河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第107話『 ミルクのゆくえ 01 』

「来たる8月31日! ショルダーパッドダンス大会は中止! ミルクリームエモーション復刻記念、クニタチ男祭りを開催することをここに宣言しまっす!」
ブプスゥーーーーーーー
「先生、臀部から心意気がお漏れに」
「くさいでぇっす」
「だまらっしゃい! いいですか、あの伝説のイベントがこのタイミングで復活する! デステニー、これは運命! DOS×KOIファンはこれから寝る間も惜しみ、本番に向けてプレイを重ねる! シコシコシコシコ、覚えたてのころみたいに! そんな時にダンスなんてできる?! できないでしょ?! できるはずない! だからこそいま舵をきるんです。DOS×KOIに、ミルクリームエモーシンに、クニタチに! ドキドキするでしょう? ワクワクするでしょう? そして興奮が私の中からあふれ出した。ただそれだけのことです」
「…で、ですね」
「…で、でぇっすっ」
「わ、わかりました。先生落ち着いて、ちょっと、しゃがみましょう。マイクも遠いんで」
「こう?」
「あ、いや、あ、“ア”の字の穴が丸みえなんで、ケツはコージの方へお願いします!」
「こう?」
「だ、だめでっぇす! まだ、残り香がありまっぁす!」
「僕は、クニタチが男になる瞬間を、みんなで見届けたいの! ラジオじゃだめ! 大会じゃなきゃ、本気のどっすんどっすんにならない! ダンス大会は中止! ショルダーパッドでDOS×KOIミルクリームエモーショナリーパーティー開催! 決まりぃ!」
「……っ………よ、よし! 一旦CM!……」

激流のごとき数分間の間、エアロスピーカーを全員が無言でみつめていた。
「は、ははは……」
沈黙を破るように笑いだした棚田さんは、床に座りこんで膝を抱え、ついには寝転び、天井に向かって唾を吐くように叫んだ。
「そうきたかぁー」
目元にうっすら涙がにじんでる。
「た、棚田さん……?」
「ん? んーー、んーーーーーーーー」
目の焦点が合っていない。
まずいんじゃないか、これ。
「ハルノギ! ラウンジさいって、さげもらっでごい! 強えのだ! 強えの!」
棚田さんの元に駆け寄ったナベさんが叫んだ。
「は、はい!」
弾かれたよう体が動く。もつれる足元が、豊川の宣言に対する動揺を伝えてくる。
ダンス大会中止!?
いくらなんでもあんな、ムチャクチャな発言で中止なんて……でも、棚田さんのあの取り乱し方にはなにか理由が……。 
わからない。
わからないが、とにかく、今は酒!
無我夢中でLounge310に駆け込むと、カウンターの中でグラスを磨いていたノゾミさんのカミソリみたいな、鋭い視線にぶつかる。
「なんだ童貞」
「す、すみません」
「気持ちわりぃ、謝んな」
「す、すみません、あの酒」
「酒? オマエ仕事中だろ?」
「その、棚田さんが……」
「棚田さんがなんだよ?」
「豊川がいきなりダンス大会を中止にするっていって、棚田さんが倒──グェ」
「はぁ!?」
いきなり胸ぐらを掴まれた。
こ、これは、敵国に開戦を伝えに遣わされる使者は生きて帰れないというあれか……。
「ダンス大会中止ってどういうことだ!!」
「ま……まだ……決まったわけじゃ……の、ノゾミさ……手……は、放し……」
「説明しろ!!」
「豊川……ら、ラジオ」
ノゾミさんが即座にエアロスピーカーを手元に引き寄せる。
「どこのラジオだ!?」
「しょ、ショルダーパッドの……」
ノゾミさんがラジオのチューニングを合わせると、嘲笑うかのようにナンプラの声が流れてくる。


──ようようよう! ネタバレが恐えヤツは今すぐラジオを消せ! ナンプラのオールナイトDOS×KOI 徹底攻略リターンズぅ ズぅ  ズぅ  ズぅ──


「なんだ、このジングル。DOS×KOI?」
襟を掴まれないよう、少し距離を取る。
「DOS×KOIってゲームの紹介する番組らしいんですけど……」
「なんでDOS×KOIなんだよ……」
「なんか、クニタチって高校生が主役の……え、クニタチ!? ……えっ!?」
ちょ、ちょっとまて。さっきは圧倒されて気がつかなかったけど、クニタチ!? そういえば、ナツメとリッチャンって名前も出ていた気が……。この名前の組み合わせ……いやそんな……。
「おい! ハルノキ。聞いてんのか?」
「あ、はい! っす!」
臨界点を超えたマグマのようなノゾミさんの眼力。いまは他のコトを考えている余裕なんてない。この方の対応に集中しなければ。


──いやいや、先生いきなりぶっとんだこと言い出すもんだから、CM長めに入れちまいましたよ──
──だからこれは自然の流れ! 熱ってさ、熱いとこから冷たいとこに移るでしょ? いまなにがアツイって、ミルクリの復活だよね?──
──わたくしも、そうおもいまっぁす!──


「コージもいっしょなのか?」
「そ、そのようです」
ノゾミさんは、宙に浮かぶエアロスピーカーを溶かし墜とそうとする勢いで凝視している。


──僕は、chibusaさんとの思い出があるこの街をミルクリの聖地にしたい! だから、ショルダーパッドでミルクリームエモーションパーティーする!──
──さ、さすがにそれは支配人に許可とってからじゃねえと──
──僕、あっちの大会もスポンサーじゃない? 権力でなんとでもなるから──
──た、ただ、先生、ショルダーパッドダンス大会は夏の終わりを締めくくるこの街の風物詩になってますから、そいつはちと難しいんじゃねえかと思うんです。日付をズラして開催ってことには──
──ミルクリの応援イベント開放は8月31日。うん。ミルクリームエモーションパーティー略して“ミルパ”。“クリパ”みたいでいいよね? 大会当日は全世界中継して、みんなでミルクリのクリアを目指すの!──
──ミ、ミルクリームエモーショナリーパーティーは、豊川グループの提供でお届けいたしまっぁす!──
──こ、コージ、オマエ、世渡り上手くなりやがったな!──
──長いものには巻かれるべきでっぇす!──


豊川はいつのまにかダンス大会のスポンサーになっていたのか……。だから棚田さんは半ば自暴自棄に……。プランを話す豊川の、確固たる口ぶり。深く知っている相手ではないが、あの男がいいだしたらテコでも動かないのだけはわかる。きっと棚田さんもそれを肌で感じていたんだ……。


──商品なんてのは、ダンス大会のそのまま流用でいい! 商品が問題じゃないでしょ? クニタチを男にできるかどうかなんだから!──


このままじゃ、クミコが。
いや、ダンス大会が。
せっかくダンスの練習をしてきたというのに。
「……ククククク」
魂の取引を契約する悪魔のような声がした。
「の、ノゾミさん?」
……笑っている?
「ハルノキ、このミルパってのには、ナベや他のヤツラも反対してんだろ?」
「は、はい。もちろん」
「だろうな」
ノゾミさんは、カウンター下の冷蔵庫から1本の酒瓶を取り出した。
表面はゴツゴツとした髑髏どくろの浮き彫りに埋め尽くされ、中に閉じ込められた液体はどす黒く、不気味に揺れ動く。
「それ、酒……すか?」
「事務所行くぞ!」
討ち入りに出向くゴブリンが棍棒を握りしめるような勢いで、瓶の首を掴んだノゾミさんがカウンターから出てきた。
「早くしろ!」

「やんね! ぜってやんね!」
事務所のドアの前までくると中からナベさんの怒声が聞こえた。
「っすよね! コージ、調子のりすぎ!」
「大会中止なんてありえないっすよね?」
「んだ! あだ、コージどナンプラの思い通りなんてさせね!」
予想通り、ナベさんたちの怒りのボルテージはさらに上がっている。
ノゾミさんはドアを見つめ腕を組む。その横顔にはいくぶん冷静さが──。
「ハルノキ……」
戻るどころか、悪魔的な輝きがましている。
「これから、話し合いをする……」
話し合いにふさわしくないほどの、殺気が体中から放たれているようにみえるが……。
「おまえは、アタシの味方だよな?」
「い、いったい何を考えていらっしゃるのですか……」
「だよな!?」
「は、は…ぃ」
「頼もぉ!」
答える間もなくもドアが開く。
「ノゾミ! はやぐ棚田さんにさげ! 気付げ薬だ!」
ノゾミさんは、応えるかわりに敵の首でもさらすように酒瓶をひょいと持ちあげる。
「おっ! オメ! それ“ネグロマンサ”でねが!」
あ、悪魔が持っているのは、死霊使いネクロマンサー……。
「そうだけど?」
「ば、ば、ばが! この! そだの飲ませだら、気付げどこが、死んじまう!」
「アタシは、それだけの覚悟でここにきた!」
ノゾミさんは動かない。
死闘の相手と対峙する騎士が間合いを計るように。細い背中が何倍にも大きくみえる。
「お、おめ、なにいいだすんだ?」
ノゾミさんは、酒瓶をゆっくりと頭上へ掲げる。まるで自由の旗を手に民衆を先導する女神のように。
「アタシは、ミルクリームエモーションの大会開催に、賛成を表明する!」

次回 2019年12月20日掲載予定
『 ミルクのゆくえ 02 』へつづく





「ばーさん! 起きろ!」
部屋の外から蒔田さんの大声が飛び込んできた。
小さく聞こえた悲鳴のような声は、昨夜の高齢女性のものだろうか。
布団の隙間から薄目をあける。まだ夜が明けたばかり。
ウソでしょう? 
思わず、布団を頭までかぶりなおす。
「ばーさん!」
あのテンションで他人が寝ている部屋に押し入ったら、強盗と間違えられても文句はいえない。
いや、間違えられてそのままSPセキュリティ・ポリシーの御用にでもなってもらった方がいいのかもしれない。
そのままレンタカーのことも押しつけてしまえば、あの人から解放されるじゃないか。
「みてくれ! この帳簿! きれぇになっただろ?」
「あら、ほんとねぇ」
おばあさんのハツラツとした声。そうか、年配の方は朝も早いのか。
「しかもよぉ、持ってみろ! 軽いだろう? ページもうんっと減らしておいた。これでハンコいっぱい貰えるぞ」
「まぁ! ほんとうだわ。これなら持ち運びも楽になるわね!」
「だろぅ! ばーさんのために、オラぁ夜なべしちまったよ!」
蒔田さんの枕元には、ハサミとのりと紙の切れはしが散乱している。その隣にあるのは、セイジさんの教習原簿……か。
視界に入る情報が、寝ぼけた頭にどす黒い想像を渦巻かせる。
あの人、やりやがった。
おそらく、あの女性のもっていた原簿のページを切りとってセイジさんのものと交換したんだ。
だから、そういうのは犯罪だって。
おばあさんまで巻き込んで。
「じゃあ! ばーさんも教習頑張れよ! 達者でな!」
勢いよくドアのしまる音がした。
せめて、退室するときくらい相手に敬意を払えないのか。
どかどかと、踵を廊下に叩きつけるような足音。
全身全霊で世界に対して迷惑を発散する人だ。
まもなく、この部屋のドアが開いた。
「旦那! ヤリやしたぜ! 帳簿のハンコ埋めときやした! 旦那、旦那ぁ?」
もういっそのこと、通報してやろうか。





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