河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る DOS×KOI 次を読む

第101話『 ビタースイートメモリー 03 』

「ひぇっぇっぇっぇっ!」
お空からいきなり、もの凄い雨が降ってきた。
「走れまもるぅ! もくがシケる!」
パークさんはリュックサックと大きなビニール袋をお腹に抱えたまま、頭からトックトックのほうへ突撃していく。
「ま、まってくださぁい!」
お店の前の喫煙広場でタバコを吸っていた人たちも、みんな屋根の方へ向かう。
「うぬんっ!」
「大丈夫か!」
転んだボクの所にパークさんが戻ってきて、ボクが手に持っていたビニール袋をひったくり、
「濡れてねえか! 煙! よし!」
ビニール袋に声を掛けた。
「ひどいですよ、パークさん!」
起き上がると濡れたお尻がいたい。
「ほんとにひでえな、この一発雨」
パークさんはトックトックの軒下から空を見上げた。周りの街灯が反射して、しらたきみたいな雨が降ってるのがハッキリ見える。
「なんだって急に降ってくんだよなぁ、煙摘モクつみのゴールデンタイムじゃねえかよなぁ、金曜の夜つったらよぉ…………ん? おい、まもる。あそこに立ってんのchibusaさんじゃねえか?」
パークさんが指さした方に青いドレスをきたchibusaさんが立っていた。
「なんで雨が降ってるのにあんな所にいるんですか?」
ビルの周りにいた人はみんな走ってきたのに。
ひとりだけ雨の中にたっている。
「まもる、ちょっと声かけてこちらへお連れしろ!」
「また濡れるの、いやですよぉ!」
「オマエむしろ濡れたほうが風呂の代わりになるだろうが!」
「パークさんも同じじゃないですかぁ!」
「オメェ、師匠にむかって、なんだ!」
「あっ、ち、chibusaさんこっちにきます!」
chibusaさんは雨の中をゆっくり歩いてきた。全身びしょびしょなのにちっとも気にしてないみたい。
「chibusaさん!」
「あら。アナタ、素敵な前歯の……」
「へい! パークです。覚えててくれたんすか? 光栄です!」
パークさんが笑いながらタバコを前歯に挟む。
「そうそう。パークさん。アナタたち、なにしてるの? こんなところで」
「い、いや……chibusaさんこそ……こんな雨ん中、ズブ濡れじゃねえですか」
「そうね! 結果的に降雨というハプニングがあってより充実した時間になったわ」
「と、といいますと?」
パークさんが指先で頭を掻いた。
「濡れそぼったおっぱいがうごめいているじゃないの! 待ち合わせ場所での、観察は合理的なの! 相手を見つけたら小走りになってだんだん速くなる! おっぱいの小さな揺れからダイナミックな揺れまでいっぺんにみれる!」
「は、はぁ……そいつぁよかったですね」
「それより、アナタたちは、何を?」
「おれらぁ、タバコ摘みですわ。へへへ、でもあれです、そこらの煙はぜんぶ時化煙シケモクになっちまいましたから、今日は終いにして家で酒でもかっくらいやす」
「なんだか、面白そうね」
「なんなら、我が家にご招待いたしやすか!? なんて! ブハハハ」
「あら、今から? 面白そうね」
「ハハ……へっ?」
「パークさんの御自宅、いきましょう!」
「ほ、ホントにですかぃ?」
「あら、社交辞令だった?」
「めっそうもねえ! 張り切ってご招待させていただきやす! おい! まもる! タクシーだ! タクシー! さっさとクルマここまで回してこいバカヤロウ!」

フロア横の階段を上ると、突き当たりにVIPルームがある。昨夜、豊川が失禁した部屋。
今夜は事情を知らぬ別の団体が楽しい時を過ごしているのだろう。
そうだ。昨夜とは違う。
ショルダーパッドの人間として、VIPに接するのだ。
今更、緊張してきた。
弱腰になってはダメだ! ナベさんや棚田さんが期待してくれているんだ! ヘマをするわけにはいかない。
怒り狂うノゾミさんをなんとかなだめてつくってもらったドリンクをこぼさぬよう、トレイを水平に保つことに神経を集中する。
……それにしても、あの部屋は仮想空間のVIPルームにログインするためのVIPルームという、ややこしい部屋なのに、なぜ仮想空間あっち側にデジタルドリンクを注文するのではなく、現実リアル側のドリンクを注文してきたのだろうか。
いや、お客のプライベートを詮索してはいけないだろう。自分はショルダーパッドのボーイだ。
雑念を振り払いドアをそっと開ける。
いちばん奥に座っていた客と目が合う。
「あれれれ! キミぃ!」
立ち上がったのは見覚えのある中年男性。
「ハルノキくんだよね? お疲れチャン! ホントに働きはじめたんだ!!」
「し、渋井さん?」
昨夜、豊川の失禁パニックに巻き込まれた男。な、なぜ今夜もこの部屋に。
「なによ、制服、チリバツ、C調な感じじゃないの!」
「あ、あの、なぜ、今夜も?」
「ん? ああ。ダンス大会までは毎日くるよ。そうそう、昨日はありがとね! あの人もう釈放されたんでしょ?」
「そ、そうみたいです」
いまは別の場所に収監されているような状態だけど。
「いや、まいったよねー、まさか豊川さんが来るとわなぁ。ハハハ、協会だとさ、向こうの方が上役だから、断れなくてさ。ハルノキくんが上手いことクミコ隠してくれてホント感謝だよぉ」
そういえば、この人もクミコを狙っているのをすっかり忘れていた。
「も、もしかして、ダンスの練習で……」
「いや、自分はねスカウトだね。クミコをゲットできそうな、こうド派手でイカしてるダンサーをみつくろいに来てるんだ」
「え゛!」
「ところでハルノキくん、タバコ持ってきてくれたぁ?」
渋井は待ちきれない様子で手の平を差しだす。
「あ、は、は、はい……」
ダメだ、いまは仕事中だ。
「あ、俺らもいいっすか?」
渋井さんの連れだろうか、部屋には他に2人の男がいた。両方とも広大な肩幅のハデなジャケットをまとい、揃って色黒の肌にゴールドチェーンを光らせている。
「は、はい、ご、御銘柄は」
「おれ、ゴルチプ!」
「僕はMAHOROBA」
渋井さんと連れのひとりが手を差しだしてきた。ナンプラと同じタバコだと思いつつ渋井さんへMAHOROBAを渡す。それからゴルチプ……、た、たしかゴールデンチープという銘柄だ。
買い出してきたタバコのなかから取り出す。
「オレは、どうしよっかな……」
もうひとりの連れは首を捻っている。
「早く決めろよオマエ」
「じゃ、PARKある?」
ドリンクの水面が一瞬震えてしまった。
「ぱ、PARKすか!?」
「ない、よねー」
「あるわけねーだろー、金曜日だぞ今日? 来週まで品切れだっつーの」
ゴルチプを受け取った方の男が、笑いながらタバコの封をきる。
「い、いや、あ、ありますけど」
「うっそっ!」
「PARKあるの!?」
2人とも目を丸める。渋井さんも若干驚いたようにこちらをみていた。
そ、そんなに驚かれることなのか。
逆に、いきなりあんなインチキタバコの銘柄が指定されたことの方に驚きつつPARKを渡す。
「あああぁぁぁ! ガムネコついてる!」
「うっそ! マジで!? みせろ!」
取り合うような勢いでPARKの箱に群がる2人の男。な、なにごとだ?
「が、ガムネコ? ……っすか?」
「知らないの? これ! このガムテープの上にいるネコ! ガムネコ!」
パークさんが最後の箱にノリノリで描いていたあのネコのことか。
「ちょ、ちょっ、いいな! ねえ他にもないの? ガムネコ付いてるPARK」
さっきゴルチプを渡した男が食いついてきた。少し目が充血している。
そ、そんなにレアなのか、あの落書き……。
「おいおい、2人とも、フロアちゃんとみててねぇ、大事なお仕事だよ」
「あ、す、すみません」
「まあガムネコなら、解らなくもないけど」
渋井さんも煙草をくわえながら笑っていた。
「じゃあ、コレで」
他のタバコ3箱分くらいのお金が出てきた。
「え!?」
「えっ? ガムネコ付き。コレであってるよね?」
プ、プ、プレミア価格なのか……ガムネコが付いていると……。
にわかに信じがたいが、この場にいる他の3人にとっては当然のことのようだ。
「いやーツイてるわガムネコ、ツモったわ!」
大の男が、あんなくしゃくしゃの紙切れで作られた箱に感激している。これは、儲けになりそうだ。もっと、ガムネコがあれば……そ、そうだ!
「あ、あの……じつは、開封済ので良かったらあるんですけど、ガムネコ付いてるPARK」
胸元に入れていたPARKを差しだすとゴルチプを渡した方の男が目を見開いた。
「買う!」
男が喰い気味に紙幣を出す。
オマケで貰った吸いかけのタバコが、こんなに高額に……なんという幸運……。
“金運なら、首元に金色……”
突然、あの老人の声が蘇り、無意識に首元にぶら下がる24KGPゴールドチェーンを指でなぞる。それよりも驚異的なのは、PARKの知名度。原価ほぼ0円の、タバコにこんなカリスマ性があるとは……。
老人の顔につづいて、前歯にタバコを挟むパークさんの顔が鮮明に浮かんできた。

「さささっ! どうぞ! chibusaさん!」
「ファンタスティック! なんて大胆なの! ブルーのシートでお家ができてるの?」
chibusaさんがボクの体の下で驚いていた。
「あっしの城です。どうぞ中へ!」
「お邪魔するわ! 靴はここで脱げばいいのかしら?」
「いやいや、そのまま上がってください」
「ぱ、パークさん。ボクもそろそろ中にはいっていいですか?」
さっきから背中が冷たい。
「chibusaさんが中に入るまで浮かんでろ!」
雨が冷たくてホバーベルトのスイッチが上手く動かせなくなってきた。傘のかわりにタクシーからパークさんのお家までずっと、chibusaさんの上を飛んできたんだから手が冷たくなってる。
「よし! いいぞ、まもる! 靴はぬげよ!」
「は、はいぃ!」
靴を揃えて中にはいると、先に入ったchibusaさんがあちこち眺めている。
「ナイス! ナイスアバンギャルド!」
「ギャップっていうんすかね、外観と内装のミスマッチを狙ってまして」
顔をあかくしたパークさんがタバコを前歯に挟んで火をつけた。
「いやぁ、まさかchibusaさんが我が家にお越しになるなんて夢にも思いませんでしたよ! そうだ! そうそう、ちょうどね、今日は豪勢なものが手に入ったんですわ!」
パークさんが大きなビニール袋を取り出した。不思議なことに袋はプカプカと宙に浮いている。
「そのおっきなビニール袋なんですか?」
「よくぞきいた、まもる! こいつがな、トックトックの前で泳いでたんだ」
「まあ、トックトックの前で?」
「そうなんでさ! chibusaさん」
パークさんがビニール袋をとる。
「みてくだせぇ! うなぎです!」
「あ! ノボルくん!」
パークさんが持っていた袋の中にはいってたのはノボルくんの水槽だったの!?
「ん? なんだ、まもる。知り合いか?」
「ボ、ボクの友達ですぅ!」
「なにいってんだオマエ、こいつはな、今日トックトックの前の広場で水槽ごとぷっかぷか浮いてたんだぞ?」
「だ、だって……」
この間、トックトックの前で追いかけられたときに忘れてきたんだと思う。
「いいから、そこの戸棚あけろ」
「こ、ここですか?」
ぼろぼろのトロフィーが飾られた上半分だけの箪笥の引き出しをあけると、包丁とまな板がはいってた。
「ダメです! 食べちゃ!」
「ばかやろう! うなぎ捕まえてくわねえ奴がいるか!」
「だ、だって、これボクが釣ったんです!」
「釣った? いつ?」
「3日くらい前です」
「なら泥抜きもバッチリじゃねえか!」
「ダメですぅ!」
「オメぇ、いままで忘れてたんだろ」
「だ、だってぇ……」
「あら、いやだ、タバコがない」
chibusaさんが突然大声をあげた。
パークさんがくるっと振り向く。
「タバコ、ご入り用ですか? 銘柄は?」
「あたし? フォルテシモロングだけど」
「フォルテッシモロング! おまかせください! まもる! そこのいちばん左側のケースもってこい!」
パークさんがふとんの上で指さした。
「これですか?」
「おう! chibusaさん。いまあっしがこしらえますんで、少々お待ちください」
「えっ? こちらで?」
「あっしはね、PARKっていう名も無い煙草をうってまして、まあ、しがねえシガレット職人なんでさぁ」
「PARK? 知ってるわよ?」
「ほんとですかい? そりゃあ光栄だ」
「個性的な味だったわ」
「トックの空気が凝縮されてやすから! まもる、急げ!」
「は、はい!」
ノボルくんのことを忘れてくれるように祈りながら、パークさんが指さした箱を運ぶ。
「それから、ラジオだ。ラジオつけろ!」
「ラジオ聴くんですかぁ?」
「おう。雨の日は、ラジオと雨音聴きながら作業したほうが盛り上がる。ちょうどFMトックがクラシック流してる時間だ」
「く、クラシック? ぷぷ、パークさんが?」
「いいから早くつけろ! chibusaさんのおタバコつくるんだから」
ぼろぼろのトロフィーの横に置いてあるきったないラジオのダイヤルをひねる。

──徹底攻略くぅ くぅ  くぅ  くぅ  ぅ──
──いやいやいや、待たせたな小僧ども。ナンプラだ。盛り上がってきたなコージ──
──そ、そうでっぇす!──
──突然だが、掲示板機能は一旦停止だ! まずはゲームやらねえとな! ゲーム攻略の番組だからな! この番組は! 書き込みよりもゲーム解説だ──
──書き込みの再開は番組終了後になりまっぁす!──

「あ? ナンプラぁ? なんでこの時間に出てんだコイツ。朝の担当だろ?」
「あら、この2人、朝から晩までこんなことしてるの?」
「chibusaさん、この2人もご存じで?」
「今朝、ナンプラって人にロウリュしてもらったわよ、アタシ」
「ロウリュ!! chibusaさんが!?」
「ええ。あれもなかなかエキセントリックだったわ。ねえ、それより、タバコってまだかしら」
「あ! こりゃいけねえ。まもる、紙片!」
「は、はい!」
パークさんが真剣な顔になってテーブルの前に座る。雨とラジオの声だけになった。

──つうことで、小僧どもこれだけ長いCMだったからには、準備できてんだろうな! ここから本格的に攻略してくぜ! イェイェイェイ、激しく、どっすんどっすんしようぜぇ! DOS×KOI! DOS×KOI!──

でも、葉っぱを摘まんでいたパークさんの手が一瞬とまった。
「DOS×KOI、だと?」
「やだ。まだDOS×KOIのこと話してるのこの人?」
「DOS×KOIってなんですかぁ?」
ボクは手をとめたパークさんに聞いてみたけど、パークさんはじっとラジオをみつめていた。

──ナンプラさっぁん! そろそろシゲルイベントの結末を教えてくださっぁい!──
──クニタチは、給食のあとシゲルのimaGeの年齢認証をスルっと解除しちまう。それで5時間目の授業をサボり体育館倉庫に忍び込む。そこまではオマエもプレイしてるよな?──
──はっぁい! シゲルがアダルトゲームにハマりまっぁす!──
──倉庫に鍵掛けちまうんだ。で、放課後になっても戻ってこねえのを心配したハルノキが先生を呼んで体育館倉庫前にやってくる──
──そこで、応援が始まりまっぁす!──
──そうだ。扉を開けてもらうためにクニタチが必死でシゲルに呼びかける。集まってきた生徒達はみんなは後ろで応援しはじめる──

「へっへへへ」
パークさんが急に、気持ち悪い声で笑った。
「ど、どうしたんですか? パークさん」
「まもる。人生、どう転ぶかわかんねえな」
「……ぼ、ボクは今日トックトックの前で転びました!」
「そうか。それもいつか報われる時がくるかもしれねえな」
「……ぱ、パークさん、どうしたんですか?」
「まさか、chibusaさんの前でDOS×KOIの話を聞くとことになるとはな……」
「あらアナタもDOS×KOI、ご存じ?」
「あのゲームはオレ等の世代にとっちゃあ、金字塔でさぁ、オレァ、うれしいです。chibusaさんの口からDOS×KOIってフレーズがきけて」
「あれはまだ右も左もわかってない頃の作品だから……」
chibusaさんが急に困ったような顔になった。
「実は、オレァ、昔、DOS×KOIの大会でアナタにお会いしてるんです」
パークさんがじっとchibusaの顔をみつめた。

次回 2019年09月27日掲載予定
『 ビタースイートメモリー 04 』へつづく

掲載情報はこちらから

@河内制作所twitterをフォローする