河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第100話『 ビタースイートメモリー 02 』

「ハルノギ! オメどこさいだんだ?」
1階に戻ると事務所の前にナベさんが待ち構えていた。
「ど、どこってナベさんが地下行けって……」
腕を組んだナベさんの目が、縁なしメガネの奥で神経質そうな鋭い弧を描く。
「んだども、棚田さんいねのに。オメもいねがったら、仕事になんねべ」
「棚田さん、来ないんすか!?」
「わがんね」
「わ、わかんないって……地下の部屋、なんというか、きな臭い感じになってましたけど……」
「コージが?」
「はい。あと、ナンプラって人も」
「あだだだだだ、ナンプラもいんのが。まぁだ悪さしでがすな、あの2人」
「やっぱりそうなんすか?」
「あいづらは、“ふだつき”だぁ。前も、店さきてるねーちゃんナンパして、棚田さんにこっぴどぐ、怒らっちゃんだ」
「な、なんて、人達だ……」
ナンプラに焚きつけられ、女性に突進していくコージさんの姿がありありと浮かぶ。
「……とごろで、オメ……」
「は、はい?」
故郷くに、どごだ?」
「くに……? あ、実家すか?」
「んだ」
地元の地名を伝えると、三日月のようなナベさんの目元が、心なしか緩やかになった。
「ほが? やっぱなぁ」
「え?」
「おめ、オレのいうごど、ちゃんっと、わがってるみでだがら解ってるみてえだから、もしかしってっで思ったんだ」
ナベさんの言葉とイントネーション両方に含まれる“地元率”が上がった。た、試されているのか? しかし、反比例するようにナベさんの表情はどんどん和らいでいく。
「インターフォンで、オレの話、聞ぎき返さねがったの、オメが初めでだ」
「そ、そうっすか?」

ピロロロロロロロロロロロ

「な、ナベさん、なんか鳴ってますよ」
ナベさんの制服の胸元から電子音が鳴り出したが、ポケットをみようともせずまっすぐにこちらへ視線を注いでくる。
「いまは、オメどしゃべってんだ。いいが? おがしな先輩もいっけど、オレが同郷のよしみで、オメの面倒みでやる」
電子音が途切れ、辺りは無音になりナベさんの声だけが響いた。
投げつけるようにぶっきらぼうな言葉に含まれたあたたかさに涙腺が反応した。
「あ、ありがとうございます……」
同郷と呼ぶほど、ナベさんの地元とは近くない。でも黙っておこう。
この人は、棚田さんが不在の店を取り仕切るほどの立場の人なのだから。
「ところで、ハルノギ」
「は、はい?」
「ヴィップルームのおきゃぐが、タバゴほしっつってんだ欲しいっていてるんだ
「タバコ、あっ、自分が買ってきた?」
「んだ。おめ、一式持ってっで、何いいが、聞いで置いでごい」
「わがりました!」
「あど、ラウンジさいって、ドリンクも一緒に持ってげ!」
ナベさんが丸型のトレイを差しだした。満月のように丸い銀盆の表面は自分の顔がはっきりうつりこむほど磨かれている。
オレのトレイ使え。ビッカビカに磨いである。オメも今日がらボーイだがら」
鏡面に仕上がったトレイよりも白く輝く歯を、むき出しナベさんが笑った。
「自分、やるっす!」
「よし、行げ!」
「はい!」
事務所をでると自然にダッシュしていた。

DOS×KOI
メインストーリー 第2話 『春さき苗字』

登校二日目。今日から授業が始まる。
春先にしては気温の高い朝。着慣れない制服の下にうっすら汗がにじむ。
太陽を見上げながら、昨日のimaGe体験を回想する──。
昨日、5時間におよぶimaGeモニターの役目を自主的に果たし、寝落ち寸前の薄れゆく意識のなか、辿り着いたのは、「千逢学1年2組」という名のクラス掲示板。
中をのぞくと社交性を鼻に掛けた連中が仲間あつめ、いや派閥づくりに興じていた。
imaGeを使っているのに文字テキスト主体のコミュニティなんて古くさい。もっとimaGeの特製を活かしたアクティブなコミュニケーションを考えられないのか?
クラスの愚民どもの馴れ合いを避け僕はROMすることに努め──。
「おーい、コクリツ!」
崇高な回想が途切れた。
やれやれ。
肩越しに振りかえると同じ制服の男子。
「おーい、コクリツ、お前コクリツだよな? 俺一緒のクラスの……、おーい」
父親の思いつきでつけられた名前と、受け継いだこの苗字のせいで季節が変わる度にぼくはこのセリフをいうことになる。
「あ、僕はクニタチです。国立と書いてクニタチです」
近づいてきた男子が眉を吊り上げ首を傾げた。
「あれ?  昨日、菅原が出席とるときに国立大学こくりつだいがくくん! って呼んでたよな? んで、お前『はい!』ってビシッと手あげてたろ?」
「あ、あれは、あのタイミングで間違いを訂正したら点呼の流れを乱してしまうと思ったから、とりあえず出席していることを示すために答えただけで、そのあとの自己紹介でちゃんと訂正したじゃないですか」
「そうだったのか、悪い。自己紹介のほう、ちゃんときいてなかったわ、じゃ、オマエはクニタチな、オレはシゲルだ、よろしく」
馴れ馴れしく呼び捨てにしないで欲しい。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「なんで敬語だよ。同じクラスじゃねえかよ」
「し、しかし、今はじめて言葉を交わしたわけですから、正確には初対面と変わらないのではないかとおもうので」
「なにいってんの? オレらもう友達だろ?」
「いつ僕が君とともだちになるっていったんだ、そもそも僕は友達なんて……」
「ところでさ、オマエ昨日imaGeやった?」
“imaGeをヤル”という表現は、どうだろうか。
imaGe自体はコンテンツではなく、コンテンツの入れ物であるから、いささかおかしい。
“頭切った”や“トイレしたい”と同種の奇妙な物言い……。
「なぁ、聞いてる?」
「は、はい! モニターに選出された学園の生徒として、し、仕方なく、imaGeやりました!」
「imaGeおもしれーよな! オレ、完全没入ログインしたのはじめてでさ、やべーよな!」
なんて中身のない会話だろう。なにが具体的にヤバイのかもわかない。
「でもよぉ、年齢制限邪魔だよな。エロいこと全然できねえし」
「ぼ、僕は、年齢制限を解除したんで」
「はぁ!? できんのそんなこと? なに? じゃあエロいことしまくった!?」
「そういうことにimaGeを使うつもりはありませんので」
「嘘つけ! クニタチ、真面目そうにみえてすげえな! 教えてくれよ! オレにも!」

──ナンプラさっぁん! シゲルイベントをミスったらどうなるか教えてくださっぁい!──
──ストーリーの説明中に割り込むな! 2話の後だろ“シゲルイベント”は──
──ですがっぁ、わたくし、シゲルイベントはバッドエンドになってしまってっぇ──
──コージ、わたくしじゃねえだろ──
──ハッ! 拙者、気になっておりましてっぇ──
──オメェ、キャラ設定ぶれぶれだな。少しはクニタチをみならえ。クラスメートが話しかけてきてくれてんのに“まだ友達じゃない”だぞ。いえるか? コージ。男ってのはな、孤独な生き物なんだぞ──
──拙者には、なにかを“こじらせて”いるようにしかみえないでゴザるっぅ!──
──だいたい、掲示板ROMったってよ、imaGeに登録されてる名前隠せるわけねえつーの。クラスの全員にみえてたハズだぜ、“いらっしゃい!クニタチ くん!”ってメッセージ──
──掲示板に匿名性があったのは大昔のはなしでっぇす!──
──imaGeの厳格な個人認証がある。当然高校生はアダルティックなコンテンツにはアンタッチャブル。でもそこをクニタチはスルスルとかいくぐって年齢認証外すわけだが、それがシゲルイベントの引き金になる──
──それを教えてくださっぁい!──
──落ち着けコージ。まずは告知からだ。DOS×KOI初体験をすませた小僧どもはもう知ってるだろうが、「千逢学1年2組」ってのは、ゲームのコミュニティ掲示板機能の名前にもなってる。そこに番組用のスレッドを立てた! 番組の感想やDOS×KOIへの熱い想いをかきこんでくれ!──
──番組の中でも紹介する予定でっぇす──
──スレタイは“ナンプラのオールナイトDOS×KOI”! そのまんまのタイトルだ! 調子に乗って荒らすなよ、小僧ども──
──荒らしは拙者が特定するでごるっぅ──
──おっ、コージ頼もしいじゃねえか──
──拙者、特定するのは得意でござる!──
ポヨッ♪┘
──おっ! おっ! さっそく書き込みだ! 活きのイイ小僧がいやがるな! コージ、読め!──
──御意っぃ!──

ラジオのやり取りに手がすくんで、とっさに、ナベちゃん宛のVOICEを切断してしまった。
エアロディスプレイの中を凝視すると、豊川は、DOS×KOIの掲示板機能を呼び出していた。左上にでかでかと表示されているユーザーネームは……。

──記念すべき最初の書き込みはっぁ──
──コージ、そこは“おハガキ”で統一しろ。雰囲気がでねえ──
──はっぁい! 最初のおハガキはっぁ、DOS×KOIネーム、と、と、とよかわ──
──おいコージ! リスナーの小僧を呼び捨てにするんじゃねえ! さん付けが基本だ! ……おい? どうした? なによそ見してんだよ! 前向け! おい、コージ?──

♪┘豊川豊クン くん:はじめてみたよ┌♪
ナンプラのオールナイトDOS×KOIスレッドに豊川の書き込みがひと……
♪┘豊川豊クン くん:はじめてみたよ┌♪
♪┘豊川豊クン くん:はじめてみたよ┌♪
♪┘豊川豊クン くん:はじめてみたよ┌♪
つ、を数えようとした直後から、ふたつ、みっつ……もの凄い勢いで増殖していく。ラジオの中では書き込みの告知音が鳴りまくる。

──お、おいおいおい、なんだなんだ? いきなりバズったか!? コージ、読め読め!──
──DOS×KOIネーム、と、豊川豊クンさんからのおハガキでっぇす──

コージくんの震え声が名前を読み上げると、告知音がピタリと止んだ。
この人、自分の書き込みが読まれるまで連投するタイプだ。当然と言えば当然だ。あれだけひとつのことに情熱を傾ける人なんだから。

──“はじめてみたよ”とのことでっぇす──
──おう! 小僧も扉をあけたか! おめでとう! それで?──
──以上でっぇす……あとは全部同じでっぇす……──
──おっ! いきなり荒しか?──
──な、ナンプラさっぁん、ちょ、ちょと、いったんCMにいきまっしょっぉ──
──ここまで即レスした小僧をほおってCMだと? ばかやろう! 深夜ラジオのパーソナリティを舐めるな! コージ! ぶつかるんだよ! もっと正面から! 鬱積した、若者の熱情と! おい! 豊川豊クンさん! はじめてみた感想は! もっとぶつかって来い! おれたちもう“DOSフレ”だろ? KOIよ! もっと、どっすんどっすんしようじゃ……──
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
──お、お──
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
──おいおいおい、ちょっ、ちょっまっ──
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
ポヨッ♪┘
──こ、小僧ども! いったんCMだ! コージ消せ、音消──
──ナンプラのオールナイトDOS×KOI! 徹底攻略っぅ くぅ くぅ  くぅ  くぅ──

完全に取り乱した2人をあざ笑うかのようにジングルがカットインした。
エアロディスプレイの中の豊川は一心不乱に書き込みを続けている。
ナンプラは、目覚めさせてはいけない魔物を呼び出してしまったようだ。
ラジオを放置しても、豊川を放置しても、このままじゃなにがおこるかわからないけど、間違いなくなにかが起こる。
僕は再びVOICEを呼び出した。

フロアの方では微かな低音が鳴っている。通路に漏れるご機嫌なビートを体で感じて、ディスコで働いているんだという実感がわく。
ナベさんも期待してくれている。
左脇に抱えるトレイの丸みと、右脇に抱えるブリタニカルの重み。
自分がこの街で掴んだ2つの大きなもの。
しっかり、役目を果たさなきゃ。
「おっと」
勢いあまってLounge310を通り過ぎそうになった。ドリンクを受け取らなければ。
「ゴミ、捨てたー? あ、まだ捨ててないじゃーん。だめじゃん! もう!」
ラウンジに近づくと中からノゾミさんの声がした。アイスピックの先みたいな鋭いイメージとは違う砕けた口調だった。
「あと、おしぼりも準備しないとだねー、さぁーさー、おしぼりだしちゃおー!」
あの人がこんな調子で話す相手がいたのか。
そっと中を覗き込む。
カウンターの隅にノゾミさんの姿、ノゾミさんの姿……ノゾミさんの姿……だけ……。
「よぉし! オッケー! ノゾミ! 今日は気合いいれてけよー」
独り言だ。それも、とびっきり恥ずかしい類いの。みていたことを相手に知られてはいけないと、直感的に悟った。
一刻も早く、この場を離れなければ……。
「いっくぞー、ノゾミ! えいえいおっ……」
ピピピピピピピピピピピピピピピピ
「ウソだろ!」
こんな時にVOICEの呼出音。
思わず叫んでしまった……。
笑顔で右手を振り上げたまま固まったノゾミさんとバッチリ目が合う。
「……おまえ、いつからそこにいた」
ノゾミさんの表情が、氷のように冷めていく。
振り上げた拳が空中でもう一段強く握られた。
「い、いや……たったいま……ここに」
「……うそ、つけ……」
「す、すみませんでした! じ、自分、VIPルームのドリンクを受け取ろうと……うわ!」
頬をかすめて光る物体が通り過ぎた。
「ゆるさない!」
次々に光る物体が襲ってくる。
「記憶が消えるまで氷喰わせてやる!」
ノゾミさんの手元から、放たれる氷の飛礫つぶてを銀のトレイで防ぎながら、いちもくさんにLounge310を飛び出した。

次回 2019年09月13日掲載予定
『 ビタースイートメモリー 03 』へつづく







「それでは、旦那の入校を祝しまして、かんぱーい!」
合宿用の宿舎としてあてがわれた四畳半の和室にありあまる声量で蒔田さんが叫んだ。
さっきからふくらはぎにまとわりつく畳の感触よりもうっとおしい。
「ささっ旦那ぁ! グッといってくだせえ!」
蒔田さんが、ぐいぐいビール瓶の先をセイジのコップに押しつけていく。
「やっ、でも、明日から、教習なんで、あんまり飲むとまずくないすか?」
「なにいってるんでげすかぁ、旦那は、ずっと独学で運転してたわけでしょ? 実地なんざぁいきなり試験やっても楽勝でやんすよ!」
「まあ、そうっすけど」
「実地は試験だけうければいいように、あっしが話つけときやしたから! ささ、ジャンジャンいきやしょう! 無くなったら江田が買い出しいきやすんで!」
「蒔田さん、そろそろ失礼した方が……」
「旦那ぁ! いい飲みっぷり! さすが!」
瓶ビールがあっという間に注がれていく。
この人は“太鼓持ち”としての技術を一体どこで習得したのだろう。
「旦那! ビールがないでやんす! 買い出しいきやすんで、そのぉ、お代のほうを……」
「あ、うっす!」
セイジの顔もさすがに赤らんでいる。
「江田くん。ひとっぱしりおビールを買ってくるんだ!」
蒔田さんはセイジから受け取った、定価の数十倍分はある金を数えている。
「代金は立て替えておいてくれ! あとで精算する!」
そして金を悠々とポケットへしまった。






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