河内製作所 小さなことを、ていねいに、じっくりと、考えていく
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第121話『 クニ、タチぬ 06 』

個人所有!?
学校まるごと1校分と、周辺環境まで精巧に再現されたこのチャットフィールドを?
「これには、いろいろといきさつがあ…わっ」
「大金持ちだもんなぁ! クニタチぃ!」
クニタチさんの頭部が、絡め取られるようにシゲルさんの腕の中へ吸い込まれる。
“技”。
仮想空間に設定されるアクション、混惑技コマンドの”ヘッドロック”。
ガッチリ、きまってる。
「ハルノキくん! 頭が高いぞ! クニタチは大金持ちなんだからなぁ!」
「だが、が、だ、ダメだっ…て!」
クニタチさんがもがく。
これ以上クニタチさんの頭部にダメージを与えないであげて欲しい。
「“再生禁止用語”あんのに、“プロレスごっこ”はOKなんだな!」
追い打ちをかけるように、シゲルさんは身体をひねってのけぞる。
「イダダダダダ」
仮想世界の“技”は基本的にプログラム制御だから極まれば一定時間は抜け出せない。
抜け出せるとしたら技をかけた相手の筋力値マッスルレベルを、かけられた側が上回っている必要がある。
……だが、タンクトップからつきでたシゲルさんのアバターの二の腕は、筋力値を相当鍛えているようにみえる。
もちろん、みせかけだけの可能性もあるが。
「じゃなきゃ、タマゴの出卵体験なんて商売、つづけらんないだろ? ん?」
赤ら顔のシゲルさんはクニタチさんの頭部を抱えたままこっちを向く。
「た、たしかに……」
タマゴの治験バイトで金銭的窮地を助けてもらった身としては申し訳ない限りだが、あの体験に希望者が殺到するとは思えない。
しばらくクニタチさんがもがいたあと、ヘッドロックの拘束時間がとけた。
「もー、禁止!!」
クニタチさんが大声をはりあげ、両手をデタラメに振り回す。
「禁止! プロレス技、禁止!」
真っ赤に染まる頬と声の張り具合、昼休みに教室の隅で窮地に追い込まれ、秘められた怒りのパワーを発動させる“勇者系男子生徒”そのもの。
「お、おい、クニタチぃ! 悪かったって!」
シゲルさんの方は、先生に告げ口されそうになって慌てふためく男子そのもの。
「ダメ! もぅ禁止!」
クニタチさんが白いワイシャツの胸ポケットから手帳を取り出す。表紙に“生徒手帳”とかいてあるのがみえる。
「おい!」
すがるように腕を掴んだシゲルさんを振りはらいのけ、国立さんは手帳へエンピツで何かを書き付ける。
「クニタチぃ!」
シゲルさんが再びヘッドロックの体勢でせまり、腕を絡めたが技は発動しない。
空間内でプロレス技が無効になったんだ。
……あの手帳もしかして“ルールブック”……? 
チクリンが、所有している競馬観戦チャットルーム“ブリンカー”の設定変更したのをみたことがある。チクリンはルールブックを競馬新聞型のアイコンにしていたけど、ここは“学校”だから、生徒手帳がそれなのかもしれない。
いや、ルールブックの形状より国立さんがルールを即座に変更できる“管理者アドミン権限”を持っているコトの方が重要だ。
ルールブックを直接操作できるのは基本的に空間の所有者のみ。つまりクニタチさんは、本当にこの巨大学校型チャットフィールドの所有者ということになる……。
「国立さん……本当にココの……」
「う、うん。……その、いちおう僕の持ってる仮想空間なんだけど、あっ、ハルノキくんのドッキリ、僕がいいだしたわけじゃないんだよ!」
「もちろんわかってます」
国立さんがあんな大掛かりな悪巧みをするわけがない。そんなことを進んで計画するのは、国立さんの背後へずんずんずんずん迫ってくるあの人しかいない。
「オマエら、なに騒いでんだよ」
「おぉいナツメぇ! クニタチがさぁプロレスごっこ禁止にしやがったぜ!」
「はぁ? クニタチ相撲技はアリだよな?」
ナツメさんが大股を開いて腰を落とす。
こ、高校生バージョンでみると、また別の意味で目を奪われてしまう。
「そ、それは、その、常識の範疇なら……」
『ナツメ! クニタチに張り手かましてみろし!』
屋上からみえる夜空に浮かんだエアロディスプレイから声がする。現実側からリモート参加しているリッチャンさんの右手に缶ビール。
「と、とにかくみんな少し落ち着こうよ。まだ乾杯もちゃんとしてないんだし」

「じゃあっ! みんなっ! お酒もった?」
こういう場を仕切るのは、ミナミ先生がいい。
殺伐とした空気が和む。
『まってし! 新しいビール取ってくっし!』
空中のエアロディスプレイ内で慌ただしくリッチャンさんが立ち上がる。
「リッチャン! ミナミ先輩待たせんなし!」
ナツメさんの表情もいくぶんゆるんだ。
500mℓのビール感を握りしめてリッチャンさんが座る。
「はーいそれじゃ! …なにに乾杯する?」
「クニタチのギックリ腰じゃないすか!」
「ふふっ、クニタチくんの腰にカンパーイ!」
全員が一斉に発声して飲み物に口をつけた。
「ぁあ゛ぁー」
ナツメさんが奇声を漏らしながら息を吐く。
「仮想世界はゲップ止められっからいいよな」
「んっ! これおいしい! デリカー? なんかほんとにお酒のんでるみたい!」
「み、ミナミ先生はあんまり仮想世界にログインしないんですか?」
ひとくち目ですでに頬が赤らんでいるようにみえる。
「っちょっとハルノキくん! なんでわたしだけ“先生”なの?」
「えっ、だ、だって」
「高校生の格好してるのに先生って呼ばれたら変じゃない?」
それで酒を飲むのは……まあ、アバターだけの話だからセーフなのか。
「す、すみません。ミナミ…さん?」
「おいハルノキ、先輩だ。ミナミ先輩」
「いいよぉーなんでも。あ、でも“さん”よりは“ちゃん”の方が好きかもーふふふ」
「じゃ、じゃあ、オレ、ミナミって呼び捨てにしてもいいっすか!?」
シゲルさんがすかさず割り込んできた。
と、思ったが即座にナツメさんから頬に張り手をくらいその場へうずくまる。
「オメェなにしゃしゃってんだ?」
『シゲル! 調子こくなし!』
屋上と、その上空の両方から罵声を浴びてもシゲルさんはへらへらと笑い、そのまま寝転んでデリカーをのみはじめた。
「おーこうやって空見上げると、リッチャンが真っ正面にみえるな」
ピクリとも反省の素振りはみえない。
「リッチャン、綺麗になったな」
『はぁ!? オメーにいわれても嬉しくねえし』
「へへっんなこといいつつ、実は<<ピー>>、<<ピー>>が<<ピー>>へへへ、<<ピー>>で<<ピー>>」
故障寸前のデバイスが検査信号を鳴らすかのような機械音を発する。
「<<ピー>>、<<ピー>>でグホッ!!」
ナツメさんがシゲルさんの股間を思い切り踏みつけていた。
「な、ナツメ、それは……だめだろ…」
「少し黙ってろ……んで、ハルノキ」
その流れでこちらに注意を向けてくるのは反則ではないか。
「オマエいっちょまえに楽しんでるみてぇだけど、ここに呼ばれた理由忘れてねえよな?」
滝に打たれる格闘家のように鋭く醒めた目だ。
「もろもろのこと喋ってもらおうじゃねえか」
「で、ですから自分は……」
「さっきのドッキリでビビるってことは、少なくともDOS×KOIは知ってるよな?」
「ど、どういうことでしょう?」
「シゲルの霊を信じるってことは、シゲルが死んだと思ってるヤツ。つまりゲームをプレイしたことあるヤツがする発想だ」
いや! あのシチュエーションだったら誰だって怖いに決まってるじゃないか!
「現実じゃシゲルは体育館でテクノブレイクなんかしてねえ。なぁ、シゲル? …シゲル?」
シゲルさんはナツメさんの足の下で硬直したまま動かない。もしかして、あの人、痛みとかの感覚もそのまま伝わるように設定してるんじゃないだろうか。
「返事を……」
ナツメさんが足を上げると、すぐにシゲルさんが動き出す。
「ウソだって、聞こえてるって!」
「オマエ、体育館で独りでエロいことしてどうなったんだっけ?」
「1年の時っしょ? あのときさ、2週間くらい<<ピー>>ってなくて、ガマンできなくなって体育館倉庫で<<ピー>>したんだよなぁたしか」
再生禁止用語をものともせず爽やかな笑顔。ほぼ初対面で申し訳ないが、クソみたいな笑顔だ。
「で、<<ピー>>った瞬間、気絶しちゃったんだよね。オレもホントに死んだかと思ったわ。なんつーのソフトな腹上死みたいな?」
「つーことで、シゲルはどうしようもねえバカだけど生きている」
「あんとき、まいったよなぁ。“シゲる”って言葉、エロい意味になっちゃったもんなぁ。オマエ、“シゲり”すぎると“シゲる”ぞっつってさ! ハハハハハハハ」
つられて笑いそうになるが、笑ったら負けだ。
「とにかく、アタシらは、あのゲームがまた騒ぎになると迷惑なんだわ」
「また、というのは?」
「質問返してんじゃねえぞコラ!」
いきなり胸ぐらを掴まれた。こ、これは禁止行為でじゃないのか。
「ナツメちゃんダメだよぉ暴力は」
「だ、だって、コイツが生意気だから」
「落ち着いてちゃんと話そっ! 互いに相手を思いやるのが学園のモットーじゃない?」
ナツメさんの腕から力が抜けた。
「ハルノキくん。まずは、DOS×KOIの大会とかラジオとか、アナタが知っていること詳しく教えてくれる?」
荒くれ者を諭してなだめ、怯える部外者をやさしく包みこむミナミさんの声。
そうだ。この人はDOS×KOIの中で、生徒会副会長を勤めていたんだ。
この場にいる人たちがモデルになったゲームなら、ミナミさんは現実でも同じようにまとめ役のポジションなんだろう。

「……つまり、ハルノキくんが働いてるお店のラジオ番組が乗っ取られて、おかしな3人組がダンス大会の代わりにDOS×KOI大会の開催をきめたってことね?」
「はいっ!」
ミナミさんのやさしい問いかけに返事をするのはなんと気持ちがいいんだろう。
いつのまにか全員がミナミさんを車座に取り囲んでいた。
温和な聞き役のおかげで、自分はダンス大会中止に巻き込まれた被害者であり、優勝のためにしかたなくDOS×KOIの練習をはじめたことを誤解なくきちんと説明することができた。そういえば、荒くれ者の我がアシスタントプログラムmisaもいっときこの方の世話になっていたんだ。この御方の抱擁力は表彰すべきだと思う。
「じゃあ、ナツメちゃんの早とちりね」
「だ、だってさ、アタシはてっきり、ハルノキがダンスの練習めんどくさくなって、変な大会開こうとしてるとおもったから」
「悪いとおもってるんでしょ?」
ナツメさんが小さくうなずく。高校生バージョンのナツメさんのしおらしい姿からは、強烈な“赦したくなる”オーラが放出されている。
「じゃ、謝ろう」
「……は、ハルノキ…すまん」
「ごめんなさいでしょ」
「ご、ご、くそ、ご、ごめんなさい」
あの、ナツメさんをここまで手なずけているのか……この温和な人こそ、ある意味霊長類最強かもしれない。
「それじゃ、順番に質問しあおうか。次はハルノキくん! 質問をひとつどうぞ」
ほんとうに生徒会会議の進行役みたいだ。
「あ、えっと……いろいろ聞きたいことあるんですけど、国立さんはどうやってこの学校、というかチャットフィールドの所有者になったんですか?」
一瞬の沈黙。
「ミナミ先輩。いいっすか?」
ナツメさんが挙手とともに沈黙を破り、ミナミさんの許可を待たずに立ち上がる。
つかつかと、歩き出した先には、暗がりでデリカーの瓶をみつめている国立さんがいた。
いつのまにかあんな遠くに離れていたんだ。
「…喋れよ!」
遠目にナツメさんの手が国立さんの頭部にクリーンヒットするのがみえた。
ま、また頭部にダメージ。
そのまま引きずるように手をひいて国立さんを連れて戻ってくる。
「や、だから僕、あんまりこういう場が」
「オマエ乾杯のあとひと言も喋ってねえよな」
「クニタチぃ! なぁに浸ってんだよぉ!」
じゃれるようにシゲルさんが絡んでいく。
『オメーむかしからそういうとこあんし!」
頭上からはリッチャンさん。
それを微笑んで眺めるミナミさん。
長い年月を共にした人達同士が醸し出す独特のあたたかい空気なんだろうな……。
「……あ、あの、質問変えてもいいですか?」
「なぁに?」
「国立さんって、みんなから慕われてるじゃないですか……」
「別に慕ってなんかねぇぞ!」
「ナツメちゃん。ダメ。いまはハルノキくんが質問する番。ハルノキくん、続けて」
「そ、その、自分もこういう場にくるとうまく話せなくて……どうやったら、国立さんみたいになれるのかなと、思いまして……」
顔が熱くなった。なにいってるんだ。
おもわず手に持っていたデリカーをあおる。
「クニタチくん! これは直接答えてあげないとダメな質問だよ!」
「……ぼ、僕は別に慕われてない……くもないのか……んっとでもね、さっきもいったけど高校生のころは、ハルノキくんと同じだったんだ」
「国立さん、どんな高校生だったんですか?」
「ん、んんー……とはいっても、僕は、い、いたって普通の、ど、どこにでもいる平凡な男子高校生だったよ」
「ハイッ!」
今度はシゲルさんが挙手をした。タンクトップの下から脇毛がのぞく。そんなところをリアルにしないで欲しい。
「ここはぜひハルノキくんに、我々の卒アルをみてもらう方がよいとおもうであります!」
『あ! ウケるし! それ』
「たまにはいいこというじゃねえか! 卒アルの付録だろ?」
「そうであります!」
「そ、それは! ダメ!」
クニタチさんが救いを求めるようにミナミさんの方へ視線を送る。
「んー。いいんじゃないかな」
「うそ……え、えー、え、いつ・・のみせるの?」
『まず、1年のときの体育祭じゃね?』
「だなし。体育祭にすんべ」
「な、ナツメちゃん、体育祭……え、体育祭」
「つーか、アタシらのダンス、OHPでハルノキにみせたことあるよな?」
「あの、体育館でみたOHPですか?」
現実側で初めてナツメさんに会った日、ダンスレッスンを受けた体育館の記録立体映像をOHPオーバーレイホールプロジェクターでみせられた。
舞台でダンスを踊る国立さんが、必死でナツメさんのスカートを凝視していたやつ……。さらに、録画を停止し忘れて残っていた、居残りでダンスを踊る国立さんの姿も。
「あれ、みせたの!?」
国立さんの肩が明らかに下がる。
「アレに比べたらかわいいもんだろ」
「あ、あの、ナツメさん、さきほどから卒アルとおっしゃってますが、それは……」
「あ? ハルノキは卒アル知らねえの? 卒業アルバムのことだぞ?」
「そ、それはわかるんですが」
「このチャットフィールド全体がアタシらの卒アルみてえなもんなんだよ」
「ここが?」
「よっしゃ、じゃ、再生! 高校1年、10月25日! 午前11時55分!」
ナツメさんが夜空に向かって叫ぶと、空間内が次第に明るくなっていく。
太陽がいきなりのぼりはじめ、朝から昼になる。いきなり太陽光が目に飛び込んできて目がくらむ。空間内全体に巨大な再現映像を流しているような状態らしい。
ナツメさんが魔力で朝を呼び覚ましたような錯覚をうけた。
「まぶしー」
目をしぱしぱするミナミさんの表情はネコのようだ。
「ハルノキ、1年の秋行事でだいたいそいつのポジションがわかるって知ってるか?」
ナツメさんはいつのまにか細めのサングラスをかけていた。
「…とおっしゃいますと?」
「入学してから6ヶ月たったころには、だいたいの周りのヤツらの人となりがわかってくるもんだろ?」
脳裏をなにかが通り過ぎる。
自分の奥深くにしまいこみ黒く塗りつぶした記憶たちだ……。
「どんなグループに属して夏休みをどう過ごしたか、2学期になって1学期の関係図が変わることあるよな? クラスの中で目立つヤツとそうじゃねえヤツとがはっきりわかれてくるし。1年もだいたい校内のこと把握してそれなりに自分の居場所をみつける。で、全校行事だ。みてみろ」
ナツメさんが屋上の手すりのほうを指した。
近づいて見下ろすと、校庭に大勢の生徒達が描写されている。
トラックの周りに大小様々なグループが散っているが、みんな中央に向けて視線を注いでいる。
注目を集めているのは、激しい動きでダンスを踊る男女10人ほどの生徒。
『あそこ踊ってんのウチらだし!』
目を凝らすとリッチャンさんと、センターで挑発するような動きを繰り広げるナツメさんを見つけた。
「んで、その奥のテントの下みてみろ」
“生徒会”とかかれたテントの下には、制服に身をつつんだミナミさんの姿。
「わたし、司会だったんだよね。このとき」
「オレはここだぜ!」
シゲルさんの声がして振り返ると、屋上の出入り口の陰にシゲルさんが2人いた。
アバターと再現映像のシゲルさんだ。
再現映像の方のシゲルさんは数人の男子とニヤニヤしながら雑誌のページをめくっている。
「オレはここで読書だ!」
明らかに活字の含有量の少ない薄い雑誌。
中身は容易に想像がつく。
「それぞれ居場所をみつけていくもんだろ?」
「は、はい」
「で、クニタチだ」
「は、はい」
「ねえ、ナツメちゃん、ちょっと眩しいから、いっかい夜に戻そう」
太陽の光に消えてしまいそうなクニタチさんが、ポケットから生徒手帳を取り出す。
「クニタチ、OHP止めたら、オマエの息の根止めるぞ」
手帳を胸ポケットへ戻したようだ。
「ハルノキ、あそこの隅っこにある木がみえるか?」
校庭の隅、ダンスに熱狂する輪から大きく外れ、まるで列島から離れる無人島のような距離にひとりの男子生徒の影がみえる。
「拡大する」
ナツメさんがその生徒の周囲を拡大した。
「や、やめて!」
割って入る国立さんのアバターと、拡大された男子生徒が重なる。皮肉にも対象物の大きさを伝えるタバコのように、国立さんと拡大版国立さんが並ぶ。
拡大版の方は、両手を輪にして目元を覆っている。あ、あれは……。
「い、imaGe、双眼鏡……ですか?」
「アタシとリッチャンは何回もこの映像をみて、あの離れた位置からアタシらのダンスをみていたという結論で間違いないと考えている」
「あ、あれは、違う! 双眼鏡だけど! み、みてたのは違う!」
「なんだ? 鳥でもみてたのか?」
「ぼ、僕は、校舎の時計をみていたんだ!」
「……なるほど、そうくるか、確かにそういう言い逃れはできるな」
校舎の中央には大きな時計がみえる。
「もうすぐ12時だもんな」
「………」
国立さんが押し黙る。
時計の針は長針と短針が重なり12時を示す。
拡大版国立さんが動いた。
空中にエアロディスプレイとエアロキーボードを1枚ずつ浮かべ、タイピングをはじめる。
「もしかして……」
昼の12時ちょうど。
DOS×KOIの“クニタチ”は確か、第1話からこの時間になると……。
「さあ、ポエムの時間だ……ってやつですか」
「知ってんのか? やっぱり。これがゲームにも使われてる“ポエムの時間”リアル版だ」
一心不乱にディスプレイをみつめる拡大版国立さんは少し怖いくらいに目が細まっている。
「こうしてできあがっていくのがDOS×KOIで使われる応援曲だ」
「ちょっ、ナツメちゃん! そこまで! もうだめ! もうやめ!」
景色がいきなり夜に戻った。
急激に視界が塞がる。
国立さんが管理者権限で強制的にOHP映像を停止したようだ。
やっと目が慣れてくる。
ナツメさんだけは平然と闇を睨んでいた。
サングラスが外されている。そうか、これを見越し、目を慣らすためにサングラスを…。
工作員のような手際の良さでナツメさんが1枚のディスプレイを立ち上げる。
「あのときかいてたポエムがこれだ」
こちらに向けられたディスプレイに簡素な文字が並ぶ。



 『アナザー・スカイ』
  この空は特別
  僕にしか訪れない
  内緒の空(sky)

  季節外れの
  夏めの温度
  校庭にきこえる南風
  でも秋空
  うろこ雲(Crocodile cloud)

  蒼くぬける
  僕だけの空(sky)

  世界の果てかもしれないけど
  世界の真ん中かもしれない

  僕だけの世界
  another ground
  another sky

  僕のテリトリー
  another ground
  another sky



「ブハハハハ!」
シゲルさんの笑い声がするまでなにも考えられなかった。
「ウケんだろ!? 世界の果てじゃなくて校庭の隅だっつーの!」
「これ結局、オレぼっち! ってことだろ? しかも、さりげなくなく、美女2人の名前をおりこんでるつー!」
『あのカッコの中のskyってなに? どういうことだっつーのし!』
こ、この3人、悪魔だ。
ミナミさんだけは沈黙を貫き、国立さんの側へと寄っていく……。
く、国立さん……。
自分が気がついたタイミングで、3人も気がついたのだろう。ピタリと笑いを止めた。
……国立さんが……泣いていた。
立ち膝のまま、隠すこともなく両目からはらはらと涙を溢れさせ、声もなく泣いていた。
頬を伝う涙と、口元がときおり息を吹きだすだけで、それ以外に動きがない。
「く、クニタチぃ! 冗談だって!」
シゲルさんが駆け寄るってもクニタチさんは反応を示さない。
『いい歳して泣くなし!』
リッチャンさんも取り繕うように声をかけるが、国立さんは反応しない。
「クニタチくん。ごめんね。ちょっと、休憩しよう。みんなちょっと待ってて! あたしたち1回ログアウトするね」
ミナミさんが、クニタチさんの手を持ちあげバイバイするように手を振った。
アレがログアウトジェスチャーだろうか。
ミナミさんに連れられ、泣き顔のまま国立さんがフェードアウトしていった。
重たく冷たい沈黙が屋上に横たわる。
パチパチ弾けるBBQコンロの熾火だけが音を発している。
「……ちょっと、いじり過ぎ?」
『ウチら、冗談だったんだけど』
……でた。
『つーかさ、クニタチもいいかげん大人になれっつーのし』
「だよなぁ。あいつあのポエムで印税がっぽり稼いでんだしなぁ」
『んだし! ここの所有権だっ──』
「ちょっと待ってくださいよ」
……人の気持ちを踏みにじり、挙げ句に自分の行為を正当化するヤツら……。
「おかしくないっすか!?」
ゆるせない。
「ど、どうしたの? ハルノキくん! ほら、のもうぜ!」
シゲルの手が近づく。
払いのける。
「え? 素早いなハルノキくん! あれ? もしかしてDOS×KOIで鍛えてる?」
「国立さん、あんなに傷ついてんのになんでヘラヘラしてんすか?」
「いや、ほら、オレら高校から一緒だからクニタチは大丈夫だってわかってるからハハハ!」
「なら傷つくことわかってたんじゃないすか? なんであんなこといったんすか?」
「そ、それはさぁ、もとはといえばハルノキくんが質問したからじゃない。クニタチの高校時代のこと」
「……確かに、そうっすね。自分も同罪かもしんないっすね。途中まで、楽しんでたから」
「だろ? ずるいよぉ、自分だけ悪くないみたいにいったらさぁ」
「でも、ポエムのいじり方、酷すぎないすか。いい大人が泣くなとかいってるけど、いい大人のからかい方? あれ?」
誰もなにもいわない。
「なんで無言なんすか?」
誰もなにもいわない。
「なにもいえなくなるようなことすんなよ! 大人なら!」
「……ハルノキ」
ナツメさんの声が静かに闇に溶ける。
「……なんすか?」
「オマエ、なんでそんなに怒る?」
「……わかんない。わかんないっすけど、国立さん、みんなのこと好きですよね! 今日だって体調悪いのにわざわざログインしてきてくれて、こういうの嫌いなのに付き合ってくれたんすよね? じ、自分にも気つかってくれて……それで、あんなバカにされたみたいにされたら………つーか、アンタたちにはわかんねーよ! ぜったい。周りからチヤホヤされてるヤツらに、校庭の隅っこでじっとしてる人間の気持ちなんて。わかってたまるか! こっちだって好きでやってるわけじゃないんすよ! 学校とかいきたくもないのに行かされて、なんとかかんとかやり過ごしてきたんだし」
「クニタチを自分に重ねてんだろ?」
「………か」
「オマエにも似たような思い出があんだろ?」
「………かもしんないっす」
「なら、いっとく。クニタチはオマエがおもってる以上のこと乗り越えてきてんだよ。わかった気になって怒りくるってんじゃねえ」
「ハルノキくんはいくつだ!? ん?」
シゲルも懲りてない。なんでこんなにヘラヘラしてるんだ。
「23」
「それじゃ。キミが高校生活を振り返って怒れるのもクニタチのおかげだな」
「…は?」
「クニタチがいなかったら、キミらは高校行けなかったかもしれないんだぞ」
「…は?」
「まだDOS×KOI最後までクリアしてないんだよね?」
うなずいた。
「戦争があったんだ。この学校で」
「大袈裟な話でごまかそうとしてます?」
「ちがう。ねえナツメ? みせてもいいよね? 卒アルの本編OHP」
ナツメさんは黙ったまま首を縦にふった。
「ゲームの中だと結構ライトに描かれてるけど、大変だったんだよ。オレたち」
目の前が再び朝になる。
「いろいろ視点かえるけど、オレたちが解説いれてくからついてきてよ……」
「なんすか? いったい」
「クニタチ ポエム戦争の一部始終さ」

次回 2020年07月31日掲載予定
『 クニ、タチぬ 07 』へつづく

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