河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第119話『 クニ、タチぬ 04 』

ホコリを被り、黒地のほうぼうが白く退色したナイロン製の安っぽいリュックサックに手を置いて、パークさんは新しいタバコに火をつけた。
「そんときの大会はよぉ、初代DOS×KOIが人気絶頂のときに開催されたんだよなぁ」
ぼんやりと煙が宙を舞う。
「決勝でDECO-78っつうヤツを負かして、オレァ大会限定復刻のミルクリに挑戦する権利をもぎ取った」
「も、もしかして……それが…」
声をかけたがパークさんの視線はこちらを向かない。どこかに置き忘れた荷物の行方を探すように遠い時間を辿りはじめたようだ。
「オレァもう早くプレイしなきゃなんねぇから気が気じゃなかったけど、スーテージはミルクリ復刻を喜んでるみてえに真っ白な光に包まれててなぁ」
ブルーシートの天井を見上げるパークさん。
「司会が煽ってなかなか曲を始めなかった。リッチャンのセリフ使って“観客席も黙ってみてねえで応援しろし!”とか煽りやがって。背中はどんどん熱くなってくつうのに」
「背中?」
「…コイツだ」
ベニヤ板の上に置いてあった、リュックサックの中へパークさんが手を入れ、中から銀色の箱と黒ずんだリストバンドのような物を取り出した。
「コイツらがオレの元相棒だ」
箱の方はあちこちが黒くすすけ、リストバンドはボロボロにほつれている。
「小型PCとリストバンド。PCが曲の譜面を解析してリストバンドに信号を送りプレイを制御する」
こ、これが、くだんのドーピング……技法……。
「ミルクリの演奏時間は3分27秒。決勝までにだいぶ相棒に負荷かかっててな、熱暴走ギリギリの温度になっちまって焦ってるとこにDECOの野郎が、フルチンで乱入して来てなぁ。後ろからリュックに掴みかかってきやがった」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「な、なんでフルチンなんすか?」
「警備員と揉み合ってズボン掴まれて脱いだらしいな。んなことはどうでもいいんだよ」
そこまでしてステージに上がってくる男の執念は相当なものだったのだろう。
「んで“熱ぅっ熱う!”って情けねえ声だしながら相棒を取り出した」
パークさんが静かに小型PCを撫でた。
「白い煙上げててなこいつ」
「あ、あの、お話の途中で恐縮なんですが……そ、その、リストバンドを使ってプレイを自動化するというのが、さ、先ほどおっしゃっていた、パーク必勝哲学なんでしょうか……」
「おっ! 鋭でぇなぁナツオ。コイツにまた日の目を見せてやれんのかと思うとワックワクすんだろ?」
パークさんの口元から漏れるPARKの煙。
前歯にタバコを挟みリュックをポンポンたたく姿は、“オレのカノジョカワイイだろ”と臆面もなく自慢する軽薄なヤンキーみたいだ。
オマエ、試してみるか? というニュアンスが含まれているところに、倫理的な問題を感じる。
「石橋を叩いて渡るのはめんどくせぇ、それなら危ねえ橋は渡らず、抜け道を探すべし。だぞ」
「パークさん…、そ、その大会の後に、ゲーミングアスリート界から、追放されたですよね?」
「おぅ。GMAAグマァーのヤツらぁ、これっぽっちも躊躇しねぇであっさりクビにしやがったぞ。まぁフルチンでステージに乱入したDECOの野郎もクビになったけどな。ブハハハ」
GMAAといえば、imaGe関連のゲーミングアスリート管理団体の最大手じゃないか…。
「その事件って有名なんですよね…業界じゃ」
「おう! ダブル“チン”事、なんつってな! ブハハハハハハ!」
ノゾミさん、この姿をみてもナンプラたちを殴りに行こうとしただろうか。
「なんだ? 心配してんのか?」
「いや、心配というか」
「あれからウン十年経ってんだぞ? 気にすんな。ビシっとこいつ背負って大会でろ」
バレてるイカサマの二番煎じをどうやってごまかすんだ。というか、エントリーすら不可能だ。
「そ、そんな伝説級の武器レジェンダリーウェポン、自分には荷が重すぎます。パークさんだって大変な目にあってるじゃないですか」
「テェへんなんてもんじゃねえよ。過去の賞金は没収されるわ、女房逃げるわ、ノゾミには会いにくくなるわで、いっときマジでヘコんだぞ」
その後は街中のタバコを拾い集め公園生活。
常人の人生に起こる出来事としては、かなりハイレベルなイベントコンボだ。
「まぁいいから、ちろっとだけ背負ってみろ! ナツオ!」
持ちあげられたリュックの背面に大きな穴。
「穴まで開いてるじゃないすか!」
「焦げちまったからな最終的に」
「そんなの背負ってたらさらに目立つじゃないすか!」
「いいから、いいから」
よくない。
だが、むりやりリュックが押しつけられる。
「んで、コイツを中にいれんだ」
つづいて、銀色の箱。
むりやり弁当を持って行けとかーちゃんにいわれているときのような気分…あ、あれ?
パークさんが“相棒”と呼ぶ小型PCを握らされた瞬間、妙になれた感覚が……、これは…。
「どうだずっしりくんだろ?」
大きさ、重さ、これ、どこかで……。
「どうした? 格好よすぎてシビレたかぁ?」
パークさんが吐き出す煙の香り、タバコの煙…タバコ……そう! こ、これはっ!
「ブ、ブリタニカル……」
「あ? ブリタニカルぅ?」
脇に抱えていたセカンドバッグの蓋をあけ、ブリタニカルライターを取り出した。
「なんだぁ! そのおかしなライター」
「自分の…相棒っす。…ちょ…ちょっと、これ持ってみてください」
ブリタニカルをパークさんへ手渡す。
「あっ? …ぉっ! ぉお!? おい。ナツオ、コイツぁ……」
「同じ…っすよね……」
パークさんの手にブリタニカル。
自分の手にはパークさんの元相棒。
名刺交換という古い儀式をした後のような、すこしぎこちない空気感と一瞬の沈黙。
PCという旧世代の機器が小さいからなのか、火をつけるためのライターが大きすぎるのか、もしくはどちらの要素も絡み合ったのか。とにかく、2つの物体は寸分違わず同じ大きさだった。
「ちょ、ちょっと、それ貸せ! ……こ、こいつぁ、驚れぇた!」
2つの物体を両手に持ち見比べているパークさんも同じ感想のようだ。
「オメェ、こんなデケえライター、普段どうやって持ち歩いてんだ?」
「このセカバにいれてます」
「す、すると、オメェ、そのバッグに…」
「は、入ります、よね…」
ブリタニカルを収めるセカンドバックはするりとパークさんの元相棒を受け入れた。
「これなら、リュック…」
「いらねぇな……な、ナツオは、そのセカバを常に小脇に抱えてんのか?」
「はい。風呂に入るとき以外は」
「なら、リュック背負うよりも……」
「全然、自然、っすよね」
「デステニーってやつか……?」
パークさんが前歯からタバコを外す。少し指先が震えている。
「オ、オメェ、オレに出会うためにこの街に来たんじゃねえのか」
「運命、感じていいんすかね」
「ナツオ! これからコイツの調整して明日、オメェとドッキング作業する!」
「はい!」
なんのことかわからなかったが、素直に頷けた。それくらいセカンドバックに収まるパークさんの元相棒が急に頼もしく思えた。
「したらよぉオレは作業に取りかっから! また明日こい! 朝イチからドッキングして“グッドス”と“パッセ”も練習を開始する!」
「はい!」

昼食の弁当を食べ終えた先生はソファに浅く腰かけ直された。座高を測るときのように背筋を伸ばし、口元には柔らかく深い微笑みをたたえて。
「それじゃぁ、そろそろDOS×KOIにしましょう」
まるで、これから食事前の祈りを捧げるかのように厳かな佇まいであられる。
「おともいたしやす!」
ナンプラさんはペットボトルのお茶を一気に飲み干し、下品に口元を拭う。
「“みんなで応援モード”でがっちりポイント稼ぎましょう!」
「世界中のキッズとふれあえるのかな?」
「先生、まだグラウンドでプレイしたことなかったすか?」
「グラウンドで……開放的なプレイだね」
「普段はプレイヤーのレベルに応じて出入りできるルーム違うんすけど、昼時だけ校庭グラウンドは全プレイヤーが参加できるんす」
「昼休みの校庭ってことかな」
「その通りっす!」
ナンプラさんがエアロビジョンを立ち上げる。
「校庭いきましょう! 大人数で支愛しあいした方がポイント溜まります! 曲はやっぱり“点火てんか”っすね!」
ナンプラさんが曲を選び決定ボタンを押す。
支愛しあおうぜ!”とかかれた指の形をしたボタンが表示される。
「“この指と~まれ”っす! 先生とコージもそのボタンをタップしてください」
ナンプラさんの指示に従い自分のエアロディスプレイから指ボタンをタップすると曲名がでた。
「この“点火!とりにく CHANKO鍋☆”って曲、よくみかけるけれど人気なのかな?」
「やぁ、もちろん人気もあるんすけど、いうても即効曲っすから、飽きてきます」
「アドリブってことかな? 僕、もともとジャズ畑の出身だから、即興演奏は得意分野だね」
「や、先生、即興じゃなくて即効っす。この“点火”は運営のオリジナル曲で演奏時間短くてノーツ多いんで短時間でイベントポイント稼げるんす。小僧どもも、ポイント稼ぎにきてんすね」
「ナンプラさっぁん! それはどういうことですかっぁ?」
「…コージ、おまえマジでいってんのか?」
「はっぁい?」
「ミルクリ本番プレイはイベントストーリーを全開放したあとにプレイできるスペシャル楽曲だぞ? 大会までにプレイしまくってイベントポイント貯めねえと大会でミルクリをプレイできねえぞ?」
「ほ、本当ですかっぁ!?」
「1,500万ポイント必要だから気合い入れてプレイしねえとだろ? 呑気なこといいやがって。ねぇ先生」
豊川先生は一点をみつめたまま返事をなさらない。先に昼寝をなされることにされたのだろうか。
「せ、先生?」
「…本当なのかぃ…」
「な、なにがすか?」
「なにがじゃないでしょうが! イベントポイント1,500万ポイントが必要って本当なのかいって聞いてるんだよ!」
「本当、すけど…」
「聞いてないよ! そんなこと!」
「せ、先生も…っすか…」
「き、キミ、そんな大事なこと、番組で1度もいってなかったじゃないか!」
「いや、だって……」
「ナンプラさん、それはずるいでっぇす!」
「だ、だって、そんなん小僧の間じゃ常識っすよ?」
「大会参加者が減ってしまいまっぁす!」
「卑怯じゃないか!」
「お、オレは、別にそんなつもりじゃ…」

「うそだろ…」
思わず声を出してしまった。DOS×KOIメインストーリーの第3話でクニタチさんの友人、シゲルという男子生徒が死亡した。
DOS×KOIが本当の出来事なんだとしたら、これも本当の出来事なんだろうか。
ショックで我に返り、時計をみるといつのまにか約束の時間が迫っていた。
パークさんの家から戻り、寮のベッドでDOS×KOIをプレイして何時間経ったんだ?
ナツメさんからのメッセージを視野内に呼び出してみる。

『今夜19時
   チャットフィールド
    旧校舎、体育館裏にて待つ
             byナツメ』

何度見返しても、文字の威圧感が拭えない。
古来から制裁が加えられるのは“体育館裏”が選ばれる。いや、そんなドラマや映画はもはやネットワークが発達するよりも前の話。それこそ、スマートフォンのさらに前の世代だが、一周回ってナツメさんなら大いにありえる思考だ。
行くしかないのだが、気分が乗らない。
ナツメさんへの恐怖とゲームで悲劇を目撃したせいだ。
しかし、ログインしないという選択肢を選ぶことは許されない──。
ナツメさんのメッセージに張られたリンクを読み込むとimaGeVRモードが起動してログインを開始した──。

──遊園地の絶叫系VRにログインするような、なんとも踏ん切りのつかないログインが完了し、空間内の景色描写がゆっくり始まる。
建物の輪郭を描く灰色の破線が徐々に実線化していく。造形されていくのはどこか見覚えのある学校……。これは。
「クニタチさんの研究所……?」
まもるさんと臨床試験のバイトをした、すっかすかのタマゴを生んだ場所……。
しかし、正門の脇には“地域コミュニティスペース”でも“国立DX薬剤科学研究”でもなく“千歳逢坂学園高校”という校名の刻まれた銘板めいばんが掲げられている。
チャットルームよりも広範囲に背景画像が設定されているのがチャットフィールドになる。
ということは、いまログインしているのは、この学校の敷地がまるごと再現されたプログラムなのかもしれない。
時刻設定は夕方のようだ。
真夜中に設定されていたら不気味すぎてログアウトしていたかもしれない。
校門をぬけて校庭へ足を踏み入れると校舎は真新しくみえる。
もし、ここがクニタチさんの研究所と同じ場所を再現したものなら、体育館はおそらく校舎の右手側にあるはず。
記憶を辿り歩いて行くと思った通りの場所に体育館へつづく通路がみえてきた。ナツメさんに初めて遭遇しダンスレッスンを受けた場所だ。
この裏手か……。
覚悟を決めて体育館の裏へ回る。
パークさんを迎えにいったセキュリティポリシーの施設より殺風景な風景。
やはり引き返そうかと悩んだ時、背後でジャリっと砂を踏みしめる音がした。
なにかぞわぞわと、ムカデか何かがはいずりまわるような悪寒と、ライオンに睨まれた恐怖と焦りが混じったのような感覚が背中に走る。
imaGeVRにこんな感覚再現のプログラムが存在するのか……。
使いどころは一体どこだ。
いや、ここまでの恐怖を与えてくるのは、やはり……。あの御方か……。
ゆっくり振り返る……。
そこに立っていたのは、前髪を垂らしうなだれ地面をみつめる男子学生。
よく見るとその顔には見覚えがあった。
「く、クニタチさん!?」

次回 2020年07月03日掲載予定
『 クニ、タチぬ 04 』へつづく





「その角を………左だ!」
蒔田さんが助手席で叫ぶ。
「いや、ここさっきも曲がりましたよ」
この人のいうことに間違いはない。いつも的確な指示をだしてくる。…などと1度たりとも感じたことはないのに、なぜ、こんなところまで一緒に来てしまったのだろうか。
半日以上、特区の中をぐるぐると回っている。
一方通行の袋小路に迷い込み、まるで童話の世界で魔女の森に足を踏み入れるようなもの。
いざとなったらこの人を生け贄に差しだして逃亡しよう。
「犬も歩けば棒にあたるんだ。人間様がぐるぐる巡回していれば宝に辿りつくってもんだろう」
「だいたい。特区でなにを探そうとしているんですか?」
窓の外には長く伸びる川が流れている。
もうすぐ日が沈む。
「ちょっと待ちたまえ!」
急ブレーキを勝手に踏まれた。ホバーカーの後部が横滑りした。
「なにするんですか!」
「あの小屋をみたまえ!」
「小屋?」
堤防の下の草むらに1軒の掘っ立て小屋がみえた。全体的に左側に傾いた小屋。どう考えても建築許可が降りている物ではない。
「小屋の脇をみるんだ。山だ。宝の山がみえる」
「ただのゴミ山じゃないですか?」
うずたかく積まれたガラクタの山が小屋におおいかぶさるようにそびえている。
「いってみよう!」
すかさず助手席のドアを開いて走り出した。
ここだ。
ここが、ターニングポイントだ。
全てを放り投げ、このまま走り出せば。
この人から逃げられる。
アクセルを踏み込もうとボンネットに視線を向けたのが間違いだった。
目に入ったのは丸くケバケバしい1枚のシール。そうか、この車を返せなければ……。
おそらく置き去りにすればあの男は全力でこの車の責任をなすりつけてくるだろう。
めんどくさい。
いまは、あの男に着いていくしか……。
万感の思いを断ち切り運転席のドアをあけた。
「おい! 江田くん! みろ! 趣のある小屋じゃないか。見事なダメージ加工だなぁ!」
川沿いに建つ小屋が健全なわけないだろう。
どうみても本気のダメージだ。
蒔田さんは指をさしながら堤防の傾斜をどんどん下っていく。
そのまま躓いて転がり落ちればいいのに。
「おやぁ…」
器用に斜面で立ち止まった。
「おんやぁ……」
「どうしたんですか?」
今度はなにを見つけたのか。
「あそこにいるのは……」
蒔田さんが額に手をあて小屋の方に向かって目を細める。
「だ、旦那じゃねぇでげすかぁ!」
突然、走り出した。
丁稚口調?
金の匂いを感じ取ったのか?
このゴミ山の谷底で──!?






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