河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
  前に戻る DOS×KOI     前に戻る

第116話『 クニ、タチぬ 01 』

夜明けと共に目が覚めた。
脳内音声ダイレクトに響く鶏鳴けいめい
寝ぼける間もなく意識はトップギア。
このニワトリが、もし現実に目の前をうろうろしていたら朝締めしてフライドチキンにしてやりたい。
「うるさいよ!」
身体を起こすとホットトックプレイスの狭い二段ベッドの低い天井が頭頂部すれすれに迫っている。脳内音声ダイレクトに無断でこんな音声を仕掛けられるのは、他人の脳みそをハッキングするほどのテクを持った国際的ハッカー集団……もちろん、そんな危険な集団に狙われる覚えはない。つまり残る選択肢は、あの御方のみ。
「ねえ、misa。なに!? これ?」
『起きた?』
我がアシスタントプログラムは悪びれた様子のない音声こえで応える。8月も前半を過ぎ、暑さも盛りの早朝に、冷気を感じてこちらのテンションはしんなりしぼむ。
「いや、完全に起こしに来ていらっしゃるじゃないですか」
『感謝なさい』
「はぁ?」
『大事な用事だから一発で起こしたの』
いつにもましてmisaは淡々と言葉をつなぐ。
「大事な、用事?」
『アンタ。のうのうと寝腐れたうえにアタシに仕事丸投げしたこと忘れたの?』
朝方の気温が上昇するように、misaの冷酷な口調はだんだんと熱を帯びていく。
『深夜だったわよね、昨日。貧乏人のくせにタクシーで高速乗って、夜景なんて眺めたぐらいにして、帰ってくるなり偉っそうに、“misa、これメールで許可とっていて”って、さっさと寝に入ったわよね?』
忘れていた。
「や、それは、その、疲れてたもので、つい」
『疲れたから寝る。ハッ、いいわね、人間は。アタシは、眠りこける主のためにせっせと残業してたってわけね』
「もうしわけございません……」
『簡単に頭下げるヤツの謝罪になんてなんの価値もないわ』
下唇を噛みしめていた。前歯がめり込んだ唇は寝起きのせいか、カサカサしている。
『もちろん、アタシは常に完璧だから。仕事はちゃんと完遂しちゃうわけだけど』
視野内に1枚の書類テキストが飛んできた。まるで机に叩きつけられる紙切れのように。
『申請通したから』
書類には“釈放申請許可証”とあった。
忘れていた。などとは口が裂けてもいえないが、misaに頼んだのは、パークさんの釈放申請。chibusaさん直々の音声許可を添付して申請したのだから許可が下りるのは当然だが、こんなに早く認められるとは思わなかった。
『じゃ、アタシしばらくスリープするから声かけないで』
吐き捨てるような音声を残し、misaはスリープモードに入った。きっと激務でお疲れなのだ。しばらくそっとしておこう。たったこれだけのお小言で済んだのはむしろ幸運というものだ。
書類を改めて確認すると釈放手続の時間は午前9時。現在の時刻は5時を少し回ったところ。
昨日の騒動を受けて店は臨時休業になった。パークさんを迎えに行くまでは特に予定もない。
つまり、これほど早い時間に叩き起こされる必要性は当然なく、嫌がらせ目的でしかない。
もう一度ベッドに横たわり、布団を頭まで被る。あと3時間は寝られるだろう。
…………いっこうに眠気は訪れない。おでこに汗が浮き、胸元から足元にかけて全身が汗ばんでいく。じめじめしたスウェットの肌触りは、覚醒した意識が再び眠りに入ろうとするのを邪魔する。
しかたなく、二段ベッドの天井をみつめる。上のベッドはコージさんが使っているはずだけど、人の気配はない。やはり戻っいないのか。
脈々とつづく伝統をぶった切り、急進的な変革を起こそうとする過激派みたいなグループに鞍替えしてしまったら会社の寮になんて戻れるはずもないか。
コージさんとナンプラがはしゃいでいたサウナを思い出しつつ、暇つぶしになりそうなアプリを探して視野内のアイコンを眺める。目にとまったのは“imaGeペイ”のロゴマーク。
そういえば、昨日のタクシー代いくらだ……。前借りした給料残ってるのか……。確認もせずに眠ってしまった。
途端にアプリアイコンが開かずの扉のように恐ろしい存在になる。
毎月の支払いに怯えたあの頃のように、残高を確認する恐怖がこみ上げてくる。
そっと、開く。
残高……。
っえ……、ウソ?
もういちど数えてみる、間違いない。
「おおおお!」
まだ万単位の残高!
ショルダーパッドからの振込金額は一体いくらはいっているんだ!?
……¥55,555 !? いわゆる5並びというヤツか、いや、1日分の給料で!? こんな貰えるの!?
自分、金持ちじゃないか。
こんどこそ完全に目が覚めた。
ここはショルダーパッドの寮であると同時にカプセルサウナ HTPホットトックプレイス。ゆっくり朝風呂して美味い朝食でも食べようじゃないか!

素足がカーペットに擦れる感触を楽しみつつエレベーターを降りる。5階の大浴場の脱衣所に人の気配はない。風呂場から流れ込む湯気だけが、もうもうとした湯気の香りを漂わせている。
夕方の早い時間帯に馴染みの立ち飲み屋に入ったときの、ほんのり酒気が混じった空気のようなやわらかさ。
……馴染みの飲み屋どころか、現実で酒を呑んだコトもほとんどないのに、なぜかそんな気分になる。そうだ。パークさんを迎えにいくついでに酒でも呑もう。財布に余裕があるときくらい“大人の愉しみ”が凝縮された特区を謳歌しないと。
脱衣カゴに汗が染みこんだスウェットを投げ込みハンドタオルを掴む。全裸で歩くときはなぜかいつもより妙に背筋が伸びる。浴室へつづく引き戸を開ける。
「あれれ?」
後ろから声がした。
振り返る。
「……し、支部長さん?」
意外過ぎてすぐにピンと来なかった。
「なんだ、ハルノキくん、朝帰りかい?」
真っ黒に灼け引きしまった肉体。同時に自分の貧相な身体が恥ずかしくなってくる。
「し、支部長さんは」
「ちょっと仕事がらみでね徹夜」
するすると、流れるような動作で服を脱ぎ終えた支部長は全裸で鏡の前に仁王立ちする。点検するような目つきで全身をくまなく見回しこちらを振り返る。
「どうしたの? 風呂入るんでしょ? 一緒にはいろうじゃないか!」
豪快に笑いながら先陣を切って湯船に向かっていった。

支部長は湯船から持ちあげたお湯をザバッと顔に掛けた。ほぼ見知らぬ人と並んで湯船に浸かるのは、妙に居心地が悪い。
「いや、まいったよね、豊川さん。まさかダンス大会中止にしちゃうとはね」
顔面の水滴を拭いながら支部長が笑う。
「もうご存じなんですか」
まさかあのラジオを聴いていたのか。
そんな暇があるとは思えない。
「昨日の夜、連絡もらってね。あれホントなんでしょ?」
「そ、そうみたいです……」
「急に言われても困るよねえ。ハルノキくんは? ゲーム上手い?」
「じ、自分すか?」
「あんまりやらない? 誰か知り合いにゲーム強い人居たらとりあえず紹介してよ」
「というと……」
「切り替えてかないと。ダンサーさんから、ゲーミングアスリートさん探さないと。クミコ、手に入れられない」
そうだ。この人はクミコを狙う、いわばライバル。これほどビジネスマン然とした物言いをするけど、その目的はレア物のダッチワイフ。
「昨日から社内ネットワークふくめて連絡してるけど、なかなかイイ人いないんだよ」
湯船に浸かり支部長はエアロディスプレイを立ち上げた。
「この、フレンz’のトモって人とかどうかなとおもうんだけどね」
「これフレンズって読むんですか」
画面上のリストのようなものに“フレンz’ ”と書かれている。なんだこのつづり。
「このzは多分複数形のsをもじってるんだろうね」
「そ、それなら、フレン’zじゃないですか」
「あ、ホントだ。この人はやめておこう」
エアロディスプレイを眺める支部長の横顔は口元が引き締まる。もしかすると、経営者というのはこういう表情で面接にきたバイトや社員志望者を選別したりしているんだろうか。
「あの…、ちなみに、支部長さん御自身が参加したりはしないんですか」
「なにごとも餅は餅屋」
「も、餅?」
「本職には太刀打ちできないよ。僕は可能性のある金のタマゴを孵化させるのが本職なんだ。ダンスならダンス。ゲームならゲームの本職さんを見いだし育てて勝負する」
つ、つまり、本気で優勝を狙っているのか。
昨夜の発表から即座に切り替えてゲーミングアスリートを探しているこの人はやっぱりデキる人なんだ。
「でも、ダンス大会を楽しみにしている人もいるんじゃないんですか」
chibusaさんが見せてくれた高校時代の棚田さんが書いたレポートの画像。タイトルには、ダンス大会という文字が入っていた。
あれは、棚田さんのお父さんの時代からこの街にショルダーパッドのダンス大会が根付いていたことを示すものなんじゃないだろうか。
「まぁね、棚田くんには悪いんだけど、ダンス大会は毎年開催されてたわけだし、たまには趣向を変えてゲーム大会っていうのも悪くないんじゃないかな」
「そ、そんな……」
「ハルノキくんはこの街に知り合い少ないだろうから期待はしてないけど、誰か紹介できるゲーマーが居たら声かけてよ」
それだけ言い残し、支部長は湯船から出て歩いて行く。声をかけるまもなく、湯気が支部長の後ろ姿をかき消した。

支部長が着替えを済ませるタイミングを見計らって風呂を出た。
それが間違いだった。
こんなに嫌な汗をかくくらいなら、サウナにでも入っておいた方がマシだった。
いや、仕方ないだろう。お腹も空いていたんだから。朝食を食べたかったんだ。
なのに、いま自分はコーヒーカップだけが置かれたテーブルをみつめている。
ゆったりくつろげる広い店内なのに、人がいるのはこのテーブルだけで、感じたことのない濃密でシリアスな雰囲気が籠もる。
いたたまれなくなって中庭がみえる大きな窓をみると空はどんよりよりと鈍色に曇ってみえた。
テーブルに座っているのは、棚田さんとナベさん、そして、この喫茶室のマスター、つまり棚田さんのお父さん。三者が三様の方向へ視線を向けたままコーヒーを啜る。
マスターがここに座っているということは、まだ営業始まってないじゃないか、この喫茶店。
大浴場を出て1階へ降り、店の入口の照明が消えているのをみたときに引き返せばよかった。
まだ営業前かなぁと中を覗いたところで棚田さんに見つかり一緒にコーヒーを飲もうと誘われ現在に至る。
支部長は大会よりも賞品にしか興味がないのか……などと、物思いにふけって廊下を歩いていたのがまずかったのか。それとも懐に余裕ができて脳みそが緩んだのか。
なぜ単純なことに気が回らなかったんだろう。少し考えれば予想できた展開じゃないか……。
ダンス大会がダメになった昨日の今日だぞ。この喫茶店は棚田さんの父が経営してるんだ。朝からこんな会合が行われたとしてもなんら不思議ではなかっただろうに。
風呂上がりの爽快感はどこかに消え、むしろ湯気の分だけ余計にジメついたような気さえしてくる。痛恨の判断ミスだ。
「……僕の判断ミスでした……」
心の声と同じようなことを棚田さんがぽつりと切り出した。あまり嬉しくないシンクロだけど。
お父さんはなにもいわずコーヒーカップに口をつける。
「お、オレも、逆探知に失敗しちまったがら」
ナベさんのあせあせした弁明にも、お父さんは反応しない。
そして、テーブルの中央に居座る沈黙。
風呂場でかいた汗とは別の種類の冷たい感触を額に感じる。今朝から何度目だ。耐えきれなくなって、そっと棚田さんの顔を窺う、と、め、目配せ? なにかを求めるような視線。
慌てて目を逸らしナベさんの方へ視線を向けると、ま、また、め、目配せ!?
自分もなにか喋れということですか? 
つい数日前に店に入った新人が、前支配人になにを話せと!?
しかし2人はこちらから目を離さない。
お父さんもその視線に気づいたようだ。
「キミは大会に出るためにわざわざこの街に来たんだってね」
「ご、ご存じでしたか」
「それなのに、ダンス大会を開催できないことを息子に代わって詫びたい」
「そ、そんな! じ、自分はそのリズム感だけはあるんで!」
なにを言い出そうとしているんだ。
「んだ! このハルノギは、ダンスやっから、リズム感あんだ!」
「そうだね、父さん、実はハルノキくんは今年ホワイトジャケットを着る予定だったんだ」
「……そうか、キミが代表だったのか」
店で渡されたあのホワイトジャケットのことだ。そういえば、ショルダーパッド代表といわれていた。でもこの状況でそれを言われても。
「じゃあ、彼が敵を取ってくれるのか」
「そ、そうだよ! そうだ! ハルノキくんが、敵をとってくれる! よね!?」
「んだ! オメしかいね!」
なんだ、この学級会で面倒な役目を押しつけるような雰囲気。もしかして。
「まあこのまま、その3人の好き勝手にさせておくわけにわいかないしなぁ」
お父さんは、ズズッと音をたててコーヒーで唇を湿らせてから真っ直ぐにこちらを向いた。
「コーヒーの苦味は適度にコントロールするから美味い。だが、意図せずローストしすぎた豆はただの焦げた豆だ」
いままで気がつかなかったけど、なんて鋭い眼光なんだろう。ロマンスグレーと呼ぶにふさわしい白い髪と同じく白い髭を蓄えたマスターの眼差しを受けて背筋が伸びたまま固まる。
「遠方から来てくれたキミに店の面子を任せてしまうのは申し訳ないと思うが、ひとつガンバってくれ」
「は、は、はぃ?」
「ダンスで鍛えたリズム感があれば、リズムゲームとやらでもきっと良い結果が残せると思う。どうか、店の代表としてゲーム大会で優勝して欲しい」
「な、なんですって」
「ハルノキくん。僕からも正式にお願いしたい。改めて店の代表として大会に出てくれないかな」
「ど、DOS×KOIの大会にですか!?」
「なんとしても、ナンプラ達にひと泡ふかせないとショルダーパッドは街中の笑いものになっちゃうからさ……ハハハ……」
「オメ、リズム感なら自信あんだべ?」
「そ、それはその、まあ……」
「したら、リズムゲームもイゲるっぺよ!」
「店としても全面的に協力するよ! ハルノキくん。お願い!」
棚田さんが深々と頭を下げた。
「キミ……ハルノキくん。持って生まれた才能を使わないことは罪だ。この2人がいうならきっとキミはリズムキープの才能があるんだろう。ならばその才能を私たちに貸してくれないか」
真っ白な、すっかすかのタマゴが脳裏をかすめた。リズム感が本当にあるならあのタマゴはリズミカルに飛び跳ねたり、8ビートを刻んで揺れながら生まれてきても良かったハズだ。
調子にのってダンスが得意な風を装っているだけで、本当は自分には……なにもないかもしれないのに……。

“アナタ、全然つまらなくなんかないわよ”

暗闇で聞いたchibusaさんの声が、今度は暗闇を照らす一筋の光のように脳内で蘇る。
つまらなくなんかない。
つまり少なくともchibusaさんはスカスカじゃないと思ってくれていたということか……。

「ハルノキくん?」
いつのまにか目を閉じていたようだ。
目を開けると3人がこちらを覗き込んでいた。
この人たちのために、自分が力になれるなら。
「わかりました。DOS×KOI大会への代表出場、謹んでお受けいたします」
「ハルノギ! 練習する時間はオレがシフト替わっがらな!」
ナベさんがグッと右手を握ってきた。

喫茶室で思いのほか時間を過ごしたようだ。
服を着替えホットトックプレイスの外へ出るとだいぶ時間が過ぎていた。
時刻は7:52。
ゆっくり歩けば、ちょうどいい時間か。
夜のほうが元気な特区の中心街はまだ人通りがすくない。静けさが逆に頭のなかをグチャグチャにしていく。
雰囲気に呑まれ、とんでもないことを承諾してしまったんじゃないか。リズムゲームとリズム感は関係があってもまた別の話。
頭を掻く。
支部長みたいに本気でゲーミングアスリートを探す人達やラジオであれだけ大きな宣言をしているナンプラ達を相手に大会で活躍するなんてできるのだろうか。大きな大会なら世の中のゲーミングアスリート達も大挙して押し寄せてくるかもしれない。でも、これから迎えに行くパークさんも元はトップクラスのゲーミングアスリート。
しっかりと練習をみてもらえば、なんとかなるか……。いや…まずい。まずい。まずい。
髪が、せっかく洗ったのにくしゃくしゃだ。
少し落ち着かないと。
そもそもこの短期間にDOS×KOIという名前を何度も耳にしているが、未だに全容がわからない。まずはDOS×KOIをダウンロードしてみるか……。
“歩きimaGe注意!”というメッセージを無視して視野内のアプリマーケットを立ち上げる。D、O、と入力するとスグに“もしかして、DOS×KOI?”というメッセージが表示された。
レビューの数も4桁ほどある。
やっぱりそれなりに知名度の高いゲームのようだ。ゲームのサムネイルを目でタップしてゲームのスクリーン画像を流し見していくと、前にコージさんがプレイしていたときに感じたのと同じ既視感を覚えた。
改めて見てもこのクニタチというキャラクターは、似ている。
それに、ナツメ、ミナミ先輩……どう考えてもこの名前が一堂に会するのはやはり、国立さん達に関係があるとしか思えない。
まだ時間はある。
国立さんに連絡を入れてみるか。
VOICEを呼び出して連絡先から“国立DX薬剤化学研究所”を選ぶ。国立さんの個人VOICEも聞いているけど、いきなりは気がひける。
プルルル…とベーシックな呼びだし音が聞こえた。さすがに研究所で流行のポップスやロックな呼び出し音は流さないのだろう。
ガチャと音がした。
『あ゛ぃ!』
ドスの効いた声が応答した。
『こちら、国立、なんだっけ? デラックス? なんだよデラックスって』
この声は……。
即座にVOICEを切ろうとしたところで別の声に変わった。
『失礼しました! 国立DXくにたちデトックス薬剤化学研究所です』
「ミナミさんですか?」
対応を替わったのはミナミ先生のようだ。
『あれ? ハルノキくん?』
その声に反応するようにVOICEの向こうでさっきの熊のような太い声が“ハルノキぃ? ちょっとアタシにもう1回つないで”という声が聞こえた。
「と、取り込み中のようなのでま、またあらためま──」
『おぉ、ハルノキ。久しぶりだな』
な、ナツメさんも通話に加わってきた。視野内に“3者VOICE”の表示がでる。
『ちょ、ちょっとナツメちゃん』
『オマエ、最近だいぶ稽古がご無沙汰だな』
「お、ぉっす」
『バイブスぶっ込まねえとスグにサボりやがるなテメぇは』
まずい。また遠隔のバイブスを飛ばされるかもしれない。こんな道の真ん中でひとり痛みにのたうつのはいやだ。
「じ、実は、いまはその、のっぴきならない急用がありまして。そのお話はまた改めてということで。く、国立さんにつないでいただけないでしょうか」
『国立はもっと、のっぴきならねえんだよ』
「どういうことですか?」
『ごめんねハルノキくん。クニタチくん、ちょっと腰をいためちゃって』
「こ、腰?」
『ちっと準備体操しただけでギックリ腰なんて情けねえよな』
ナツメさんは、まるで骨を折ったことを豪気に語る試合後の格闘家のように笑った。
『は、話せるか試してみるから、ちょっとだけ待ってね』
対してミナミ先生は丁寧で折り目正しい。
『……ぅう、は、ハルノキ……くん?』
間が開いてVOICEがつながる。
くぐもっているが国立さんの声だ。
「すみません、大変なときに」
『いいんだけど、どうしたの』
「あ、えっと」
こんな時に、ゲームの話なんて持ち出していいのか。
『もしかして……ハルノキくんも、DOS×KOI関係のこと?』
「え、どうして」
『このところ、僕に連絡してくる人みんなその話なんだよね、ハハハハッハ、イダィ!』
『おい、ハルノキ。オマエもしかしてあのラジオに絡んでんのか?』
ナツメさんが割り込んでくる。
「自分は、無関係です」
『オマエ、なにか知ってんな?』
「ほ、ホントに無関係です」
『ウソつけ』
『ま、まあまあ、ナツメちゃん。ちょっと今はアレだから、ねえ、ハルノキくん。良かったら今夜にでもオンラインで集まれないかな?』
「オンラインオフ会っすか?」
『そんなとこ、かな。もしなにか知ってるなら教えてほしいんだ。それまでにはもう少し腰、良くなると思うから、ハハッハ、イダィ!』
ここまでして頼んでくる国立さんの頼みを断るわけにはいかないだろう。
「わかりました。今晩ですね」
『アタシが招待状送っから! 逃げんなよ!』
まるで果たし状を投げつけて寄越すような口ぶりでナツメさんがいった。

次回 2020年05月22日掲載予定
『 クニ、タチぬ 02 』へつづく


掲載情報はこちらから

@河内制作所twitterをフォローする