コージくん。
この番組、絶対にダメっていった企画だよね。
それより、“拙者”ってなんだよ。
……だめだ!
番組から意識を遠ざけようとしても、2人の掛け合いが耳の中を無思慮に掻き乱して流れていく。なにしてんの!?
豊川の世話は!? そうだ、豊川の様子を確認しなきゃ!
TMRにおとなしく籠もっているのだろうか、逃げだしたりしていたら大事だ。
急いで監視モニタリング用のエアロディスプレイを1枚立ち上げ、TMR内部映像を呼び出す。
豊川はじっと一点をみつめ椅子に座っていた。さすがに疲れたのだろうか。とにかく動き出す様子がない。よかった。ひとまず行方をくらませたりはしていないようだ。

──DOS×KOIはimaGeを生徒たちに配布するところからはじまるわけだ。いまの小僧どもが当たり前に使ってるimaGeが開発された直後の話だが、このゲームもまた因果なタイミングで復刻したもんだよな──
──どうしてですかっぁ?──
──今年の4月30日スマホのサービス終了しただろ? その年にポストスマートフォンとして世の中に浸透したimaGe黎明期のimaGe実験が引き起こした騒動を扱った『DOS×KOI』が復刻だぜ? デステニー感じるじゃねえか──
──そ、そういえばっぁ、拙者、DOS×KOIが実話だと聞きいたでゴザルがっぁ、本当ですかっぁ!?──
──おう。クニタチも実在するらしいぞ。ちなみに個人的にいえばオレはナツメに会ってみてえけどな……それじゃあ、そろそろ1曲目いくか。記念すべきオールナイトDOS×KOI第1回目、最初の曲は当然メインストーリー1話のポエム曲“ビタースイートメモリー”と、いきてえところだが、すまん。どうしても聴きたくなっちまった。ファンの間じゃすでに大ネタの曲だが聴いてくれ。小僧どもへ……“ラグってハニー”──

制服に着替え地下の部屋へ戻ると、中へ入るなりナンプラとコージさんが露骨に嫌な顔をうかべこちらを睨んだ。
2人は豊川が入ったカプセルの前に机を並べ向かい合い座り、手前にガラスの板のような仕切りをたてていた。
ガラスの向こうでナンプラが大きなレバーのようなものを手前に倒し話を区切った。
ナンプラの声と入れ替わりに陽気なデジタル音で彩られたポップな曲が流れ出す。
「おい、オマエ! ON AIR 中にはいってくるんじゃねえ!」
猛烈な勢いでナンプラとコージさんが詰め寄ってくる。
「放送事故スレスレでっぇす!」
「い、いや、普通に自動ドア開きましたけど」
何をいっているんだ、このひと達。
「コージ、この部屋、鍵はねえのか?」
「じ、自動ドアの鍵がないんでっぇす!」
「ガムテかなんかで無理矢理ふさいじまえ! 次はねえぞ!」
上下揃いのだるんだるんのスウェットを着たナンプラがズボンのポケットからタバコを出した。
“MAHOROBA”と黒いロゴの入った赤い箱。
その上に光輝く銀色のライター。
熟練された手つきでナンプラが箱を口元へ引き寄せる。箱が元の場所に戻る頃には、唇に1本の白いタバコが挟まっていた。
間髪入れずにライターが、空中へ一瞬の光を閃かせ口元に流れる。

カキンッ

あの開閉音。
ナンプラが眉間に皺を寄せ、もうもうと煙を吐きだす。
「小僧、この曲が終わる前にここを出ていきな……」
西部劇に出てくる拳銃を持った男のような声で凄まれた。
バックに流れる曲と全く似合わないもの凄い眼力だった。少し前なら屈していたかもしれない。だけど今の自分には……。右手を奮い立たせコージさんの隣の椅子を引く。
「じ、自分も、い、いっぽんいいっすか?」
ナンプラから眼を逸らさず正面に座る。
「……吸うのか?」
「ええ」
窪んだナンプラの瞳。
ときおり視線を遮るのは昇りたつ紫煙。
胸元からPARKを取りだし、見よう見まねで箱を唇に近づけ飛び出ていた1本を咥えた。
「PARK? いっちょ前だな」
ピンククロコセカバの上蓋を跳ね上げる。
左手でセカバを抑えてゆっくりブリタニカルを引き抜く。室内の光が反射してナンプラの顔面を照らす。
「お、おま……、それ……」
蓋を押し上げる。

ゴッシャンッ

確かな手応え。
手の平をホイールへあてがい擦り降ろす。

シパシッ ブッホンッ

盛大な火花の後、吹き上がった大きな火柱。
タバコの先を炙る。
蓋を閉じる、静寂。
煙が身体の中に押し入る。
吸い込み方に気を配ったからか、今朝のような眩暈はない。むしろ身体を包み込む気だるさが愛おしい。
「オマエ、イキってんな」
「そっすか?」
感情に緩やかな余白のようなものが広がる。
「オマエも一緒に番組やるか?」
「番組?」
「たったいまこの部屋は全国DOS×KOIプレイヤーの聖地になった」
「ナンプラさっぁん! もうすぐ曲がおわりまっぁす!」
「ここの転調からの大サビが“ラグハニ”のクライマックス。黙って聞いてろ!」
「は、はっぁい……」
コージさんが机に戻り押し黙る。
「オールナイトDOS×KOIはドデケえ番組になる……参加、するか?」
「興味ありません。それよりあの人はなぜあんなカプセルに入ってるんです?」
「ハルノキくんにはっぁ豊川さんのお世話を手伝って貰いまっぁす!」
「は? 自分が? なにいってんすか?」
「えっ……?」
「理解できないことに手は貸せません。説明してください」
「は、ハルノキくん、なんか雰囲気が違いまっぁす……」
目の前でうろたえるのが先輩だということは理解できるが、それ以上の感情は沸いてこない。
「とにかく説明、してもらえます?」
「は、はっぁい……」

どもりながらコージさんが説明を終えるころちょうどPARKがすべて灰に変わっていた。
流れている曲も終盤に入ったようだ。
ナンプラはテーブル脇に水平に広げたエアロディスプレイ上のダイヤルを回しながらヘッドフォンに耳をあてた。
いつのまにか指先ギリギリまで灰に変わったPARKを灰皿へゆっくりと押しつけた。
タバコの火を消した途端、尊大に広がっていた気分が萎んでいくような気がした。
「そ、それじゃ、自分、と、豊川さんのお世話をすればいいんですか?」
「そ、そうでっぇす。お、お願いできますでしょうかっぁ?」
「コージさん、なんで急に敬語なんですか?」
「び、ビビってるわけじぇないでっぇす!」

ルルルルルルルルルルッルッルルルルル

壁に備え付けられたインターフォンが鳴った。
「こ、これ出た方がいいですか?」
「曲が終わる、さっさと出ろ」
ナンプラが声を荒らげたので反射的に受話器を取り上げた。
「はい、ハルノキです」
「ハルノギ、こい゛」
「は、はい?」
インターフォンの相手はナベさんのようだ。
「タバゴ、持っでこい。客まってるがら」
「わ、わかりました」
背後ではナンプラたちが動きまわっている。
「自分ちょっと上にいってきます」
2人から返事はなかった。

──……きます──

いま、曲の切れ間に一瞬声が聞こえた。あの声、もしかして、ハルノキくん?
そうか! ハルノキくんもいるということは、あの2人、あそこで放送を!

──今朝の番組でも話したが、聞き逃した小僧のために説明しておくぞ。このゲーム、“青春ビートエクストリームDOS×KOI”はクニタチや周りのキャラクターたちが校訓である『励援支愛レイエンシアイ』の精神にのっとり学園イベントで行う“応援”がリズムゲームになってる。キャラデザは、今をときめく天才バウンスアーティストchibusa。リリース当時はchibusaの昔のアーティストネーム、つまり本名でスタッフロールにクレジットされたんだがな──
ナンプラの声に、ぴくりと肩が反応した。
モニタリング用ディスプレイの中で静止していた豊川の肩が。
も、もしかして、ナンプラたちの放送が聞こえてる!? ま、まさか。
──本当のchibusaファンならこのゲームをやってねえのはモグリみてえなもんだよな──
──はっぁい! いわゆるっぅ、にわかでっぇす!──
じっと空を見つめていた豊川がおもむろに立ち上がった。下唇を噛みしめながら。
や、やぱり、聞こえてる!!
──コージ、おまえはにわか呼ばわりする資格ねえぞ。さっき、1話のシゲルイベントミスってたよな。シゲルイベントをミスるのがどれほどヤバイことか知ってるのか?──
──し、知りませっぇん……──
──やっぱりな。もし知ってたら平然としてられねえはずだ──
──ど、どうなるんですかっぁ!?──
──教えてやろう。そのまえに、CMだ! ラジオの前の小僧ども! まだDOS×KOIはじめてねえならしっかり準備しとけよな!──
や、やめて、豊川を刺激するようなこといわないで! それに“トイレはCMの間に”的な発言はスポンサーさんに怒られるから!
──ナンプラのオールナイトDOS×KOI! 徹底攻略っぅ くぅ くぅ  くぅ  くぅ──
軽快なジングルが流れCMに入った。
ディスプレイの中の豊川は……仮想空間内でエアロディスプレイを立ち上げ、アプリケーションストアを呼び出していた。
入れる気だ……DOS×KOIをインストールする気だ! 
これ以上チーちゃんに関連することに豊川を近づけるのはまずい。
VOICEの呼出ボタンを連打した。

次回 2019年08月30日掲載予定
『 ビタースイートメモリー 02 』へつづく







「手続終わりやしたぜ! 旦那ぁ!」
炎天下の昼下がり。
山間部の静かな景色の中を下品の極みと呼ぶにふさわしい形相で蒔田さんが駆け戻ってきた。
「なんか悪いっすね」
「いやいや滅相もござんせん! これもサービスのうちでござんすから!」
舌と涎を垂らし主人に媚びをうる犬のような頷きかただ。
「こちらが入校のパンフレットになりやす。あとはあの建物の中にいる案内人がお連れいたしやすから!」
粗末なプレハブが1軒、海岸を眺めるように敷地の奥に建っていた。
「手動運転の限定解除どのくらいかかりますかね、あんまり寄り道してると命に関わるんで」
「大丈夫でげす! ほら、この教習所の名前みてくだせえ! 宇宙最速コスモ免許ってあるでやんしょ? 中の奴に聞きやしたがね、ウマイこと実地試験と学科試験通れば最速3日で取れるらしいでげす!」
「あ、3日とかでいけんすか?」
「もちろんコレ次第なとこもありやすが……」
蒔田さんが、親指と人差し指で円をつくった。
この人は宇宙一この仕草が似合うのだろう。
「考えてみたら、運転は普通にできるし実地とか楽勝かもなぁ」
「でげす! 旦那なら鼻くそほじりながらでも合格でやんすよ! ささ、あっしもお供いたしやすんで合宿所にいきゃしょう」
「あれ、付いてくるんすか?」
「当たり前でゲス。あっしは旦那のお供でやんすから!」






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